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    「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
    央中神学事始

    央中神学事始 17

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    ペドロの話、第17話。
    斜陽の大商人。

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    17.
     北方での研究の甲斐あって、「北方見聞記」改訂版は初版以上の好評を博した。そしてその主筆であるペドロも、既に教主の職を辞して10年以上経っているにもかかわらず、その評価と人気は衰えることを知らなかった。

     一方で3世の評判は、次第に陰りを濃くしていた。316年の大交渉で央中を中央政府から独立させ、大規模な再開発計画を打ち出し、央中に見果てぬ希望を与えた頃までは、彼には無限とも思える期待と羨望が寄せられていたが、再開発が終息を迎えて何年も経ち、ペドロをめぐる経済制裁で央北と、央北天帝教を必要以上に痛めつける痴態を世界中に晒して以降は、彼のことを悪し様に罵り、金火狐一族との取引を自ら打ち切る者も現れ始めていた。
     加えてこの経済制裁が、「眠れる獅子」を呼び起こしてしまった。3世、いや、正確には金火狐財団の系列商店・商会との取引・融資が完全停止した期間中、央北の人々も、そして克大火を封じ込めて議会制に移行した中央政府も、ただ手をこまねいていたわけではない。彼らなりに金火狐からの経済的自立・成長を実現させるべく、試行錯誤を繰り返していたのである。その努力は経済制裁が終息して以降も続けられており、347年のこの時には、前述の通り金火狐と手を切ってしまってもどうにかできるだけの経済圏が、央北に形成され始めていたのである。
     かつての栄光が曇り、影響力を失いつつある上、3世もこの頃齢60に達し、いよいよ己の思うままに体を動かすことも難しくなり始めていた。



     そんな斜陽の最中にあった3世が出してきた提案は、ペドロを少なからず困惑させた。
    「幼少期のエリザを?」
    「せや。そこは一番の神秘っちゅうても過言やない。逆に言うたら、そこをみんな、知りたいんとちゃうやろかと思うんよ」
    「仰ることは分かるのですが、しかし、現実的に無理な内容ではないでしょうか」
     この提案に対し、ペドロは当然、難色を示した。
    「『央中平定記』より以前の内容、即ちエリザがゼロの力を借りて故郷の怪物を掃討するより前の話は、そもそも資料自体が存在していません。口伝や詩歌すら、ネール家にほんの数曲あった程度なのです」
    「むしろその謎があるが故に、エリザの神秘性が保たれていると言っても過言では無い」
     二人の話に、この頃ペドロの右腕となり、博士と呼ばれるようになっていたナイジェルも口を挟む。
    「仮にその謎を暴いて、案外何と言うことも無い、平凡でありきたりの幼少期であったことが判明したら、神秘性が損なわれてしまうことになる。折角ここまで築き上げた『狐の女神』像を、わざわざ毀損することは無いはずだ。私はその提案を却下する」
    「お前の言うことなんか聞いてへんねん。黙っとけや」
     ナイジェル博士をにらみつけ、3世はペドロに向き直る。
    「そこの長耳がわちゃわちゃ言うてたけども、あんたは分かるやろ? 謎を謎のまんまで残しとけへんっちゅう気持ちは。それともあんたにはここが限界か? 目の前に横たわる大きな謎に、手ぇも足も出せまへんわとあきらめるんか?」
    「確かに私も研究者のはしくれです。自分の能力で明らかにできる謎があるのならば、己の命を懸けてでも解明したいとは考えております。
     しかし先程申し上げたように、そもそも元となるべき資料が無いとなれば、制作のしようがありません。それでも無理に作るとなれば、それはもう創作、根拠の無い勝手な想像で作られた『ウソ』になってしまいます。それではただの寓話、おとぎ話と同然です。決して人々の尊敬と信仰を集めるような書物にはならないでしょう」
    「ちゅうことはや」
     3世はまったく引き下がらず、こう尋ねてきた。
    「資料があれば作れるわけやな?」
    「論理的に申せばそうなります。……まさか3世、その資料をお持ちであると?」
    「いや、私は持ってへん。せやけど持ってそうなヤツは1人、心当たりがあんねん」
    「なんですって!?」
     驚くペドロに、3世はニヤっと笑みを向けた。
    「ちゅうてもな、住所不定、自称『賢者』の、めちゃめちゃ怪しいお姉ちゃんやけどもな」
    「……そうか、モール・リッチ!」
     3世から怒鳴られ、ふてくされていたナイジェル博士が顔を上げる。
    「彼は央北天帝教の聖書に、エリザの師であったと記されていた。であれば幼少期のエリザを知っていて当然と言うわけか」
    「そう言うこっちゃ」
     今度はナイジェル博士に笑いかけ、3世はさも切り札を出したと言いたげな表情を浮かべた。
    「実は私も昔、彼女に会ったことがあんねん。ちゅうても当時はまだ私もペーペーのヒヨッコで、ホンマに彼女がモール本人やとは思てへんかったけどもな。ほんでも古い付き合いがあることやし、居場所探して私が会いたい言うてると伝えたら、すぐ来てくれるはずや」
    「さ、探す?」
    「では今、彼がどこにいるか分からない、と?」
     一転、ナイジェル博士とペドロはがっかりした声を漏らす。それでも3世は、自信満々に答えた。
    「金火狐の力があったらチョイチョイや。ま、すぐ見つかるはずや。期待して待っとき」

     3世はそんな風に、軽く言い放ったものの――実際にモールが見つかるまでには、2年を要した。
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