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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 4;琥珀暁」
    琥珀暁 第6部

    琥珀暁・空位伝 5

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    神様たちの話、第280話。
    クーとメリー。

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    5.
     めっきりハンから声がかからなくなって以降も、クーはそれ以外の人間――エリザやマリアたちと親しくしていたが、エリザが商売と情報収集のために遠出してしまった上、この日はマリアもビートも非番では無く――。
    「ごきげんよう」
    「あ、殿下! こんなところにまで足を運んでいただけて、大変恐縮です」
     この日は一人で、街の喫茶店を訪れていた。
    「お気遣い無く。ティーセットを」
    「かしこまりました。お好きな席にどうぞ」
     言われるまま、クーは店の奥に進む。と――。
    「あっ」
    「え?」
     一番奥でひっそりとお茶を飲んでいたメリーと目が合い、クーは思わず目をそらしてしまう。
    「あ、あの、殿下?」
     当然、メリーは困った顔をし、立ち上がって頭を下げる。
    「申し訳ありません、何かわたし、至らぬことを……」
    「あっ、ち、違います、そうではなくて、……いえ、本当に何でもございませんの。お気になさらず、メリー」
    「そ、そうですか、すみません」
     気まずくなり、クーは店から出ようとしかけたが――。
    「殿下、お待たせいたしました。ティーセットです」
    「あ」
     そこで店員が、注文した品を持ってやって来る。仕方無く、クーは返しかけた踵を戻し、メリーに声をかける。
    「ご一緒してよろしいかしら?」
    「えっ? あ、はい」
     慌てた様子でメリーが机を片付け、クーの席を作る。
    「どっ、どうぞ」
    「ありがとう存じます、メリー」
     メリーの対面に座り、クーはもう一度会釈する。が、その一方で、心の中では少なからず戸惑っていた。
    (ああもう、間の悪いこと。一人で落ち着こうと存じておりましたのに)
     メリーを疎ましく思いつつ、クーは彼女に目を合わせないよう、机の上にある物を一瞥する。
    (あれは……、『三角法初級』ですわね。お父様の記したご本。測量のお勉強をなさっていたのね。メモにもそれらしい数式がチラホラと。……でも妙ですわね? 測量なさるのなら、もっと高度な知識が必要なはずですけれど)
     自分の領分でもある分野の知識が目に入り、出しゃばりの彼女は当然、口を出す。
    「苦労してらっしゃるご様子ですわね」
    「え?」
    「そこはここに線を引くと、理解いたしやすいと存じますわよ」
     メリーからペンを借り、クーはメモ上の三角形にすっ、すっと線を描き足す。
    「えっと……どう……言う?」
    「直角三角形にしてしまえば、計算がいたしやすいでしょう? あなた、元の形から無理矢理計算しようとなさっているから、混乱なさっているご様子ですもの」
    「あ、……あー、あー! そっか、そうですね!」
    「基本中の基本ですわ。……それも理解されないで、よく測量がいたせますわね」
     クーに冷たく指摘され、メリーはしゅんとした表情を浮かべる。
    「本当ですよね……。わたし、本当は苦手なんです、こう言うの」
    「えっ? でもあなた、自分から……」
    「最初はそうだったんですけど、あの、数字得意だと思ってたんですけど、その、複雑な計算が多いって分かってなくて。何回か行ってみて、それで、向いてないなって思ったんですけど」
    「ではそう仰ればよろしいのに」
     そう返したクーに、メリーは困った顔を向ける。
    「なんか、その、言い出しにくくて。わたしが自分でやると言ってしまいましたし、それに尉官が、嬉しそうにしてるので」
    「あー……」
     困った様子のメリーを眺めつつ、クーは彼女に対する意識を改めていた。
    (ハンにべったり追従している、……とばかり存じておりましたけれど、もしかして彼女、ハンの誘いを断れずに連れ回されていただけなのかしら。八方美人なところがあるように存じておりましたけれど、それは単に、頼みを断れない性格なだけ……?)
     察したクーは、メリーにこんな提案をした。
    「よろしければ、わたくしからハンに伝えますわよ。別の作業を割り振ってはと」
    「えっ、……あ、でも」
     メリーは一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに首を振る。
    「ご迷惑をかけてしまいます。殿下にも、尉官にも」
    「わたくしは迷惑だなどとは存じておりません。一言託(ことづけ)ければ済むお話ですもの。ハンにしても、あなたが大変苦労なさっていることが分かれば、彼の方から同様の提案をなさると存じますわ。あの方は気が利きませんし、特に他人のことに関しては、直接お耳に入れないと分からない方ですもの」
    「そ、そうですか。では、その、お願いしてもいいですか?」
     恐る恐る尋ねてきたメリーに、クーはにこっと笑みを返した。
    「ええ、承りました。ご安心なさい。わたくしがきっちり伝えます」
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