「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第6部
琥珀暁・湖戦伝 3
神様たちの話、第313話。
狐の女将、先知を得る。
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3.
ゼルカノゼロ南岸の平地は最も狭い場所で幅5~600メートルと、その周辺に比べて急に狭まる隘路(あいろ)となっており、20年前の戦いにおいても戦略上重要な地点となっていた。
そのため20年前の、帝国による北方統一戦争が終息してまもなく、帝国は西山間部以西から進攻される可能性を排除すべく、近隣の開けた土地に基地を築き、それと並行してこの隘路にも関所を設けていた。とは言え敵対勢力が全滅した、統一後のことであり、守りを堅くすることは実質的には求められておらず、その壁は石を組んだ程度の、簡素なものでしかなかった。
その後、ミェーチ軍団と豪族が結託して西山間部を奪取したことにより、この関所には帝国の進軍を阻む役目を要求され、大幅な補強工事が行われることになった。これが、これまで語っていた「防衛線構築」の経緯である。
この防衛線構築の時点で既に、エリザは帝国軍に2つの弱点があることを――いつものごとく「商売がてらの情報収集」などによって――見抜いていた。
一つは、以前にも触れた通り、非常に消極的で行動が遅いこと。そしてもう一つは、継戦能力の低さである。物資の流通ルートを把握する過程で、エリザは食糧の流れが沿岸部側から東山間部側への一方通行となっており、帝国が食糧自給を沿岸部と西山間部に少なからず依存していることに気付いていた。
これは即ち、防衛線の完成によって物資の流れが完全に遮断されれば、帝国が遠からず飢えに苦しむことを示唆しており、もしこの状況で帝国軍が動いたとしても、採れる策が短期決戦の一択しか無いことも暗示していた。
エリザのその予測通り、開戦当初こそがむしゃらに攻めて来ていた帝国軍も、2日、3日と経たずして、みるみる勢いが衰えていった。
「くそ……もう日が暮れる」
「これ以上は無理だ。今日のところは引き上げよう」
「撤退! 撤退!」
夏とは言え北方の昼は短く、その日も戦い始めてから四半日もしない内に辺りが茜色に染まってきたため、帝国軍はやむなく攻撃をやめて拠点へ引き返して行った。
「あーあ……。今日の晩飯も芋1つと塩のスープだけか?」
「仕方あるまい。3000人も兵がいるとなっては、飯代も馬鹿にならん」
「そりゃ理屈ではそうだ。理屈ではな」
「そうだよ、理屈はさ、理屈はそうだけどさ、……分かるだろ? あいつらのいる方角から……」
「ああ……うん」
ぎゅうぎゅうに人が詰まったテントの中に、うんざりした雰囲気が立ち込める。
「なんかさあ……なんか……もう……なんかがさあ!」
「分かる。メチャクチャいい匂いしてくんだよな」
「あれ本当なんなんだよ、クソが……!」
「こっちは必死だってのに、あいつらずーっと何か、もぐもぐ食ってんだよ」
「関所の上でな。俺見たもん。チラッとだけど」
「マジふざけんなって話だよな。……畜生、こんなもんで食った気になるかっつーの!」
3分もしないうちにその日の夕食も終わってしまい、彼らはのろのろとした足取りでテントを出た。
「後は寝て起きて芋いっこ食って、まーた関所に向かって、かぁ。……あーあ、もううんざりだよ」
「だよなぁ。あんな分厚い壁やら盾やら、どうやったって破れるかってんだよ」
「上は全然分かってないんだよな、前線の状況なんて」
「大体さあ、何で俺たちがこんなところで戦わなきゃならないんだよ?」
「だよなぁ。そう言うのは沿岸部だとか、湖の向こう側でやってたことだろ?」
兵士たちから漏れる言葉は現状への不満から、上層への愚痴へと変わる。
「結局、上が下手打ったせいで海外人がここまで来たってことだよな」
「それだよな。海外人が来たって時点ですぐ動いてりゃ、こんなギリギリのとこで戦わずに済んだわけだしさ」
「それまで何やってたんだろうな、本当」
「普段偉そうにふんぞり返ってるクセして、有事には何にもできないってか」
「本当、それだよ。マジでバカみてえ……」
と――愚痴を並べていた彼らの前に、仰々しい鎧を着込んだ男が現れた。
「……っ、な、何か御用でしょうか、じょ、上将軍閣下?」
自分たちの上司であることに気付き、つい先程まで非難の言葉を吐いていた彼らは背筋を正す。
「皇帝陛下より直々の命令が下った」
その将軍が沈鬱な表情を浮かべつつ、彼らに通達した。
「今すぐ全員体制で出撃せよとのご命令だ」
「い、……今すぐ、ですか!?」
「たった今、撤退したところなのに!?」
騒然となる兵士たちに、将軍はこう続ける。
「朝までに彼奴らの防衛線を突破できなければ、全員その場で自決せよ、……と」
「なっ……!?」
「そ、そんな無茶な!」
「やらねばこの拠点に火を放つ、と仰られている。いや、既にもう……」
話している間に、辺りに焦げ臭い臭いが漂い始めた。
「な……なっ……」
「諸君が帰投する場所はもう無い。私も同様だ。であれば戦い、彼らを滅ぼす方がまだ、生き残る可能性はある。戻ったところで、陛下に誅されるだろうからな。
諸君、やるしかないのだ」
「……っ」
兵士たちは顔を見合わせていたが――やがて揃って絶望に満ちた表情を浮かべながら、燃え盛る炎の中へと武具を取りに向かった。
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狐の女将、先知を得る。
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ゼルカノゼロ南岸の平地は最も狭い場所で幅5~600メートルと、その周辺に比べて急に狭まる隘路(あいろ)となっており、20年前の戦いにおいても戦略上重要な地点となっていた。
そのため20年前の、帝国による北方統一戦争が終息してまもなく、帝国は西山間部以西から進攻される可能性を排除すべく、近隣の開けた土地に基地を築き、それと並行してこの隘路にも関所を設けていた。とは言え敵対勢力が全滅した、統一後のことであり、守りを堅くすることは実質的には求められておらず、その壁は石を組んだ程度の、簡素なものでしかなかった。
その後、ミェーチ軍団と豪族が結託して西山間部を奪取したことにより、この関所には帝国の進軍を阻む役目を要求され、大幅な補強工事が行われることになった。これが、これまで語っていた「防衛線構築」の経緯である。
この防衛線構築の時点で既に、エリザは帝国軍に2つの弱点があることを――いつものごとく「商売がてらの情報収集」などによって――見抜いていた。
一つは、以前にも触れた通り、非常に消極的で行動が遅いこと。そしてもう一つは、継戦能力の低さである。物資の流通ルートを把握する過程で、エリザは食糧の流れが沿岸部側から東山間部側への一方通行となっており、帝国が食糧自給を沿岸部と西山間部に少なからず依存していることに気付いていた。
これは即ち、防衛線の完成によって物資の流れが完全に遮断されれば、帝国が遠からず飢えに苦しむことを示唆しており、もしこの状況で帝国軍が動いたとしても、採れる策が短期決戦の一択しか無いことも暗示していた。
エリザのその予測通り、開戦当初こそがむしゃらに攻めて来ていた帝国軍も、2日、3日と経たずして、みるみる勢いが衰えていった。
「くそ……もう日が暮れる」
「これ以上は無理だ。今日のところは引き上げよう」
「撤退! 撤退!」
夏とは言え北方の昼は短く、その日も戦い始めてから四半日もしない内に辺りが茜色に染まってきたため、帝国軍はやむなく攻撃をやめて拠点へ引き返して行った。
「あーあ……。今日の晩飯も芋1つと塩のスープだけか?」
「仕方あるまい。3000人も兵がいるとなっては、飯代も馬鹿にならん」
「そりゃ理屈ではそうだ。理屈ではな」
「そうだよ、理屈はさ、理屈はそうだけどさ、……分かるだろ? あいつらのいる方角から……」
「ああ……うん」
ぎゅうぎゅうに人が詰まったテントの中に、うんざりした雰囲気が立ち込める。
「なんかさあ……なんか……もう……なんかがさあ!」
「分かる。メチャクチャいい匂いしてくんだよな」
「あれ本当なんなんだよ、クソが……!」
「こっちは必死だってのに、あいつらずーっと何か、もぐもぐ食ってんだよ」
「関所の上でな。俺見たもん。チラッとだけど」
「マジふざけんなって話だよな。……畜生、こんなもんで食った気になるかっつーの!」
3分もしないうちにその日の夕食も終わってしまい、彼らはのろのろとした足取りでテントを出た。
「後は寝て起きて芋いっこ食って、まーた関所に向かって、かぁ。……あーあ、もううんざりだよ」
「だよなぁ。あんな分厚い壁やら盾やら、どうやったって破れるかってんだよ」
「上は全然分かってないんだよな、前線の状況なんて」
「大体さあ、何で俺たちがこんなところで戦わなきゃならないんだよ?」
「だよなぁ。そう言うのは沿岸部だとか、湖の向こう側でやってたことだろ?」
兵士たちから漏れる言葉は現状への不満から、上層への愚痴へと変わる。
「結局、上が下手打ったせいで海外人がここまで来たってことだよな」
「それだよな。海外人が来たって時点ですぐ動いてりゃ、こんなギリギリのとこで戦わずに済んだわけだしさ」
「それまで何やってたんだろうな、本当」
「普段偉そうにふんぞり返ってるクセして、有事には何にもできないってか」
「本当、それだよ。マジでバカみてえ……」
と――愚痴を並べていた彼らの前に、仰々しい鎧を着込んだ男が現れた。
「……っ、な、何か御用でしょうか、じょ、上将軍閣下?」
自分たちの上司であることに気付き、つい先程まで非難の言葉を吐いていた彼らは背筋を正す。
「皇帝陛下より直々の命令が下った」
その将軍が沈鬱な表情を浮かべつつ、彼らに通達した。
「今すぐ全員体制で出撃せよとのご命令だ」
「い、……今すぐ、ですか!?」
「たった今、撤退したところなのに!?」
騒然となる兵士たちに、将軍はこう続ける。
「朝までに彼奴らの防衛線を突破できなければ、全員その場で自決せよ、……と」
「なっ……!?」
「そ、そんな無茶な!」
「やらねばこの拠点に火を放つ、と仰られている。いや、既にもう……」
話している間に、辺りに焦げ臭い臭いが漂い始めた。
「な……なっ……」
「諸君が帰投する場所はもう無い。私も同様だ。であれば戦い、彼らを滅ぼす方がまだ、生き残る可能性はある。戻ったところで、陛下に誅されるだろうからな。
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