「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第6部
琥珀暁・遠望伝 3
神様たちの話、第285話。
夜が来る。
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3.
エリザが帰ったその日の晩――と言っても一年を通して日照時間の短い北方であるため、まだ夕飯の支度が済んでいないくらいの時間である――ミェーチは己の居城をうろついていた。
(ふむー……。今夜はどうやら肉料理のようであるな。猪か、鹿か……)
廊下に漂う匂いから夕飯の内容をぼんやり推理しつつ、ミェーチは窓の外に目をやる。
(そう言えば女史が色々と持って来てくれたようだったが、今晩はそれが食卓に並ぶと見た。ならば相当の馳走であることは間違い無かろう。ふふふ……、楽しみである。
しかし吾輩も随分、呑気なことを考えるようになったものよ。昨年の今頃は明日をも知れぬ身と、日々焦燥しておったものだが。重ね重ね、女史とシェロには感謝せねばな)
エリザと、そして娘婿のことを考え、ミェーチはため息をつく。
(考えてみれば、吾輩はどれだけ彼らの世話になっておるやら。いや、吾輩だけでは無い。娘も、そして吾輩に付いて来てくれた皆も、二人に受けてきた恩は並大抵の言葉では言い表せんほどに大きい。……その恩に報いるためにも、これからの戦いはより一層、奮起せねばな。孫も産まれることであるし)
そのことを考えた途端、ミェーチは自分のほおが緩むのを感じた。
(孫、か。まあ、確かにいつかはできるものと思ってはおったが、もうその時が来るのだな。しかも異邦の者との間に、か。いや、それが不満であるとか、望ましくないだとか、そんなことは思ってはおらん。むしろ誇らしいことである。
いつか吾輩の孫は、この邦と南の邦との架け橋になってくれるだろう。それを思えば、誇りとせぬ道理は無かろうよ)
あれこれと夢想じみた思索を続けているうちに、ぐう、と腹の音が鳴る。
「……流石にこれだけ飯の匂いを嗅ぎ続けては、腹が減ってならんな。どれ、厨房を覗いてみるか」
そうつぶやき、ミェーチはくる、と踵を返した。
と――振り向いたその先に、何者かが立っていた。
「うぬ?」
「……」
肩まである銀髪から伸びた長い裸の耳を見て、ミェーチは一瞬、彼がエリザやシェロと同じ、異邦の人間かと考えた。
(いや、肌が白い。女史やシェロと同郷であれば、もっと色が濃いはずだが。服装も簡素だ。寒がりの女史はこの季節でも厚手のケープを羽織っているし、シェロも分厚い生地の軍服を常に着込んでおるが、こいつは薄手のシャツ程度だ。はて……?)
相手の素性が今ひとつつかめず、ミェーチは声をかけた。
「吾輩に何か用であるか?」
「確認させてもらおう」
と、相手が口を開く。
「お前が沿岸部や西山間部で暴れ回った、エリコ・ミェーチで間違い無いのだな?」
「いかにも。吾輩がミェーチである」
「お前は許可を得たのか?」
相手は何の感情も浮かべていない、氷のように真っ青な目を、ミェーチに向けている。
「許可? 何のだ?」
「余の許しを得ぬまま王を名乗ることは重罪である。そう言っているのだ」
「なに……?」
「もう一度問う。お前は余の許可を得て、この地で王を名乗っているのか?」
その言葉に、耳から尻尾の先に至るまで、ミェーチの全身の毛がびりっと震えた。
「貴様……は……!?」
「余のことを『貴様』と呼ぶか。不敬の罪も重ねたな」
相手は腰に佩いていた剣を抜き、ミェーチに向けた。
「情状酌量の余地は無し。この場で成敗してくれる」
「……レン・ジーン!」
瞬間、相手が飛びかかってくる。だが歴戦の覇者であるミェーチも即応し、すぐさま剣を抜いて初太刀を受けた。
「おう……っ!?」
だが、自分より二周りは背の低い、まだ若造にも見えるジーンのこの一撃は、ミェーチの巨躯をぐらりと揺らし、そのまま弾き飛ばした。
「な……、何だと?」
どうにかひざを着くことは免れ、体勢を整え直したものの、相手の技量と力が自分の手に余ることを察し、ミェーチはばっと身を翻した。
「逃がすかッ!」
すぐさま、ジーンが追いかけてくる。
(速い! このままでは……)
ミェーチは意を決し、窓から飛び出した。
「ぬおおおおっ!」
窓から地面まで3メートルはあり、着地するまでの一瞬、ミェーチは自分の肝がぎゅっと締まるのを感じる。
(し、……しかしっ、彼奴の手にかかるよりはっ)
どすんと重たい音を立て、ミェーチは地面に転がる。
「くう、……痛たた、ひざをやったか」
それでも脚を無理矢理立たせ、腰を上げて、ミェーチはジーンとの距離を取る。
「だっ、……誰か、誰か! て、敵襲である! 賊が出たぞ!」
ほうほうの体ながらも声を張り上げ、応援を呼ぶ。
「敵襲!?」
「ご無事ですか、陛下!」
間も無く兵士たちが得物を手にし、ぞろぞろと集まって来る。30人ほど集まったところで、ミェーチが震える声で続けた。
「敵はこうて、……い、いや、銀髪で細身の、長い裸耳の男だ。だがシェロの邦の者では無い。ひと目でそうと分かるくらい、肌の青白い者だ。この吾輩を腕の力だけで弾き飛ばすほどの、並外れた膂力(りょりょく)の持ち主である。
全員、心してかかれ!」
「はっ!」「了解です!」「御意!」
兵士たちはミェーチを守る形を取り、円形に陣を組んだ。
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夜が来る。
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エリザが帰ったその日の晩――と言っても一年を通して日照時間の短い北方であるため、まだ夕飯の支度が済んでいないくらいの時間である――ミェーチは己の居城をうろついていた。
(ふむー……。今夜はどうやら肉料理のようであるな。猪か、鹿か……)
廊下に漂う匂いから夕飯の内容をぼんやり推理しつつ、ミェーチは窓の外に目をやる。
(そう言えば女史が色々と持って来てくれたようだったが、今晩はそれが食卓に並ぶと見た。ならば相当の馳走であることは間違い無かろう。ふふふ……、楽しみである。
しかし吾輩も随分、呑気なことを考えるようになったものよ。昨年の今頃は明日をも知れぬ身と、日々焦燥しておったものだが。重ね重ね、女史とシェロには感謝せねばな)
エリザと、そして娘婿のことを考え、ミェーチはため息をつく。
(考えてみれば、吾輩はどれだけ彼らの世話になっておるやら。いや、吾輩だけでは無い。娘も、そして吾輩に付いて来てくれた皆も、二人に受けてきた恩は並大抵の言葉では言い表せんほどに大きい。……その恩に報いるためにも、これからの戦いはより一層、奮起せねばな。孫も産まれることであるし)
そのことを考えた途端、ミェーチは自分のほおが緩むのを感じた。
(孫、か。まあ、確かにいつかはできるものと思ってはおったが、もうその時が来るのだな。しかも異邦の者との間に、か。いや、それが不満であるとか、望ましくないだとか、そんなことは思ってはおらん。むしろ誇らしいことである。
いつか吾輩の孫は、この邦と南の邦との架け橋になってくれるだろう。それを思えば、誇りとせぬ道理は無かろうよ)
あれこれと夢想じみた思索を続けているうちに、ぐう、と腹の音が鳴る。
「……流石にこれだけ飯の匂いを嗅ぎ続けては、腹が減ってならんな。どれ、厨房を覗いてみるか」
そうつぶやき、ミェーチはくる、と踵を返した。
と――振り向いたその先に、何者かが立っていた。
「うぬ?」
「……」
肩まである銀髪から伸びた長い裸の耳を見て、ミェーチは一瞬、彼がエリザやシェロと同じ、異邦の人間かと考えた。
(いや、肌が白い。女史やシェロと同郷であれば、もっと色が濃いはずだが。服装も簡素だ。寒がりの女史はこの季節でも厚手のケープを羽織っているし、シェロも分厚い生地の軍服を常に着込んでおるが、こいつは薄手のシャツ程度だ。はて……?)
相手の素性が今ひとつつかめず、ミェーチは声をかけた。
「吾輩に何か用であるか?」
「確認させてもらおう」
と、相手が口を開く。
「お前が沿岸部や西山間部で暴れ回った、エリコ・ミェーチで間違い無いのだな?」
「いかにも。吾輩がミェーチである」
「お前は許可を得たのか?」
相手は何の感情も浮かべていない、氷のように真っ青な目を、ミェーチに向けている。
「許可? 何のだ?」
「余の許しを得ぬまま王を名乗ることは重罪である。そう言っているのだ」
「なに……?」
「もう一度問う。お前は余の許可を得て、この地で王を名乗っているのか?」
その言葉に、耳から尻尾の先に至るまで、ミェーチの全身の毛がびりっと震えた。
「貴様……は……!?」
「余のことを『貴様』と呼ぶか。不敬の罪も重ねたな」
相手は腰に佩いていた剣を抜き、ミェーチに向けた。
「情状酌量の余地は無し。この場で成敗してくれる」
「……レン・ジーン!」
瞬間、相手が飛びかかってくる。だが歴戦の覇者であるミェーチも即応し、すぐさま剣を抜いて初太刀を受けた。
「おう……っ!?」
だが、自分より二周りは背の低い、まだ若造にも見えるジーンのこの一撃は、ミェーチの巨躯をぐらりと揺らし、そのまま弾き飛ばした。
「な……、何だと?」
どうにかひざを着くことは免れ、体勢を整え直したものの、相手の技量と力が自分の手に余ることを察し、ミェーチはばっと身を翻した。
「逃がすかッ!」
すぐさま、ジーンが追いかけてくる。
(速い! このままでは……)
ミェーチは意を決し、窓から飛び出した。
「ぬおおおおっ!」
窓から地面まで3メートルはあり、着地するまでの一瞬、ミェーチは自分の肝がぎゅっと締まるのを感じる。
(し、……しかしっ、彼奴の手にかかるよりはっ)
どすんと重たい音を立て、ミェーチは地面に転がる。
「くう、……痛たた、ひざをやったか」
それでも脚を無理矢理立たせ、腰を上げて、ミェーチはジーンとの距離を取る。
「だっ、……誰か、誰か! て、敵襲である! 賊が出たぞ!」
ほうほうの体ながらも声を張り上げ、応援を呼ぶ。
「敵襲!?」
「ご無事ですか、陛下!」
間も無く兵士たちが得物を手にし、ぞろぞろと集まって来る。30人ほど集まったところで、ミェーチが震える声で続けた。
「敵はこうて、……い、いや、銀髪で細身の、長い裸耳の男だ。だがシェロの邦の者では無い。ひと目でそうと分かるくらい、肌の青白い者だ。この吾輩を腕の力だけで弾き飛ばすほどの、並外れた膂力(りょりょく)の持ち主である。
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