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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
    央中神学事始

    央中神学事始 5

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    ペドロの話、第5話。
    大商人からの依頼。

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    5.
     狐獣人が名前を告げた瞬間、店内がより一層、しんと静まり返る。何故ならその男の名はあの克大火すら黙らせたと言う、世界最高の大商人のものだったからである。
    「……え……あ、あの、……あの、『ニコル3世』!?」
     世情に疎いペドロでも、流石に彼の名と評判は知っている。
    「そうそう、そのニコル3世です」
     男はこくりとうなずき、話を続けた。
    「ちょっとあんたに、聖書作ってもらいたいんですわ」
    「せ、聖書を作る、ですって?」
     おうむ返しに尋ねたペドロに、3世はもう一度うなずく。
    「ええ。ちゅうてもあんたが全巻覚えとるのんとはちゃいますねん。私が言うてるんは『央中』天帝教の聖書ですわ」
    「おう、……央中? と言うとあのニセモ、……あ、い、いえ」
     偽物、と言いかけて、ペドロは慌てて口をつぐむ。何故ならその言葉を耳にしかけた3世が、彼をうっすらとではあるがにらんできたからである。
    「まあ、熱心な央北天帝教の人からしたらそう思てはりますやろけども、こっちはこっちでちゃんとしたもんやと思てますからな?」
    「す、すみません」
     ペドロが深々と頭を下げ、ようやく3世は相好を崩した。
    「ほんでも確かに、ニセモンや、パチモンやと思われても仕方無いっちゅう面があることは事実です。その最たる理由の一つがズバリ、まともな教義が無い、聖書らしきもんが無いっちゅうことにある。私はそう思とるんですわ」
    「だから聖書を作る、と?」
    「そう言うことですわ。ほんでもこんな話を央北天帝教の、神学府におる正規の学者先生らに頼むわけに行かへんっちゅうことは分かりますやろ?」
    「そりゃまあ……そうですよね。間違い無く断るでしょう」
    「央中天帝教を本格的な宗教に仕立てていくっちゅう話ですからな。言い換えたら、相対的に央北天帝教の地位を貶めるっちゅう話になりますから、そら『まともな』神学者やったら誰かてええ顔はしはりませんやろな」
    「それで『まともじゃない』僕を、ですか」
     ペドロなりに、精一杯の皮肉を込めてそう返したが、どうやら3世は意に介していないらしい。
    「ええ。あんた以上の適任はまず、おりませんやろな」
    「……」
     閉口するペドロに構わず、3世は話を進める。
    「どないです? やってみはります?」
    「こっ、断ると言ったら?」
    「ほーぉ」
     3世は頬杖を付き、斜に構えている。
    「ほんなら何ですか、このまんま明日も明後日もその次の日も、マメとベーコンひと皿だけの日を繰り返したいっちゅうんですな?」
    「……いや、……言ってみただけ、……です」
    「ですやろなぁ」
     女将が大急ぎで運んできた酒と料理にチラ、と目を向け、軽く手を振って応じながら、3世は続ける。
    「そらまあポーズでも何でも、一応は断っとかへんと央北天帝教信者としての面目が立ちませんわな。ええ、承知しとります。……で、その上でですけども、ちゃんと引き受けてしかる程度の条件を提示さしてもらいます。編纂中は月給として5万クラム、完成した暁には10億クラムをお渡しします。それでどないですやろ?」
    「じゅ……10億っ!?」
     3世の言葉に、店内は三度静まる。その成功報酬額は、そこにいる全員が生涯遊んで暮らせるだけの、途方も無い金額であったからだ。
    「め……めちゃくちゃだ!」
     思わず、ペドロは叫ぶ。
    「なんで僕なんかに、そんなめちゃくちゃな金額を出そうとするんですか!?」
    「単純な話です」
     3世はまたもニヤ、と笑う。
    「この仕事は10億の価値があるからです。ほんなら10億出すんは当然ですやろ?」
    「本気で言ってるんですか?」
    「本気も本気、大マジですわ」
    「で、でもっ」
     自分でもそれが何故なのか分からないまま、ペドロは抗弁しようとする。それをさえぎるように、3世が声を上げた。
    「もっぺん言いますで。あんた、明日も明後日もその次の日も、また次の日も、そして10年後も20年後も、マメとベーコンひと皿の生活でええんですか?
     いや、もっとはっきり言うたりましょか。あんたは死ぬまで『僕は何のために生きとるんやろか』とグダグダ考えて過ごすつもりですか? あんた、ええ加減その問いに答え出したいんとちゃいますか?」
     この3年、心の中に渦巻いていた苦悩を言い当てられ、ペドロは絶句する。
    「……!」
    「それともペドロさん、あんたは悩むこと自体が大好きっちゅうことですか? 答えを出せへんまま死ぬまで頭ん中で悶々し続けたいっちゅうんやったら、もうこれ以上は言いまへん。このまま帰らせてもらいますわ」
    「……っ、あっ、あのっ、ニコルさ、えっと、あ、3世っ」
     また、ペドロは立ち上がっていた。
    「ぼっ、僕は、……僕は、……僕は……答えを……出したいです……!」
    「ほんなら契約成立っちゅうことでええんですな?」
    「そ、それはもう、是非、……あっ、で、でもまだ月雇いの契約とか宿のこととか」
    「あー、はいはい」
     3世も立ち上がり、店の入り口を指し示した。
    「ほんならちゃっちゃと済ませてしまいましょか。……っと、女将さん。後で彼、また来ますやろから、席とご飯はこのまんまにしといてや。お会計と騒がせ賃は今出しときますさかい。ほな、よろしゅう」
     そう言って懐から袋いっぱいの金貨を出し、ニコル3世はさっさと店から出て行く。ペドロも慌てて、彼の後に付いて行った。
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