「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・闘由録 3
晴奈の話、第276話。
良きライバル。
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3.
「ふー」
店の清掃を終え、朱海は一服していた。
「ホンットに最近出入りが激しいなー、ウチの店」
「そうですね。特にここ数日は、入れ替わり立ち替わりで」
「つーか、クラウン以外のエリザリーグ出場者、全員来たんじゃねーか?」
言われてみて、晴奈もそれに気付く。
「そう言えば、確かに。ロウまで来てしまいましたからね」
「だなぁ。……そー言やさ、この前ロウと、どんな話してたんだ?」
「え?」
朱海は煙草を灰皿に捨て、二本目を取り出しながら尋ねる。
「随分楽しそうに話してたみたいだけど」
「ああ……。いや、他愛も無い話ですよ」
晴奈が筋肉痛で倒れた、大会14日目(6月4日)。
ロウが「珍しいこともあるもんだ」と軽口を叩きつつ、見舞いに来てくれていた時のこと。
「それでは、お茶を淹れてきますね」
「ああ、ありがとう」「悪りーな」
フォルナが厨房に向かったところで、ロウが唐突に話を切り出してきた。
「あのさ、セイナ。お前、いくつだったっけ?」
「は? 何だ、藪から棒に」
「……いや、その。……順番に、話していくけど。
オレは確かに、この街に来る前の記憶が無い。でもお前のコトだけは、ぼんやりとだけど思い出してきたんだ」
「……」
「でも、オレが誰なのか、ドコで何してたのか――お前以外のコトは、さっぱり思い出せねー。俺が今、いくつだったかすら、分からないんだ」
「それで、私の歳か」
「ああ、確か……、いっこ違いだった気がするから」
「ふーむ……」
晴奈はロウの問いに答えず、腕を組み、じっとロウの顔を見つめる。
「……何だよ?」
けげんな顔をしたロウに、晴奈は首を傾げながら、ようやく答えた。
「何と言うか、奇妙な質問だと思ってな――覚えておらぬとは言え、己のことを他人に尋ねると言うのも、な。
以前、話をした折に、確か私の一つ上だと聞いた覚えがある。私は今、26だ。とするとお主は今、27歳のはずだ」
「そっか。……なら、それなりなんだな、オレ」
「それなり?」
尋ねた晴奈に、ロウは顔を赤らめさせながらこう続ける。
「実はさ、……あの、オレが結婚したコトは知ってるよな?」
「ああ、朱海殿から聞いている。おめでとう」
「へへ、ありがとよ。……そんで、もいっこ、おめでたい、……って言うのかな」
「おめでたい? 子供でもできたのか?」
晴奈の言葉に、ロウは顔を真っ赤にする。
「ほほう、図星か。結婚もして子供もいる、と。なるほど、『それなり』か」
「ああ……。でも、不安なんだよな。
セイナは、オレがどんなヤツだったのか知ってるんだろう? 覚えてないし、思い出したくない――よっぽど嫌なヤツだったんだろうって言うのは、何となく分かるんだ」
「……」
「そんなヤツが、堂々と『父』を名乗っていいのかなって、さ」
「なるほど」
ロウは非常に不安げな様子を見せている。彼のその顔は、晴奈が今まで見たことの無い表情をしていた。
そんなロウにどう声をかけていいか、晴奈は逡巡しつつもこう返した。
「その……、まあ、私は独り身なので、親の心得とか、そう言うことは自信を持って言えぬ。だが、私なりにではあるが、こう考えるな。
何と言ってもやはり、親は堂々としてくれなければ困る。理由や事情はどうあれ、不安そうに振舞われては、子供は戸惑うものだ。
私の父の話になるが、昔から我の強い人だった。強引な性格に、私も妹も母も何度か辟易したものだが、それでもやはり全幅の信頼を置くことができたのは、いつも自身に満ちあふれた姿を見せてくれ、気丈に振舞っていたからだな。
もしいつも意志薄弱な様ばかり晒すような人であったなら、私は今でも、父のことが嫌いだったろう」
「……そだな。『弱い父さん』なんて、見せたいもんでもないよな」
晴奈はニヤッと笑って、こう付け加えた。
「ロウなら大丈夫だ。十分、強い父親だと認識されているさ。
闘技場で何度か、あの『猫』の男の子――トレノと言ったか――に会ったことがあるが、知り合ってからは何度かこう言われていた。『コウ先生、お父さんと対戦しないでね。いくらコウ先生でも、お父さんが相手じゃ敵いっこないもん』とな」
「ハハ、そりゃひでえ」
「ふーん、ウィアードに子供ねぇ」
朱海は晴奈の話を聴きながら、しきりにメモを取っていた。
「……商売のネタにするつもりですか?」
「あ、いや。……するかも、なー」
「まったく……」
ぺろっと舌を出した朱海の態度に、晴奈は苦笑した。
ロウは一人、教会の礼拝堂にこもって三節棍を磨いていた。
「……」
「あなた、もう夜中ですよ」
そこへ、シルビアがやって来る。
「あ、おう。そろそろ寝なきゃな。『キング』相手だけど、油断しちゃまずいし」
「……ねえ、あなた」
シルビアはそっと、ロウの横に座った。
「大会、次も出場するのですか?」
「そーだなぁ、出るだろうな」
「その次は?」
「1年後だろ? 出ると思う」
「その、次は?」
「……何でそんなコト聞くんだ?」
そう尋ねたロウに、シルビアは抱きついた。
「おい……?」「不安になるの」
シルビアはロウの耳元で、切なそうにささやく。
「あなたにもしものことがあったら、わたしと子供たちはどうなるの、と」
「……」
「確かに孤児院を作ろうと思ったら、お金はたくさん必要になります。でもそのために、あなたが傷つくのを見るのは、本当に辛くなります。
本音を言うなら、もう闘わないでほしいんです」
「シル……」
「今回の大会で優勝すれば、前回の賞金の残りと合わせて、わたしたちには200万以上のお金が入ります。
孤児院を建てれば、残りは50万も残らなくなるでしょうけれど、それでももう、十分じゃないですか。後は地道に、お金を稼げば……」
「……ソレだけじゃないんだ、シル」
ロウはシルビアをそっと離し、じっと顔を見つめて語る。
「オレは『強い父親』でありたいんだ。
子供たちが全幅の信頼を寄せられるような、胸を張って誇りにしてくれるような、強い父親でありたい」
「強い……、父親、ですか」
「ああ、だからオレはまだ、闘うんだ。
……約束する。無茶はしない。死んだりもしない。お前と子供を遺して死んだりしねーよ。だから安心して、見守ってくれ」
今度はロウが、シルビアを抱きしめた。
その翌日、大会25日目(6月15日)。
ロウが非常に張り切ってクラウンを滅多打ちしたのは、彼のこうした決意の現れである。
だが――この決意と行動が逆に、彼を残酷な結末に追い詰めることになった。
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良きライバル。
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「ふー」
店の清掃を終え、朱海は一服していた。
「ホンットに最近出入りが激しいなー、ウチの店」
「そうですね。特にここ数日は、入れ替わり立ち替わりで」
「つーか、クラウン以外のエリザリーグ出場者、全員来たんじゃねーか?」
言われてみて、晴奈もそれに気付く。
「そう言えば、確かに。ロウまで来てしまいましたからね」
「だなぁ。……そー言やさ、この前ロウと、どんな話してたんだ?」
「え?」
朱海は煙草を灰皿に捨て、二本目を取り出しながら尋ねる。
「随分楽しそうに話してたみたいだけど」
「ああ……。いや、他愛も無い話ですよ」
晴奈が筋肉痛で倒れた、大会14日目(6月4日)。
ロウが「珍しいこともあるもんだ」と軽口を叩きつつ、見舞いに来てくれていた時のこと。
「それでは、お茶を淹れてきますね」
「ああ、ありがとう」「悪りーな」
フォルナが厨房に向かったところで、ロウが唐突に話を切り出してきた。
「あのさ、セイナ。お前、いくつだったっけ?」
「は? 何だ、藪から棒に」
「……いや、その。……順番に、話していくけど。
オレは確かに、この街に来る前の記憶が無い。でもお前のコトだけは、ぼんやりとだけど思い出してきたんだ」
「……」
「でも、オレが誰なのか、ドコで何してたのか――お前以外のコトは、さっぱり思い出せねー。俺が今、いくつだったかすら、分からないんだ」
「それで、私の歳か」
「ああ、確か……、いっこ違いだった気がするから」
「ふーむ……」
晴奈はロウの問いに答えず、腕を組み、じっとロウの顔を見つめる。
「……何だよ?」
けげんな顔をしたロウに、晴奈は首を傾げながら、ようやく答えた。
「何と言うか、奇妙な質問だと思ってな――覚えておらぬとは言え、己のことを他人に尋ねると言うのも、な。
以前、話をした折に、確か私の一つ上だと聞いた覚えがある。私は今、26だ。とするとお主は今、27歳のはずだ」
「そっか。……なら、それなりなんだな、オレ」
「それなり?」
尋ねた晴奈に、ロウは顔を赤らめさせながらこう続ける。
「実はさ、……あの、オレが結婚したコトは知ってるよな?」
「ああ、朱海殿から聞いている。おめでとう」
「へへ、ありがとよ。……そんで、もいっこ、おめでたい、……って言うのかな」
「おめでたい? 子供でもできたのか?」
晴奈の言葉に、ロウは顔を真っ赤にする。
「ほほう、図星か。結婚もして子供もいる、と。なるほど、『それなり』か」
「ああ……。でも、不安なんだよな。
セイナは、オレがどんなヤツだったのか知ってるんだろう? 覚えてないし、思い出したくない――よっぽど嫌なヤツだったんだろうって言うのは、何となく分かるんだ」
「……」
「そんなヤツが、堂々と『父』を名乗っていいのかなって、さ」
「なるほど」
ロウは非常に不安げな様子を見せている。彼のその顔は、晴奈が今まで見たことの無い表情をしていた。
そんなロウにどう声をかけていいか、晴奈は逡巡しつつもこう返した。
「その……、まあ、私は独り身なので、親の心得とか、そう言うことは自信を持って言えぬ。だが、私なりにではあるが、こう考えるな。
何と言ってもやはり、親は堂々としてくれなければ困る。理由や事情はどうあれ、不安そうに振舞われては、子供は戸惑うものだ。
私の父の話になるが、昔から我の強い人だった。強引な性格に、私も妹も母も何度か辟易したものだが、それでもやはり全幅の信頼を置くことができたのは、いつも自身に満ちあふれた姿を見せてくれ、気丈に振舞っていたからだな。
もしいつも意志薄弱な様ばかり晒すような人であったなら、私は今でも、父のことが嫌いだったろう」
「……そだな。『弱い父さん』なんて、見せたいもんでもないよな」
晴奈はニヤッと笑って、こう付け加えた。
「ロウなら大丈夫だ。十分、強い父親だと認識されているさ。
闘技場で何度か、あの『猫』の男の子――トレノと言ったか――に会ったことがあるが、知り合ってからは何度かこう言われていた。『コウ先生、お父さんと対戦しないでね。いくらコウ先生でも、お父さんが相手じゃ敵いっこないもん』とな」
「ハハ、そりゃひでえ」
「ふーん、ウィアードに子供ねぇ」
朱海は晴奈の話を聴きながら、しきりにメモを取っていた。
「……商売のネタにするつもりですか?」
「あ、いや。……するかも、なー」
「まったく……」
ぺろっと舌を出した朱海の態度に、晴奈は苦笑した。
ロウは一人、教会の礼拝堂にこもって三節棍を磨いていた。
「……」
「あなた、もう夜中ですよ」
そこへ、シルビアがやって来る。
「あ、おう。そろそろ寝なきゃな。『キング』相手だけど、油断しちゃまずいし」
「……ねえ、あなた」
シルビアはそっと、ロウの横に座った。
「大会、次も出場するのですか?」
「そーだなぁ、出るだろうな」
「その次は?」
「1年後だろ? 出ると思う」
「その、次は?」
「……何でそんなコト聞くんだ?」
そう尋ねたロウに、シルビアは抱きついた。
「おい……?」「不安になるの」
シルビアはロウの耳元で、切なそうにささやく。
「あなたにもしものことがあったら、わたしと子供たちはどうなるの、と」
「……」
「確かに孤児院を作ろうと思ったら、お金はたくさん必要になります。でもそのために、あなたが傷つくのを見るのは、本当に辛くなります。
本音を言うなら、もう闘わないでほしいんです」
「シル……」
「今回の大会で優勝すれば、前回の賞金の残りと合わせて、わたしたちには200万以上のお金が入ります。
孤児院を建てれば、残りは50万も残らなくなるでしょうけれど、それでももう、十分じゃないですか。後は地道に、お金を稼げば……」
「……ソレだけじゃないんだ、シル」
ロウはシルビアをそっと離し、じっと顔を見つめて語る。
「オレは『強い父親』でありたいんだ。
子供たちが全幅の信頼を寄せられるような、胸を張って誇りにしてくれるような、強い父親でありたい」
「強い……、父親、ですか」
「ああ、だからオレはまだ、闘うんだ。
……約束する。無茶はしない。死んだりもしない。お前と子供を遺して死んだりしねーよ。だから安心して、見守ってくれ」
今度はロウが、シルビアを抱きしめた。
その翌日、大会25日目(6月15日)。
ロウが非常に張り切ってクラウンを滅多打ちしたのは、彼のこうした決意の現れである。
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