「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第2部
緑綺星・闇騎譚 6
シュウの話、第47話。
「任務」とは。
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6.
ひとたび現れた疑念はエヴァの心の中で、日を増すごとに大きくなっていった。
「どうしたんだ? いつもに増して仏頂面してるが」
11度目の出撃に向かう車内で、いつものようにトラックのハンドルを握っていたRから声をかけられて、エヴァはその心中を吐露した。
「疑問があるんだ。私たちが今就いているこの任務は、本当に任務なんだろうかと」
「そりゃ禅問答か何かか? 悪いが俺は哲学には詳しくない」
「そうじゃない。……言い方が悪かったな。どう説明したものか、私自身、何がどうおかしいと思っているのか、分かっていないから」
「言葉通りに答えるなら、俺たちが今就いてるこれは、間違い無く任務だよ」
Rは正面に顔を向けたまま、いつものように淡々と答える。
「騎士団執行部から下された、正式な任務だ。答えはそれで十分か?」
「そう。騎士団からの命令。それは間違い無い。でも」
エヴァはRに顔を向け、こう尋ねた。
「やっていることが、本当に、騎士としてこなすべき任務なのだろうかと」
「騎士として?」
「これまでの10回の出撃は、どれも自国領外に出ての積極的迎撃だった。敵が接近してくるから、それを自国に侵入される前に撃破すべし、と。だがこれは戦闘なのだろうか?」
「ふむ」
「我々はその10回すべてにおいて、相手が行動を起こす前に仕留めている。これは戦闘ではなく、一方的な攻撃じゃないのか、と」
「なるほどな」
Rは一瞬、エヴァに顔を向け、すぐに正面に向き直る。
「敵とドンパチやってないから、これは戦闘じゃない。そう言いたいのか?」
「そうじゃない。そもそも相手が敵なのかどうかも……」「V」
Rは強い口調で、エヴァの主張をさえぎった。
「騎士団の掟は何だ? 己の判断に従って行動することか?」
「それは……」
「そう、不正解だ。我々団員は騎士団の判断と命令によってのみ、行動しなければならない。独断専行は、決して許されていない。どんな疑問が心の中にあったとしてもだ」
「……そうだな」
「騎士団の命令に従って行動する。それはまさしく、騎士団に所属するもの、即ち騎士としてこなすべき任務だ。哲学的じゃないが、論理学的には正しい答えだ」
「……分かった。納得しておく」
「そうしてくれ」
その後、11度目の出撃も難なく――いつものごとく一方的な攻撃によって――完遂したものの、エヴァの心は一向に晴れなかった。
任務を終え、戻って来たエヴァたちのところに、騎士団執行部の人間が現れた。
「諸君、任務遂行ご苦労だった」
「珍しいですね。執行部の方が直接、俺たちのところに来るなんて」
応じたRに、相手は封筒を4通差し出す。
「辞令を申し渡す。C88、そしてH70。両名はR32指揮下を離れ、明日よりT28指揮下に入ること」
「えっ」
目を丸くしたCとHに、Rが説明する。
「半年経ったからな。再編成ってやつだ」
「その通り。V68は従来通りR32指揮下だ。追加の要員は新規団員の2名の予定だ」
「それで、残り1通は? 俺宛ですかね」
Rが手を差し出し、執行部員は封筒を渡す。
「R32、貴君は昇進だ。本日付で一等団員となる」
「そりゃどうも」
「以上だ。要員選出については後ほど通達する」
執行部員が去ったところで、CとHが囃(はや)す。
「一等って、つまり一番偉いクラスですよね!」
「おめでとうございます!」
「団員としては、だがな。役職の付いてない団員なんか、一等も三等も一緒だよ。ちょっと給料が違うって程度だ」
いつものごとく淡々と受け答えしたが、そこでRはコホン、と咳払いした。
「そんなわけで、お前たちとは今日で最後だ。今までありがとうな」
「そんな、俺たちも感謝してます!」
「ありがとうございました!」
「ああ。……じゃあ、まあ、なんだ。名残惜しいが、Vと話があるから、この辺で、……な?」
「あ、はい」
「ありがとうございました!」
CとHが敬礼してそそくさと去り、その場にはRとエヴァだけになる。
「話って? 私にもおめでとうと言ってほしいのか?」
「それは話の後に言ってほしいな。できれば他の人間から」
「どう言う意味だ?」
尋ねたエヴァに、Rは珍しく苦い顔を向けた。
「まあ、さっきも言ったが、一等団員は給料がちょっと上がる。具体的には三等の倍額だ」
「そんなに違うのか」
「で、まあ、お嬢様相手にこんな話したって、まあ、アレなんだが、君がその気になれば、寮も実家も離れて、俺と一緒に暮らせるくらいのことはできる」
「は?」
言わんとすることを察し、エヴァは語気を荒くしたが――。
「つまりだ。俺と結婚しないかって話だ」
「……」
エヴァはしばらく沈黙を続け、それから、ため息交じりに答えた。
「そんな選択肢は私の中に無い」
「そうか。……ま、そうだよな」
Rはいつものように肩をすくめ、ぼそ、とつぶやいた。
「この先のことを、君に体験させたくなかったが」
「何だって?」
「……いや、何でもない。この話は忘れてくれ。明日からはいつも通り、隊長と部下だ」
「了解。それじゃ」
エヴァはRに背を向け、すたすたと歩き去った。
緑綺星・闇騎譚 終
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「任務」とは。
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6.
ひとたび現れた疑念はエヴァの心の中で、日を増すごとに大きくなっていった。
「どうしたんだ? いつもに増して仏頂面してるが」
11度目の出撃に向かう車内で、いつものようにトラックのハンドルを握っていたRから声をかけられて、エヴァはその心中を吐露した。
「疑問があるんだ。私たちが今就いているこの任務は、本当に任務なんだろうかと」
「そりゃ禅問答か何かか? 悪いが俺は哲学には詳しくない」
「そうじゃない。……言い方が悪かったな。どう説明したものか、私自身、何がどうおかしいと思っているのか、分かっていないから」
「言葉通りに答えるなら、俺たちが今就いてるこれは、間違い無く任務だよ」
Rは正面に顔を向けたまま、いつものように淡々と答える。
「騎士団執行部から下された、正式な任務だ。答えはそれで十分か?」
「そう。騎士団からの命令。それは間違い無い。でも」
エヴァはRに顔を向け、こう尋ねた。
「やっていることが、本当に、騎士としてこなすべき任務なのだろうかと」
「騎士として?」
「これまでの10回の出撃は、どれも自国領外に出ての積極的迎撃だった。敵が接近してくるから、それを自国に侵入される前に撃破すべし、と。だがこれは戦闘なのだろうか?」
「ふむ」
「我々はその10回すべてにおいて、相手が行動を起こす前に仕留めている。これは戦闘ではなく、一方的な攻撃じゃないのか、と」
「なるほどな」
Rは一瞬、エヴァに顔を向け、すぐに正面に向き直る。
「敵とドンパチやってないから、これは戦闘じゃない。そう言いたいのか?」
「そうじゃない。そもそも相手が敵なのかどうかも……」「V」
Rは強い口調で、エヴァの主張をさえぎった。
「騎士団の掟は何だ? 己の判断に従って行動することか?」
「それは……」
「そう、不正解だ。我々団員は騎士団の判断と命令によってのみ、行動しなければならない。独断専行は、決して許されていない。どんな疑問が心の中にあったとしてもだ」
「……そうだな」
「騎士団の命令に従って行動する。それはまさしく、騎士団に所属するもの、即ち騎士としてこなすべき任務だ。哲学的じゃないが、論理学的には正しい答えだ」
「……分かった。納得しておく」
「そうしてくれ」
その後、11度目の出撃も難なく――いつものごとく一方的な攻撃によって――完遂したものの、エヴァの心は一向に晴れなかった。
任務を終え、戻って来たエヴァたちのところに、騎士団執行部の人間が現れた。
「諸君、任務遂行ご苦労だった」
「珍しいですね。執行部の方が直接、俺たちのところに来るなんて」
応じたRに、相手は封筒を4通差し出す。
「辞令を申し渡す。C88、そしてH70。両名はR32指揮下を離れ、明日よりT28指揮下に入ること」
「えっ」
目を丸くしたCとHに、Rが説明する。
「半年経ったからな。再編成ってやつだ」
「その通り。V68は従来通りR32指揮下だ。追加の要員は新規団員の2名の予定だ」
「それで、残り1通は? 俺宛ですかね」
Rが手を差し出し、執行部員は封筒を渡す。
「R32、貴君は昇進だ。本日付で一等団員となる」
「そりゃどうも」
「以上だ。要員選出については後ほど通達する」
執行部員が去ったところで、CとHが囃(はや)す。
「一等って、つまり一番偉いクラスですよね!」
「おめでとうございます!」
「団員としては、だがな。役職の付いてない団員なんか、一等も三等も一緒だよ。ちょっと給料が違うって程度だ」
いつものごとく淡々と受け答えしたが、そこでRはコホン、と咳払いした。
「そんなわけで、お前たちとは今日で最後だ。今までありがとうな」
「そんな、俺たちも感謝してます!」
「ありがとうございました!」
「ああ。……じゃあ、まあ、なんだ。名残惜しいが、Vと話があるから、この辺で、……な?」
「あ、はい」
「ありがとうございました!」
CとHが敬礼してそそくさと去り、その場にはRとエヴァだけになる。
「話って? 私にもおめでとうと言ってほしいのか?」
「それは話の後に言ってほしいな。できれば他の人間から」
「どう言う意味だ?」
尋ねたエヴァに、Rは珍しく苦い顔を向けた。
「まあ、さっきも言ったが、一等団員は給料がちょっと上がる。具体的には三等の倍額だ」
「そんなに違うのか」
「で、まあ、お嬢様相手にこんな話したって、まあ、アレなんだが、君がその気になれば、寮も実家も離れて、俺と一緒に暮らせるくらいのことはできる」
「は?」
言わんとすることを察し、エヴァは語気を荒くしたが――。
「つまりだ。俺と結婚しないかって話だ」
「……」
エヴァはしばらく沈黙を続け、それから、ため息交じりに答えた。
「そんな選択肢は私の中に無い」
「そうか。……ま、そうだよな」
Rはいつものように肩をすくめ、ぼそ、とつぶやいた。
「この先のことを、君に体験させたくなかったが」
「何だって?」
「……いや、何でもない。この話は忘れてくれ。明日からはいつも通り、隊長と部下だ」
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