「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第2部
緑綺星・闇騎譚 5
シュウの話、第46話。
電話と疑念。
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5.
入団から1年が、そして初陣から半年が経過し、エヴァはこの頃既に、寮と騎士団本営からの外出を許可されていたが、彼女はほとんど外出せず、寮の中で黙々と装備の手入れと鍛錬を続けていた。
(もう外界に興味なんか無い)
ナイフを研ぎ、小銃を分解整備し、戦闘服のほつれを直しながら、彼女はひたすら心の中で、同じ言葉を繰り返していた。
(私はダークナイトだ――騎士団から与えられた任務をこなし、国のために働く)
手入れを一通り終え、部屋の中で腕立て伏せやスクワット、プランク、懸垂と、筋トレを繰り返す。
(それが私の誇りであり、存在意義だ。それ以外のことに、価値など無い)
そうして体を動かしつつ内省しているうちに、入団を認められたその日に祖父から与えられた言葉が、頭をよぎる。
(『アドラー家の黒い宿命を背負え』、……未だにその言葉の真意が分からない。あれ以来祖父と話をしていないし、二、三度家に帰ったが、会えずじまいだった。家の者に聞いても、家にはほとんど帰って来ていないと言うし、他に家族と言えば、……あの情けない『元』兄一人しかいないが、行方不明だしな。家に帰っても謎は解けないだろう)
全身汗だくになり、床に水たまりができたところで、エヴァはふう、と大きくため息をつき、クローゼットからタオルを取り出そうとした。
(シャワーを浴びてくるか。……いや、先に掃除しておくか)
クローゼットに向かいかけた足を止め、部屋の隅のバケツに向け直した、その時――机の中から、クラシック音楽が聞こえてきた。
(え? ……あ、そうか)
その曲を聴いたのが1年半ぶりだったため、エヴァはそれをスマホの着信音に設定していたことを、すっかり忘れていた。
(着信? 誰から?)
引き出しを開け、奥からスマホを取り出す。ほとんど放置していたが、どうやら電池はまだ残っていたらしく、画面には「メイスン」と表示されていた。
(メイスン……って誰だったっけ? 高校か……中学……うーん? いたっけ、そんな人)
放っておいても着信音が騒がしいし、かと言って番号登録してある人間からの着信を、有無を言わさず拒否するような不躾な振る舞いをするエヴァではない。ためらいはしたものの、エヴァはその電話に出た。
「もしもし?」
《あー! やっとつながったー! ごめーん、今大丈夫ー?》
妙に間延びさせたようなお気楽な声が耳に入り、そこでようやくエヴァは、相手が2年前、自分を取材したシュウ・メイスンであることを理解した。
「えっと……」
尋ねかけたエヴァをさえぎるように、シュウがまくし立てる。
《や、全然大した用事は無いんだけどね、アレから元気してるかなーって気になってたから、何回か電話したんだよ? でもいっつも呼び出しばっかりで、あれー出ないなーおかしいなーってちょっと不安になってたんだけどさ、あ、でも元気そうだよね、声。騎士団生活はどう? 元気してる? あ、してるんだよね、ごめん。順調にやってる感じ?》
「あ……ああ、うん、そうだな、元気してる、うん」
面食らいつつも、エヴァはどうにか答える。
《そっかー、良かったー。ね、ね、今どんなコトしてるのー?》
「え?」
そう質問されて、エヴァは言葉に詰まる。
(まさか『毎晩のように敵を撃ち殺している』なんて言えるわけがない。そもそも軍事機密だからな)
《どしたの?》
「いや、何でもない」
落ち着いた声色で返しつつも、エヴァは当たり障りのない答えを慌てて考える。
「そう、まあ、一言で言うなら訓練だ」
《くんれん?》
「ああ。……?」
とっさに出た自分のその言葉に――何故かエヴァは、違和感を覚えていた。
《そっかー、やっぱ士官養成学校って言ってたもんねー。毎日大変?》
「そうだな、うん……」
相槌を打ちつつ、エヴァはその違和感を探る。
(どうして私は『訓練』と答えたんだ? 無論、軍事機密を漏らしてはいけないからだが――だが、他にいくらでも言葉はある。メイスンさん、いや、シュウが言った通り、表向きは学校の体なんだから、勉強とか何とか、もっと当たり障りの無い言葉でいいはずだ。
どうして私は自分のやっていることを『訓練』と称したんだ……?)
《エヴァちゃん?》
「んっ?」
《なーんかボーッとしてない? さっきから『うん』しか言ってないけどー》
「あ、ああ、ごめん。疲れてるのかも」
《あ、ごめんね! いきなり電話しちゃって、ってか、時間大丈夫って聞いてなかったよね、突然ごめんね。また電話するね! あ、TtTの方がいいかな? アカウント教えてくれる? メールで後で送ってね! じゃ、またね!》
「あっ、……切れた」
あっと言う間に会話が終わり、エヴァは唖然としていたが、やがて頭の中にまた、さっきの疑問が戻って来る。
(『訓練』……私は今、自分がしていることを、自分が誇るべき重要な任務を訓練だと――本当は任務ではないと、心のどこかでそう思っていたのだろうか)
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電話と疑念。
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入団から1年が、そして初陣から半年が経過し、エヴァはこの頃既に、寮と騎士団本営からの外出を許可されていたが、彼女はほとんど外出せず、寮の中で黙々と装備の手入れと鍛錬を続けていた。
(もう外界に興味なんか無い)
ナイフを研ぎ、小銃を分解整備し、戦闘服のほつれを直しながら、彼女はひたすら心の中で、同じ言葉を繰り返していた。
(私はダークナイトだ――騎士団から与えられた任務をこなし、国のために働く)
手入れを一通り終え、部屋の中で腕立て伏せやスクワット、プランク、懸垂と、筋トレを繰り返す。
(それが私の誇りであり、存在意義だ。それ以外のことに、価値など無い)
そうして体を動かしつつ内省しているうちに、入団を認められたその日に祖父から与えられた言葉が、頭をよぎる。
(『アドラー家の黒い宿命を背負え』、……未だにその言葉の真意が分からない。あれ以来祖父と話をしていないし、二、三度家に帰ったが、会えずじまいだった。家の者に聞いても、家にはほとんど帰って来ていないと言うし、他に家族と言えば、……あの情けない『元』兄一人しかいないが、行方不明だしな。家に帰っても謎は解けないだろう)
全身汗だくになり、床に水たまりができたところで、エヴァはふう、と大きくため息をつき、クローゼットからタオルを取り出そうとした。
(シャワーを浴びてくるか。……いや、先に掃除しておくか)
クローゼットに向かいかけた足を止め、部屋の隅のバケツに向け直した、その時――机の中から、クラシック音楽が聞こえてきた。
(え? ……あ、そうか)
その曲を聴いたのが1年半ぶりだったため、エヴァはそれをスマホの着信音に設定していたことを、すっかり忘れていた。
(着信? 誰から?)
引き出しを開け、奥からスマホを取り出す。ほとんど放置していたが、どうやら電池はまだ残っていたらしく、画面には「メイスン」と表示されていた。
(メイスン……って誰だったっけ? 高校か……中学……うーん? いたっけ、そんな人)
放っておいても着信音が騒がしいし、かと言って番号登録してある人間からの着信を、有無を言わさず拒否するような不躾な振る舞いをするエヴァではない。ためらいはしたものの、エヴァはその電話に出た。
「もしもし?」
《あー! やっとつながったー! ごめーん、今大丈夫ー?》
妙に間延びさせたようなお気楽な声が耳に入り、そこでようやくエヴァは、相手が2年前、自分を取材したシュウ・メイスンであることを理解した。
「えっと……」
尋ねかけたエヴァをさえぎるように、シュウがまくし立てる。
《や、全然大した用事は無いんだけどね、アレから元気してるかなーって気になってたから、何回か電話したんだよ? でもいっつも呼び出しばっかりで、あれー出ないなーおかしいなーってちょっと不安になってたんだけどさ、あ、でも元気そうだよね、声。騎士団生活はどう? 元気してる? あ、してるんだよね、ごめん。順調にやってる感じ?》
「あ……ああ、うん、そうだな、元気してる、うん」
面食らいつつも、エヴァはどうにか答える。
《そっかー、良かったー。ね、ね、今どんなコトしてるのー?》
「え?」
そう質問されて、エヴァは言葉に詰まる。
(まさか『毎晩のように敵を撃ち殺している』なんて言えるわけがない。そもそも軍事機密だからな)
《どしたの?》
「いや、何でもない」
落ち着いた声色で返しつつも、エヴァは当たり障りのない答えを慌てて考える。
「そう、まあ、一言で言うなら訓練だ」
《くんれん?》
「ああ。……?」
とっさに出た自分のその言葉に――何故かエヴァは、違和感を覚えていた。
《そっかー、やっぱ士官養成学校って言ってたもんねー。毎日大変?》
「そうだな、うん……」
相槌を打ちつつ、エヴァはその違和感を探る。
(どうして私は『訓練』と答えたんだ? 無論、軍事機密を漏らしてはいけないからだが――だが、他にいくらでも言葉はある。メイスンさん、いや、シュウが言った通り、表向きは学校の体なんだから、勉強とか何とか、もっと当たり障りの無い言葉でいいはずだ。
どうして私は自分のやっていることを『訓練』と称したんだ……?)
《エヴァちゃん?》
「んっ?」
《なーんかボーッとしてない? さっきから『うん』しか言ってないけどー》
「あ、ああ、ごめん。疲れてるのかも」
《あ、ごめんね! いきなり電話しちゃって、ってか、時間大丈夫って聞いてなかったよね、突然ごめんね。また電話するね! あ、TtTの方がいいかな? アカウント教えてくれる? メールで後で送ってね! じゃ、またね!》
「あっ、……切れた」
あっと言う間に会話が終わり、エヴァは唖然としていたが、やがて頭の中にまた、さっきの疑問が戻って来る。
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