「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
央中神学事始
央中神学事始 19
ペドロの話、第19話。
礼を示す。
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19.
ペドロもナイジェル博士も、長年の研究でエリザが必ずしも聖人君子の類ではないことを把握していたし、その師とされるモールについても、相応の性格であろうことを察していた。
「……ふん」
それ故、ベッドの上でとぐろを巻き、肌着姿で煙草をふかす、退廃的な彼女の姿を目にしても、両者ともたじろいだり愕然としたりするようなことは無かった。
「半月もこんなトコに閉じ込めといたかと思ったら、今度は坊さんのお説教? あんたら、ケンカ売ってるね? 私を誰だと思ってんのかねぇ、まったく」
うっすらにらみつけてくるモールに対し、ペドロは床に正座して深々と頭を下げた。
「長期にわたる不当な拘留で大変なご不便、ご迷惑をおかけいたしましたこと、誠に申し訳無く存じます」
「あん?」
「賢者モール・リッチ様。いかようなご叱責も、甘んじて受ける所存です。誠心誠意、お詫び申し上げます」
「……」
モールは煙草をぷっと床に吐き捨て、のそりと立ち上がった。
「アンタが責任者?」
「そのように捉えていただいて差し支えございません。元を申せば、私のはしたなき欲求故に行われたことです」
「その言い方だとさ」
モールは土下座するペドロの前に座り込み、彼の後頭部に視線を落とす。
「実行犯が他にいるみたいな感じだよね。ってかさアンタ、見た目からしてソコまで金回り良さそうなタイプでも、カネで人を釣ろうってタイプでも無さそうだしね。ソイツはドコにいるね? 後ろの長耳でも無さそうだしさ」
「ここにはおりません。高齢故、出歩くことが困難な身でして」
「アンタだって結構なお歳に見えるけどね。アンタ以上にヨボヨボだっての? いや、はっきり言ってやるね。んなもん詭弁さ。ソイツはココまで来る気も無いし、顔も見せたくないワケだ。私をこーして閉じ込めといて、自分は関係ありませんってツラしたいってワケさね。どーせ名前も出すなって言ってんだろ?」
「いいえ」
ペドロは顔を上げ、率直に答えた。
「そのように言い付けられた事実はございませんので、お答えいたします。あなたを拘束するよう命じたのはニコル・フォコ・ゴールドマンその人です」
「何だって? フォコが? ……あんの野郎」
「しかし――重ね重ね申し上げますが――元はと申せば、私があなたからお話を伺いたいと願い出たからこそ、行われたことです。すべての責任は私にございます。私にいたせることであれば、どうぞ、何なりとお申し付け下さい」
「話、話って、アンタ一体私に何を聞きたいね?」
尋ねてきたモールに、ペドロは正座の姿勢を崩さぬまま答えた。
「エリザ・ゴールドマンの幼少期について、可能な限り詳しく伺いたいのです」
「は?」
けげんな顔をし、モールが続いて尋ねる。
「なんでそんなコト聞きたいね?」
「私の生涯を懸けた事業の完成のためでございます」
「大きく出たもんだね。アンタ、何してる人?」
「聖書の編纂を行っております」
「聖書? ……私もソコまで詳しかないけど、エリザの話聞きたいってコトは、央中天帝教ってヤツだろ? エリザの話なんてソコら中探せばいくらでもあるだろうに」
「山のようにございますが、いずれも事実を事実のまま描いたものではございません。私はひたすらに、真実を求めているのです」
「そんで私なら、マジでエリザのちっさい頃を見てるはずだろうって? なるほどね」
モールはベッドに座り直し、胸元から新たな煙草を取り出した。
「火ちょうだい」
「はっ……」
ペドロは言われるがまま、マッチを机から取り、彼女の煙草に火を点けた。
「はっきり言っとくけどね、私ゃ坊さんみたいな祈って唱えて説教すんのが職業ってヤツは大っキライだし、カネで言うコト聞かそうなんてヤツもクソだと思ってるね。そもそもそんな頼み、受ける理由が無いしね。だから引き受けようなんて気は、さらっさら無い。……だけども」
モールは紫煙をふーっと天井に向けて吐き、ペドロに顔を向けた。
「アンタは今、煙草の灰だらけの床に頭こすりつけて頼み込むだなんて最大限の礼儀を示してくれたワケだし、ソレを無碍にするってんじゃ、悪いのは私になるね。
だからその礼儀に答えて、アンタの願いを聞いてやるね」
こうしてモールから直接、エリザの幼年時代について聞き出したペドロは――中には荒唐無稽な内容も散見されたが、「礼儀に答える」と言った彼女の言葉を信じて――そのすべてを「モール師事記」として編纂、351年に上梓した。
奇想天外かつ大言壮語が並ぶモールの話を、当代最高の編集人ペドロが絶妙にまとめ、聖書として昇華させたこの書物は、やはり空前の好評を博した。当然、ペドロの評判も前以上に上がったが、反対に3世には「賢者モールをカネで買おうとした」との悪評が立ち、その人気にはより一層の、深い影が落ちることとなった。
央北から広まったこの醜聞はやがて3世にも伝わり、彼はまたも激怒した。この醜聞がモール本人が流したものであることは明らかであり――仮にペドロたちが流したのならば、市国で広まるはずであるため――彼はモールにしかるべき制裁を加えるべく、躍起になって彼女の再捜索を命じたが、モールはもう二度と、3世の張った網にかかることは無かった。
そしてこの暴挙が、3世の命脈を断つ決定点となった。
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礼を示す。
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19.
ペドロもナイジェル博士も、長年の研究でエリザが必ずしも聖人君子の類ではないことを把握していたし、その師とされるモールについても、相応の性格であろうことを察していた。
「……ふん」
それ故、ベッドの上でとぐろを巻き、肌着姿で煙草をふかす、退廃的な彼女の姿を目にしても、両者ともたじろいだり愕然としたりするようなことは無かった。
「半月もこんなトコに閉じ込めといたかと思ったら、今度は坊さんのお説教? あんたら、ケンカ売ってるね? 私を誰だと思ってんのかねぇ、まったく」
うっすらにらみつけてくるモールに対し、ペドロは床に正座して深々と頭を下げた。
「長期にわたる不当な拘留で大変なご不便、ご迷惑をおかけいたしましたこと、誠に申し訳無く存じます」
「あん?」
「賢者モール・リッチ様。いかようなご叱責も、甘んじて受ける所存です。誠心誠意、お詫び申し上げます」
「……」
モールは煙草をぷっと床に吐き捨て、のそりと立ち上がった。
「アンタが責任者?」
「そのように捉えていただいて差し支えございません。元を申せば、私のはしたなき欲求故に行われたことです」
「その言い方だとさ」
モールは土下座するペドロの前に座り込み、彼の後頭部に視線を落とす。
「実行犯が他にいるみたいな感じだよね。ってかさアンタ、見た目からしてソコまで金回り良さそうなタイプでも、カネで人を釣ろうってタイプでも無さそうだしね。ソイツはドコにいるね? 後ろの長耳でも無さそうだしさ」
「ここにはおりません。高齢故、出歩くことが困難な身でして」
「アンタだって結構なお歳に見えるけどね。アンタ以上にヨボヨボだっての? いや、はっきり言ってやるね。んなもん詭弁さ。ソイツはココまで来る気も無いし、顔も見せたくないワケだ。私をこーして閉じ込めといて、自分は関係ありませんってツラしたいってワケさね。どーせ名前も出すなって言ってんだろ?」
「いいえ」
ペドロは顔を上げ、率直に答えた。
「そのように言い付けられた事実はございませんので、お答えいたします。あなたを拘束するよう命じたのはニコル・フォコ・ゴールドマンその人です」
「何だって? フォコが? ……あんの野郎」
「しかし――重ね重ね申し上げますが――元はと申せば、私があなたからお話を伺いたいと願い出たからこそ、行われたことです。すべての責任は私にございます。私にいたせることであれば、どうぞ、何なりとお申し付け下さい」
「話、話って、アンタ一体私に何を聞きたいね?」
尋ねてきたモールに、ペドロは正座の姿勢を崩さぬまま答えた。
「エリザ・ゴールドマンの幼少期について、可能な限り詳しく伺いたいのです」
「は?」
けげんな顔をし、モールが続いて尋ねる。
「なんでそんなコト聞きたいね?」
「私の生涯を懸けた事業の完成のためでございます」
「大きく出たもんだね。アンタ、何してる人?」
「聖書の編纂を行っております」
「聖書? ……私もソコまで詳しかないけど、エリザの話聞きたいってコトは、央中天帝教ってヤツだろ? エリザの話なんてソコら中探せばいくらでもあるだろうに」
「山のようにございますが、いずれも事実を事実のまま描いたものではございません。私はひたすらに、真実を求めているのです」
「そんで私なら、マジでエリザのちっさい頃を見てるはずだろうって? なるほどね」
モールはベッドに座り直し、胸元から新たな煙草を取り出した。
「火ちょうだい」
「はっ……」
ペドロは言われるがまま、マッチを机から取り、彼女の煙草に火を点けた。
「はっきり言っとくけどね、私ゃ坊さんみたいな祈って唱えて説教すんのが職業ってヤツは大っキライだし、カネで言うコト聞かそうなんてヤツもクソだと思ってるね。そもそもそんな頼み、受ける理由が無いしね。だから引き受けようなんて気は、さらっさら無い。……だけども」
モールは紫煙をふーっと天井に向けて吐き、ペドロに顔を向けた。
「アンタは今、煙草の灰だらけの床に頭こすりつけて頼み込むだなんて最大限の礼儀を示してくれたワケだし、ソレを無碍にするってんじゃ、悪いのは私になるね。
だからその礼儀に答えて、アンタの願いを聞いてやるね」
こうしてモールから直接、エリザの幼年時代について聞き出したペドロは――中には荒唐無稽な内容も散見されたが、「礼儀に答える」と言った彼女の言葉を信じて――そのすべてを「モール師事記」として編纂、351年に上梓した。
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