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    「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
    央中神学事始

    央中神学事始 24

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    ペドロの話、最終話。
    ピリオド。

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    24.
     総帥交替が行われてまもなく、3世が死去したとの知らせが市国に広まった。しかし、「現総帥は死亡の事実を把握していなかった」、「葬儀の場には遺体が無かった」など、本当に亡くなったのか疑問を抱かせるような要素がいくつもあり、人々は「3世は財団の急進派に暗殺された」、「3世はどこかに逃げ延び、再起の機会を図っている」などと、口々にうわさした。

     一方、ペドロは360年に第5冊目となる聖書、「狐の女神記」を刊行した。それと同時に、彼もまた、神学者としての引退を宣言した。
    「これで女神エリザの一生を、私に出来得る限り書き留めることができました。これ以上を成そうとするならば、それはもう、彼女の一生に無い出来事を創作する他にございません。となれば彼女の実像を歪め、嘘で塗り固めることになります。それは彼女への冒涜に他なりません。彼女を神として敬愛するが故に、私はここで筆を折るべきでしょう。
     私が成すべき仕事は、ここまででございます」
     ペドロ夫妻は市国を離れ、二人目の息子、ビートの住む田舎町に移り住み、いち牧師として後の生涯を過ごした。

     彼はビートに、こんなことを話したと伝えられている。
    「夢を見たのだけれど、それはとても不思議な夢だったよ。
     その中で私は、24歳になっていた。不遇を囲い、安酒場の豆とベーコンだけでどうにか食いつないでいた頃だ。そして目の前には、豆とベーコンが置いてあった。だから一瞬、今までの人生は私が見ていた夢なんじゃないかと思ってしまったよ。
     そこにお客さんがやって来た。3世だ。出会った当時と同じ、27歳の姿だった。3世は店の入口で大声を出した。『大卿行北記、第5章1節!』と。そう、彼が私を探すために問うた言葉だ。勿論、私は答えた。一言一句、間違い無くね。そうしたら3世はニヤッと笑って、こう続けたんだ。『ほな次、央中平定記の第11章3節はどないや?』とね。それも当然、私は答えた。他ならぬ私の作だからね。これも淀みなく答えてみせた。3世は笑っていた。『やるやないか。ほんならモール師事記の第21章6節は?』これも答えた。……と思うだろう? うむ、その通り。そんな章は無いんだ。全部で19章だからね。だから私は無いと答えた。3世は肩をすくめて、私の対面に座った。『ゴメンな。実は読んでへんかってん』と言われたよ。
     そこで3世は、私に頭を下げた。『君にはホンマに申し訳無いことしてしもたな。元はと言えば僕が頼んで、市国に来てもろたのにな。この30年、しょうもないことばっかりして、君にはめちゃめちゃ迷惑掛けてしもたわ。……せやから、まあ、お詫びっちゅうたらアレやけども、こないだ全部読ましてもらってん。いや、ホンマにええ出来やったわ。恐れ入った。君はホンマにええ仕事したわ。ありがとうな、ホンマに』
     3世は席を立ち、こう言ってきた。『僕ももうそろそろ、いこか思てんねん。君もボチボチどないや?』と言われたけれど、断っておいたよ。『ようやく面と向かって嫌や言うたと思たら、ここでかいな』と苦い顔をされてしまったけど、久しぶりに、目の前の豆とベーコンを楽しみたかったからね。……でもまた、近い内に誘われると思う。その時は相伴するつもりだ」
     そしてこの話をしてから1週間後――ペドロ・ラウバッハはこの世を去った。



     かつては「央北天帝教の無心から逃げる方便」「経典無きニセ宗教」と蔑まれた央中天帝教は、ペドロ、そして3世の長年にわたる努力により、いつしか権威ある宗教として、確固たる地位を確立するに至った。併せて、ペドロが編纂した5冊の聖書は央中天帝教の根源として、そして誰もが学び、守るべき規範として、長きに渡って尊ばれるものとなった。
     そしてペドロ自身もまた、央中天帝教最大の聖人として、そして4世紀最大の文人として慕われることとなり、彼が没した町には今も、巡礼者が絶えないと言う。

    央中神学事始 終

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    「火紅狐」と「琥珀暁」の間を埋める形となったこの作品。
    以前にも話しましたが、実は当初、「琥珀暁」と並行して連載しようと考えていました。
    しかし「琥珀暁」第1部時点で書こうとしても、ペドロに何話させればいいんだか、
    アイデアが全くまとまらず、結局ボツにしました。

    が、「琥珀暁」が完結したところで、「あのエピソードをこう解釈させればいいのでは」
    と言うようなアイデアが一挙にまとまり、こうして短編としてまとめることに成功しました。
    やっぱり中身の無い話は、長く続けるには無理がありますね。



    なお、「火紅狐」をお読みいただいた方の中には、ニコル3世――フォコの性格と人柄が、
    「火紅狐」と比べて歪んでいるように思われる方がいらっしゃるかも知れませんが、彼は元々あんなんです
    若い時はまだ、遠慮が勝っていただけで。人間歳を取ったら、自制心がどんどん緩んでしまうもんです
    あるいは、世界最大の勝利者となってタガが外れてしまったのかも知れません。
    恩人の金言賢者の箴言も、老いたフォコにはもう、思い出せなかったのでしょう。
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