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    「双月千年世界 4;琥珀暁」
    琥珀暁 第6部

    琥珀暁・終局伝 5

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    神様たちの話、第334話。
    悪魔との死闘。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「させるかあッ!」
     のどに感じていた途方も無い圧力が消え、ハンの意識が戻って来る。
    「げっほ……げほっ……はあっ、はあ……」
     咳き込みつつも、どうにか肺に新鮮な空気を送り、ハンは死の淵から逃れた。
    「はあ……はあ……ま、……マリアか、……今のは」
     ハンの推測通り、マリアがアルの前に立ちはだかり、槍を突き付けている。アルのフードは首から上がばっさり切り裂かれており、どうやら自分が首を絞められてすぐ、彼女が横薙ぎに斬り付けたらしかった。
    「あたしが相手だ! かかって来い、側近!」
    「キサマ……カ……」
     アルは後頭部に短剣が突き刺さったまま、マリアと対峙する。瞬間、ガキンと音を立て、アルがマリアとの間合いを詰める。先程襲い掛かられた時と同様、ハンはあまりの速さに目で追うことができなかったが、どうやらマリアは見切っているらしく、瞬時に槍をぐるんと半回転させ、石突を相手のみぞおちにねじ込ませた。
    「らあああッ!」
    「ウオオ……ッ!?」
     飛び込んだその勢いのまま、アルは真横へと転がって行く。
    「……ガピュ……ガ……ゼンカイヨリ……サラニ……ノウリョクガジョウショウ……シテイル……コノワタシノ……セイノウヲコエルホドニ……!?」
    「あんたに誰も殺させたりなんかさせるもんかッ! あたしがやっつけてやるッ!」
     吼えるように叫び、マリアは倒れ込んだままのアルに飛び掛かった。
    「うりゃああああッ!」
    「ガガ……ガ……ッ」
     アルが立ち上がると同時に、マリアの槍の穂先がばきん、と音を立ててアルの胴に食い込んだ。
    「グオオオオ……ッ!?」
    「……ふううううっ……!」
     動かなくなったアルの体に、マリアはなおも槍を押し込んで行く。棒立ちになった姿勢のまま、ずるずるとアルは後ろに下がり、崖の方へと圧されて行く。
    「キ……キサマ……ッ……ヤメロ……!」
    「うるさい! うるさい、うるさいッ! うるさあああああーいッ!」
     その間、マリアの勢いは一瞬も衰えることなく――やがてアルの体は、槍ごと崖下へと落ちて行った。
    「……っは、あ」
     落ちて行くと同時に、マリアはひざを着く。どうにか立ち直ったハンは彼女の元に駆け寄り、手を差し伸べた。
    「大丈夫か、マリア? ケガは?」
    「あたしは……だいじょーぶです。ちょっと……や、大分しんどいですけども」
    「そ、そうか」
     どうにか立ち上がったマリアに、ハンは肩を貸してやる。
    「あたしより、……尉官は、大丈夫なんですか? のど、絞められてましたけど」
    「一瞬だったからな。何とか無事だ。声も普通に出てるし」
    「ロウさんは?」
    「え? えーと……」
     ハンはマリアを抱えたまま、くる、と崖に背を向けた。
    「おい、ロウ。あんた、大丈夫なのか?」
    「いちち……結構ヤバいわ。腕折られちまった」
     ロウの言う通り、彼の右腕からは血が滴り、骨も見えている。
    「エリザさん、治せますか?」
     尋ねたハンに、エリザが肩をすくめて返す。
    「ちゃんと固定やら何やらせんとアカンわ。このまんま治療術かけたら、骨飛び出たまんまになってまうで」
    「うひぇ……」
    「とりあえずロウくん連れて、誰か戻らな……」
     言いかけたエリザが、顔をこわばらせる。
    「後ろ!」
    「え?」
     言われて、ハンは後ろを振り返った。

    「ガ……グギ……ギギギ……」
     崖下に落ちたはずのアルが、そこに立っていた。
    「な……ん……だって?」
     理解が追い付かず、ハンはマリアを抱えたまま、身動きできなくなる。
    「尉官!」
     マリアは即応し、ハンから離れて戦闘態勢を取ったものの、その手に武器は無い。素手のマリアに、アルががくん、がくんと体を震わせながら、にじり寄って来た。
    「シ……ヌ……ガ……ヨイ」
     アルが手を振り上げた、その瞬間――。
    「『ジャガーノート』!」
     一行のはるか後方から一人、ハンとマリアの前に飛び出して来た。その姿を目にし、ハンは声を上げる。
    「ビート!? 何故ここにいる!?」
     ビートは答えず、代わりに魔杖を振り上げる。瞬間、ばぢっと気味の悪い音が弾け、アルの全身が発光した。
    「ウグ……グ……グオ、……オオオオオッ!?」
     わずかに張り付いていたフードの残骸は一瞬で蒸発し、甲冑で覆われた全身が燃え始める。
    「コレハ、……ボゴッ!?」
     何かをしゃべりかけたアルの口から、青紫の炎が噴き上がる。
    「燃えろーッ!」
     叫んだビートの魔杖も燃え始めていたが、それでもビートは魔杖を放さず、魔術を使い続ける。やがてアルの甲冑がボロボロと剥がれ落ち、体勢を大きく崩したアルは、ふたたび崖下へと落ちて行った。
    「ウオオ……オオ……オオオオ……」
     ハンとマリアは、慌てて崖下を確認する。と同時に爆風が上がってくるのを確認し、二人とものけぞった。
    「おわあっ!」「ひゃあっ!」
     積もった雪をはるか上空まで巻き上げるほどの爆発にあおられ、二人は揃って仰向けに転がる。
    「……し、……死んだか?」
    「あれで生きてたら、……もーどーしようも無いです」
     起き上がり、もう一度崖下を確認して、巨大な穴がぽっかりと空いているのを目にしたところで、ハンもマリアも、ようやく安堵のため息を漏らした。
    「……どーなることかと思いましたよ、本当」
    「ああ、まったくだ。……っと」
     ハンは振り返り、黒焦げになった魔杖を掲げたままのビートをにらみつけた。
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