「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第2部
蒼天剣・烈士録 1
晴奈の話、27話目。
晴奈の昇華。
1.
人を含め、何物においても、何のきっかけも無しに、突然その姿や性質が変わることは無い。
黄晴奈にしても、元は単なる町娘である。
その「ただの人」であるはずの彼女に、周囲が思いもよらぬような変化を与えたのは、焔流の剣士である柊雪乃だった。
彼女との出会いが晴奈にただならぬ衝撃を与え、剣士としての道を歩ませることとなったのだ。
その後も晴奈には、「きっかけ」が連続して訪れた。
魔術師橘との出会い、ウィルバーとの戦い、師匠とクラウンとの勝負、いくつもの旅――その様々な経験が、ついに彼女を、その高みにまで登らせた。
双月暦512年、秋。
「……はぁ。参ったわねぇ」
晴奈はいきなり、柊からこう言われた。
「え?」
これまで6年やってきたように、その日もいつも通りに、二人で朝稽古を始めようとしたのだが、晴奈が木刀を構えた瞬間、柊がため息をついたのだ。
「どうされたのですか、師匠?」
「まあ、打ち合えば分かるわ」
そう言って柊は一歩、踏み込んできた。
(これは……)
その瞬間、晴奈の頭にたぎるような感覚――黒炎が攻めてきた時や、島と戦った時に感じたのと同じ、息が止まるような緊張感が生じる。
(……殺気!?)
元より「稽古であっても真剣にやる」と約束してはいたが、それは技術の面と心持ちで、だけのことであり、まさか本当に殺すつもりでやってきたわけでは無い。
だがこの時、柊は明らかに本気でかかって来た。その一挙手一投足に、本気で晴奈を殺そうとする気配がにじんでいるのを、晴奈はぞくりと感じていた。
「くッ!」
柊が斬りかかると同時に、晴奈は木刀で防御する。だが、ボキ、と言う鈍い音と共に、晴奈の持っていた木刀が真っ二つに折れた。
柊はいつの間にか真剣を構え、さらにその刃は赤く輝いている。それは紛れも無く、焔流の「燃える刀」だった。
「し、師匠!? 一体、何故に!?」
「問答無用ッ! 刀を抜け、晴奈ッ!」
師匠から向けられる正真正銘の殺意に、晴奈は若干戸惑い、怯む。
(一体、何をしているのですか、師匠!?)
だが、その困惑を無理矢理押さえ込み、腰に差していた刀を抜く。
(……いや、今はそんなことを考えるな)
晴奈は頭から余計な思考を追い出し、覚悟を決める。
(今考えるべきは目の前の――『敵』を倒すことだ!)
晴奈は刀を構え、刃に炎を灯した。
まだ日も差さぬ、朝もやの立ち込める修行場に、二つの火がゆらめいていた。二人はしばらくにらみ合ったまま、静止する。
そして先に、柊が仕掛けた。
「ぃやああああッ!」
燃え盛る刀を振り上げ、飛び上がる。
晴奈は瞬時に、柊の太刀筋を袈裟斬りと判断し、刀を脇に構える。
「させるかッ!」
晴奈は地面を滑るように低く跳ぶ。一歩分体が前に進み、柊の間合いから外れる。
柊の刀は晴奈の体を裂くこと無く、切れ味の悪い鍔本が肩に食い込むに留まった。
「くあ……、あお、おあぁぁッ!」
痛みからの叫びを気合の声に変え、晴奈は刀の柄を柊の鳩尾にめり込ませる。
「く、は……」
柊の口からか細い呻きが漏れ、がくりと頭を垂れてその場に崩れ落ちた。
それを見た途端、晴奈の緊張が解ける。呼吸を整え、次第に冷静さを取り戻し、そこでようやく、自分が師匠を倒したと自覚した。
「……師匠!」
我に返った晴奈は、慌てて柊の側に駆け寄る。柊はぐったりとし、動かない。その青ざめた顔を見て、晴奈の顔からも血の気が引く。
(ま、まさか。柄で突いたとは言え、打ち所が悪かったか……!?)
晴奈は柊を抱きかかえ、必死で呼ぶ。
「師匠! 大丈夫ですか、師匠!」
何度か声をかけたところで、柊のうめき声が返って来た。
「……くぅ、痛たた」
真っ青な顔をしている割にはしゃんとした動作で、柊は晴奈の手をつかむ。
「強くなったわね、晴奈」
「え?」
「今の動き、そして気迫。それに迷いない太刀筋。19でもう、その域に達するなんて」
「え、あ、ありがとうございます。……あの、師匠?」
生きていたと安堵する間も無く突然の賞賛を受け、晴奈は戸惑っている。
それを知ってか知らずか――柊はこう続けた。
「もう、わたしから教えることは何も無い。修行はおしまいよ」
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晴奈の昇華。
1.
人を含め、何物においても、何のきっかけも無しに、突然その姿や性質が変わることは無い。
黄晴奈にしても、元は単なる町娘である。
その「ただの人」であるはずの彼女に、周囲が思いもよらぬような変化を与えたのは、焔流の剣士である柊雪乃だった。
彼女との出会いが晴奈にただならぬ衝撃を与え、剣士としての道を歩ませることとなったのだ。
その後も晴奈には、「きっかけ」が連続して訪れた。
魔術師橘との出会い、ウィルバーとの戦い、師匠とクラウンとの勝負、いくつもの旅――その様々な経験が、ついに彼女を、その高みにまで登らせた。
双月暦512年、秋。
「……はぁ。参ったわねぇ」
晴奈はいきなり、柊からこう言われた。
「え?」
これまで6年やってきたように、その日もいつも通りに、二人で朝稽古を始めようとしたのだが、晴奈が木刀を構えた瞬間、柊がため息をついたのだ。
「どうされたのですか、師匠?」
「まあ、打ち合えば分かるわ」
そう言って柊は一歩、踏み込んできた。
(これは……)
その瞬間、晴奈の頭にたぎるような感覚――黒炎が攻めてきた時や、島と戦った時に感じたのと同じ、息が止まるような緊張感が生じる。
(……殺気!?)
元より「稽古であっても真剣にやる」と約束してはいたが、それは技術の面と心持ちで、だけのことであり、まさか本当に殺すつもりでやってきたわけでは無い。
だがこの時、柊は明らかに本気でかかって来た。その一挙手一投足に、本気で晴奈を殺そうとする気配がにじんでいるのを、晴奈はぞくりと感じていた。
「くッ!」
柊が斬りかかると同時に、晴奈は木刀で防御する。だが、ボキ、と言う鈍い音と共に、晴奈の持っていた木刀が真っ二つに折れた。
柊はいつの間にか真剣を構え、さらにその刃は赤く輝いている。それは紛れも無く、焔流の「燃える刀」だった。
「し、師匠!? 一体、何故に!?」
「問答無用ッ! 刀を抜け、晴奈ッ!」
師匠から向けられる正真正銘の殺意に、晴奈は若干戸惑い、怯む。
(一体、何をしているのですか、師匠!?)
だが、その困惑を無理矢理押さえ込み、腰に差していた刀を抜く。
(……いや、今はそんなことを考えるな)
晴奈は頭から余計な思考を追い出し、覚悟を決める。
(今考えるべきは目の前の――『敵』を倒すことだ!)
晴奈は刀を構え、刃に炎を灯した。
まだ日も差さぬ、朝もやの立ち込める修行場に、二つの火がゆらめいていた。二人はしばらくにらみ合ったまま、静止する。
そして先に、柊が仕掛けた。
「ぃやああああッ!」
燃え盛る刀を振り上げ、飛び上がる。
晴奈は瞬時に、柊の太刀筋を袈裟斬りと判断し、刀を脇に構える。
「させるかッ!」
晴奈は地面を滑るように低く跳ぶ。一歩分体が前に進み、柊の間合いから外れる。
柊の刀は晴奈の体を裂くこと無く、切れ味の悪い鍔本が肩に食い込むに留まった。
「くあ……、あお、おあぁぁッ!」
痛みからの叫びを気合の声に変え、晴奈は刀の柄を柊の鳩尾にめり込ませる。
「く、は……」
柊の口からか細い呻きが漏れ、がくりと頭を垂れてその場に崩れ落ちた。
それを見た途端、晴奈の緊張が解ける。呼吸を整え、次第に冷静さを取り戻し、そこでようやく、自分が師匠を倒したと自覚した。
「……師匠!」
我に返った晴奈は、慌てて柊の側に駆け寄る。柊はぐったりとし、動かない。その青ざめた顔を見て、晴奈の顔からも血の気が引く。
(ま、まさか。柄で突いたとは言え、打ち所が悪かったか……!?)
晴奈は柊を抱きかかえ、必死で呼ぶ。
「師匠! 大丈夫ですか、師匠!」
何度か声をかけたところで、柊のうめき声が返って来た。
「……くぅ、痛たた」
真っ青な顔をしている割にはしゃんとした動作で、柊は晴奈の手をつかむ。
「強くなったわね、晴奈」
「え?」
「今の動き、そして気迫。それに迷いない太刀筋。19でもう、その域に達するなんて」
「え、あ、ありがとうございます。……あの、師匠?」
生きていたと安堵する間も無く突然の賞賛を受け、晴奈は戸惑っている。
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