「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
央中神学事始
央中神学事始 14
ペドロの話、第14話。
正教会の内乱と、新たな宗教の台頭。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
14.
339年、ペドロに対し苛烈な要求を突きつけ、央北天帝教に対して歪んだ制裁を続ける3世を諌めるべく、マルティーノ師は最期の力を振り絞って抗議行動に出た。
「あなた方がこうして人々の模範、標(しるべ)となれたのは誰のおかげですか? 他ならぬラウバッハ君の功績によるものでしょう? その恩を忘れたのですか? あなた方が聞くべきは神のおことば、エリザ・ゴールドマンのおことばではないのですか? 決してニコル・フォコ・ゴールドマンのおことばでは無いはずです。
彼女はこう言ったはずです。『我々は戦うべからず。戦う者らがいればその仲立ちをし、互いに矛を収めさせよ』と。しかるに今、ニコル3世が行っていることは一体何ですか? 自ら戦いを仕掛け、世間が燃える様をニタニタと笑いながら眺めているのです。もしエリザがこの街に降臨されれば、必ずやニコル3世のほおを叩き、叱りつけるでしょう。『アンタなにアホなコトしよるんや』と」
マルティーノ師は央中正教会の人々を集めてこう叱咤し、3世にこれ以上付き従わぬよう皆を説得した。そしてその翌日――激怒した3世が彼の拘束に動く前に、マルティーノ師はこの世を去った。
マルティーノ師の、命を懸けたこの行動と説得の言葉に心動かされぬ者はおらず、これ以降、央中正教会の一部で、3世への抗議集会を繰り返す者が続出した。3世も過敏に反応し、市国の警察権力である公安局を操り集会を襲わせたが、それも却って市民に、3世への反感を強めさせる結果となった。
加えて翌340年、央中天帝教を根底から揺るがす出来事が起こった。
ゴールドコースト市国からほど近いカーテンロック山脈にて、あの克大火を現人神として信奉する者たちが、新たに宗教を拓いたのである。彼らは「黒炎教団」と呼ばれ、わずかずつではあるが、しかし確実に、信者数を増やしていた。当然、市国にもその波が押し寄せ、3世の言いなりとなっていた央中正教会を見限り、改宗する者も現れ始めた。
これは央中正教会にとって、致命的とも言える状況であった。黒炎教団の信者数が増加すれば、本拠地が侵されることになる。団結し、彼らを追い出さなければ、逆に自分たちが逐われる羽目になりかねない。
そして3世本人にとっても、これは危機に他ならなかった。自分の息がかかった人間ばかりであれば、いくら反感を抱かれようと危害が及ぶ可能性は少ないが、自分の力が及ばぬ人間ばかりが集まれば、いつ何時、襲撃を受けてもおかしくない。ましてや30年前に、3世が「大交渉」の場で克大火を下した事実がある。それを「3世が克大火を侮辱した」と曲解した乱暴な信者が、いわれの無い仇討ちに及ぶ可能性もある。
何としてでも市国に、黒炎教団の勢力を招いてはならなかったのである。
市国内で高まる反発と黒炎教団の脅威――内憂外患を抱えた3世は、正教会の結束を高めるため、いともあっさりと経済制裁を解除し、ペドロへの要求を取り下げた。その上で「北方見聞記」を第3の聖書として認めた上、ペドロを央中正教会に引き戻し、教主に復位させることを提案した。
この厚顔無恥な対応に、市国の市民たちも央中正教会も、そして神学府も呆れ返ったが、ただ一人、ペドロは柔和に応じた。
「経緯がどうあれ、私の書物が聖書として認められることは、大変な名誉です。提案を全面的に受け入れます。
ただし、教主への復位は丁重にお断りしたします。3世と私の距離が再び近づけば、またこのような騒ぎが起こるかも知れませんから」
ペドロは央中正教会に戻ってからも、特別研究員として引き続き、聖書の編纂に当たることとなった。
@au_ringさんをフォロー
正教会の内乱と、新たな宗教の台頭。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
14.
339年、ペドロに対し苛烈な要求を突きつけ、央北天帝教に対して歪んだ制裁を続ける3世を諌めるべく、マルティーノ師は最期の力を振り絞って抗議行動に出た。
「あなた方がこうして人々の模範、標(しるべ)となれたのは誰のおかげですか? 他ならぬラウバッハ君の功績によるものでしょう? その恩を忘れたのですか? あなた方が聞くべきは神のおことば、エリザ・ゴールドマンのおことばではないのですか? 決してニコル・フォコ・ゴールドマンのおことばでは無いはずです。
彼女はこう言ったはずです。『我々は戦うべからず。戦う者らがいればその仲立ちをし、互いに矛を収めさせよ』と。しかるに今、ニコル3世が行っていることは一体何ですか? 自ら戦いを仕掛け、世間が燃える様をニタニタと笑いながら眺めているのです。もしエリザがこの街に降臨されれば、必ずやニコル3世のほおを叩き、叱りつけるでしょう。『アンタなにアホなコトしよるんや』と」
マルティーノ師は央中正教会の人々を集めてこう叱咤し、3世にこれ以上付き従わぬよう皆を説得した。そしてその翌日――激怒した3世が彼の拘束に動く前に、マルティーノ師はこの世を去った。
マルティーノ師の、命を懸けたこの行動と説得の言葉に心動かされぬ者はおらず、これ以降、央中正教会の一部で、3世への抗議集会を繰り返す者が続出した。3世も過敏に反応し、市国の警察権力である公安局を操り集会を襲わせたが、それも却って市民に、3世への反感を強めさせる結果となった。
加えて翌340年、央中天帝教を根底から揺るがす出来事が起こった。
ゴールドコースト市国からほど近いカーテンロック山脈にて、あの克大火を現人神として信奉する者たちが、新たに宗教を拓いたのである。彼らは「黒炎教団」と呼ばれ、わずかずつではあるが、しかし確実に、信者数を増やしていた。当然、市国にもその波が押し寄せ、3世の言いなりとなっていた央中正教会を見限り、改宗する者も現れ始めた。
これは央中正教会にとって、致命的とも言える状況であった。黒炎教団の信者数が増加すれば、本拠地が侵されることになる。団結し、彼らを追い出さなければ、逆に自分たちが逐われる羽目になりかねない。
そして3世本人にとっても、これは危機に他ならなかった。自分の息がかかった人間ばかりであれば、いくら反感を抱かれようと危害が及ぶ可能性は少ないが、自分の力が及ばぬ人間ばかりが集まれば、いつ何時、襲撃を受けてもおかしくない。ましてや30年前に、3世が「大交渉」の場で克大火を下した事実がある。それを「3世が克大火を侮辱した」と曲解した乱暴な信者が、いわれの無い仇討ちに及ぶ可能性もある。
何としてでも市国に、黒炎教団の勢力を招いてはならなかったのである。
市国内で高まる反発と黒炎教団の脅威――内憂外患を抱えた3世は、正教会の結束を高めるため、いともあっさりと経済制裁を解除し、ペドロへの要求を取り下げた。その上で「北方見聞記」を第3の聖書として認めた上、ペドロを央中正教会に引き戻し、教主に復位させることを提案した。
この厚顔無恥な対応に、市国の市民たちも央中正教会も、そして神学府も呆れ返ったが、ただ一人、ペドロは柔和に応じた。
「経緯がどうあれ、私の書物が聖書として認められることは、大変な名誉です。提案を全面的に受け入れます。
ただし、教主への復位は丁重にお断りしたします。3世と私の距離が再び近づけば、またこのような騒ぎが起こるかも知れませんから」
ペドロは央中正教会に戻ってからも、特別研究員として引き続き、聖書の編纂に当たることとなった。
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[自作小説(ファンタジー)]
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~