「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第6部
琥珀暁・天帝伝 1
神様たちの話、第350話。
許されざる嘘。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
南方遠征隊指揮官、即ちマリア・ロッソの突然の失踪を受け、閣僚は戸惑っていた。
「一体どうしてロッソ尉官、いや、ロッソ佐官は姿をくらませたんだ?」
「大卿の称号まで得て、将来が約束された身だと言うのに」
「どう思われますか、陛下?」
閣僚らの顔を見渡し、ゼロは口を開いた。
「事情については、はっきりとでは無いが分かっているつもりだ。南の地での活動が、結果として侵略行為となってしまったことを悔いての逐電だろう。彼女の辛苦を理解できなかった、私に責任の一端がある。
それを踏まえて、今回の件はこう公表するつもりだ。『南の地にかつて北方で非道を働いていた帝国と同様の勢力が存在し、遠征隊はその勢力と徹底抗戦に臨んだ。結果として隊長マリア・ロッソ及び彼女の側近3名の計4名は殉死したが、勢力の殲滅には成功し、現在は遠征隊による暫定的な統治が行われている』、……と。
彼女はあくまで名誉の戦死を遂げたこととし、『大卿』の称号は殉職による特別昇進の措置として贈ったものとする」
これを聞いて、閣僚たちはざわついた。
「へ、陛下?」
「それはあの、事実とまるで違うと言いますか……」
「い、いや、はっきり言えば虚偽報告でしょう!?」
「陛下御自らが嘘をお付きになるなど、あってはならないことです!」
「ではどうする? 真実をありのまま、皆に伝えるのか?」
異口同音に反対の意を伝える閣僚たちに、ゼロは苛立たしげな目を向ける。
「それで誰が得をすると言うんだ? 大義無き戦争に大勢の兵士を投入したことを民衆が知れば、ただただ嘆き悲しませるだけだ。それより今回の件を美化して伝え、『悪を討ち滅ぼす』と言う大義のために戦ったことにしておいた方が、皆も納得し、称賛するだろう」
「へ……陛下! お、おそれながら申し上げます!」
ゼロの言葉を聞いてもなお、何人かは反発する。
「仮に今、そのように吹聴したとしても、兵士たちが戻って来れば事実は明らかになります!」
「嘘が発覚すれば、陛下のご威信は失墜しかねませんぞ!?」
「はなはだ遺憾ではございましょうが、どうか思い留まり、真実をお伝えになって下さい!」
「ばれなければ問題は無い。そ、そう、……ゴホン、そうだろう?」
公明正大であった人間とは思えないこの卑怯極まりない言葉に、閣僚たちは絶句する。
「なっ……」
「そんな……」
「へ、陛下は、何をなさるおつもりなのですか?」
辛うじて尋ねた閣僚に、ゼロは目を合わさずに答える。
「遠征隊の人間は全員、南の地を統治するための人員として、当面、いや、無期的に駐留させるよう命ずることとする。誰も戻って来なければ、吹聴されるおそれは無い。仮に『頭巾』で伝える者がいたとしても、私が事実と認めなければ、相手の方が嘘付きと見なされるだろう」
「へ、兵士たち全員を!?」
「そんな無茶な!」
「しかも兵士に罪を被せるなど……!?」
嘆く閣僚たちを、ゼロはにらみつけた。
「これ以上の討議は不要と判断する。話は以上だ。各自、私が命じた通りに行動するように」
唖然とする閣僚たちを尻目に、ゼロは会議の場を去った。
あまりにも常識はずれで、不誠実で、かつ、卑劣極まりない命令であったが、それでも皆が陛下と崇める男の下した「勅令」である。容易に逆らうわけにも行かず、閣僚たちはわだかまりつつも、渋々従った。
そして遠征隊の兵士1000名は帰還命令を下されること無く、怨嗟(えんさ)渦巻くこの南の地で、さらにもう1年を過ごす羽目になった。
そして――その状況をいぶかしんだゲートとアロイが真相究明のために動いたことにより、この後に起こる最大最後の政変が幕を開けた。
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許されざる嘘。
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南方遠征隊指揮官、即ちマリア・ロッソの突然の失踪を受け、閣僚は戸惑っていた。
「一体どうしてロッソ尉官、いや、ロッソ佐官は姿をくらませたんだ?」
「大卿の称号まで得て、将来が約束された身だと言うのに」
「どう思われますか、陛下?」
閣僚らの顔を見渡し、ゼロは口を開いた。
「事情については、はっきりとでは無いが分かっているつもりだ。南の地での活動が、結果として侵略行為となってしまったことを悔いての逐電だろう。彼女の辛苦を理解できなかった、私に責任の一端がある。
それを踏まえて、今回の件はこう公表するつもりだ。『南の地にかつて北方で非道を働いていた帝国と同様の勢力が存在し、遠征隊はその勢力と徹底抗戦に臨んだ。結果として隊長マリア・ロッソ及び彼女の側近3名の計4名は殉死したが、勢力の殲滅には成功し、現在は遠征隊による暫定的な統治が行われている』、……と。
彼女はあくまで名誉の戦死を遂げたこととし、『大卿』の称号は殉職による特別昇進の措置として贈ったものとする」
これを聞いて、閣僚たちはざわついた。
「へ、陛下?」
「それはあの、事実とまるで違うと言いますか……」
「い、いや、はっきり言えば虚偽報告でしょう!?」
「陛下御自らが嘘をお付きになるなど、あってはならないことです!」
「ではどうする? 真実をありのまま、皆に伝えるのか?」
異口同音に反対の意を伝える閣僚たちに、ゼロは苛立たしげな目を向ける。
「それで誰が得をすると言うんだ? 大義無き戦争に大勢の兵士を投入したことを民衆が知れば、ただただ嘆き悲しませるだけだ。それより今回の件を美化して伝え、『悪を討ち滅ぼす』と言う大義のために戦ったことにしておいた方が、皆も納得し、称賛するだろう」
「へ……陛下! お、おそれながら申し上げます!」
ゼロの言葉を聞いてもなお、何人かは反発する。
「仮に今、そのように吹聴したとしても、兵士たちが戻って来れば事実は明らかになります!」
「嘘が発覚すれば、陛下のご威信は失墜しかねませんぞ!?」
「はなはだ遺憾ではございましょうが、どうか思い留まり、真実をお伝えになって下さい!」
「ばれなければ問題は無い。そ、そう、……ゴホン、そうだろう?」
公明正大であった人間とは思えないこの卑怯極まりない言葉に、閣僚たちは絶句する。
「なっ……」
「そんな……」
「へ、陛下は、何をなさるおつもりなのですか?」
辛うじて尋ねた閣僚に、ゼロは目を合わさずに答える。
「遠征隊の人間は全員、南の地を統治するための人員として、当面、いや、無期的に駐留させるよう命ずることとする。誰も戻って来なければ、吹聴されるおそれは無い。仮に『頭巾』で伝える者がいたとしても、私が事実と認めなければ、相手の方が嘘付きと見なされるだろう」
「へ、兵士たち全員を!?」
「そんな無茶な!」
「しかも兵士に罪を被せるなど……!?」
嘆く閣僚たちを、ゼロはにらみつけた。
「これ以上の討議は不要と判断する。話は以上だ。各自、私が命じた通りに行動するように」
唖然とする閣僚たちを尻目に、ゼロは会議の場を去った。
あまりにも常識はずれで、不誠実で、かつ、卑劣極まりない命令であったが、それでも皆が陛下と崇める男の下した「勅令」である。容易に逆らうわけにも行かず、閣僚たちはわだかまりつつも、渋々従った。
そして遠征隊の兵士1000名は帰還命令を下されること無く、怨嗟(えんさ)渦巻くこの南の地で、さらにもう1年を過ごす羽目になった。
そして――その状況をいぶかしんだゲートとアロイが真相究明のために動いたことにより、この後に起こる最大最後の政変が幕を開けた。
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350話到達。
かなり長いこと引っ張ってきましたが、もうじき終わりです。
旧約聖書しかり、中国戦記しかり、名君と称された者が晩年まで名君であり続けた例は、
古今東西のいずれにおいても皆無です。
ダビデが強大な敵を相手に連戦連勝を重ね、その功によって人望を得、30歳にして王の座に就くも、
晩年は浮気の発覚を恐れ、浮気相手の夫に無謀な出撃命令を下して死に追いやったり、
自分の栄華のために法を捻じ曲げたりと、相当に薄汚いことを繰り返しました。
若い頃は善政を敷き、中国・唐の最盛期を導いたと言われる玄宗帝も、
晩年には楊貴妃にうつつを抜かして政事を放り出した結果、安史の乱が勃発。
晩節の汚れを拭えぬまま、なし崩し的に帝位を譲らされて生涯を終えました。
どんな名君も終生、名君足り得た事例はありません。
誰だってそうなる。ゼロだってそうなる。
じゃあエリザは? ……と聞かれるかも知れませんが、
彼女はそもそも「君子」じゃありません。
二柱の神様の、最大の違いはそこにあります。
そしてそれが後世の評価に、そして後の歴史に大きく影響することとなります。
350話到達。
かなり長いこと引っ張ってきましたが、もうじき終わりです。
旧約聖書しかり、中国戦記しかり、名君と称された者が晩年まで名君であり続けた例は、
古今東西のいずれにおいても皆無です。
ダビデが強大な敵を相手に連戦連勝を重ね、その功によって人望を得、30歳にして王の座に就くも、
晩年は浮気の発覚を恐れ、浮気相手の夫に無謀な出撃命令を下して死に追いやったり、
自分の栄華のために法を捻じ曲げたりと、相当に薄汚いことを繰り返しました。
若い頃は善政を敷き、中国・唐の最盛期を導いたと言われる玄宗帝も、
晩年には楊貴妃にうつつを抜かして政事を放り出した結果、安史の乱が勃発。
晩節の汚れを拭えぬまま、なし崩し的に帝位を譲らされて生涯を終えました。
どんな名君も終生、名君足り得た事例はありません。
誰だってそうなる。ゼロだってそうなる。
じゃあエリザは? ……と聞かれるかも知れませんが、
彼女はそもそも「君子」じゃありません。
二柱の神様の、最大の違いはそこにあります。
そしてそれが後世の評価に、そして後の歴史に大きく影響することとなります。



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