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    「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
    央中神学事始

    央中神学事始 9

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    ペドロの話、第9話。
    聖書の誕生と正教会の成立。

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    9.
     聖書編纂事業の第一歩は、金火狐一族の人間らがそれぞれ所有していた古書を蒐集(しゅうしゅう)し、比較検討することから始まった。
     エリザは金火狐一族の開祖であり、双月暦1世紀を代表する偉人中の偉人、まさに「女神」である。彼女を記し、崇め、そして称える書物には事欠かなかったが、客観的かつ現実的に、彼女を一人の人間として分析している資料となると、ほぼ皆無に等しかった。それでも天才神学者ペドロと、老練の歴史学者マルティーノ師をはじめとする優秀な編纂チームが綿密に比較検討と考察を重ね、粉飾だらけの書物の山から、どうにかひとしずくの真実を絞り出すことに成功した。
     そして編纂事業を始めてから10年近くもの歳月が経過した327年、ようやくペドロたちは第1冊目となる央中天帝教の聖書、「央中平定記」を刊行したのである。

     この頃既に、ペドロは37歳となっていた。仕事漬けの日々のせいか、それとも生来の気質のせいか、未だに独身であったが、編纂チームの主筆としてリーダーシップを発揮し続けてきたこともあり、年相応の貫禄を身に着けてはいた。
     そのこともあって、「央中平定記」が刊行されてまもなく、ペドロは3世から新たな地位を打診された。
    「きょ、教主ですって? 私が?」
    「あんた以外おらんやろ」
     この10年間の間にさらに己が力を強め、誰一人逆らえぬほどの権勢を誇るようになった3世は、執務室の椅子にふんぞり返ったままで、ぴしゃりと言い切った。
    「央中天帝教の聖書について最も詳しく、最も研究しとるんは、間違い無くあんたや。そのあんたがやらな、誰がやるっちゅうんや」
    「3世、あなたの方が……」
     その提案に、3世はぺらぺらと手を振って返した。
    「そんなヒマも徳もあらへんからな。私がでけるんはカネ出して後ろ楯になることくらいや。ともかく、あんたが今日から『央中正教会』の教主、最高責任者や」
    「しかし……」
     口ごもるペドロをさえぎるように、3世は短く、しかし誰にも逆らえぬ語調で、こう続けた。
    「それで、ええな?」
    「……承知しました」



     こうして3世の強引な指名により、ペドロは央中天帝教を取りまとめる宗教組織、央中正教会の教主に任ぜられた。正教会は金火狐財団の管轄下にあり、依然としてペドロが3世の下に属する事実は変わりなかったが、それでも一組織の長である。ペドロには並々ならぬ信頼と敬意が向けられた。
     だが、それでもペドロは不満を抱いていた。それは地位に対してでも、3世に従属している境遇に対してでもなく、ひたすら己の仕事――聖書編纂に対してであった。
    「不足、……と考えているのですか?」
     すっかり髪も毛並みも真っ白になり、杖無しでは歩けぬほど老いさばらえたマルティーノ師に尋ねられ、ペドロは深くうなずいた。
    「ええ。エリザがゼロから姓を賜ってから、央中随一の権力者となるまでの経緯は、我々に可能な限りまとめ上げることができたと考えています。しかし逆に言えば、それだけなのです」
    「つまりラウバッハ君、君はそれ以前と以後の記録を集め、新たな聖書を作りたいと、そう考えているのですね」
    「その通りです」
    「ふーむ……」
     マルティーノ師は杖をいじりながら、思案にふける様子を見せる。
    「しかしそれ以前の記録、即ちエリザが『旅の賢者』モールに師事した頃については、全くと言っていいほど資料が存在しません。10年をかけてあれだけ探し回ったのです、その上で新たな資料を探ろうにも、見つけることはまず不可能でしょう。
     ですが一方で、エリザが央中の権力者となった後、中央政府との取引を本格化して以降についてであれば、恐らく央北を訪ねてみれば、多少なりとも集められるでしょう」
    「その点は私も考えていました。10年前であれば3世の力を以てしてもまだ、央北に強く働きかけることは難しかったでしょう。しかし世界全域に影響力を持つ立場となった今なら、例え央北天帝教であっても、3世の要請を断ることは、容易にできないはずです」
    「なるほど。……ラウバッハ君」
     マルティーノ師は笑みを浮かべながらも、しかし、どこかに毅然としたものをにじませる目で、ペドロにこう言った。
    「君は今や央中正教会の教主となり、央中天帝教を代表する立場にあります。である以上、央中天帝教を優位視する気持ちがあるのは、仕方の無いことです。そもそも、それ自体は咎められるようなことではありません。己の心の内は、誰にも侵されざるべき領域なのですから。
     ですが一方で、相手の内心には相手の信じるものが確固として存在することもまた事実であり、そしてそれは、誰にも咎め得ぬこと。それを侵すことは誰にも許されない、恥ずべき行いです。
     どうかそれを、忘れないようにして下さい」
    「……そうですね。銘肝します」
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