「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・剛剣録 3
晴奈の話、第247話。
18年前の事件。
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3.
双月暦501年、央南・紅蓮塞。
「こっちです、楢崎さん!」
「あ、ああ」
山篭りをしていた若かりし頃の楢崎は、慌てふためいた門下生の突然の呼び出しに応じ、塞に戻っていた。
「一体どうしたんだ、緊急と言うのは……?」
「謀反です! 篠原さんが謀反を起こして、家元を襲おうとしているのです!」
「謀反だって!? 篠原くんが!?」
門下生からの思いもよらない答えに、楢崎は仰天した。
「そんな馬鹿な! だって、篠原くんは多少独りよがりなところはあるけれども、熱心で真面目な男だよ!? 何故家元を襲うと言うんだい!?」
「分かりません! とにかく今、藤川さんが中心になって家元のいる花月堂と周辺を護っている最中なんです!」
「篠原くんの方は? 一人で謀反を?」
「いいえ、50名近い者を扇動しています! 今現在も、謀反に力を貸せと門下生の竹田を中心にし、人を呼び集めさせている最中で……!」
「そうか、……急ごう、欅田くん!」
「はいっ!」
楢崎は門下生と共に紅蓮塞の中央、花月堂へと急いだ。
「かかれ、かかれーッ!」
この時の篠原は既に、後に妻となる竹田朔美に篭絡されていた。己の傲慢さと自尊心を朔美によって助長、増大させられた結果、恩師である家元を襲うと言うとんでもない愚行・暴挙に出たのである。
そして口のうまい朔美によって、謀反に加担する門下生は次第に増えつつあった。このまま手をこまねいては、さらに篠原側へと手を貸す者が増え、本当に焔流が転覆されかねない。
「ちっくしょー……」
突然の強襲にまず立ち向かったのは、篠原・楢崎と共に「三傑」と称されていた藤川だった。家元を狙った篠原の不意討ちを、偶然居合わせた藤川が防いでくれたのだ。
最初の襲撃をしのいだ後、すぐ家元を近くの修行場、花月堂に移し、篠原一派を抑える一方で手練を集め、撃退しようと準備を進めていた。
「まだ来ねえのか、楢崎はよぉ!?」
「少し前に裏山へ伝令を送りましたから、もうすぐ到着するはずです!」
「そうか、……ああ、くそッ!」
じっと楢崎を待つ藤川の目の前で、また門下生が斬られた。
「もう待ってらんねぇ! 俺は行くぞッ!」
「あっ、藤川さーん!」
門下生の制止も聞かず、藤川は篠原の前に飛び出していった。
「篠原ぁッ! そこまでだッ!」
「藤川か……。そこをどけ、邪魔をするな」
「邪魔だぁ!? 何を寝言言ってやがる! 大恩ある家元に刀向けるたぁ、どう言う了見してやがんだッ!」
篠原は怒鳴る藤川を見て、馬鹿にしたようなため息を漏らす。
「はぁ……。貴様もそれか」
「あぁ!?」
「古い慣習、古い人間を大事にして、新しい体制、新しい意義に目を向けようともしない、愚か者が」
「……てめぇ、頭いかれてんのか?」
藤川は刀を抜き、篠原に斬りかかった。
「何が新しい体制だッ! どんなに取り繕っても、やってることはなぶり殺しじゃねえか! そんな体制なんざ、こっちから願い下げだッ!」
ぴゅう、と鋭い風切り音を立てて、藤川の刀が篠原に向かう。だが、篠原は事も無げにかわし、突きを繰り出す。
「正義、正道のためなら粛清もやむなしだ!」
藤川はギリギリで突きをかわし、一歩飛びのいた。
「てめぇ、マジでどうかしちまってるぜ。罪も無え奴を殺すのが正義かよ!?」
「お前との話はこれまでだ。議論など意味が無い」
篠原は上段に構え、藤川をにらみつける。
と、そこにようやく楢崎が駆けつけた。
「待て、篠原くん!」
「む……?」
「おぉ、楢崎! 遅かったじゃねーか!」
楢崎は藤川の横に並び、篠原と対峙した。
「篠原くん、どう言うことなんだ!? 君がまさか、こんなことをするだなんて……!」
「貴様も分からんのか、俺の正義が」
「正義だって?」
「もう焔流は古過ぎるのだ! 古い慣習やしきたりに囚われ、新しいものを受け入れられなくなってきている! これでは近いうち、時代に取り残されるのは明白! 今こそ古い体制を破壊し、新しい風を吹き込まねばならんのだ!」
「……」
「……」
篠原の演説に、藤川も楢崎もぽかんとする。
「えっと、篠原くん」
「なんだ」
「君が言いたいことが、よく分からないんだけど」
「俺もだ。それっぽいこと並べてるだけじゃねえのか?」
「はっ、こんなことも理解できんのか? いいだろう、もう一度説明してやる。
もう焔流は古過ぎる。古いしきたりや習慣に囚われ、変化を受けつけなくなってきているのだ。これでは近いうち、時代に取り残されるのは明らかだろう? だからこそ古い慣例を打ち崩し、体制を一新しなければならんのだ」
「……だから?」
「さっきと、同じことを言ってないかい?」
きょとんとする藤川と楢崎を見て、篠原の額に青筋が浮かぶ。
「まだ分からんのか!」「分かるわけが無かろう、龍明」
楢崎たちの背後から刀を携えた家元、焔重蔵がやって来た。
重蔵は呆れきった顔で篠原に問いかける。
「お前さん、『焔流は古い』とか『新しい体制を』とかわめいておったが、実のところはお前さんの『逃げ』から来る愚行じゃろう。
大方、己の失敗・失点に戸惑い、自信を喪失したところに、どこぞの猫女から都合のいい与太話で慰められ、丸め込まれたんじゃろ。
じゃから臆面も無く、『焔流が悪い』『わしが悪い』などと、さも自分が正義であるかのように吹聴しとるんじゃ。見てみい、英さんと瞬さんのぽかんとした顔を。お前さんの弁がまったく理解できておらん顔じゃ。そりゃ、お前さんの駄々っ子じみた、『自分は悪くない、周りが悪い』と言う自分勝手な泣き言など、理解できるわけもなかろうて」
「ぐ……」
上段に構えたまま硬直する篠原に、重蔵が一喝した。
「恥ずかしいと思わんのか、この大馬鹿者めが!」
重蔵に怒鳴られ、篠原の顔が真っ赤になる。と、そこに篠原を惑わせた張本人である朔美がやって来た。
「あら、ようやくお堂から出てきたのね、家元」
「朔さん、あんたじゃな? この馬鹿にあることないこと吹き込んだのは」
「あら、心外ね。わたしはただ、篠原さんに立身出世の方法を伝えただけよ。そう、年取って弱った家元を倒して、新しい焔流を立ち上げればいいってね」
「……何と言う、下劣な性根か。お前さんを塞に引き入れたことは、わしの大失点じゃったな」
「さ、篠原さん。何だかんだ言っても、あの爺さんを倒せば万事解決するのよ。勝てば正義を堂々と示せる。異論、反論なんか気にしちゃダメよ。目の前の敵だけに、集中なさい」
「……あ、ああ。そうだな、そうしよう」
重蔵はもう一度ため息をつき、篠原の説得を諦めた。
「ダメじゃ、篠原はあの雌猫に心を奪われておる。門下生も多数犠牲になっておるし、もはや話してどうにかなる問題ではなくなった。
覚悟を決めなさい、英さん、瞬さん」
「……はい」「……承知」
重蔵たち三人は刀を構え、改めて篠原と対峙した。
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双月暦501年、央南・紅蓮塞。
「こっちです、楢崎さん!」
「あ、ああ」
山篭りをしていた若かりし頃の楢崎は、慌てふためいた門下生の突然の呼び出しに応じ、塞に戻っていた。
「一体どうしたんだ、緊急と言うのは……?」
「謀反です! 篠原さんが謀反を起こして、家元を襲おうとしているのです!」
「謀反だって!? 篠原くんが!?」
門下生からの思いもよらない答えに、楢崎は仰天した。
「そんな馬鹿な! だって、篠原くんは多少独りよがりなところはあるけれども、熱心で真面目な男だよ!? 何故家元を襲うと言うんだい!?」
「分かりません! とにかく今、藤川さんが中心になって家元のいる花月堂と周辺を護っている最中なんです!」
「篠原くんの方は? 一人で謀反を?」
「いいえ、50名近い者を扇動しています! 今現在も、謀反に力を貸せと門下生の竹田を中心にし、人を呼び集めさせている最中で……!」
「そうか、……急ごう、欅田くん!」
「はいっ!」
楢崎は門下生と共に紅蓮塞の中央、花月堂へと急いだ。
「かかれ、かかれーッ!」
この時の篠原は既に、後に妻となる竹田朔美に篭絡されていた。己の傲慢さと自尊心を朔美によって助長、増大させられた結果、恩師である家元を襲うと言うとんでもない愚行・暴挙に出たのである。
そして口のうまい朔美によって、謀反に加担する門下生は次第に増えつつあった。このまま手をこまねいては、さらに篠原側へと手を貸す者が増え、本当に焔流が転覆されかねない。
「ちっくしょー……」
突然の強襲にまず立ち向かったのは、篠原・楢崎と共に「三傑」と称されていた藤川だった。家元を狙った篠原の不意討ちを、偶然居合わせた藤川が防いでくれたのだ。
最初の襲撃をしのいだ後、すぐ家元を近くの修行場、花月堂に移し、篠原一派を抑える一方で手練を集め、撃退しようと準備を進めていた。
「まだ来ねえのか、楢崎はよぉ!?」
「少し前に裏山へ伝令を送りましたから、もうすぐ到着するはずです!」
「そうか、……ああ、くそッ!」
じっと楢崎を待つ藤川の目の前で、また門下生が斬られた。
「もう待ってらんねぇ! 俺は行くぞッ!」
「あっ、藤川さーん!」
門下生の制止も聞かず、藤川は篠原の前に飛び出していった。
「篠原ぁッ! そこまでだッ!」
「藤川か……。そこをどけ、邪魔をするな」
「邪魔だぁ!? 何を寝言言ってやがる! 大恩ある家元に刀向けるたぁ、どう言う了見してやがんだッ!」
篠原は怒鳴る藤川を見て、馬鹿にしたようなため息を漏らす。
「はぁ……。貴様もそれか」
「あぁ!?」
「古い慣習、古い人間を大事にして、新しい体制、新しい意義に目を向けようともしない、愚か者が」
「……てめぇ、頭いかれてんのか?」
藤川は刀を抜き、篠原に斬りかかった。
「何が新しい体制だッ! どんなに取り繕っても、やってることはなぶり殺しじゃねえか! そんな体制なんざ、こっちから願い下げだッ!」
ぴゅう、と鋭い風切り音を立てて、藤川の刀が篠原に向かう。だが、篠原は事も無げにかわし、突きを繰り出す。
「正義、正道のためなら粛清もやむなしだ!」
藤川はギリギリで突きをかわし、一歩飛びのいた。
「てめぇ、マジでどうかしちまってるぜ。罪も無え奴を殺すのが正義かよ!?」
「お前との話はこれまでだ。議論など意味が無い」
篠原は上段に構え、藤川をにらみつける。
と、そこにようやく楢崎が駆けつけた。
「待て、篠原くん!」
「む……?」
「おぉ、楢崎! 遅かったじゃねーか!」
楢崎は藤川の横に並び、篠原と対峙した。
「篠原くん、どう言うことなんだ!? 君がまさか、こんなことをするだなんて……!」
「貴様も分からんのか、俺の正義が」
「正義だって?」
「もう焔流は古過ぎるのだ! 古い慣習やしきたりに囚われ、新しいものを受け入れられなくなってきている! これでは近いうち、時代に取り残されるのは明白! 今こそ古い体制を破壊し、新しい風を吹き込まねばならんのだ!」
「……」
「……」
篠原の演説に、藤川も楢崎もぽかんとする。
「えっと、篠原くん」
「なんだ」
「君が言いたいことが、よく分からないんだけど」
「俺もだ。それっぽいこと並べてるだけじゃねえのか?」
「はっ、こんなことも理解できんのか? いいだろう、もう一度説明してやる。
もう焔流は古過ぎる。古いしきたりや習慣に囚われ、変化を受けつけなくなってきているのだ。これでは近いうち、時代に取り残されるのは明らかだろう? だからこそ古い慣例を打ち崩し、体制を一新しなければならんのだ」
「……だから?」
「さっきと、同じことを言ってないかい?」
きょとんとする藤川と楢崎を見て、篠原の額に青筋が浮かぶ。
「まだ分からんのか!」「分かるわけが無かろう、龍明」
楢崎たちの背後から刀を携えた家元、焔重蔵がやって来た。
重蔵は呆れきった顔で篠原に問いかける。
「お前さん、『焔流は古い』とか『新しい体制を』とかわめいておったが、実のところはお前さんの『逃げ』から来る愚行じゃろう。
大方、己の失敗・失点に戸惑い、自信を喪失したところに、どこぞの猫女から都合のいい与太話で慰められ、丸め込まれたんじゃろ。
じゃから臆面も無く、『焔流が悪い』『わしが悪い』などと、さも自分が正義であるかのように吹聴しとるんじゃ。見てみい、英さんと瞬さんのぽかんとした顔を。お前さんの弁がまったく理解できておらん顔じゃ。そりゃ、お前さんの駄々っ子じみた、『自分は悪くない、周りが悪い』と言う自分勝手な泣き言など、理解できるわけもなかろうて」
「ぐ……」
上段に構えたまま硬直する篠原に、重蔵が一喝した。
「恥ずかしいと思わんのか、この大馬鹿者めが!」
重蔵に怒鳴られ、篠原の顔が真っ赤になる。と、そこに篠原を惑わせた張本人である朔美がやって来た。
「あら、ようやくお堂から出てきたのね、家元」
「朔さん、あんたじゃな? この馬鹿にあることないこと吹き込んだのは」
「あら、心外ね。わたしはただ、篠原さんに立身出世の方法を伝えただけよ。そう、年取って弱った家元を倒して、新しい焔流を立ち上げればいいってね」
「……何と言う、下劣な性根か。お前さんを塞に引き入れたことは、わしの大失点じゃったな」
「さ、篠原さん。何だかんだ言っても、あの爺さんを倒せば万事解決するのよ。勝てば正義を堂々と示せる。異論、反論なんか気にしちゃダメよ。目の前の敵だけに、集中なさい」
「……あ、ああ。そうだな、そうしよう」
重蔵はもう一度ため息をつき、篠原の説得を諦めた。
「ダメじゃ、篠原はあの雌猫に心を奪われておる。門下生も多数犠牲になっておるし、もはや話してどうにかなる問題ではなくなった。
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