「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第2部
緑綺星・嘘義譚 2
シュウの話、第49話。
暗中のCQC。
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2.
「なっ……」
エヴァの目測ではトラックとの距離は10メートル近く離れていたはずだったが、老人はその10メートルを、瞬き程度の一瞬で詰めてきた。それでもエヴァは懸命に指を動かし、小銃を撃つ。だが――。
「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
老人は事も無げに小銃のバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。
「うっ!?」
反射的にエヴァは小銃を引き寄せたが、同時にその行動は、騎士団の訓練で「絶対にやってはならない反応だ」と指導されていたことを思い出した。
(しまった……!)
訓練で注意されていた通りに、老人は小銃をエヴァの方に押し込んでくる。小銃の銃床が簡単に肋間にめり込み、彼女を二度目の気絶に追い込んだ。
(あ……っう……)
意識が再び遠のき、エヴァはその場に倒れる。そして先程と同様、10秒足らずで目を覚ましたものの――。
「……馬鹿なっ」
その時には既に、Rを含むチームメンバー全員が叩きのめされ、地面に倒れ伏した後だった。
「なんだ、まーた目ぇ覚ましたのかよ? 随分眠りが浅えお姉ちゃんだな。そんなんじゃ三十路前にシワと白髪だらけになっちまうぞ」
「余計なっ……おせ……っ……」
声を荒げかけるも、どうやら先程の一撃が相当肺を痛めつけたらしく、息が詰まる。
「無理しねえで寝てろや、お姉ちゃんよ。これ以上俺の仕事邪魔されても困るんでな」
「うっ……ぐ……」
どうにか拳銃の一発だけでも当てようと踏ん張りかけたが、それも無為に終わることを悟り、エヴァはその場にぺたんと座り込んだ。
「くそ……初めての会敵で……こんな兵(つわもの)に……出くわすなんて……」
「初めて? お姉ちゃん、初陣か? それにしちゃ、動きがなかなか手慣れてるように見えたがな」
老人が無防備然にひょこひょこと近寄り、エヴァを見下ろす。一瞬、反撃の好機かとも思いかけたが――。
(……無理だ。今の状態では、この老人に指一本触れられない。組み伏せられて三度目の気絶がオチだ)
息を整える時間を稼ぐつもりで、エヴァは老人の話に答える。
「初陣じゃない……今まで先制攻撃して……倒してたんだ」
「ヘッ、見下げたもんだな」
老人は吐き捨てるようにそう返し、エヴァをにらんだ。
「抵抗も何もできねー難民を一方的に撃ち殺して、『やったー嬲り殺しにしてやったぜー』ってか? つくづくクソだな、お前ら」
臆面もなくなじられ、エヴァは激昂しかけたが――気になる言葉が耳に入り、一転、頭から血が下がった。
「難民……だと? 何を言っている?」
「あ?」
老人は依然として侮蔑の表情を向けながら、自分が来た方角を指差した。
「まさかお前さん、あれが装甲車にでも見えてるってのかい? どう見たって前世紀のオンボロバスじゃねえか」
「敵性勢力が我々を欺く……偽装だと……」
反論しながらも、この時エヴァには、ずっと抱いていた疑問の答えが見え始めていた。
「へっへっへ……笑わせんじゃねえよ、お姉ちゃんよお? ありゃどう見たってただのバスだ。偽装だってんなら窓外して、重機関銃の一挺や二挺は積んでるわな。見てみるかい?」
「……見せてくれるのか?」
「見たいってんならいくらでも見せてやる。だが変な動きしやがったら、もっかいおねんねしてもらうぜ。今度は目覚めらんねえくらいにな」
「分かった。抵抗はしない」
差し出された老人の手を素直につかみ、エヴァは立ち上がった。
「それじゃお嬢さん、とくとご覧あれ。ほい、『ライトボール』」
老人はぼそ、と呪文をつぶやき、魔術で周囲に光を灯す。途端にエヴァの正面に、赤錆びたマイクロバスが姿を表した。
「見ての通りだ。あのバスにゃ重機関銃どころか、爆竹一巻きだって積んでりゃしねえんだよ。そんなカネあったら食い物に使うからな」
「……」
エヴァがその目でまじまじと確認しても、そのバスにはやはり、兵装の類が一切搭載されていないのは明らかだった。と、バスの中にキラ、と光るものを見つけ、エヴァは息を詰まらせた。
(人の……目だ)
光って見えたのは、痩せこけた猫獣人の瞳だった。
(まだ若い……いや……若いなんてもんじゃない……どう見たって子供じゃないか)
バスの中には――運転手を除き――子供しかいなかった。
「……あ……」
それを確認した途端、エヴァの頭の中にずっと渦巻いていた疑問は霧散し――残酷な現実が姿を現した。
(……いや……違う……私はきっと……目を背けていたんだ)
ぼた、と足元で水音が鳴る。
(国のため、平和のためと思い込んで……思い込まされて……思い込もうとして……私が薄々感じていた事実から、目を背け続けていたんだ)
ぼた、ぼたと立て続けに水音を立てていたエヴァを横目で見ながら、老人がフン、と鼻を鳴らした。
「何だ、泣いてやがんのか? どこまでもおめでたいお嬢ちゃんだな」
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「なっ……」
エヴァの目測ではトラックとの距離は10メートル近く離れていたはずだったが、老人はその10メートルを、瞬き程度の一瞬で詰めてきた。それでもエヴァは懸命に指を動かし、小銃を撃つ。だが――。
「遅え、遅え。眠っちまうくらい遅いぜ」
老人は事も無げに小銃のバースト連射をかわし、エヴァの小銃をつかむ。
「うっ!?」
反射的にエヴァは小銃を引き寄せたが、同時にその行動は、騎士団の訓練で「絶対にやってはならない反応だ」と指導されていたことを思い出した。
(しまった……!)
訓練で注意されていた通りに、老人は小銃をエヴァの方に押し込んでくる。小銃の銃床が簡単に肋間にめり込み、彼女を二度目の気絶に追い込んだ。
(あ……っう……)
意識が再び遠のき、エヴァはその場に倒れる。そして先程と同様、10秒足らずで目を覚ましたものの――。
「……馬鹿なっ」
その時には既に、Rを含むチームメンバー全員が叩きのめされ、地面に倒れ伏した後だった。
「なんだ、まーた目ぇ覚ましたのかよ? 随分眠りが浅えお姉ちゃんだな。そんなんじゃ三十路前にシワと白髪だらけになっちまうぞ」
「余計なっ……おせ……っ……」
声を荒げかけるも、どうやら先程の一撃が相当肺を痛めつけたらしく、息が詰まる。
「無理しねえで寝てろや、お姉ちゃんよ。これ以上俺の仕事邪魔されても困るんでな」
「うっ……ぐ……」
どうにか拳銃の一発だけでも当てようと踏ん張りかけたが、それも無為に終わることを悟り、エヴァはその場にぺたんと座り込んだ。
「くそ……初めての会敵で……こんな兵(つわもの)に……出くわすなんて……」
「初めて? お姉ちゃん、初陣か? それにしちゃ、動きがなかなか手慣れてるように見えたがな」
老人が無防備然にひょこひょこと近寄り、エヴァを見下ろす。一瞬、反撃の好機かとも思いかけたが――。
(……無理だ。今の状態では、この老人に指一本触れられない。組み伏せられて三度目の気絶がオチだ)
息を整える時間を稼ぐつもりで、エヴァは老人の話に答える。
「初陣じゃない……今まで先制攻撃して……倒してたんだ」
「ヘッ、見下げたもんだな」
老人は吐き捨てるようにそう返し、エヴァをにらんだ。
「抵抗も何もできねー難民を一方的に撃ち殺して、『やったー嬲り殺しにしてやったぜー』ってか? つくづくクソだな、お前ら」
臆面もなくなじられ、エヴァは激昂しかけたが――気になる言葉が耳に入り、一転、頭から血が下がった。
「難民……だと? 何を言っている?」
「あ?」
老人は依然として侮蔑の表情を向けながら、自分が来た方角を指差した。
「まさかお前さん、あれが装甲車にでも見えてるってのかい? どう見たって前世紀のオンボロバスじゃねえか」
「敵性勢力が我々を欺く……偽装だと……」
反論しながらも、この時エヴァには、ずっと抱いていた疑問の答えが見え始めていた。
「へっへっへ……笑わせんじゃねえよ、お姉ちゃんよお? ありゃどう見たってただのバスだ。偽装だってんなら窓外して、重機関銃の一挺や二挺は積んでるわな。見てみるかい?」
「……見せてくれるのか?」
「見たいってんならいくらでも見せてやる。だが変な動きしやがったら、もっかいおねんねしてもらうぜ。今度は目覚めらんねえくらいにな」
「分かった。抵抗はしない」
差し出された老人の手を素直につかみ、エヴァは立ち上がった。
「それじゃお嬢さん、とくとご覧あれ。ほい、『ライトボール』」
老人はぼそ、と呪文をつぶやき、魔術で周囲に光を灯す。途端にエヴァの正面に、赤錆びたマイクロバスが姿を表した。
「見ての通りだ。あのバスにゃ重機関銃どころか、爆竹一巻きだって積んでりゃしねえんだよ。そんなカネあったら食い物に使うからな」
「……」
エヴァがその目でまじまじと確認しても、そのバスにはやはり、兵装の類が一切搭載されていないのは明らかだった。と、バスの中にキラ、と光るものを見つけ、エヴァは息を詰まらせた。
(人の……目だ)
光って見えたのは、痩せこけた猫獣人の瞳だった。
(まだ若い……いや……若いなんてもんじゃない……どう見たって子供じゃないか)
バスの中には――運転手を除き――子供しかいなかった。
「……あ……」
それを確認した途端、エヴァの頭の中にずっと渦巻いていた疑問は霧散し――残酷な現実が姿を現した。
(……いや……違う……私はきっと……目を背けていたんだ)
ぼた、と足元で水音が鳴る。
(国のため、平和のためと思い込んで……思い込まされて……思い込もうとして……私が薄々感じていた事実から、目を背け続けていたんだ)
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