「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
央中神学事始
央中神学事始 1
新連載。
若き天才の転落。
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1.
ペドロ・ラウバッハは神童であった。齢12の時には既に天帝教の聖書すべてを諳(そら)んじていたどころか、当時既に定番の議題となっていた「ゼロ帝の閏週矛盾問題」に新たな説を提示し、神学府をざわつかせていたのである。
それだけの稀有な才能と優秀な頭脳の持ち主を、絶大な権勢を奮い世界の支配者として振る舞う中央政府、そしてその中枢に位置する天帝教教会が放っておくはずもなく、彼は13歳にして神学府の研究者としての地位を与えられた。
そして翌14歳の時、彼は要請を受けて、晩年のゼロ帝についての研究に着手した。「ゼロ帝は崩御の数年前から魔物にすり替わっていた」と言う聖書最後部の寓話――あの有名な「ゼロ帝偽勅事件」がどこまで真実であるのかを探ろうとしたのである。と言っても彼は寓話そのものを創作上のものだと疑っていたわけではなく、あくまで「どの勅令を発したところまでが本物のゼロ帝であったのか、即ち晩年に発された勅令には天帝としての正当性があったのか」を見極めるためである。
これは中央政府の、いや、正確には代々の天帝の権威・権能に関わる、重大かつ重要な研究であると言えた。何故なら天帝の勅令と言動は、原則的に古い代に絶対的正当性があるとされており、古代の天帝が下した決定・決断を後世の天帝が覆すことは、決して許されていないからだ。
だが当然、過去と現在では慣習・風習は異なる。古代の常識と習慣に則って行われたことが現代でも通用するとは限らず、むしろ文明・文化発展の妨げとなることも、往々にしてある。天帝本人にしても、一々馬鹿正直に代々天帝の言葉を忠実に守っていては、まともな施政・施策など行えるはずもない。そこで新たな天帝は、古い天帝たちの言動にどれほど正当性があるか――いや、「どこまで正当性を疑えるか」「どこまで正当性を廃せるか」を、専門家たる神学者たちに論じさせ、言質を取るのである。
加えて、時代は双月暦305年――8代目天帝、オーヴェル帝が即位した直後である。彼ははっきり言えば愚鈍の類であったが、それでも彼なりに正義感を燃やしており、腐敗にまみれた政治を憂いていた。そこで即位してまもなく、彼は大改革を志し積極的な行動に出ようとしていたのだが、周囲の大臣たちはその行動の一つひとつを「それは初代の考えに反します」「4代の時に禁止令が出ております」などと言葉を立て並べ、ことごとく中止・撤回させていた。
その度重なる妨害に業を煮やしたオーヴェル帝は、ついにはこう怒鳴った。「おことば、おことばと申すが、そのおことばは果たして本当にお歴々の帝たちが発されたことか!? 周囲の有象無象が神聖なるおことばを曲解し、己に都合良く書き換えたのではないのか!? 明確なる論拠を示さねば、朕は絶対に納得せぬぞ!」
こうしたオーヴェル帝からの鶴声も受け、ペドロは意気揚々と自分の研究に没頭していったのである。
ペドロは中央政府の古書庫に遺されていたゼロ帝の勅令状を確認し、彼のサインを鑑定した。その筆跡から、どの辺りまでがゼロ帝本人で、どの辺りから魔物にすり替わっていた偽物であるのかを見極めようとしたのである。そして700通以上にわたる勅令状を一つ残らず鑑定し終え――そのサインがすべて同一人物によって書かれたものであること、即ちこれら700あまりの勅令すべてを、間違い無く本物のゼロ帝が発していたことが分かってしまった。
結論から言えば、この事実の発覚は天帝教にとって非常に好ましくないことであった。何故なら晩年のゼロ帝が下した勅令には苛烈かつ非人道的、加えて非常識なものも少なくなく、これを本当にゼロ帝本人が発したものであると天帝教教会が正式に認めれば、それまで完全無欠、無常の仁愛に満ちあふれた天帝教主神としてのイメージが、大きく損なわれてしまう。そうなれば、ただでさえ中央政府の腐敗で傾きかけている天帝教の評価・権威が、決定的に失墜しかねないからである。
天帝教教会は大慌てで、完成直前であったその論文を焼却した。のみならず中央政府に働きかけてペドロを拘束させ、彼に「天帝家の権威失墜を企んだ思想犯」としての濡れ衣を着せ、それまでの輝かしい経歴をすべて真っ黒に塗り潰した挙げ句、終身刑を課して牢獄へと追いやったのである。
ペドロの命運は、14歳にして尽きてしまった。
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若き天才の転落。
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ペドロ・ラウバッハは神童であった。齢12の時には既に天帝教の聖書すべてを諳(そら)んじていたどころか、当時既に定番の議題となっていた「ゼロ帝の閏週矛盾問題」に新たな説を提示し、神学府をざわつかせていたのである。
それだけの稀有な才能と優秀な頭脳の持ち主を、絶大な権勢を奮い世界の支配者として振る舞う中央政府、そしてその中枢に位置する天帝教教会が放っておくはずもなく、彼は13歳にして神学府の研究者としての地位を与えられた。
そして翌14歳の時、彼は要請を受けて、晩年のゼロ帝についての研究に着手した。「ゼロ帝は崩御の数年前から魔物にすり替わっていた」と言う聖書最後部の寓話――あの有名な「ゼロ帝偽勅事件」がどこまで真実であるのかを探ろうとしたのである。と言っても彼は寓話そのものを創作上のものだと疑っていたわけではなく、あくまで「どの勅令を発したところまでが本物のゼロ帝であったのか、即ち晩年に発された勅令には天帝としての正当性があったのか」を見極めるためである。
これは中央政府の、いや、正確には代々の天帝の権威・権能に関わる、重大かつ重要な研究であると言えた。何故なら天帝の勅令と言動は、原則的に古い代に絶対的正当性があるとされており、古代の天帝が下した決定・決断を後世の天帝が覆すことは、決して許されていないからだ。
だが当然、過去と現在では慣習・風習は異なる。古代の常識と習慣に則って行われたことが現代でも通用するとは限らず、むしろ文明・文化発展の妨げとなることも、往々にしてある。天帝本人にしても、一々馬鹿正直に代々天帝の言葉を忠実に守っていては、まともな施政・施策など行えるはずもない。そこで新たな天帝は、古い天帝たちの言動にどれほど正当性があるか――いや、「どこまで正当性を疑えるか」「どこまで正当性を廃せるか」を、専門家たる神学者たちに論じさせ、言質を取るのである。
加えて、時代は双月暦305年――8代目天帝、オーヴェル帝が即位した直後である。彼ははっきり言えば愚鈍の類であったが、それでも彼なりに正義感を燃やしており、腐敗にまみれた政治を憂いていた。そこで即位してまもなく、彼は大改革を志し積極的な行動に出ようとしていたのだが、周囲の大臣たちはその行動の一つひとつを「それは初代の考えに反します」「4代の時に禁止令が出ております」などと言葉を立て並べ、ことごとく中止・撤回させていた。
その度重なる妨害に業を煮やしたオーヴェル帝は、ついにはこう怒鳴った。「おことば、おことばと申すが、そのおことばは果たして本当にお歴々の帝たちが発されたことか!? 周囲の有象無象が神聖なるおことばを曲解し、己に都合良く書き換えたのではないのか!? 明確なる論拠を示さねば、朕は絶対に納得せぬぞ!」
こうしたオーヴェル帝からの鶴声も受け、ペドロは意気揚々と自分の研究に没頭していったのである。
ペドロは中央政府の古書庫に遺されていたゼロ帝の勅令状を確認し、彼のサインを鑑定した。その筆跡から、どの辺りまでがゼロ帝本人で、どの辺りから魔物にすり替わっていた偽物であるのかを見極めようとしたのである。そして700通以上にわたる勅令状を一つ残らず鑑定し終え――そのサインがすべて同一人物によって書かれたものであること、即ちこれら700あまりの勅令すべてを、間違い無く本物のゼロ帝が発していたことが分かってしまった。
結論から言えば、この事実の発覚は天帝教にとって非常に好ましくないことであった。何故なら晩年のゼロ帝が下した勅令には苛烈かつ非人道的、加えて非常識なものも少なくなく、これを本当にゼロ帝本人が発したものであると天帝教教会が正式に認めれば、それまで完全無欠、無常の仁愛に満ちあふれた天帝教主神としてのイメージが、大きく損なわれてしまう。そうなれば、ただでさえ中央政府の腐敗で傾きかけている天帝教の評価・権威が、決定的に失墜しかねないからである。
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