「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第6部
琥珀暁・追討伝 2
神様たちの話、第326話。
皇帝の素顔。
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2.
皇帝レン・ジーンは遠征隊の拘束から逃れてすぐ、首都フェルタイルに舞い戻っていた。しかし前述の通り、脱出直後に緊急警報が発令されており、街の者は全員、逃げ出してしまっている。
「人っ子一人おらぬではないか。これでは……」
遠征隊相手には薄ら笑いを浮かべ、皆を煙に巻いていたジーンも、こうしてアルと二人きりになったところで、ようやくその仮面がはがれた。
「これでは、誰が余の手足となると言うのだ!? 誰が余の腹を満たすのだ!?」
「……」
実のところ、1ヶ月に渡って食事も満足に与えられず、鎖で宙吊りにされ続けると言う過酷な拘束は少なからずジーンの体を痛めつけており、この時点で既に、ジーンは疲労と飢餓の二重苦に苛(さいな)まれていた。当然、精神状態も極限に達しており、立っているのもやっとの状態である。
「何とか申せ、アル! 貴様は余の第一の腹心、最大の参謀であろう!? 余が窮しておる今こそ、献策すべきであろうが!」
「……」
辛うじて声を絞り出し、怒鳴りつけたものの、アルは一言も発さない。
「役立たずめが! ……もう良い、飯を食ろうてくるわ!」
棒立ちのアルに背を向け、ジーンは近くの民家の戸を蹴り破った。
「ぬ……!?」
だが、家の中はがらんどうになっており、りんご一欠片すらも落ちていない。
「なんと貧しい家だ。飯も無いとは」
その家を後にし、隣の家も蹴破って押し入るが――。
「……ここも、か?」
その家も、さらに隣の家も――どの家に押し入っても、ジーンが口にできそうなものは、小指の先ほども見付けられなかった。
そもそも、西山間部を豪族とミェーチ軍団に制圧されて以降、そちらから流通していた食糧をはじめとする物資の供給ルートは完全に絶たれており、東山間部は食糧難に陥っていたのである。加えてゼルカノゼロ南岸戦に備えて帝国軍が苛烈な徴発行動を採ったため、その時点で民間の蓄えは、ほとんど無くなってしまっていた。その徴発から1ヶ月経ってはいるものの、元より乏しかった食糧事情がその程度の期間で改善しているはずも無い。
結局、ジーンはわずかな体力を使い果たし、手当り次第に家を回っても、まともな食べ物を手に入れることはできなかった。
「あったのはこんな、……こんなカビたチーズが、半欠けだけとは。貧しいにも程がある。一体何をしておったのだ、我が国民共は!? もっと身を粉にして、余の腹を満たすべく働くべきではないのか!? 何たる怠け者共だ!」
座り込み、自分勝手な言い分をわめき散らしても、誰一人いない広場からは自分の声がこだまして返って来るばかりである。
「レン」
と、そこへアルがやって来た。
「遠征隊の人間が48名、こちらへ向かって来ているのが確認された。お前を再度拘束するつもりだろう」
「何だと?」
よろよろと立ち上がり、折角見付けた食糧を踏み潰しながら、ジーンはわなないた。
「ようやく口を開いたかと思えば、賊軍だと!? 見て分からぬか? 余は疲れておるのだ! お前が相手をしろ!」
「承知した」
ジーンの命令に従い、アルは街の外へと向かって行った。
「……くそっ」
ジーンは靴の裏にこびりついたチーズの欠片をこそぎ落とし、口に運ぼうとして、慌てて首をぶるぶると振った。
「……ぐっ……馬鹿な、食えるものか!」
指の先に付いたチーズをはたき落とし、ふたたびその場にしゃがみ込む。
「一体何故こんな目に遭わなければならぬと言うのだ? 余はこの世を統べる天の星であるぞ? その余がこんな屈辱を味わわねばならぬとは、……まったくもって忌々しい。あの女狐には、今度こそ罰を与えてやらねば!」
顔を覆い、呪詛じみた言葉を漏らして息巻いていたところで――バタバタと軍靴を響かせる音が近付いて来ているのに気付いた。
「うっ……!」
ジーンは慌てて立ち上がり、アルが向かった方へと逃げ出した。
結局、遠征隊200名余りが包囲する直前に、ジーンと、そして先に到着していた一小隊と交戦していたアルは、フェルタイルから逃げ出した。
だがその後も別の部隊に何度も追撃され、その都度、二人は北方向への逃走を繰り返し――ついには生存不能圏とされる北方最北の高山地域、ゴラスメルチ山脈にまで入り込んだことが、ハンとエリザに報告された。
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皇帝の素顔。
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皇帝レン・ジーンは遠征隊の拘束から逃れてすぐ、首都フェルタイルに舞い戻っていた。しかし前述の通り、脱出直後に緊急警報が発令されており、街の者は全員、逃げ出してしまっている。
「人っ子一人おらぬではないか。これでは……」
遠征隊相手には薄ら笑いを浮かべ、皆を煙に巻いていたジーンも、こうしてアルと二人きりになったところで、ようやくその仮面がはがれた。
「これでは、誰が余の手足となると言うのだ!? 誰が余の腹を満たすのだ!?」
「……」
実のところ、1ヶ月に渡って食事も満足に与えられず、鎖で宙吊りにされ続けると言う過酷な拘束は少なからずジーンの体を痛めつけており、この時点で既に、ジーンは疲労と飢餓の二重苦に苛(さいな)まれていた。当然、精神状態も極限に達しており、立っているのもやっとの状態である。
「何とか申せ、アル! 貴様は余の第一の腹心、最大の参謀であろう!? 余が窮しておる今こそ、献策すべきであろうが!」
「……」
辛うじて声を絞り出し、怒鳴りつけたものの、アルは一言も発さない。
「役立たずめが! ……もう良い、飯を食ろうてくるわ!」
棒立ちのアルに背を向け、ジーンは近くの民家の戸を蹴り破った。
「ぬ……!?」
だが、家の中はがらんどうになっており、りんご一欠片すらも落ちていない。
「なんと貧しい家だ。飯も無いとは」
その家を後にし、隣の家も蹴破って押し入るが――。
「……ここも、か?」
その家も、さらに隣の家も――どの家に押し入っても、ジーンが口にできそうなものは、小指の先ほども見付けられなかった。
そもそも、西山間部を豪族とミェーチ軍団に制圧されて以降、そちらから流通していた食糧をはじめとする物資の供給ルートは完全に絶たれており、東山間部は食糧難に陥っていたのである。加えてゼルカノゼロ南岸戦に備えて帝国軍が苛烈な徴発行動を採ったため、その時点で民間の蓄えは、ほとんど無くなってしまっていた。その徴発から1ヶ月経ってはいるものの、元より乏しかった食糧事情がその程度の期間で改善しているはずも無い。
結局、ジーンはわずかな体力を使い果たし、手当り次第に家を回っても、まともな食べ物を手に入れることはできなかった。
「あったのはこんな、……こんなカビたチーズが、半欠けだけとは。貧しいにも程がある。一体何をしておったのだ、我が国民共は!? もっと身を粉にして、余の腹を満たすべく働くべきではないのか!? 何たる怠け者共だ!」
座り込み、自分勝手な言い分をわめき散らしても、誰一人いない広場からは自分の声がこだまして返って来るばかりである。
「レン」
と、そこへアルがやって来た。
「遠征隊の人間が48名、こちらへ向かって来ているのが確認された。お前を再度拘束するつもりだろう」
「何だと?」
よろよろと立ち上がり、折角見付けた食糧を踏み潰しながら、ジーンはわなないた。
「ようやく口を開いたかと思えば、賊軍だと!? 見て分からぬか? 余は疲れておるのだ! お前が相手をしろ!」
「承知した」
ジーンの命令に従い、アルは街の外へと向かって行った。
「……くそっ」
ジーンは靴の裏にこびりついたチーズの欠片をこそぎ落とし、口に運ぼうとして、慌てて首をぶるぶると振った。
「……ぐっ……馬鹿な、食えるものか!」
指の先に付いたチーズをはたき落とし、ふたたびその場にしゃがみ込む。
「一体何故こんな目に遭わなければならぬと言うのだ? 余はこの世を統べる天の星であるぞ? その余がこんな屈辱を味わわねばならぬとは、……まったくもって忌々しい。あの女狐には、今度こそ罰を与えてやらねば!」
顔を覆い、呪詛じみた言葉を漏らして息巻いていたところで――バタバタと軍靴を響かせる音が近付いて来ているのに気付いた。
「うっ……!」
ジーンは慌てて立ち上がり、アルが向かった方へと逃げ出した。
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