「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第6部
琥珀暁・夜騎伝 2
神様たちの話、第290話。
長い夜。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
2.
既に日は落ちていたが、シェロたちは早急にエリザと合流すべく、村を出発した。
「先生とは、どのくらいで落ち合えるのですか?」
手綱を握る部下に尋ねられ、シェロは頭の中で計算を立てつつ答える。
「そうだな……、連絡してからもう30分は経ってるし、先生がいたトコからココまでは普通に馬車を走らせて3時間ってトコだから、こっちとあっちが同じくらいの速度で進んでるとして、……まあ、1時間とちょっとってトコだろう」
「それまでに襲撃されることは……」
不安げな様子でつぶやくリディアに、シェロは首を横に振って見せる。
「あるワケ無いさ。ヤツははるか後方だ。俺たちが村にいる間に迫ってきたって報告は無いし、村の横を通り過ぎて待ち構えてるなんてコトも、する意味が無い。んなコトやるなら村に直接乗り込めばいいんだからな。そのどっちも起こってないなら、ともかく前方に危険は無いってコトになる。
不安になるのは分かる。分かるけど、気にしすぎってヤツだよ、リディア」
「そう……ですよね」
そう答えてはいたが、依然としてリディアの顔から不安の色は抜けていない。シェロは何か言って、彼女の気を紛らわせようかとも考えたものの――。
(何て言やいいんだよ? 親父が死んだ直後だぜ? どんなコトを言ったって、俺じゃきっと、リディアを安心させられねえよ。……あーあ、マジにエリザ先生みたいな話術だとか、ものスゴい魔力だとか、そんな才能が俺にあったらいいのに。そのどっちかでも今日の俺に備わってたら――今、リディアにこんな顔させやしないし、そもそも義父は死ななかったかも知れない。
悔しいぜ……。悔しくてたまんねえ。尉官に張り合ってた時なんかよりもっと、俺は力が欲しいよ。俺にもっと力があれば、こんなコトにならなかっただろうに)
いくら考えを巡らせても、シェロの脳内には何一つ、楽天的な発想が浮かんでくるようなことは無かった。
その時だった。
「……ん?」
馬車を引いていた馬2頭の、右にいた方が体を震わせて立ち止まる。
「どうした?」
「さあ……? おい、止まるな」
御者台に座っていた兵士が手綱を繰るが、馬は立ち止まったまま、ぴくりとも動かない。それどころか、がくんと膝を着いてその場にうずくまってしまう。
それにより、シェロたちは馬に起こったその異常に、ようやく気付くことができた。
「うっ……!?」
「く、くっ、首が……」
「……無い!?」
うずくまった馬の頭が、どこにも見当たらない。
「……て、……敵襲! 敵襲だ!」
シェロがいち早く立ち上がり、声を上げる。それに応じ、馬車の中にいた兵士たちが慌ただしく武器を取り始めた。
「なるほど、手慣れておる。危急の際にも冷静であるな」
と、馬車の外から声が響く。と同時に、兵士の一人の腹の中から、剣の切っ先が飛び出した。
「は……うっ……」
ずるんと剣先が消えると共に、その兵士の口と腹からおびただしい血が流れ出る。
「だが、鈍(のろ)い。手を打つまでが致命的に遅い。そんな体たらくでは、余を討つなど絵空事も同然ぞ」
兵士が倒れ、その後ろに空いた幌(ほろ)の穴からもう一度剣先が覗き、そのまま幌が縦に切り裂かれる。
そこに現れたのは紛れも無く、レン・ジーンだった。
「ど、どうして……?」
状況について行けず、シェロはうめくようにつぶやく。それを受けて、ジーンが尋ね返す。
「それは何についての問いだ? 馬車を襲ったことか? それとも余がここにいることか? 前者は答えるまでも無かろう。貴様らを逃がすつもりが余には無いからだ。後者についても、今更論じるまでもあるまい。余が全知全能の、天の星であるからだ」
「あ……あなた……っ」
「お、俺の後ろにいろ!」
リディアをかばい、シェロが前に出る。それを見て、ジーンは薄い笑みをシェロに向けて来た。
「それは貴様の女か? ケダモノを伴侶にするとは、下劣な趣味よの」
「けだも……っ!?」
自分の妻を罵られ、シェロは憤る。
「てめえにそんなコトは言われたくねえなあ……! 20年、他人を散々面白半分にいたぶってきたヤツの方がよっぽど、ケダモノじゃねえかッ!」
「皇帝たる余の所業が、お前のごとき小人に理解できるとは思うておらぬ。憤りをさえずりたくば好きなようにさえずるが良い。余は構わぬぞ」
薄い笑いを浮かべたまま、ジーンはたった今刺し殺した兵士の首をつかみ、外へと放り投げる。
「残りは1人と4匹か。さてさて、如何様に処してやろうか」
「……させねえッ」
ジーンの動きが止まったその一瞬の隙を突き――シェロはジーンに飛びかかった。
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既に日は落ちていたが、シェロたちは早急にエリザと合流すべく、村を出発した。
「先生とは、どのくらいで落ち合えるのですか?」
手綱を握る部下に尋ねられ、シェロは頭の中で計算を立てつつ答える。
「そうだな……、連絡してからもう30分は経ってるし、先生がいたトコからココまでは普通に馬車を走らせて3時間ってトコだから、こっちとあっちが同じくらいの速度で進んでるとして、……まあ、1時間とちょっとってトコだろう」
「それまでに襲撃されることは……」
不安げな様子でつぶやくリディアに、シェロは首を横に振って見せる。
「あるワケ無いさ。ヤツははるか後方だ。俺たちが村にいる間に迫ってきたって報告は無いし、村の横を通り過ぎて待ち構えてるなんてコトも、する意味が無い。んなコトやるなら村に直接乗り込めばいいんだからな。そのどっちも起こってないなら、ともかく前方に危険は無いってコトになる。
不安になるのは分かる。分かるけど、気にしすぎってヤツだよ、リディア」
「そう……ですよね」
そう答えてはいたが、依然としてリディアの顔から不安の色は抜けていない。シェロは何か言って、彼女の気を紛らわせようかとも考えたものの――。
(何て言やいいんだよ? 親父が死んだ直後だぜ? どんなコトを言ったって、俺じゃきっと、リディアを安心させられねえよ。……あーあ、マジにエリザ先生みたいな話術だとか、ものスゴい魔力だとか、そんな才能が俺にあったらいいのに。そのどっちかでも今日の俺に備わってたら――今、リディアにこんな顔させやしないし、そもそも義父は死ななかったかも知れない。
悔しいぜ……。悔しくてたまんねえ。尉官に張り合ってた時なんかよりもっと、俺は力が欲しいよ。俺にもっと力があれば、こんなコトにならなかっただろうに)
いくら考えを巡らせても、シェロの脳内には何一つ、楽天的な発想が浮かんでくるようなことは無かった。
その時だった。
「……ん?」
馬車を引いていた馬2頭の、右にいた方が体を震わせて立ち止まる。
「どうした?」
「さあ……? おい、止まるな」
御者台に座っていた兵士が手綱を繰るが、馬は立ち止まったまま、ぴくりとも動かない。それどころか、がくんと膝を着いてその場にうずくまってしまう。
それにより、シェロたちは馬に起こったその異常に、ようやく気付くことができた。
「うっ……!?」
「く、くっ、首が……」
「……無い!?」
うずくまった馬の頭が、どこにも見当たらない。
「……て、……敵襲! 敵襲だ!」
シェロがいち早く立ち上がり、声を上げる。それに応じ、馬車の中にいた兵士たちが慌ただしく武器を取り始めた。
「なるほど、手慣れておる。危急の際にも冷静であるな」
と、馬車の外から声が響く。と同時に、兵士の一人の腹の中から、剣の切っ先が飛び出した。
「は……うっ……」
ずるんと剣先が消えると共に、その兵士の口と腹からおびただしい血が流れ出る。
「だが、鈍(のろ)い。手を打つまでが致命的に遅い。そんな体たらくでは、余を討つなど絵空事も同然ぞ」
兵士が倒れ、その後ろに空いた幌(ほろ)の穴からもう一度剣先が覗き、そのまま幌が縦に切り裂かれる。
そこに現れたのは紛れも無く、レン・ジーンだった。
「ど、どうして……?」
状況について行けず、シェロはうめくようにつぶやく。それを受けて、ジーンが尋ね返す。
「それは何についての問いだ? 馬車を襲ったことか? それとも余がここにいることか? 前者は答えるまでも無かろう。貴様らを逃がすつもりが余には無いからだ。後者についても、今更論じるまでもあるまい。余が全知全能の、天の星であるからだ」
「あ……あなた……っ」
「お、俺の後ろにいろ!」
リディアをかばい、シェロが前に出る。それを見て、ジーンは薄い笑みをシェロに向けて来た。
「それは貴様の女か? ケダモノを伴侶にするとは、下劣な趣味よの」
「けだも……っ!?」
自分の妻を罵られ、シェロは憤る。
「てめえにそんなコトは言われたくねえなあ……! 20年、他人を散々面白半分にいたぶってきたヤツの方がよっぽど、ケダモノじゃねえかッ!」
「皇帝たる余の所業が、お前のごとき小人に理解できるとは思うておらぬ。憤りをさえずりたくば好きなようにさえずるが良い。余は構わぬぞ」
薄い笑いを浮かべたまま、ジーンはたった今刺し殺した兵士の首をつかみ、外へと放り投げる。
「残りは1人と4匹か。さてさて、如何様に処してやろうか」
「……させねえッ」
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