「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第6部
琥珀暁・平南伝 5
神様たちの話、第349話。
幻の「絶対敵」。
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5.
カーテンロック山脈の北岸に沿って海路で渡るまでは、マリアたちの遠征はそれなりに順調だった。その先に何があるかも分からない、不安要素しか無いような航海だったが、いざ船を走らせてみると、程無く風と海流をつかまえることに成功し、出港から2ヶ月半後の31年8月下旬、彼女たちは山脈の東端地点に到達し、そこから東へ延々と、未開の地が広がっていることを確認した。
順調でないのは、ここからだった。
まず、「未開の地」と述べたが、それは彼女たちの見識上のことである。その地には既に人と文明があり、独自に生活圏を拡げていた。とは言えこのことはある程度予想できたことであり、彼女たちは北方と接触した時と同様、魔術を用いて意思疎通を図り、この地の事情を知ることができた。
この地に住む人々が言うには、「南にある、とある国からの侵略を受けており、その攻防に頭を悩ませている」とのことだった。血気盛んで正義感の強い彼女は、その国がかつて北方で猛威を奮った帝国と同様の存在であるものと認識し、遠征隊にその勢力を排除させた。
そしてそのことが――この後6年に渡る地獄と泥沼のはじまりとなった。
北方における帝国とは、言うなれば「絶対敵」であった。帝国、そして皇帝ジーンは誰に対しても、どのような状況や場合であっても、常に敵であり続けたのだ。であるからこそ遠征隊が、そして遠征隊に与(くみ)する者たちが帝国に攻撃を加えても、感謝されこそすれ、誰かからの恨みを買うようなことは、まず有り得ないことだった。だがこの時、マリアたちが襲った相手は「相対敵」――事情や立場で利害関係の一致、不一致が変動する、「今は敵だが、場合によっては味方にも、友人にもなり得る相手」だったのだ。
マリアたちが最初に接触した勢力とその「敵」とは、実は単に利権争いで対立していたに過ぎず、この状況に遭遇したのがもしエリザであったならば、お得意の人心掌握策を駆使して双方和解させ、味方に引き込むことも可能な相手だったが、マリアたちはそれを攻撃し、壊滅させた。それにより「敵」は友好的態度とは真逆の深い恨みを抱き、自分たちと協力関係を結ぶ同盟国らと結託して、大規模な報復攻勢に出たのである。
この状況においてさらにもう一つ、不幸な要因があったとすれば、それはかつて北方の遠征において情報収集や斥候、偵察などの間諜業務を丸っきりエリザ任せにしていた人間ばかりが、この遠征に集まってしまったことだった。今戦っている敵が本当に自分たちの「絶対敵」、決して分かり合えない悪役であるのか確認してみようなどと提案する者は一人もおらず、マリアたちは自分たちが手にしてきた、この一方的で欺瞞に満ちた情報が疑いようの無い唯一の真実であると、盲信してしまったのである。
そしてこの戦いが地方の小競り合いから南全域を巻き込む戦争に発展したところで、マリアたちはようやく自分たちを取り囲む状況を把握し――南の人間にとっての「絶対敵」が、遠征隊そのものとなってしまったことに気付いた。
それでもマリアには、戦う以外の選択肢は残されていなかった。
ここで遠征を中止し北へ帰ったところで、エリザの影に怯えるゼロがそんな結果を承知するわけが無い。ましてや悪化の一途をたどる状況を打開するためにエリザの知恵を借りるなど、ゼロが容認するはずも無い。かと言って、今更手を差し出して友好関係を築くことなど、到底不可能である。
結果、マリアは――己の信念と正義を盲信したがために――南の人間にとって、悪逆非道の魔女と化した。
双月暦37年、遠征隊に抗う勢力が軒並み壊滅し、遠征隊に寄る実効支配が完了したところで、マリアはゼロからねぎらいと、称賛の言葉を受けた。
「『君たちの活躍によって、南の地は平定された。長い間、本当にご苦労だった。ついてはマリア・ロッソを本日付で佐官に昇格させ、併せて南方大使の任を命ずる。それに加えて、君には『大卿』の称号を贈ることとする。これは本来、将軍にしか与えていないものであり、故に君には将来的に、将軍職を用意するつもりだ。
私のために尽力してくれて、本当にありがとう。深く感謝している』、……とのことです」
憔悴しきったメリーから「頭巾」越しの伝言を受け、マリアは切れ切れとした叫びを上げた。
「……そんなの、……そんな風に……あたしを認めないでよ……! あたしが、……あたしがここで、どんな風にさげすまれたか……!
あたしがどんな思いをしたか、これっぽっちも分かってないくせに、……~ッ」
マリアは泣いていた。そして長く昏い戦いで傷付き尽くした彼女に付き従ってきた、班員3名も。
ゼロからの辞令を受けた翌日、マリアたち4名は遠征隊の本営から姿を消した。以降の消息は、不明である。
琥珀暁・平南伝 終
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幻の「絶対敵」。
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5.
カーテンロック山脈の北岸に沿って海路で渡るまでは、マリアたちの遠征はそれなりに順調だった。その先に何があるかも分からない、不安要素しか無いような航海だったが、いざ船を走らせてみると、程無く風と海流をつかまえることに成功し、出港から2ヶ月半後の31年8月下旬、彼女たちは山脈の東端地点に到達し、そこから東へ延々と、未開の地が広がっていることを確認した。
順調でないのは、ここからだった。
まず、「未開の地」と述べたが、それは彼女たちの見識上のことである。その地には既に人と文明があり、独自に生活圏を拡げていた。とは言えこのことはある程度予想できたことであり、彼女たちは北方と接触した時と同様、魔術を用いて意思疎通を図り、この地の事情を知ることができた。
この地に住む人々が言うには、「南にある、とある国からの侵略を受けており、その攻防に頭を悩ませている」とのことだった。血気盛んで正義感の強い彼女は、その国がかつて北方で猛威を奮った帝国と同様の存在であるものと認識し、遠征隊にその勢力を排除させた。
そしてそのことが――この後6年に渡る地獄と泥沼のはじまりとなった。
北方における帝国とは、言うなれば「絶対敵」であった。帝国、そして皇帝ジーンは誰に対しても、どのような状況や場合であっても、常に敵であり続けたのだ。であるからこそ遠征隊が、そして遠征隊に与(くみ)する者たちが帝国に攻撃を加えても、感謝されこそすれ、誰かからの恨みを買うようなことは、まず有り得ないことだった。だがこの時、マリアたちが襲った相手は「相対敵」――事情や立場で利害関係の一致、不一致が変動する、「今は敵だが、場合によっては味方にも、友人にもなり得る相手」だったのだ。
マリアたちが最初に接触した勢力とその「敵」とは、実は単に利権争いで対立していたに過ぎず、この状況に遭遇したのがもしエリザであったならば、お得意の人心掌握策を駆使して双方和解させ、味方に引き込むことも可能な相手だったが、マリアたちはそれを攻撃し、壊滅させた。それにより「敵」は友好的態度とは真逆の深い恨みを抱き、自分たちと協力関係を結ぶ同盟国らと結託して、大規模な報復攻勢に出たのである。
この状況においてさらにもう一つ、不幸な要因があったとすれば、それはかつて北方の遠征において情報収集や斥候、偵察などの間諜業務を丸っきりエリザ任せにしていた人間ばかりが、この遠征に集まってしまったことだった。今戦っている敵が本当に自分たちの「絶対敵」、決して分かり合えない悪役であるのか確認してみようなどと提案する者は一人もおらず、マリアたちは自分たちが手にしてきた、この一方的で欺瞞に満ちた情報が疑いようの無い唯一の真実であると、盲信してしまったのである。
そしてこの戦いが地方の小競り合いから南全域を巻き込む戦争に発展したところで、マリアたちはようやく自分たちを取り囲む状況を把握し――南の人間にとっての「絶対敵」が、遠征隊そのものとなってしまったことに気付いた。
それでもマリアには、戦う以外の選択肢は残されていなかった。
ここで遠征を中止し北へ帰ったところで、エリザの影に怯えるゼロがそんな結果を承知するわけが無い。ましてや悪化の一途をたどる状況を打開するためにエリザの知恵を借りるなど、ゼロが容認するはずも無い。かと言って、今更手を差し出して友好関係を築くことなど、到底不可能である。
結果、マリアは――己の信念と正義を盲信したがために――南の人間にとって、悪逆非道の魔女と化した。
双月暦37年、遠征隊に抗う勢力が軒並み壊滅し、遠征隊に寄る実効支配が完了したところで、マリアはゼロからねぎらいと、称賛の言葉を受けた。
「『君たちの活躍によって、南の地は平定された。長い間、本当にご苦労だった。ついてはマリア・ロッソを本日付で佐官に昇格させ、併せて南方大使の任を命ずる。それに加えて、君には『大卿』の称号を贈ることとする。これは本来、将軍にしか与えていないものであり、故に君には将来的に、将軍職を用意するつもりだ。
私のために尽力してくれて、本当にありがとう。深く感謝している』、……とのことです」
憔悴しきったメリーから「頭巾」越しの伝言を受け、マリアは切れ切れとした叫びを上げた。
「……そんなの、……そんな風に……あたしを認めないでよ……! あたしが、……あたしがここで、どんな風にさげすまれたか……!
あたしがどんな思いをしたか、これっぽっちも分かってないくせに、……~ッ」
マリアは泣いていた。そして長く昏い戦いで傷付き尽くした彼女に付き従ってきた、班員3名も。
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