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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
    央中神学事始

    央中神学事始 4

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    ペドロの話、第4話。
    堕落した神童。

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    4.
     自由の身となったペドロであったが、残念ながらその前途が多難であることに変わりは無かった。
     若き英才、期待の新星であった神学者が一転、思想犯として10年も獄中で過ごしていたのである。当然の如く、故郷からは戻ることを拒否されたし、学問一筋で生きてきた24歳が今更、どこかの職人に弟子入りすることも難しい。ましてや古巣の神学府が、天帝教の根幹を揺るがしかねない研究をしていた男を再雇用するはずもない。
     自身の持つ知識を活かせる場を得られぬまま、ペドロは央北の町を転々としつつ、二束三文の日雇い、月雇いで口を糊する放浪者として、さらに3年を無為に過ごした。

     その日の晩も、10時間にわたってただただ物を左から右、右から左に運ぶ――としかペドロには感じられなかった――労働を終えたペドロは、場末の安酒場の隅っこで縮こまるようにして、マメとベーコンをぼんやりと口に運んでいた。
    (……僕は一体……何をやってるんだろうか……)
     本来なら飲酒の習慣を身に着けるであろう時期を丸ごと牢獄で過ごしたため、ペドロには酒の飲み方も楽しみ方も、頼み方すらも分からない。テーブルの上に乗っている飲み物はワインでもビールでもなく、ただの水である。
    (何が楽しいんだろう……?)
     チラ、とカウンターに目をやると、いかにも上機嫌そうな狼獣人と短耳の男がげらげらと笑っている様子が見える。ペドロは自身の短い耳をそばだて、彼らの言葉を切れ切れながらも拾ってみたが――。
    「……でよ、……馬が……大穴……」
    「マジかよ……ぎゃははは……」
     ペドロの偏った知識では、彼らが何について話しているのか、皆目見当が付かなかった。
    (馬が穴に落ちて何がおかしいんだろう……?)
     それ以上彼らの会話を聞く気にもならず、ペドロはテーブルに視線を戻した。途端に今日の稼ぎの半分を使って注文した、乾いたマメとしなびたベーコンが視界に入り、ペドロはげんなりした。
    (僕は何がしたい? 何ができるんだ……?)
     ちなみに稼ぎの残り半分も、宿代と朝食代を払えば消えてしまう。己の手に残るものが何一つない生活を3年続けてきたことに――そして恐らくは、これからの10年、20年、あるいは死ぬまで同じ生活がひたすら続くことに――絶望し、ペドロは無意識にフォークを握りしめていた。
    (……僕がもうこの世から消えちゃっても……何も変わらないよな……)

     繰り返すが、ペドロが今いるここは、場末の安酒場である。決して王侯貴族や大富豪の類が出入りするような、品のいい場所では無い。
     なので――ペドロがフォークを握りしめたとほぼ同時に、その赤いメッシュの入った金髪の狐獣人が酒場の入口に現れた時、酒場にいた客たちも、カウンターに立っていた女将も、揃って息を呑み、黙り込んでしまった。その「狐」の毛並みは間違い無く世界最大の豪商一族、ゴールドマン家のものだったからである。
    「あ、すんまへんな。お邪魔しますで」
     癖のある口調で断りを入れつつ、狐獣人は酒場の中を一瞥する。
    「……んー」
     どうやら誰かを探している様子だが、見付けられなかったらしい。あごに手を当て思案した様子を見せた後、彼はいきなりこう叫んだ。
    「大卿行北記、第5章1節!」
    「は?」
     いきなりそんなことを言われても、そこにいた客も女将も、誰にも答えられるはずが無い――ペドロ以外は。
    「えっ、……エリザはシェロを訪ねた!」
     なので、ペドロはフォークを放り出して立ち上がり、思わず回答していた。
    「シェロは戸惑い尋ねた! 何故あなたが今になって、私を訪ねた、のか、……と」
     店中の視線が自分に集まっていることに気付き、ペドロは口をつぐみかけたが、狐獣人は促してくる。
    「続き言うて」
    「はっ、はい! ……エリザは言われた。あなたはくじけてはならない。また、逃げてもならない。あなたの後ろを見よ、あなたには幾百の、幾千の兵士が付いている。彼らは皆、あなたが命を下すことを望んでいる。繰り返し、はっきりと言う。あなたは逃げてはならない。シェロは決意した。エリザ、私はあなたのことばに従う。どんな頼みも引き受けよう。エリザは微笑まれた」
    「完璧ですな」
     狐獣人はにぃ、と口の端を上げ、ペドロの対面に腰掛けた。
    「なんですのん、ええ歳したお兄ちゃんがこんなシケたご飯食べはって……。もっと精の付くもん食べよし。女将さん、酒とご飯出したって。どっちも一番高いのん出してや」
    「しょ、少々お待ちを!」
     女将が血相を変え、大慌てで料理を作り出す。狐獣人はペドロに向き直り、もう一度ニヤ、と笑ってきた。
    「あんた、ペドロ・ラウバッハさん?」
    「え!? そ、そうですが」
     名前を言い当てられ戸惑うペドロに、狐獣人は己の名前を告げた。
    「私はニコル・フォコ・ゴールドマンっちゅうもんですわ。ちょとあんたに、頼みたいことがありましてな」
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