「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・闘凪録 4
晴奈の話、第264話。
引き続き、晴奈の哲学。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
4.
大会10日目(5月30日)の晩。
クラウン戦をあっさり制したシリンは、上機嫌で酒を呑んでいた。
「んっ、んぐ、んぐっ、……ぱはー!」
酒を一気に飲み干し、グラスをカウンターに叩きつけるように置いてうなる。
「んあー、ちょーうまいー」
「グラスとカウンター壊すなよー」
朱海が苦笑しつつ、追加の料理を用意する。
「分かってる、分かってるて。……いやー、今日はスカッとしたわぁ」
「それは何よりだな」
話し方はしっかりしているように思えるが、相当酔っている。
「いきなり突っ込んできよるからな、ひょいっと避けてスパーンと蹴っ飛ばしたったんよ」
「なるほど、そうか」
既に同じ話を、晴奈たちは5回ほど聞いている。
「もーホンマ、スカッとしたわぁ」
「ほれ、そろそろ酒はやめとけ。代わりにコレでも食ってな」
朱海が空になった酒瓶を下げ、瓜の漬物を差し出す。
「んあ、まだえーやないのー」
「よくねーよ。もう大瓶2本空にしてんだぞ」
「まだだいじょーぶやって、こんくらいー」
「あのなぁ……。そんだけ呑めば明日は絶対、二日酔いになるぞ。明日もきっちりトレーニングするんだろ? 『気持ち悪いー』って吐きながら、重量挙げでもする気か?」
「あー、……うーん。それも勘弁やなぁ」
シリンは素直に、漬物に手を伸ばした。
雨が強くなったのと酔っぱらっていたこともあって、シリンは紅虎亭に泊まることになった。
「ふあ、あーあ」
「寄っかかるな」
「ふにゃ~……」
「重たい」
「うにゅー」
結局漬物を食べた後も酒をねだり、朱海の方が折れた。
大瓶3本を開け、シリンは文字通り「大虎」と化している。晴奈に肩を貸してもらいながら、フラフラと店の奥、居間へと歩く。
「大丈夫、シリンさん?」
「だいじょーぶー」
「嘘をつけ。今足払いをかけたら、確実に倒れるぞ」
「んなワケないやー……」「ほれ」「にゃぎゃッ!?」
後ろにいた朱海がニヤニヤしながら、シリンの膝を後ろから蹴ってきた。晴奈はクスクス笑いながら、倒れたシリンに手を伸ばす。
「倒れただろう? 呑みすぎだ、まったく」
「あ痛ぁー……」
「ほら、つかまれ」
「ん……」
シリンはしゅんとした顔で、晴奈に助け起こされた。
眠る支度を整え、小鈴、フォルナ、晴奈、シリンと並んで横になる。
「すぴー……」
小鈴は横になるなり、すぐに眠りに就く。いつもながら、寝るのが早い。
「がー……」
シリンも酔っていたため、すぐにいびきが聞こえてくる。外からは、しとしとと雨の降る音も聞こえている。
「今夜は少し、騒々しいですわね」
「そうだな」
晴奈とフォルナはまだ眠くならない。天井を見上げながら、ぼんやりと話をする。
「皆さん、大変ですのね」
「うん?」
「シリン、普段はお酒呑まれないでしょう?」
「ふむ……。確かに、言われてみれば店では飯しか食わぬな」
フォルナがため息をつく。
「今日の対戦、結果的にはシリンの勝ちでしたけれども、クラウンと言う方は本当に陰険ですわね」
「む?」
「『言わんといてや』と言われておりましたけれども、控え室でこんなことがありましたの」
控え室でフォルナと話していたシリンの元に、封筒が届けられた。
「何やろ?」
開けようと手に取ったところで、カサ、と言う音がフォルナの耳に入った。封筒の中に入っている手紙かと思ったが、それよりもっと小さくて重たそうな音だ。
「……シリン、ダメっ!」「ふえ?」
音の正体に気が付いたフォルナは、シリンの手をはたいて封筒を弾いた。
「な、何すんねんな!?」
フォルナは護身用のナイフをポーチから取り出し、床に落ちた封筒の縁をザクザクと切った。
「剃刀が入ってますわ」
「えっ?」
ナイフで切られた封筒からは、ジャラジャラと剃刀がこぼれてきた。
「な……」
「手で破っていたら、ケガをするところでしたわ」
「……何考えとんねん」
シリンは封筒を踏みにじり、剃刀を折る。
「試合直前にケガをさせようとするなんて!」
「……こんなアホなコトするんは、アイツしかおらへんわ」
「クラウンさん、ですか?」
「あんなクズにさん付けなんかいらへん」
シリンは側にあった雑誌を使って剃刀を拾い、ゴミ箱に捨てた。
「何とまあ、下らぬことを」
「シリンは『ウチはこんなふざけたコトせんでも、真正面からぶっ飛ばしたるわ』と強がっておりましたけれども、やはりストレスを感じていたのだと思います。あんなに酩酊したシリンは、初めて見ましたもの」
「ふむ……」
フォルナの悲しそうな声が、暗い室内に淡々と響く。
「聞けば、クラウンはいつもいつもあんなことをしているのだとか。この数年『キング』の座を死守してきたのも、そうした汚い工作があったからだと。
わたくし、闘士と言うものはもっと素直で実直で、真っ正直な人間だと思っておりました。でも中には、ひどく醜悪で卑怯な人がいるのですね」
「闘士、だけではない」
フォルナの嘆きに、晴奈がポツポツと応える。
「この世に生きる者の中には、いつでもどこでも同じように、どうしようもないほど邪悪な者、目を背けたくなるほど醜悪な者、度し難いほど劣悪な者がいる。
我が修行の地、名のある剣豪が集う紅蓮塞でも、己の欲望のために何人もの剣士を惑わせ、数え切れないほどの人間を不幸にした、朔美と言う者がいた。その者にそそのかされ、自ら考えることを放棄して醜く振舞った、篠原と言う剣士も。世界有数の霊場でさえ、悪しき者はいるのだ。
時代、場所、組織。その如何を問わず――悪は存在する」
「……」
「だが、安心しろフォルナ。逆もまた然りだ」
「逆、も?」
晴奈は自信に満ちた声でフォルナに説く。
「どこまでも正直に生きる者、どこまでも誠実である者、どこまでも慈愛に満ちた者――善なる者もいる。
シリンを見てみろ。この娘のどこに、そんな悪しき部分がある?」
「……そうですわね。無邪気な方ですもの」
暗闇でよくは分からなかったが、フォルナはにっこりと笑ったようだ。
「シリンだけではない。楢崎殿も、……ロウも。皆、善き者だ」
「……セイナは?」
「うん?」
「セイナは、善き者なのかしら?」
今度は晴奈が笑った。
「はは……、どうかな。己のことだからな、それは他人の評価に任せよう」
「わたくしは、善き者だと信じておりますわ」
「ありがとう」
そこで会話は途切れ、二人は眠りに就いた。
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大会10日目(5月30日)の晩。
クラウン戦をあっさり制したシリンは、上機嫌で酒を呑んでいた。
「んっ、んぐ、んぐっ、……ぱはー!」
酒を一気に飲み干し、グラスをカウンターに叩きつけるように置いてうなる。
「んあー、ちょーうまいー」
「グラスとカウンター壊すなよー」
朱海が苦笑しつつ、追加の料理を用意する。
「分かってる、分かってるて。……いやー、今日はスカッとしたわぁ」
「それは何よりだな」
話し方はしっかりしているように思えるが、相当酔っている。
「いきなり突っ込んできよるからな、ひょいっと避けてスパーンと蹴っ飛ばしたったんよ」
「なるほど、そうか」
既に同じ話を、晴奈たちは5回ほど聞いている。
「もーホンマ、スカッとしたわぁ」
「ほれ、そろそろ酒はやめとけ。代わりにコレでも食ってな」
朱海が空になった酒瓶を下げ、瓜の漬物を差し出す。
「んあ、まだえーやないのー」
「よくねーよ。もう大瓶2本空にしてんだぞ」
「まだだいじょーぶやって、こんくらいー」
「あのなぁ……。そんだけ呑めば明日は絶対、二日酔いになるぞ。明日もきっちりトレーニングするんだろ? 『気持ち悪いー』って吐きながら、重量挙げでもする気か?」
「あー、……うーん。それも勘弁やなぁ」
シリンは素直に、漬物に手を伸ばした。
雨が強くなったのと酔っぱらっていたこともあって、シリンは紅虎亭に泊まることになった。
「ふあ、あーあ」
「寄っかかるな」
「ふにゃ~……」
「重たい」
「うにゅー」
結局漬物を食べた後も酒をねだり、朱海の方が折れた。
大瓶3本を開け、シリンは文字通り「大虎」と化している。晴奈に肩を貸してもらいながら、フラフラと店の奥、居間へと歩く。
「大丈夫、シリンさん?」
「だいじょーぶー」
「嘘をつけ。今足払いをかけたら、確実に倒れるぞ」
「んなワケないやー……」「ほれ」「にゃぎゃッ!?」
後ろにいた朱海がニヤニヤしながら、シリンの膝を後ろから蹴ってきた。晴奈はクスクス笑いながら、倒れたシリンに手を伸ばす。
「倒れただろう? 呑みすぎだ、まったく」
「あ痛ぁー……」
「ほら、つかまれ」
「ん……」
シリンはしゅんとした顔で、晴奈に助け起こされた。
眠る支度を整え、小鈴、フォルナ、晴奈、シリンと並んで横になる。
「すぴー……」
小鈴は横になるなり、すぐに眠りに就く。いつもながら、寝るのが早い。
「がー……」
シリンも酔っていたため、すぐにいびきが聞こえてくる。外からは、しとしとと雨の降る音も聞こえている。
「今夜は少し、騒々しいですわね」
「そうだな」
晴奈とフォルナはまだ眠くならない。天井を見上げながら、ぼんやりと話をする。
「皆さん、大変ですのね」
「うん?」
「シリン、普段はお酒呑まれないでしょう?」
「ふむ……。確かに、言われてみれば店では飯しか食わぬな」
フォルナがため息をつく。
「今日の対戦、結果的にはシリンの勝ちでしたけれども、クラウンと言う方は本当に陰険ですわね」
「む?」
「『言わんといてや』と言われておりましたけれども、控え室でこんなことがありましたの」
控え室でフォルナと話していたシリンの元に、封筒が届けられた。
「何やろ?」
開けようと手に取ったところで、カサ、と言う音がフォルナの耳に入った。封筒の中に入っている手紙かと思ったが、それよりもっと小さくて重たそうな音だ。
「……シリン、ダメっ!」「ふえ?」
音の正体に気が付いたフォルナは、シリンの手をはたいて封筒を弾いた。
「な、何すんねんな!?」
フォルナは護身用のナイフをポーチから取り出し、床に落ちた封筒の縁をザクザクと切った。
「剃刀が入ってますわ」
「えっ?」
ナイフで切られた封筒からは、ジャラジャラと剃刀がこぼれてきた。
「な……」
「手で破っていたら、ケガをするところでしたわ」
「……何考えとんねん」
シリンは封筒を踏みにじり、剃刀を折る。
「試合直前にケガをさせようとするなんて!」
「……こんなアホなコトするんは、アイツしかおらへんわ」
「クラウンさん、ですか?」
「あんなクズにさん付けなんかいらへん」
シリンは側にあった雑誌を使って剃刀を拾い、ゴミ箱に捨てた。
「何とまあ、下らぬことを」
「シリンは『ウチはこんなふざけたコトせんでも、真正面からぶっ飛ばしたるわ』と強がっておりましたけれども、やはりストレスを感じていたのだと思います。あんなに酩酊したシリンは、初めて見ましたもの」
「ふむ……」
フォルナの悲しそうな声が、暗い室内に淡々と響く。
「聞けば、クラウンはいつもいつもあんなことをしているのだとか。この数年『キング』の座を死守してきたのも、そうした汚い工作があったからだと。
わたくし、闘士と言うものはもっと素直で実直で、真っ正直な人間だと思っておりました。でも中には、ひどく醜悪で卑怯な人がいるのですね」
「闘士、だけではない」
フォルナの嘆きに、晴奈がポツポツと応える。
「この世に生きる者の中には、いつでもどこでも同じように、どうしようもないほど邪悪な者、目を背けたくなるほど醜悪な者、度し難いほど劣悪な者がいる。
我が修行の地、名のある剣豪が集う紅蓮塞でも、己の欲望のために何人もの剣士を惑わせ、数え切れないほどの人間を不幸にした、朔美と言う者がいた。その者にそそのかされ、自ら考えることを放棄して醜く振舞った、篠原と言う剣士も。世界有数の霊場でさえ、悪しき者はいるのだ。
時代、場所、組織。その如何を問わず――悪は存在する」
「……」
「だが、安心しろフォルナ。逆もまた然りだ」
「逆、も?」
晴奈は自信に満ちた声でフォルナに説く。
「どこまでも正直に生きる者、どこまでも誠実である者、どこまでも慈愛に満ちた者――善なる者もいる。
シリンを見てみろ。この娘のどこに、そんな悪しき部分がある?」
「……そうですわね。無邪気な方ですもの」
暗闇でよくは分からなかったが、フォルナはにっこりと笑ったようだ。
「シリンだけではない。楢崎殿も、……ロウも。皆、善き者だ」
「……セイナは?」
「うん?」
「セイナは、善き者なのかしら?」
今度は晴奈が笑った。
「はは……、どうかな。己のことだからな、それは他人の評価に任せよう」
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双月千年世界 3;白猫夢

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もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
第5部は概ね、幸せな展開が多くなっています。
そして最後の方に、ちょっと、不幸せなものも。
非常にお忙しいみたいですね……。
夏バテなど、体調を崩されないよう気を付けてください。
サンプル、楽しみにしてます。
そして最後の方に、ちょっと、不幸せなものも。
非常にお忙しいみたいですね……。
夏バテなど、体調を崩されないよう気を付けてください。
サンプル、楽しみにしてます。
NoTitle
う~~む、最近読む時間が・・・と言ったところですね。ロウの子ども!!ができるかもなのですね。これからも期待と言うところですね。
今サンプルの声いれをしている最中なので今しがたお待ちくださいませ。各自声優依頼の打診をしている最中でございますです。
今サンプルの声いれをしている最中なので今しがたお待ちくださいませ。各自声優依頼の打診をしている最中でございますです。
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