「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第2部
緑綺星・嘘義譚 5
シュウの話、第52話。
夢も希望も無いお話。
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5.
エヴァを乗せて動き出したバスは、東へ向かっていた。
「どこに向かうんだ?」
「きょうび、白猫党領の難民が陸路で向かうとこっつったら、2つしかねえよ。西の天帝教直轄領マーソルか、東の『特区』ニューフィールドだ」
「リモード共和国じゃないんだな」
「当たり前だろ。近付いただけで撃たれるようなとこへなんざ、行っても無意味だぜ」
「……そうだな」
「ろくすっぽ調べもしねえ内に飛び出すような無鉄砲はその場しのぎで右往左往した末、騎士団に始末されるか、哨戒中の白猫軍に捕まって連れ戻される。俺はオモテの事情にもウラの事情にも詳しいからな、一番確実で安全なルートを取って進んでる」
「私たちに会敵したのにか?」
「結果はどうだった? お前らは敵になったか?」
「うぐ……」
皮肉交じりに返され、エヴァは口をつぐむ。ニヤニヤとその顔を眺めていた老人が、そこで「おっと」と声を上げた。
「そう言やお前さんの名前を聞いてなかったな。少なくともニューフィールドまでの付き合いになるんだ、いつまでも『お嬢ちゃん』だの『お前さん』だのと続けんのはちっと面倒だろ? と言ってあの兄ちゃんみてえに『V』って呼ぶのもアホくせえしな」
「エヴァンジェリン、……エヴァだ。あんたは?」
「俺はアルト・トッドレールだ。……おい、ラモン。お前さんもあいさつしたらどうだ? それとも俺が紹介してやろうか?」
「やめて下さいよ、トッドさん。こないだそれでフラれたんですから」
憮然とした顔を前方に向けたまま、運転していた猫獣人が答える。
「僕はラモン・ミリアン。トッドさんの仕事仲間です。と言ってもいつも一緒ってわけじゃなくて、たまに声かけられるくらいの仲ですけどね」
「俺が知ってる中じゃ、一番の腕利きドライバーだ。ウラの世界にいなきゃ、一流ラリーストにもなれる」
「へえ……?」
その評価を聞いて、エヴァはハンドルを握りしめるラモンの顔をまじまじと眺めていたが、アルトが釘を刺す。
「言っとくが詮索なんかすんなよ」
「え?」
「根掘り葉掘りめんどくせえこと聞くなって言ってんのさ。昔の偉い将軍さんだって言ってんだろ、『言いたくない話は無理にさせるな』ってな。
ジジイの親切で教えてやるが、ウラの世界でメシ食ってるヤツってのはどいつもこいつも、スネに傷を持ってる奴らばっかりだ。どんだけ親しくなっても、そう簡単に教えられねえ事情ってのがあるんだよ。それがウラの世界の常識、言うまでもない当然って話だ。だからウラの世界は『聞くな』『見るな』『しゃべるな』が鉄則だ。仕事に必要なこと以外は無視しろ。組む奴の趣味や過去なんかどうでもいい。それをわざわざ聞く奴なんざ、うっとうしいだけだ。何より仕事の邪魔になる。……なんて話は、お前さんなら分かってて当然だよな?」
とうとうと語るアルトの顔は笑ってはいたが、目はひんやりとした光を放っている。エヴァは彼が本当に言わんとしていることを察して、深くうなずいた。
「十分承知している。決してあなた方の仕事の妨げになるようなことはしない。少なくともこの旅程の間は、その鉄則を忘れるようなことはしない」
「そう言うつもりなら、俺からこれ以上説教垂れるようなことは何もねえよ。ゆっくり座っててくれ、お嬢さん」
「ありがとう、トッドレールさん」
言われた通り、エヴァは近くの座席に座る。と、そこでようやく、車内の様子に気がついた。
(難民を乗せたバス、……と言うから、てっきり人がぎっしり乗っているものと思ったが)
バスの座席はちらほらと空きが見えており、満員とは言いがたかった。そして乗っているのも――アルトとラモン、そしてエヴァ自身を除けば――子供ばかりだった。
「詮索すんなとは言ったが、これくらいは教えといてやるよ」
と、エヴァの様子を眺めていたらしく、運転席横に立ったままのアルトが説明する。
「今回の依頼人はそいつらの親だ。『せめて子供たちだけでも』ってやつだな。傍から聞けばいかにも美談、お涙頂戴の人情噺に聞こえるだろうが、もちろん当事者にとっちゃ苦渋の選択だ。誰だって自分も助かるなら助かりたいってもんだからよ。だが残念ながらカネはどこの家にもろくにねえ。散々かき集めても一人分がせいぜい。世間体としちゃ、自分の身を選ぶわけにゃ行かねえからな。結果、ここにはガキしかいねえ」
「こう聞いても恐らく皮肉な答えしか返って来ないだろうが――値引きできなかったのか?」
「お前さんのご期待通りに答えるなら、そうは行かねえよって話さ。特例は一回認めちまったら、次から標準になっちまう。そうなりゃ『もっと負けろ』『もっと色つけろ』の繰り返しで、いずれはなし崩し的に、タダ同然にしなきゃならねえ。そしたらバスの燃費も、人件費および危険手当も出ない。
俺たちが損してもいい、死んでもいいから請けてくれ、なんてふざけた依頼はお断りだぜ」
「……だろうな」
乾いた声で答えたエヴァに、アルトはひっひっと薄気味悪い笑いをぶつけてきた。
「ここは地獄の一丁目だぜ? 夢も希望もねえんだよ」
「……」
応じる気力も削がれ、エヴァは目をつぶって黙り込んだ。
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5.
エヴァを乗せて動き出したバスは、東へ向かっていた。
「どこに向かうんだ?」
「きょうび、白猫党領の難民が陸路で向かうとこっつったら、2つしかねえよ。西の天帝教直轄領マーソルか、東の『特区』ニューフィールドだ」
「リモード共和国じゃないんだな」
「当たり前だろ。近付いただけで撃たれるようなとこへなんざ、行っても無意味だぜ」
「……そうだな」
「ろくすっぽ調べもしねえ内に飛び出すような無鉄砲はその場しのぎで右往左往した末、騎士団に始末されるか、哨戒中の白猫軍に捕まって連れ戻される。俺はオモテの事情にもウラの事情にも詳しいからな、一番確実で安全なルートを取って進んでる」
「私たちに会敵したのにか?」
「結果はどうだった? お前らは敵になったか?」
「うぐ……」
皮肉交じりに返され、エヴァは口をつぐむ。ニヤニヤとその顔を眺めていた老人が、そこで「おっと」と声を上げた。
「そう言やお前さんの名前を聞いてなかったな。少なくともニューフィールドまでの付き合いになるんだ、いつまでも『お嬢ちゃん』だの『お前さん』だのと続けんのはちっと面倒だろ? と言ってあの兄ちゃんみてえに『V』って呼ぶのもアホくせえしな」
「エヴァンジェリン、……エヴァだ。あんたは?」
「俺はアルト・トッドレールだ。……おい、ラモン。お前さんもあいさつしたらどうだ? それとも俺が紹介してやろうか?」
「やめて下さいよ、トッドさん。こないだそれでフラれたんですから」
憮然とした顔を前方に向けたまま、運転していた猫獣人が答える。
「僕はラモン・ミリアン。トッドさんの仕事仲間です。と言ってもいつも一緒ってわけじゃなくて、たまに声かけられるくらいの仲ですけどね」
「俺が知ってる中じゃ、一番の腕利きドライバーだ。ウラの世界にいなきゃ、一流ラリーストにもなれる」
「へえ……?」
その評価を聞いて、エヴァはハンドルを握りしめるラモンの顔をまじまじと眺めていたが、アルトが釘を刺す。
「言っとくが詮索なんかすんなよ」
「え?」
「根掘り葉掘りめんどくせえこと聞くなって言ってんのさ。昔の偉い将軍さんだって言ってんだろ、『言いたくない話は無理にさせるな』ってな。
ジジイの親切で教えてやるが、ウラの世界でメシ食ってるヤツってのはどいつもこいつも、スネに傷を持ってる奴らばっかりだ。どんだけ親しくなっても、そう簡単に教えられねえ事情ってのがあるんだよ。それがウラの世界の常識、言うまでもない当然って話だ。だからウラの世界は『聞くな』『見るな』『しゃべるな』が鉄則だ。仕事に必要なこと以外は無視しろ。組む奴の趣味や過去なんかどうでもいい。それをわざわざ聞く奴なんざ、うっとうしいだけだ。何より仕事の邪魔になる。……なんて話は、お前さんなら分かってて当然だよな?」
とうとうと語るアルトの顔は笑ってはいたが、目はひんやりとした光を放っている。エヴァは彼が本当に言わんとしていることを察して、深くうなずいた。
「十分承知している。決してあなた方の仕事の妨げになるようなことはしない。少なくともこの旅程の間は、その鉄則を忘れるようなことはしない」
「そう言うつもりなら、俺からこれ以上説教垂れるようなことは何もねえよ。ゆっくり座っててくれ、お嬢さん」
「ありがとう、トッドレールさん」
言われた通り、エヴァは近くの座席に座る。と、そこでようやく、車内の様子に気がついた。
(難民を乗せたバス、……と言うから、てっきり人がぎっしり乗っているものと思ったが)
バスの座席はちらほらと空きが見えており、満員とは言いがたかった。そして乗っているのも――アルトとラモン、そしてエヴァ自身を除けば――子供ばかりだった。
「詮索すんなとは言ったが、これくらいは教えといてやるよ」
と、エヴァの様子を眺めていたらしく、運転席横に立ったままのアルトが説明する。
「今回の依頼人はそいつらの親だ。『せめて子供たちだけでも』ってやつだな。傍から聞けばいかにも美談、お涙頂戴の人情噺に聞こえるだろうが、もちろん当事者にとっちゃ苦渋の選択だ。誰だって自分も助かるなら助かりたいってもんだからよ。だが残念ながらカネはどこの家にもろくにねえ。散々かき集めても一人分がせいぜい。世間体としちゃ、自分の身を選ぶわけにゃ行かねえからな。結果、ここにはガキしかいねえ」
「こう聞いても恐らく皮肉な答えしか返って来ないだろうが――値引きできなかったのか?」
「お前さんのご期待通りに答えるなら、そうは行かねえよって話さ。特例は一回認めちまったら、次から標準になっちまう。そうなりゃ『もっと負けろ』『もっと色つけろ』の繰り返しで、いずれはなし崩し的に、タダ同然にしなきゃならねえ。そしたらバスの燃費も、人件費および危険手当も出ない。
俺たちが損してもいい、死んでもいいから請けてくれ、なんてふざけた依頼はお断りだぜ」
「……だろうな」
乾いた声で答えたエヴァに、アルトはひっひっと薄気味悪い笑いをぶつけてきた。
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