「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第1部
蒼天剣・討仇録 3
晴奈の話、25話目。
思い出話、恨み話。
3.
「はあ……」
宿に戻ってからずっと、柊は机に頬杖を付き、ため息を漏らしている。
「楢崎殿、一体どこへ行ってしまったのでしょうね。ご無事だと良いのですが」
「もしかしたら……」
柊は顔を青ざめさせ、こんなことをつぶやく。
「本当に負けたことを恥じ、自害した、……なんてこと、無いわよね」
「し、師匠?」
縁起でもないその言葉に、晴奈は目を丸くする。
「だから『無い』ってば。楢崎はそんな、やわな男じゃないわ」
柊は微笑むが、その笑顔には力が無く、余計に晴奈の不安をかき立てる。
それを察したのか、柊は話題を変え、楢崎の人柄について話し始めた。
「楢崎はどちらかと言うと失敗をバネにして、成長する男。わたしが入門した時から、そう言う人だった。
普段から気性が穏やかで、勝負事はあまり得意では無かったわ。いつも真正面からぶつかる、正々堂々とした戦い方を好むことから『剛剣』と呼ばれ、慕われていたの。
どこまでも正直で、清々しくて、はっきり言って好人物。紅蓮塞にいた時は、兄のように慕っていた。それとね」
柊は――他に誰がいるわけでも無いのに、わざわざ――晴奈の耳に口を近付けて、そっとささやいた。
「わたしの、初恋の人、……だった」
「そう、でしたか。……今は?」
柊はすっと晴奈から離れ、肩をすくめる。
「彼は結婚してしまったし、塞を離れてからは急に、そんな気持ちはしぼんでしまった。
それでも今なお、兄のように思っているけどね」
そう言って、柊は恥ずかしそうに笑った。それを受けて、晴奈も思わず微笑んでしまう。
「……無事だといいですね、楢崎殿」
「そうね」
その夜、既に眠っていた晴奈たちの部屋の戸が、トントンと申し訳なさそうに叩かれた。
「夜分遅く、すみません。柊様、お話があります」
その消え入りそうな声を聞き、柊がのそのそと起き上がり、眠たげな声で応じる。
「……何かしら? なぜ、わたしのことを?」
戸の向こうから、真剣な声色でこう返って来た。
「我が師、楢崎瞬二のことでお話がございます」
それを聞いた瞬間、柊の長耳がぴくっと跳ね上がった。
「開けるわ。話を聞かせて」
柊が戸を開けるなり入ってきたのは、昼間晴奈たちに声をかけた、あの虎獣人の門下生だった。
「昼間は大変、失礼いたしました。あなたが柊雪乃様だと、存じ上げなかったもので」
「いいわ、別に。それより、何故私のことを?」
柊の問いに、彼はぺこぺこと頭を下げながら答える。
「先生から伺っておりました。緑髪の長耳で非常に腕の立つ、可憐で優しげな剣士だと。
あなたが帰った後に、先生から聞いていた特徴を思い出し、慌ててこちらを尋ねた次第です」
「そう……」
この辺りで晴奈も起き上がり、眠い目をこすりながら話の輪に入る。
「楢崎殿は、どうなったのですか? 門下生だったあなたならご存知のはずですが」
「ええ、存じております。ですがそのことを話す前にまず、自己紹介をさせていただきます。
私の名は、柏木栄一と申します。3ヶ月前まで楢崎先生の一番弟子でした。ところがあの島と言う男が先生と勝負し、負かしてしまって以来、私はあの下劣な男の小間使いをさせられております」
「そこを、詳しく聞きたいわ。なぜ楢崎ともあろう男が、あんな者に遅れを取ったの?」
柊に尋ねられた途端、柏木は表情を曇らせる。
「……先生は、負けるしかなかったのです。何故ならその前日、先生のご子息がかどわかされたからです」
「何ですって……!?」
「脅迫されていたのです。『息子の命が惜しければ、道場を明け渡せ』と」
瞬間、柊師弟は激昂した。
「ふざけた真似をッ!」
「幼い子を危険にさらしてまで、己の利欲を取るなんて!」
「お待ち下さい。話には、続きがあります」
柏木は涙を流しながらも、話を続ける。
「勝負に負けた後も、ご子息は戻ってこなかった。すでに、どこかへ売り飛ばされたと言うのです。
負かされた直後に奴自身からその言葉を聞いた先生は、島に負わされたケガも忘れてご子息を探しに出て、そのまま行方が……」
「なんと……、なんとむごい!」
あまりに残酷な話を聞かされ、晴奈は怒りで尻尾の毛を毛羽立たせる。
「奥方も心労で倒れられ、今は臥せっております。
私自身が仇を討とうとしたものの、実際島は強く、私ではとても太刀打ちできなかったのです。ですが柊様ならきっと、あの男を倒せるでしょう!
お願いです、柊様! 何卒あの悪党、貧乏神、寄生虫――島を討ってください!」
「……」
柊は口を開かない。その代わりに刀を手に取り、下ろしていた髪を巻き上げ始めた。それを見た晴奈も、同じように外へ出る支度を取る。
支度が整ったところで、柊が静かに、しかし力強く答えた。
「任せなさい。すぐ片付けるわ」
柊と晴奈の周りには、たぎるように熱い「気」が広がっていた。
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思い出話、恨み話。
3.
「はあ……」
宿に戻ってからずっと、柊は机に頬杖を付き、ため息を漏らしている。
「楢崎殿、一体どこへ行ってしまったのでしょうね。ご無事だと良いのですが」
「もしかしたら……」
柊は顔を青ざめさせ、こんなことをつぶやく。
「本当に負けたことを恥じ、自害した、……なんてこと、無いわよね」
「し、師匠?」
縁起でもないその言葉に、晴奈は目を丸くする。
「だから『無い』ってば。楢崎はそんな、やわな男じゃないわ」
柊は微笑むが、その笑顔には力が無く、余計に晴奈の不安をかき立てる。
それを察したのか、柊は話題を変え、楢崎の人柄について話し始めた。
「楢崎はどちらかと言うと失敗をバネにして、成長する男。わたしが入門した時から、そう言う人だった。
普段から気性が穏やかで、勝負事はあまり得意では無かったわ。いつも真正面からぶつかる、正々堂々とした戦い方を好むことから『剛剣』と呼ばれ、慕われていたの。
どこまでも正直で、清々しくて、はっきり言って好人物。紅蓮塞にいた時は、兄のように慕っていた。それとね」
柊は――他に誰がいるわけでも無いのに、わざわざ――晴奈の耳に口を近付けて、そっとささやいた。
「わたしの、初恋の人、……だった」
「そう、でしたか。……今は?」
柊はすっと晴奈から離れ、肩をすくめる。
「彼は結婚してしまったし、塞を離れてからは急に、そんな気持ちはしぼんでしまった。
それでも今なお、兄のように思っているけどね」
そう言って、柊は恥ずかしそうに笑った。それを受けて、晴奈も思わず微笑んでしまう。
「……無事だといいですね、楢崎殿」
「そうね」
その夜、既に眠っていた晴奈たちの部屋の戸が、トントンと申し訳なさそうに叩かれた。
「夜分遅く、すみません。柊様、お話があります」
その消え入りそうな声を聞き、柊がのそのそと起き上がり、眠たげな声で応じる。
「……何かしら? なぜ、わたしのことを?」
戸の向こうから、真剣な声色でこう返って来た。
「我が師、楢崎瞬二のことでお話がございます」
それを聞いた瞬間、柊の長耳がぴくっと跳ね上がった。
「開けるわ。話を聞かせて」
柊が戸を開けるなり入ってきたのは、昼間晴奈たちに声をかけた、あの虎獣人の門下生だった。
「昼間は大変、失礼いたしました。あなたが柊雪乃様だと、存じ上げなかったもので」
「いいわ、別に。それより、何故私のことを?」
柊の問いに、彼はぺこぺこと頭を下げながら答える。
「先生から伺っておりました。緑髪の長耳で非常に腕の立つ、可憐で優しげな剣士だと。
あなたが帰った後に、先生から聞いていた特徴を思い出し、慌ててこちらを尋ねた次第です」
「そう……」
この辺りで晴奈も起き上がり、眠い目をこすりながら話の輪に入る。
「楢崎殿は、どうなったのですか? 門下生だったあなたならご存知のはずですが」
「ええ、存じております。ですがそのことを話す前にまず、自己紹介をさせていただきます。
私の名は、柏木栄一と申します。3ヶ月前まで楢崎先生の一番弟子でした。ところがあの島と言う男が先生と勝負し、負かしてしまって以来、私はあの下劣な男の小間使いをさせられております」
「そこを、詳しく聞きたいわ。なぜ楢崎ともあろう男が、あんな者に遅れを取ったの?」
柊に尋ねられた途端、柏木は表情を曇らせる。
「……先生は、負けるしかなかったのです。何故ならその前日、先生のご子息がかどわかされたからです」
「何ですって……!?」
「脅迫されていたのです。『息子の命が惜しければ、道場を明け渡せ』と」
瞬間、柊師弟は激昂した。
「ふざけた真似をッ!」
「幼い子を危険にさらしてまで、己の利欲を取るなんて!」
「お待ち下さい。話には、続きがあります」
柏木は涙を流しながらも、話を続ける。
「勝負に負けた後も、ご子息は戻ってこなかった。すでに、どこかへ売り飛ばされたと言うのです。
負かされた直後に奴自身からその言葉を聞いた先生は、島に負わされたケガも忘れてご子息を探しに出て、そのまま行方が……」
「なんと……、なんとむごい!」
あまりに残酷な話を聞かされ、晴奈は怒りで尻尾の毛を毛羽立たせる。
「奥方も心労で倒れられ、今は臥せっております。
私自身が仇を討とうとしたものの、実際島は強く、私ではとても太刀打ちできなかったのです。ですが柊様ならきっと、あの男を倒せるでしょう!
お願いです、柊様! 何卒あの悪党、貧乏神、寄生虫――島を討ってください!」
「……」
柊は口を開かない。その代わりに刀を手に取り、下ろしていた髪を巻き上げ始めた。それを見た晴奈も、同じように外へ出る支度を取る。
支度が整ったところで、柊が静かに、しかし力強く答えた。
「任せなさい。すぐ片付けるわ」
柊と晴奈の周りには、たぎるように熱い「気」が広がっていた。



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NoTitle
初恋の相手で……結婚してるとは!
弟子の名前も日本人だ
本当に卑怯だ
子供を人質にするとはな
情けないやつだ
人質に取らなきゃ勝てないとは
腕が怠けているだろうね
刀を使うなら錆ついているよきっと
寄生虫だ
もはやアイツは寄生虫という名に決定で
気になるな
子供無事だと良いんだがな
弟子の名前も日本人だ
本当に卑怯だ
子供を人質にするとはな
情けないやつだ
人質に取らなきゃ勝てないとは
腕が怠けているだろうね
刀を使うなら錆ついているよきっと
寄生虫だ
もはやアイツは寄生虫という名に決定で
気になるな
子供無事だと良いんだがな
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NoTitle
どちらにしてもとんでもない奴ですね。