「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第2部
緑綺星・嘘義譚 1
シュウの話、第48話。
激動の裏で。
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1.
双月暦716年を迎えた途端に、世界情勢は目まぐるしく動き始めた。双月節が終わってまもなく金火狐第22代総帥が死去したとの訃報が流れたその半月後には、南の白猫党が大規模攻勢を仕掛け、北部前線を壊滅させたとの情報が央北を席巻。さらにその半年後には南側が北側首都を陥落させたと喧伝され、1世紀以上続いた白猫党の南北戦争に終結の兆しが見え始めていた。
そしてこれらのニュースは、ダークナイトたちの中にも波乱を巻き起こしていた。
「また出撃だって? 2日前に出たばかりじゃないか」
「このご時世だからな」
隣国、白猫党領内が混乱するにつれ、リモード共和国の国境に接近する不審者が激増したのである。
「SチームもTチームもほとんど連日出撃しているらしいが……」
「それだけ情勢が緊迫しているってことでもある。南白猫党の大攻勢で、北白猫党は壊滅寸前の状態って話だからな」
「そうだな。……うん?」
エヴァはうなずきかけたが、そこでRに尋ねる。
「北白猫党が後退していると言うなら、北方面の国に影響があるんじゃないのか? 共和国じゃ逆方向だろう?」
「押されてそのまま動くなんて、単純な話じゃない。南の侵攻で希薄になった地帯を狙う勢力だってある。現に俺たちが立て続けに出張ってるんだ」
「そう言うものか……まあ、そうなんだろうな」
依然として、エヴァの中には納得の行かない点がいくつも残ってはいたが、それでも騎士団の一員として、忠実に任務をこなし続けていた。その甲斐あってか、この時既にエヴァは二等団員に昇格しており、また、Rも執行部入りが内定していた。
「とは言え年内には無理だろうけどな。こんなに大忙しじゃ、実行部隊を減らすわけには行かない」
「残念だろう?」
いたずらっぽく尋ねてきたエヴァに、Rは肩をすくめる。
「ああ、実に残念だ。執行部員になれば、血なまぐさい現場とはお別れだからな。人をアゴでこき使えるし」
「君らしい態度だ」
「そりゃどうも」
この任務においてもエヴァたちは、いつものように軍用トラックで闇の中を突っ切り、索敵していた。
「ところでV、考えてくれたか?」
そう尋ねてきたRに、エヴァはつっけんどんに返す。
「答えは前回と変わらない。そんな提案に興味は無い」
「だろうな。執行部員にでもなれば、と思っていたんだが」
「そこは問題じゃない。私はここで戦うことが誇りだし、生きがいなんだ」
「生きがい、……か」
Rは掛けていた暗視ゴーグルを上げ、エヴァに裸眼を向けた。
「俺がこんなことを言えた義理じゃないのは百も承知だが、それでいいのか?」
「何がいけない? 国のために働いている。平和のために働いている。それを生きがいとして、何が悪いんだ?」
「……そうだな。平和のためだからな」
Rはため息をつき、暗視ゴーグルを掛け直した。と――。
「12時方向、不審車輌あり。トラスゼネラル製のマイクロバンだ」
「……敵か!」
いつものようにエヴァは自動小銃の安全装置を解除し、ルーフから上半身を出した。そしていつものように暗視ゴーグル越しに車の後輪に狙いを定め、引き金を絞ろうとしたが――いつも通りでなかったのは、エヴァが引き金に指をかけるより一瞬前、その車から何かが飛び出してきたことだった。
「え……」
それが何であるかを認識する前に、エヴァの意識は飛んだ。
「……!」
元々からエヴァは最終試験でいち早く目覚め、絞め技を掛けられて意識を落とされてもすぐに立ち直れるほどに、失神・気絶には相当の耐性がある。
この時も地面に投げ出されてまもなく、エヴァは立ち上がった。
(今のは……何だ!?)
ぼたぼたと垂れる鼻血に構わず、エヴァは落とした小銃に飛びつく。
「敵襲! 敵襲だッ!」
叫んだが、すぐにそれが無意味であることを悟る。何故なら自分たちが乗ってきた軍用トラックは既に横転しており、全員にその事実が知れ渡っていたことは明白だったからだ。
「ああん?」
と、しわがれた老人の声が、トラックの上から聞こえてくる。
「さっきのお姉ちゃんか? 驚いたぜ、頭スッ飛ばすつもりで蹴ったってのに、死んでるどころかもう起き上がってやがんのか」
「貴様は誰だッ!」
小銃を構えたエヴァに、兎耳の老人が答える。
「何でも屋ってやつさぁ。ちっとご依頼があったもんでよ、ここいらで運び屋やらしてもらってんのよ」
「ふざけるな! 所属と階級を答えろ!」
「ふざけちゃいねえよ。俺はカネで何でも請け負う『パスポーター』さ」
老人はひょいとトラックから下り、次の瞬間、エヴァに肉薄した。
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激動の裏で。
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双月暦716年を迎えた途端に、世界情勢は目まぐるしく動き始めた。双月節が終わってまもなく金火狐第22代総帥が死去したとの訃報が流れたその半月後には、南の白猫党が大規模攻勢を仕掛け、北部前線を壊滅させたとの情報が央北を席巻。さらにその半年後には南側が北側首都を陥落させたと喧伝され、1世紀以上続いた白猫党の南北戦争に終結の兆しが見え始めていた。
そしてこれらのニュースは、ダークナイトたちの中にも波乱を巻き起こしていた。
「また出撃だって? 2日前に出たばかりじゃないか」
「このご時世だからな」
隣国、白猫党領内が混乱するにつれ、リモード共和国の国境に接近する不審者が激増したのである。
「SチームもTチームもほとんど連日出撃しているらしいが……」
「それだけ情勢が緊迫しているってことでもある。南白猫党の大攻勢で、北白猫党は壊滅寸前の状態って話だからな」
「そうだな。……うん?」
エヴァはうなずきかけたが、そこでRに尋ねる。
「北白猫党が後退していると言うなら、北方面の国に影響があるんじゃないのか? 共和国じゃ逆方向だろう?」
「押されてそのまま動くなんて、単純な話じゃない。南の侵攻で希薄になった地帯を狙う勢力だってある。現に俺たちが立て続けに出張ってるんだ」
「そう言うものか……まあ、そうなんだろうな」
依然として、エヴァの中には納得の行かない点がいくつも残ってはいたが、それでも騎士団の一員として、忠実に任務をこなし続けていた。その甲斐あってか、この時既にエヴァは二等団員に昇格しており、また、Rも執行部入りが内定していた。
「とは言え年内には無理だろうけどな。こんなに大忙しじゃ、実行部隊を減らすわけには行かない」
「残念だろう?」
いたずらっぽく尋ねてきたエヴァに、Rは肩をすくめる。
「ああ、実に残念だ。執行部員になれば、血なまぐさい現場とはお別れだからな。人をアゴでこき使えるし」
「君らしい態度だ」
「そりゃどうも」
この任務においてもエヴァたちは、いつものように軍用トラックで闇の中を突っ切り、索敵していた。
「ところでV、考えてくれたか?」
そう尋ねてきたRに、エヴァはつっけんどんに返す。
「答えは前回と変わらない。そんな提案に興味は無い」
「だろうな。執行部員にでもなれば、と思っていたんだが」
「そこは問題じゃない。私はここで戦うことが誇りだし、生きがいなんだ」
「生きがい、……か」
Rは掛けていた暗視ゴーグルを上げ、エヴァに裸眼を向けた。
「俺がこんなことを言えた義理じゃないのは百も承知だが、それでいいのか?」
「何がいけない? 国のために働いている。平和のために働いている。それを生きがいとして、何が悪いんだ?」
「……そうだな。平和のためだからな」
Rはため息をつき、暗視ゴーグルを掛け直した。と――。
「12時方向、不審車輌あり。トラスゼネラル製のマイクロバンだ」
「……敵か!」
いつものようにエヴァは自動小銃の安全装置を解除し、ルーフから上半身を出した。そしていつものように暗視ゴーグル越しに車の後輪に狙いを定め、引き金を絞ろうとしたが――いつも通りでなかったのは、エヴァが引き金に指をかけるより一瞬前、その車から何かが飛び出してきたことだった。
「え……」
それが何であるかを認識する前に、エヴァの意識は飛んだ。
「……!」
元々からエヴァは最終試験でいち早く目覚め、絞め技を掛けられて意識を落とされてもすぐに立ち直れるほどに、失神・気絶には相当の耐性がある。
この時も地面に投げ出されてまもなく、エヴァは立ち上がった。
(今のは……何だ!?)
ぼたぼたと垂れる鼻血に構わず、エヴァは落とした小銃に飛びつく。
「敵襲! 敵襲だッ!」
叫んだが、すぐにそれが無意味であることを悟る。何故なら自分たちが乗ってきた軍用トラックは既に横転しており、全員にその事実が知れ渡っていたことは明白だったからだ。
「ああん?」
と、しわがれた老人の声が、トラックの上から聞こえてくる。
「さっきのお姉ちゃんか? 驚いたぜ、頭スッ飛ばすつもりで蹴ったってのに、死んでるどころかもう起き上がってやがんのか」
「貴様は誰だッ!」
小銃を構えたエヴァに、兎耳の老人が答える。
「何でも屋ってやつさぁ。ちっとご依頼があったもんでよ、ここいらで運び屋やらしてもらってんのよ」
「ふざけるな! 所属と階級を答えろ!」
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