「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第1部
緑綺星・白闇譚 1
シュウの話、第31話。
老いた「パスポーター」。
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1.
「ジャンニくん……!?」
シュウもジャンニの背後に誰かが佇んでいることに気付いたらしく、血相を変える。だが、その人物――数日前スチール・フォックスを素手で叩きのめしたあの老兎「パスポーター」は、ニヤッと笑って拳を離した。
「最初に言っとくが、お前さんを今ここでどうこうしようってつもりはねえよ。俺にお前さんの始末を依頼した奴は公安局の檻の中だし、代わりにカネ出してくれる奴もいない。となりゃ今更お前さんを殺したところで、1エルの得にもならねえ。カネにならねえ殺しは損するだけだからな」
「……プロってヤツですね」
そんなことを言ったシュウに、「パスポーター」は鼻で笑って返す。
「知ったかぶりの事情通気取りさんよ、あんたはちっと黙ってな。俺はこいつと話があるんだ」
「一度殺そうとした人相手に、わざわざ話をしに来たんですか? 一体どんなお話を?」
あしらわれたが、シュウはやんわり食い下がる。「パスポーター」の方も、彼女がどう邪険に振る舞おうと離れない性格の人間だと悟ったらしく、口をへの字に曲げた。
「少なくとも、いい大人が3人往来で突っ立ってするような話じゃねえよ。そうさな、口が滑るようなもんをおごってくれりゃ、あんたに聞かせてやっても構わねえが……」
「ソレなら近くにお昼からやってる、央南系の定食屋さんがありますよ。お酒も種類豊富みたいですし」
「分かってるじゃねえか。いいだろう」
「パスポーター」はニヤッと笑い、案内するよう促した。
シュウが言った通り、そこは央南風の小料理屋をイメージしたような店構えだった。
「いらっしゃーい」
出迎えた虎獣人の店主に、シュウがぴょこ、と指を立てる。
「『猫桜』一本。あとは適当にご飯お願いしますー」
その注文を受けて、店主が目を丸くする。
「めちゃめちゃ高いよ?」
「知ってますー」
「……そんなら、まあ」
店主が奥に向かう間に、シュウたちはテーブル席に座る。
「お姉ちゃんよ、よく央南の酒なんか分かるな? 俺もそう詳しい方じゃねえけどよ、『猫桜』って言や、『チャット・ル・エジテ』や『デア・フォルティッサ』とタメ張る高級酒じゃねえか」
「家の物置にそのラベル付いた瓶が、ゴロゴロ置いてあったんですよ。わたしの5代か6代くらい前のご先祖様が央南の人で、よく央南からお酒取り寄せてたらしいんです。『故郷の味が忘れられなかった』ってヤツでしょうねー」
「ふーん……?」
話している間に、店主が酒瓶とコップを2つ持って来る。
「お姉さんとおじいさんの分ね。そっちのお兄ちゃんは飲めそうな顔してないから持って来てないよ。水かお茶なら持ってきたげるけど、どうする?」
「あっ、はい。ほな、お茶で」
「はいよ」
やり取りを眺めていた「パスポーター」が、くっくっと笑う。
「見る目は確かだな、あの姐御さんも。……っと、あんた方そろそろ自己紹介してもらっていいかい? いつまでも『お姉ちゃん』『お兄ちゃん』じゃ話しにくいからよ」
「あ、はい。私はシュウ・メイスンですー」
「ジャンニ・ゴールドマンや」
「ありがとよ。俺はアルト・トッドレールだ」
「よろしくですー、アルトさん」
シュウに酌をしてもらった酒を、アルトは一息に飲み干す。
「……かーっ、なかなかガツンと来るねえ。いい酒だ。よしよし、そんじゃ酔っ払っちまう前に、順を追って話をしてやるよ。シュウさんよ、録音の準備はいいかい?」
「バッチリですー」
シュウがスマホをテーブルの上に載せ、アプリを起動させたところで、アルトは話し始めた。
「最初に言っとくが、俺はあの戦い、負けたとは思ってねえ。お前さんもそうだろ?」
「まあ……うん。『ファイアランス』も弾かれたし、勝ったとは思ってへん」
「もっかいやったら絶対勝つ。……とは確信しちゃいるが、それで負けたら赤っ恥もいいとこだ。だから正体やら弱点やら探ろうと、情報集めてたのさ。そしたらやけにスチール・フォックスを持ち上げてる動画を見付けてな」
「あ、わたしのですか?」
「そうだ。で、スチール・フォックスに極秘取材したって動画をよーく聴いてみたら、その動画の声とあの晩聞いた声は、確かに同じっぽかった。で、ここ何日かその動画を頼りに通りを回って、今日ようやく見付けた、いや、声を聞き付けたってわけだ。俺はこの見た目通り、耳がいいからよ」
「身バレしないよう十分対策してたつもりでしたが、……まだまだですね」
シュウは肩をすくめ、酒をぐい、とあおった。
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老いた「パスポーター」。
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「ジャンニくん……!?」
シュウもジャンニの背後に誰かが佇んでいることに気付いたらしく、血相を変える。だが、その人物――数日前スチール・フォックスを素手で叩きのめしたあの老兎「パスポーター」は、ニヤッと笑って拳を離した。
「最初に言っとくが、お前さんを今ここでどうこうしようってつもりはねえよ。俺にお前さんの始末を依頼した奴は公安局の檻の中だし、代わりにカネ出してくれる奴もいない。となりゃ今更お前さんを殺したところで、1エルの得にもならねえ。カネにならねえ殺しは損するだけだからな」
「……プロってヤツですね」
そんなことを言ったシュウに、「パスポーター」は鼻で笑って返す。
「知ったかぶりの事情通気取りさんよ、あんたはちっと黙ってな。俺はこいつと話があるんだ」
「一度殺そうとした人相手に、わざわざ話をしに来たんですか? 一体どんなお話を?」
あしらわれたが、シュウはやんわり食い下がる。「パスポーター」の方も、彼女がどう邪険に振る舞おうと離れない性格の人間だと悟ったらしく、口をへの字に曲げた。
「少なくとも、いい大人が3人往来で突っ立ってするような話じゃねえよ。そうさな、口が滑るようなもんをおごってくれりゃ、あんたに聞かせてやっても構わねえが……」
「ソレなら近くにお昼からやってる、央南系の定食屋さんがありますよ。お酒も種類豊富みたいですし」
「分かってるじゃねえか。いいだろう」
「パスポーター」はニヤッと笑い、案内するよう促した。
シュウが言った通り、そこは央南風の小料理屋をイメージしたような店構えだった。
「いらっしゃーい」
出迎えた虎獣人の店主に、シュウがぴょこ、と指を立てる。
「『猫桜』一本。あとは適当にご飯お願いしますー」
その注文を受けて、店主が目を丸くする。
「めちゃめちゃ高いよ?」
「知ってますー」
「……そんなら、まあ」
店主が奥に向かう間に、シュウたちはテーブル席に座る。
「お姉ちゃんよ、よく央南の酒なんか分かるな? 俺もそう詳しい方じゃねえけどよ、『猫桜』って言や、『チャット・ル・エジテ』や『デア・フォルティッサ』とタメ張る高級酒じゃねえか」
「家の物置にそのラベル付いた瓶が、ゴロゴロ置いてあったんですよ。わたしの5代か6代くらい前のご先祖様が央南の人で、よく央南からお酒取り寄せてたらしいんです。『故郷の味が忘れられなかった』ってヤツでしょうねー」
「ふーん……?」
話している間に、店主が酒瓶とコップを2つ持って来る。
「お姉さんとおじいさんの分ね。そっちのお兄ちゃんは飲めそうな顔してないから持って来てないよ。水かお茶なら持ってきたげるけど、どうする?」
「あっ、はい。ほな、お茶で」
「はいよ」
やり取りを眺めていた「パスポーター」が、くっくっと笑う。
「見る目は確かだな、あの姐御さんも。……っと、あんた方そろそろ自己紹介してもらっていいかい? いつまでも『お姉ちゃん』『お兄ちゃん』じゃ話しにくいからよ」
「あ、はい。私はシュウ・メイスンですー」
「ジャンニ・ゴールドマンや」
「ありがとよ。俺はアルト・トッドレールだ」
「よろしくですー、アルトさん」
シュウに酌をしてもらった酒を、アルトは一息に飲み干す。
「……かーっ、なかなかガツンと来るねえ。いい酒だ。よしよし、そんじゃ酔っ払っちまう前に、順を追って話をしてやるよ。シュウさんよ、録音の準備はいいかい?」
「バッチリですー」
シュウがスマホをテーブルの上に載せ、アプリを起動させたところで、アルトは話し始めた。
「最初に言っとくが、俺はあの戦い、負けたとは思ってねえ。お前さんもそうだろ?」
「まあ……うん。『ファイアランス』も弾かれたし、勝ったとは思ってへん」
「もっかいやったら絶対勝つ。……とは確信しちゃいるが、それで負けたら赤っ恥もいいとこだ。だから正体やら弱点やら探ろうと、情報集めてたのさ。そしたらやけにスチール・フォックスを持ち上げてる動画を見付けてな」
「あ、わたしのですか?」
「そうだ。で、スチール・フォックスに極秘取材したって動画をよーく聴いてみたら、その動画の声とあの晩聞いた声は、確かに同じっぽかった。で、ここ何日かその動画を頼りに通りを回って、今日ようやく見付けた、いや、声を聞き付けたってわけだ。俺はこの見た目通り、耳がいいからよ」
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シュウは肩をすくめ、酒をぐい、とあおった。
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