「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
央中神学事始
央中神学事始 11
ペドロの話、第11話。
異教の聖人、信愛を説く。
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11.
克大火によって天帝教教会は、世界の中枢であるクロスセントラルから、辺境の港町マーソルへと放逐された。当然、神学府も追従する形となったのだが、その蔵書を移動させるだけでも、大変な苦労と出費を強いられた。
前体制下――天帝教が中央政府の中核に位置し、存分に税を吸い上げていた頃であれば、資金面の問題など取るに足らぬ話であっただろうが、巨大な資金源から切り離された今となっては、それは重くのしかかってくる苦難に他ならなかった。彼らはこの十数年にわたって、新たな書籍も上梓できないばかりか、前述の蔵書に関しても、まともに管理できるはずもなく、クロスセントラルにまだ相当数の書籍が残されているような有様だった。
それだけにニコル3世からの報酬は、のどから手が出るほど欲しかったのである。であるからこそ彼らは、3世の傍若無人な振る舞いに嫌な顔一つ見せず、粛々と従っていた。
しかし当然ながら、陰ではしきりに憤慨し、彼に対する呪詛が吐き散らされていた。
「今日も嫌味を言われたよ。『本の手入れはよおでけても、人には茶ぁ出す気遣いもでけませんねんな。随分しつけのおよろしいことで』だと」
「まったく嫌な奴だ」
「カネを出す話が無ければ、即刻叩き出してやるものを!」
「……そこが問題だ。奴にはカネがあって、我々には無い。である以上、従うしか無い」
「くそっ……」
と、ペドロが偶然、そこへ通りかかる。
「あ……」
この時は3世が居はしなかったものの、彼らは顔をこわばらせ、一斉に頭を下げる。
「申し訳ございません、ラウバッハ猊下」
「あっ、いえ、そんな、とんでもないです!」
元より腰の低いペドロも深々と低頭し、こう返した。
「皆様には常ならぬご苦労をおかけしてしまい、大変申し訳無く存じます。どうか、せめて、私などには気兼ねなどなさらず、共に真理を追究する者として、対等の立場で接して下さい」
「い、いや、しかし」
まだわだかまった顔をしている彼らに、ペドロはもう一度頭を下げ、続けてこう述べた。
「私は元々、神学府に拾われた身です。諸々の事情により追放されはしましたが、それでも私はあなた方に、並々ならぬ感謝の意を抱いています。そんな大恩ある方々にきゅうくつな思いをさせては、私は神に誹られるでしょう。かつて我が主であったゼロ・タイムズからも、そして新たに私を迎えて下さったエリザ・ゴールドマンにも」
「……ラウバッハ猊下、お尋ねいたします」
一人が、恐る恐る手を挙げる。
「あなたの神は、一体どちらなのですか?」
「それは、どちらをのみ信仰すべきと考えているのか、と仰りたいのでしょうか」
尋ね返した上で、ペドロは落ち着いた声で答えた。
「ゼロとエリザ、どちらか一方を信じた者は、もう一方への信仰を捨てなければならないものなのでしょうか? 私は違うと考えています。『北港奪還記』第5章において、ゼロはエリザに対し不信感を抱いていた節の発言を連ねていましたし、『大卿行北記』の端々においても、二人の間に確執があったことが語られています。しかし結局のところ、二人の関係が破綻をきたし、争ったとされることばは、全ての聖書のどこにも記されていません。である以上、ゼロを信じた者がエリザを疎む必要は無く、エリザを信じた者がゼロを軽んじる理由もまた、無いのです。
故に私は、二柱の神のどちらをも信じ、どちらをも愛していると、はっきりと答えます」
「ですが、3世は明らかに我々を、天帝教を軽んじ、嘲っています。なのにあなたは、違うと答えるのですか?」
そう反論する者にも、ペドロは理知的に回答した。
「ええ。重ねてお答えしますが、神を、そして人の信仰を侮辱すべき正当な理由など、この世にありはしません。『北港奪還記』第7章第2節第2項にもこうあります。ハンニバルは部下に説いた、己が常識を世界の常識と錯覚するなかれ、……と。3世にはまだ、神のおことばが真には理解できておらず、己の狭い了見で物事を判断してしまっている。たった今あなた方が尋ねたように、一方の神のみを信じるべし、もう一方を憎むべしと考えてしまっているのです」
「あ……!」
ペドロに説き伏せられ、彼らは目を見開く。
「ですから、どうか神学の徒、有識の人であるあなた方には、より広く、より深く、そしてより明るく、神とそのおことばに、真摯に向き合っていただきたく存じます」
「……仰る通りです。感服しました」
「蒙が啓けた心地です」
「ありがとうございます、ラウバッハ猊下」
その場にいた者たちは、揃ってペドロに頭を下げた。
ペドロの謙虚かつ、神学に対してどこまでも真剣な態度は――3世の態度があまりにも剣呑だったこともあいまって――神学府の者たちを心服させた。
また、ペドロは「聖書編纂にはすべての蔵書を勘案しなければならない」と3世を説得して資金と人員を捻出させ、まだクロスセントラルに放置されたままだった書物と資料をすべて、マーソルへと移動させた。これにより神学府からは絶大な感謝と信頼を寄せられ、ペドロは神学府、そして天帝教教会でも再び、一目置かれる存在となった。
そしてペドロの所期の目的であった新たな聖書編纂も330年、神学府の助力を得て完成にこぎつけた。この時まとめられた書は「二神交易記」と名付けられ、第2の聖書として公表された。こちらも「央中平定記」同様、並々ならぬ人気を博し、央中天帝教の者たちから絶大な支持を得た。
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異教の聖人、信愛を説く。
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克大火によって天帝教教会は、世界の中枢であるクロスセントラルから、辺境の港町マーソルへと放逐された。当然、神学府も追従する形となったのだが、その蔵書を移動させるだけでも、大変な苦労と出費を強いられた。
前体制下――天帝教が中央政府の中核に位置し、存分に税を吸い上げていた頃であれば、資金面の問題など取るに足らぬ話であっただろうが、巨大な資金源から切り離された今となっては、それは重くのしかかってくる苦難に他ならなかった。彼らはこの十数年にわたって、新たな書籍も上梓できないばかりか、前述の蔵書に関しても、まともに管理できるはずもなく、クロスセントラルにまだ相当数の書籍が残されているような有様だった。
それだけにニコル3世からの報酬は、のどから手が出るほど欲しかったのである。であるからこそ彼らは、3世の傍若無人な振る舞いに嫌な顔一つ見せず、粛々と従っていた。
しかし当然ながら、陰ではしきりに憤慨し、彼に対する呪詛が吐き散らされていた。
「今日も嫌味を言われたよ。『本の手入れはよおでけても、人には茶ぁ出す気遣いもでけませんねんな。随分しつけのおよろしいことで』だと」
「まったく嫌な奴だ」
「カネを出す話が無ければ、即刻叩き出してやるものを!」
「……そこが問題だ。奴にはカネがあって、我々には無い。である以上、従うしか無い」
「くそっ……」
と、ペドロが偶然、そこへ通りかかる。
「あ……」
この時は3世が居はしなかったものの、彼らは顔をこわばらせ、一斉に頭を下げる。
「申し訳ございません、ラウバッハ猊下」
「あっ、いえ、そんな、とんでもないです!」
元より腰の低いペドロも深々と低頭し、こう返した。
「皆様には常ならぬご苦労をおかけしてしまい、大変申し訳無く存じます。どうか、せめて、私などには気兼ねなどなさらず、共に真理を追究する者として、対等の立場で接して下さい」
「い、いや、しかし」
まだわだかまった顔をしている彼らに、ペドロはもう一度頭を下げ、続けてこう述べた。
「私は元々、神学府に拾われた身です。諸々の事情により追放されはしましたが、それでも私はあなた方に、並々ならぬ感謝の意を抱いています。そんな大恩ある方々にきゅうくつな思いをさせては、私は神に誹られるでしょう。かつて我が主であったゼロ・タイムズからも、そして新たに私を迎えて下さったエリザ・ゴールドマンにも」
「……ラウバッハ猊下、お尋ねいたします」
一人が、恐る恐る手を挙げる。
「あなたの神は、一体どちらなのですか?」
「それは、どちらをのみ信仰すべきと考えているのか、と仰りたいのでしょうか」
尋ね返した上で、ペドロは落ち着いた声で答えた。
「ゼロとエリザ、どちらか一方を信じた者は、もう一方への信仰を捨てなければならないものなのでしょうか? 私は違うと考えています。『北港奪還記』第5章において、ゼロはエリザに対し不信感を抱いていた節の発言を連ねていましたし、『大卿行北記』の端々においても、二人の間に確執があったことが語られています。しかし結局のところ、二人の関係が破綻をきたし、争ったとされることばは、全ての聖書のどこにも記されていません。である以上、ゼロを信じた者がエリザを疎む必要は無く、エリザを信じた者がゼロを軽んじる理由もまた、無いのです。
故に私は、二柱の神のどちらをも信じ、どちらをも愛していると、はっきりと答えます」
「ですが、3世は明らかに我々を、天帝教を軽んじ、嘲っています。なのにあなたは、違うと答えるのですか?」
そう反論する者にも、ペドロは理知的に回答した。
「ええ。重ねてお答えしますが、神を、そして人の信仰を侮辱すべき正当な理由など、この世にありはしません。『北港奪還記』第7章第2節第2項にもこうあります。ハンニバルは部下に説いた、己が常識を世界の常識と錯覚するなかれ、……と。3世にはまだ、神のおことばが真には理解できておらず、己の狭い了見で物事を判断してしまっている。たった今あなた方が尋ねたように、一方の神のみを信じるべし、もう一方を憎むべしと考えてしまっているのです」
「あ……!」
ペドロに説き伏せられ、彼らは目を見開く。
「ですから、どうか神学の徒、有識の人であるあなた方には、より広く、より深く、そしてより明るく、神とそのおことばに、真摯に向き合っていただきたく存じます」
「……仰る通りです。感服しました」
「蒙が啓けた心地です」
「ありがとうございます、ラウバッハ猊下」
その場にいた者たちは、揃ってペドロに頭を下げた。
ペドロの謙虚かつ、神学に対してどこまでも真剣な態度は――3世の態度があまりにも剣呑だったこともあいまって――神学府の者たちを心服させた。
また、ペドロは「聖書編纂にはすべての蔵書を勘案しなければならない」と3世を説得して資金と人員を捻出させ、まだクロスセントラルに放置されたままだった書物と資料をすべて、マーソルへと移動させた。これにより神学府からは絶大な感謝と信頼を寄せられ、ペドロは神学府、そして天帝教教会でも再び、一目置かれる存在となった。
そしてペドロの所期の目的であった新たな聖書編纂も330年、神学府の助力を得て完成にこぎつけた。この時まとめられた書は「二神交易記」と名付けられ、第2の聖書として公表された。こちらも「央中平定記」同様、並々ならぬ人気を博し、央中天帝教の者たちから絶大な支持を得た。
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