「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
双月千年世界 短編・掌編
琥珀暁番外編 その2
神様、……から裏切られた女の話。
ある口伝。
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琥珀暁番外編 その2
かつて央北と央中に棲息していたように、バケモノは央南にも、その姿が確認されていた。しかし前二地域でそうであったように、能動的に人を襲うような性質も、人の生息圏に現れるような性質も持っておらず、どうやら作った人間は別なようだった。
それでも襲われればひとたまりも無いのは同様であり――。
「ひっ、ひっ、ひいっ……」
腰に提げた袋からボトボトと、山菜や野鳥を落としながら、男は山道を転がるように走っている。
「ヤバいってヤバいってマジで……ッ!」
男は叫び、喚き散らしながら全力疾走していた。そうしなければ、死ぬのは明らかだったからだ。
男の背後には、異形の獣が迫っていた。一見、狼にも見えるその姿は、良く確認すればあちこちに、奇形じみた特徴が見られる。口に収まりきらぬ牙、明らかに脚先より長い爪、そして他の動物にはまず見られない、燃えるように赤く光る尻尾――それは正に、「バケモノ」と呼ぶにふさわしい、恐るべき獣だった。
「助けてくれーッ! だっ、誰かあああ……ッ!」
そう叫んでも何の助けも来ないことは、明らかであるように思えた。
その時だった。
「えやあああッ!」
女性の猛々しい声が響き渡り、狼の首に槍が突き刺さる。
「グヒュ……ッ」
空気が漏れたような叫び声を上げ、バケモノは二歩、三歩と斜めによろける。その隙を突いて、新たに二人、剣を振り上げながら現れる。
「……お、……え、……な、何?」
来ないはずの助けをうっすら期待しつつ逃げ回っていた男も、そんな光景が実際に繰り広げられるとは想像しておらず、思わず足を止める。
「助けに来ました! 大丈夫ですか!?」
と、最初に聞こえたものとは別の女性の声がかけられ、男はわけも分からないままうなずく。
「はっ、はい」
「物陰に隠れていて下さい! わたしたちが何とかします!」
「わ、分かりましたっ」
言われた通りに木の陰に隠れ、男は戦いを見守る。
「尉官! 脚、仕留めました!」
「とどめお願いします!」
「はーい、……よッ!」
両前足を絶たれ、動けなくなった狼の頭に向かって、猫耳の女性が自分の身長ほどもある槍を投げる。
「ガッ……」
眉間に深々と槍が突き刺さった途端、狼はその場にうずくまり、そのまま動かなくなった。
「敵、沈黙を確認!」
「討伐完了です!」
前脚を斬った男たちが「猫」に向かって敬礼したところで、男は恐る恐る、彼女たちのそばに寄った。
「あ、あの、あなた方は……?」
「ご無事ですか?」
と、先程声をかけてきたらしい、短耳の女性もやって来る。
「は、はい、何とか」
「良かったです」
にこ、と短耳に微笑まれ、ようやく男はほっとため息を付いた。
「ど、どうも」
「メリー、誘導ありがとね」
と、狼の頭から槍を引き抜きながら、「猫」が彼女に声を掛けた。
「おかげで助けられたし。……あなた、どこの人?」
「あ、えっと、ふもとの村の、あの、田貫ってとこ、です、はい」
「そう。……あの、こんなこと頼んだらちょっと図々しいかもなんだけどさ」
そう前置きしたところで――猫獣人の腹が、ぐう、と鳴った。
「……ってわけで、あたしたちのご飯と寝るところが欲しいんだけど、頼める?」
「ふへっ? ……あ、あは、ははは」
途端におかしくなり、男は大笑いした。
「は、はい、それくらい、全然、ええ」
「あー、良かったぁ」
猫獣人はにこ、と笑い、自己紹介した。
「あたしとこいつらは、バケモノ退治の旅をしてるの。こっちはまだまだバケモノ、多いみたいだしさ」
「そ、そうなんですか? 何でわざわざ、そんな危ないことを……?」
男が尋ねた途端、彼女は苦い顔をした。
「罪滅ぼしが半分。後は……、あたしたちの自己満足かしらね。全部かも知れないけど」
「はあ……?」
男はこの、風変わりな見た目と顔立ちをした4人を、自分の村へと案内した。
双月暦1世紀頃、央南地域が天帝ゼロ・タイムズの侵略を受けてまもない時期に、各地を回る「バケモノ退治屋」のうわさが広まった。猫獣人の女を筆頭とするその4人は、かすかにではあるが、人々の記憶と口伝に残った。
その勇ましい戦い方と、そしてどこか悲しげな様子と共に。
終
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ある口伝。
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琥珀暁番外編 その2
かつて央北と央中に棲息していたように、バケモノは央南にも、その姿が確認されていた。しかし前二地域でそうであったように、能動的に人を襲うような性質も、人の生息圏に現れるような性質も持っておらず、どうやら作った人間は別なようだった。
それでも襲われればひとたまりも無いのは同様であり――。
「ひっ、ひっ、ひいっ……」
腰に提げた袋からボトボトと、山菜や野鳥を落としながら、男は山道を転がるように走っている。
「ヤバいってヤバいってマジで……ッ!」
男は叫び、喚き散らしながら全力疾走していた。そうしなければ、死ぬのは明らかだったからだ。
男の背後には、異形の獣が迫っていた。一見、狼にも見えるその姿は、良く確認すればあちこちに、奇形じみた特徴が見られる。口に収まりきらぬ牙、明らかに脚先より長い爪、そして他の動物にはまず見られない、燃えるように赤く光る尻尾――それは正に、「バケモノ」と呼ぶにふさわしい、恐るべき獣だった。
「助けてくれーッ! だっ、誰かあああ……ッ!」
そう叫んでも何の助けも来ないことは、明らかであるように思えた。
その時だった。
「えやあああッ!」
女性の猛々しい声が響き渡り、狼の首に槍が突き刺さる。
「グヒュ……ッ」
空気が漏れたような叫び声を上げ、バケモノは二歩、三歩と斜めによろける。その隙を突いて、新たに二人、剣を振り上げながら現れる。
「……お、……え、……な、何?」
来ないはずの助けをうっすら期待しつつ逃げ回っていた男も、そんな光景が実際に繰り広げられるとは想像しておらず、思わず足を止める。
「助けに来ました! 大丈夫ですか!?」
と、最初に聞こえたものとは別の女性の声がかけられ、男はわけも分からないままうなずく。
「はっ、はい」
「物陰に隠れていて下さい! わたしたちが何とかします!」
「わ、分かりましたっ」
言われた通りに木の陰に隠れ、男は戦いを見守る。
「尉官! 脚、仕留めました!」
「とどめお願いします!」
「はーい、……よッ!」
両前足を絶たれ、動けなくなった狼の頭に向かって、猫耳の女性が自分の身長ほどもある槍を投げる。
「ガッ……」
眉間に深々と槍が突き刺さった途端、狼はその場にうずくまり、そのまま動かなくなった。
「敵、沈黙を確認!」
「討伐完了です!」
前脚を斬った男たちが「猫」に向かって敬礼したところで、男は恐る恐る、彼女たちのそばに寄った。
「あ、あの、あなた方は……?」
「ご無事ですか?」
と、先程声をかけてきたらしい、短耳の女性もやって来る。
「は、はい、何とか」
「良かったです」
にこ、と短耳に微笑まれ、ようやく男はほっとため息を付いた。
「ど、どうも」
「メリー、誘導ありがとね」
と、狼の頭から槍を引き抜きながら、「猫」が彼女に声を掛けた。
「おかげで助けられたし。……あなた、どこの人?」
「あ、えっと、ふもとの村の、あの、田貫ってとこ、です、はい」
「そう。……あの、こんなこと頼んだらちょっと図々しいかもなんだけどさ」
そう前置きしたところで――猫獣人の腹が、ぐう、と鳴った。
「……ってわけで、あたしたちのご飯と寝るところが欲しいんだけど、頼める?」
「ふへっ? ……あ、あは、ははは」
途端におかしくなり、男は大笑いした。
「は、はい、それくらい、全然、ええ」
「あー、良かったぁ」
猫獣人はにこ、と笑い、自己紹介した。
「あたしとこいつらは、バケモノ退治の旅をしてるの。こっちはまだまだバケモノ、多いみたいだしさ」
「そ、そうなんですか? 何でわざわざ、そんな危ないことを……?」
男が尋ねた途端、彼女は苦い顔をした。
「罪滅ぼしが半分。後は……、あたしたちの自己満足かしらね。全部かも知れないけど」
「はあ……?」
男はこの、風変わりな見た目と顔立ちをした4人を、自分の村へと案内した。
双月暦1世紀頃、央南地域が天帝ゼロ・タイムズの侵略を受けてまもない時期に、各地を回る「バケモノ退治屋」のうわさが広まった。猫獣人の女を筆頭とするその4人は、かすかにではあるが、人々の記憶と口伝に残った。
その勇ましい戦い方と、そしてどこか悲しげな様子と共に。
終
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基本的に、自分の作品はハッピーエンドで終わらせるよう心がけています。
だって嫌な終わり方したくないですもん。ものすごく後味が悪いですし。
それでも――彼女に関しては、幸福な結末を与えられませんでした。
何も嫌っていたとかそう言うわけでは無く、これは「必然」の結果だったからです。
彼女は悪い娘ではないんですが、短所をひとつ挙げるとするならば、
「自分が興味の無いことに関して、極めて消極的かつ排他的」であることです。
ヒラの兵士のままであれば、そんな特徴があっても問題無いでしょう。
それなら個性と言ってあげてもいい程度の、可愛げある話です。
ただし、責任ある地位に就いた人間が、その態度ではまずいでしょう。
「やりたくない仕事は目も通さずに全部ほったらかし」と言うことですから。
無論、確かに誰だってやりたくない仕事と言うのはあります。
ですが逆に、「他の人は苦手らしいけど私はコレ得意!」と言う仕事もあります。
その点、北方遠征の時は隊長のハンと副隊長のエリザが、上手いこと補い合っていました。
ハンがやりたくない仕事はエリザがやり、エリザがやりたくない仕事はハンがやる。
両者とも互いに、「この2人で遠征隊を率いていなければ、何かしら破綻していただろう」
と感想を漏らすほど、このコンビはぴったり噛み合っていました。
しかるに、彼女の場合はどうであったか?
戦闘関係は嬉々として指揮していたでしょうし、先陣切って参加していたでしょう。
それはきっと、彼女の性にも合っていたでしょうし。
その反面、諜報関係は「めんどくさいから誰か適当にやっといて」と、
ハナっから取り扱おうとしていなかったのでしょう。その「誰か」を指名することすらもせずに。
彼女にとって、諜報や情報収集とはその程度の価値しか無いものだったのでしょう。
もしも彼女がその仕事の重要性をきちんと理解していたら、
いや、理解しようとしていたら、「ああ」はならなかったでしょう。
「あの結末」は、指揮官として初歩的かつ致命的なミスを犯したその結果、
起こるべくして起こった悲劇です。
だからと言って地獄に放り込んでMIAさせて終わり、
……って言うのはあまりにもひどすぎるので、今回の番外編を用意しました。
彼女に一縷の救いがあらんことを。
基本的に、自分の作品はハッピーエンドで終わらせるよう心がけています。
だって嫌な終わり方したくないですもん。ものすごく後味が悪いですし。
それでも――彼女に関しては、幸福な結末を与えられませんでした。
何も嫌っていたとかそう言うわけでは無く、これは「必然」の結果だったからです。
彼女は悪い娘ではないんですが、短所をひとつ挙げるとするならば、
「自分が興味の無いことに関して、極めて消極的かつ排他的」であることです。
ヒラの兵士のままであれば、そんな特徴があっても問題無いでしょう。
それなら個性と言ってあげてもいい程度の、可愛げある話です。
ただし、責任ある地位に就いた人間が、その態度ではまずいでしょう。
「やりたくない仕事は目も通さずに全部ほったらかし」と言うことですから。
無論、確かに誰だってやりたくない仕事と言うのはあります。
ですが逆に、「他の人は苦手らしいけど私はコレ得意!」と言う仕事もあります。
その点、北方遠征の時は隊長のハンと副隊長のエリザが、上手いこと補い合っていました。
ハンがやりたくない仕事はエリザがやり、エリザがやりたくない仕事はハンがやる。
両者とも互いに、「この2人で遠征隊を率いていなければ、何かしら破綻していただろう」
と感想を漏らすほど、このコンビはぴったり噛み合っていました。
しかるに、彼女の場合はどうであったか?
戦闘関係は嬉々として指揮していたでしょうし、先陣切って参加していたでしょう。
それはきっと、彼女の性にも合っていたでしょうし。
その反面、諜報関係は「めんどくさいから誰か適当にやっといて」と、
ハナっから取り扱おうとしていなかったのでしょう。その「誰か」を指名することすらもせずに。
彼女にとって、諜報や情報収集とはその程度の価値しか無いものだったのでしょう。
もしも彼女がその仕事の重要性をきちんと理解していたら、
いや、理解しようとしていたら、「ああ」はならなかったでしょう。
「あの結末」は、指揮官として初歩的かつ致命的なミスを犯したその結果、
起こるべくして起こった悲劇です。
だからと言って地獄に放り込んでMIAさせて終わり、
……って言うのはあまりにもひどすぎるので、今回の番外編を用意しました。
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