「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
央中神学事始
央中神学事始 15
ペドロの話、第15話。
北の邦での研究。
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15.
央北滞在中に2人の子供に恵まれ、4人家族となっていたペドロ一家は、10年ぶりに央中へと戻って来た。だが、やはり10年前と変わらず、3世はペドロを疎んじていたようだった。戻ってまもなく、3世がこんな提案を持ちかけて来たからである。
「北方へ……?」
「せや。ほれ、あの……、『北方見聞記』やったかなんか、君、出したやんか? まあ、あれはあれで問題は無いとは思うねん、思うねんけどもな、何ちゅうか、まあ、もうちょっと、ええ感じにでけるんちゃうかなって」
「はあ」
3世が言うには、北方ジーン王国の知り合いが多数の蔵書を有しており、それを調べれば聖書の内容を拡充できるのではないかとのことだったが、この提案は明らかに、ペドロを央中から遠ざけさせようとする意思が見て取れた。
だが、ペドロはその提案に、素直に従った。
「承知しました。ではお言葉に従い、北方を訪ねることといたします」
ペドロ自身、「北方見聞記」に不足した部分を感じていたし、二天戦争が行われた地に向かえば、より精細な描写ができることは確かでもある。どこまでも聖書編纂を第一に考えるペドロは、妻子を置いて単身、北方へ渡った。
ペドロの評判は北方にも届いていたらしく、彼は到着するなり、王国付の文官に笑顔で出迎えられた。
「ようこそおいで下さいました、ラウバッハ卿。私はジーン王国財務大臣補佐官の、オットー・フロトフと申します。今回、あなたのご案内を仰せつかりました。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします。……財務大臣のお付きの方がご案内を?」
「ええ。ゴールドマン卿は以前、財務大臣補佐に相当する役職に就いておられた経験がございまして。その縁で、私の方に話が来た次第です」
「さようでしたか」
「ただ、それを抜きにしましても、あなたのおうわさはかねがね伺っております。よろしければ詳しくお話をさせていただきたいのですが……」
「私の拙い話でよろしければ、いくらでも構いません」
ペドロの返答に、フロトフ補佐官はぴょこんと熊耳を立てた。
「いえいえ、とんでもない! 実は私も『北方見聞記』を拝読いたしまして……」
こうして王国首都フェルタイルに着くまでの間に、ペドロとフロトフ補佐官はすっかり親密になった。
フェルタイルに到着し、王国の資料庫に通されたところで、ペドロはもう一人、ある男に出くわした。
「あなたがゴールドマン卿から紹介されたラウバッハ卿か?」
「ええ、私がペドロ・ラウバッハで……」「自己紹介は結構。あなたに興味は無い。私はエイハブ・ナイジェル。この資料庫の管理を任されている。その内転属するつもりだがね。どこでも勝手に見て構わないが庫外への持ち出しは禁ずる。貸与もしない。閲覧は9時から18時まで。整理整頓を心がけてくれ。以上」
半ばまくし立てるように説明し、そのナイジェル氏はどこかに立ち去ってしまった。
「あ、あの……?」
「ああ言う人です。悪い人では無いとは思うのですが、あまり話はされない方がよろしいかも知れません、……精神衛生上の意味で」
「はあ……」
戸惑いはしたが、ともかくフロトフ補佐官の言う通り、ペドロはナイジェル氏と極力接触しないよう気を付けつつ、資料を集めることにした。
ジーン王国の資料庫はペドロにとって、非常に有益だった。質の高い資料が山のようにあり、神学府での研究だけでは不足していた情報を、十分に補完することができた。
「しかし何故、これだけの書物がここにあるのでしょうか? いえ、不似合いと言うわけではありません。私の目からすれば、ここは神学府にも引けを取らない蔵書量です。一体誰がどのようにして、これだけの収集をなさったのか、と」
「さあ……? 申し訳ありませんが、私もあまり学の深い方ではないので……」
ペドロを気に入り、度々彼の元を訪ねてきていたフロトフ補佐官に聞いても、要領を得ない答えが返って来るばかりである。
「もしかしたらナイジェルさんが詳しいのかも知れませんが、……正直に言って、あまり声をかけない方がいいでしょう。相当偏屈な人のようですから」
「ふーむ……」
フロトフ補佐官に止められたものの、元来好奇心旺盛な性質のペドロは、ある時ついに、ナイジェル氏に話しかけることにした。
この何と言うことも無さそうなペドロの行動が、後に央中全土を混乱に陥れた大事件――「子息革命」のきっかけとなる。
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北の邦での研究。
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15.
央北滞在中に2人の子供に恵まれ、4人家族となっていたペドロ一家は、10年ぶりに央中へと戻って来た。だが、やはり10年前と変わらず、3世はペドロを疎んじていたようだった。戻ってまもなく、3世がこんな提案を持ちかけて来たからである。
「北方へ……?」
「せや。ほれ、あの……、『北方見聞記』やったかなんか、君、出したやんか? まあ、あれはあれで問題は無いとは思うねん、思うねんけどもな、何ちゅうか、まあ、もうちょっと、ええ感じにでけるんちゃうかなって」
「はあ」
3世が言うには、北方ジーン王国の知り合いが多数の蔵書を有しており、それを調べれば聖書の内容を拡充できるのではないかとのことだったが、この提案は明らかに、ペドロを央中から遠ざけさせようとする意思が見て取れた。
だが、ペドロはその提案に、素直に従った。
「承知しました。ではお言葉に従い、北方を訪ねることといたします」
ペドロ自身、「北方見聞記」に不足した部分を感じていたし、二天戦争が行われた地に向かえば、より精細な描写ができることは確かでもある。どこまでも聖書編纂を第一に考えるペドロは、妻子を置いて単身、北方へ渡った。
ペドロの評判は北方にも届いていたらしく、彼は到着するなり、王国付の文官に笑顔で出迎えられた。
「ようこそおいで下さいました、ラウバッハ卿。私はジーン王国財務大臣補佐官の、オットー・フロトフと申します。今回、あなたのご案内を仰せつかりました。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします。……財務大臣のお付きの方がご案内を?」
「ええ。ゴールドマン卿は以前、財務大臣補佐に相当する役職に就いておられた経験がございまして。その縁で、私の方に話が来た次第です」
「さようでしたか」
「ただ、それを抜きにしましても、あなたのおうわさはかねがね伺っております。よろしければ詳しくお話をさせていただきたいのですが……」
「私の拙い話でよろしければ、いくらでも構いません」
ペドロの返答に、フロトフ補佐官はぴょこんと熊耳を立てた。
「いえいえ、とんでもない! 実は私も『北方見聞記』を拝読いたしまして……」
こうして王国首都フェルタイルに着くまでの間に、ペドロとフロトフ補佐官はすっかり親密になった。
フェルタイルに到着し、王国の資料庫に通されたところで、ペドロはもう一人、ある男に出くわした。
「あなたがゴールドマン卿から紹介されたラウバッハ卿か?」
「ええ、私がペドロ・ラウバッハで……」「自己紹介は結構。あなたに興味は無い。私はエイハブ・ナイジェル。この資料庫の管理を任されている。その内転属するつもりだがね。どこでも勝手に見て構わないが庫外への持ち出しは禁ずる。貸与もしない。閲覧は9時から18時まで。整理整頓を心がけてくれ。以上」
半ばまくし立てるように説明し、そのナイジェル氏はどこかに立ち去ってしまった。
「あ、あの……?」
「ああ言う人です。悪い人では無いとは思うのですが、あまり話はされない方がよろしいかも知れません、……精神衛生上の意味で」
「はあ……」
戸惑いはしたが、ともかくフロトフ補佐官の言う通り、ペドロはナイジェル氏と極力接触しないよう気を付けつつ、資料を集めることにした。
ジーン王国の資料庫はペドロにとって、非常に有益だった。質の高い資料が山のようにあり、神学府での研究だけでは不足していた情報を、十分に補完することができた。
「しかし何故、これだけの書物がここにあるのでしょうか? いえ、不似合いと言うわけではありません。私の目からすれば、ここは神学府にも引けを取らない蔵書量です。一体誰がどのようにして、これだけの収集をなさったのか、と」
「さあ……? 申し訳ありませんが、私もあまり学の深い方ではないので……」
ペドロを気に入り、度々彼の元を訪ねてきていたフロトフ補佐官に聞いても、要領を得ない答えが返って来るばかりである。
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「ふーむ……」
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