「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第2部
緑綺星・嘘義譚 6
シュウの話、第53話。
難民特区。
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6.
アルトの言った通り、バスは危険に瀕することも、立ち往生することもなく、無事に白猫党領とトラス王国間の国境に到着した。
「国境警備はどうなってる?」
尋ねたエヴァに、アルトは肩をすくめて返す。
「白猫軍の現在の主戦場はもっと北だ。トラス側は事実上、『特区』に関しては放置してる。どっちも国境にゃ構ってらんねえのさ」
「じゃあ、無防備なのか? 機に乗じて攻め込まれる危険があるだろう?」
「機? 何の機だよ? どさくさに紛れて領土に攻め込んで、実効支配してやろうってか? 白猫党両軍にそんな余裕はねえし、繰り返すがトラス王国は特区の状況に無関心だ。最悪、攻め込まれたっていいやって思ってやがるくらいさ。なんせ難民しかいねえ、事実上の隔離地域だからな。近隣国にしたって、わざわざ戦場に割り込んだり隔離地域を奪ったりする理由はねえ。儲けにならんばかりか、いりもしない国際問題を抱えるだけだからな」
「そうなのか……」
騎士団で教えられた情報とまるで異なる実情に、エヴァは呆然とするしかない。
「その様子じゃ特区の話もろくに知らなさそうだな。ジジイの講釈で良けりゃ、ちっとくらいは教えてやって構わんぜ? どうせヒマだしな」
「助かる」
素直に教えを請うたエヴァに、アルトはニヤッと笑みを向けた。
「696年に東トラス王国は西トラス王国を併合し、半世紀ぶりの統一を果たしたが、同時に西トラスの負の遺産も引き継がなきゃならなくなった。そのうちの一つが、白猫党領から大量に流れ込んできて西トラス滅亡の原因となった難民だ。その数400万人とも、500万人を超えるとも言われてるが、実情は分からん。末期の西トラスにゃ、統計を取れる余裕すら無かったらしいからな。
ともかく西トラスの国庫を食い尽くしたイナゴ同然の奴らだ。普通に人間扱いして、自国民と同様の権利を与えるとなると、今度は東トラスも潰れかねない。だが一度受け入れちまった奴らを追い出そうとすりゃ、国際社会ってやつから批判が来るのは確実だ。先進国を自負する東トラスとしちゃ、そんな文句なんざまっぴらだ。そんなこんなで最終的に採った手段が、難民たちを一ヶ所に押し込めた上に自治権を押しつけて、『じゃ、後は勝手にやってくれ』って見て見ぬ振りを決め込むことにしたのさ。それが『ニューフィールド自由自治特区』、通称『難民特区』だ」
話している間に、どうやらバスは国境を越えてしまったらしい。視線を前方からバックミラーに移した時、既にフェンスは後方にあることが確認できたからだ。
「どうやって国境を越えたんだ? 停まっていた様子は無かったが……」
「カモフラージュさ。一見ちゃんとした鋼線製のフェンスがびっちり張り巡らされてるが、何ヶ所か紐に色つけてごまかしてやがるところがあんのさ。どっちの国にしたって、こんな端っこに手間かけるくらいなら、自分らの敵やら今日のメシ代やらを気にしなきゃならん立場だからな。そのうちの一つを突っ切ったってわけよ。ただの紐なら、バスで50キロも出しゃ簡単にプチンと行くわな」
「ずさんな管理だな」
「おかげでこっちは楽ができる。あとはニューフィールドまで一本道だ。邪魔する奴はもう誰もいない」
アルトの言う通り、そこから先はここまでの道程のような物々しさは消え、のどかなあぜ道がはるか遠くまで続くばかりだった。その景色を眺めながら、エヴァもまた、安堵した心地になっていた。
(ここまで来れば追手も現れまい。トッドレールさん自身のことは――無論、まだ完全に信用したわけではないが――それでも彼からの話は、Rが立て並べた情報よりは辻褄の合う点が多い。話に関しては、信用していいだろう。
その彼の情報からすれば、特区はどの大国からも見放された、極めて貧しい場所であるらしい。であればヒュミント(人的諜報)網が張り巡らされ、各国の監視下にあるものとは考え辛い。私の所在をつかむことは、騎士団にはできないだろう。未練たらたらのRが密告するとも考え辛いし、そもそも経緯を馬鹿正直に報告などすれば、奴が監督責任を負う羽目になる。奴から漏れるようなこともあるまい。
であればもう誰も私を追えないし、追うことも無いだろう。ニューフィールドでなら、私の新しい人生が……)
と、そこまで考えて、エヴァははっと気付いた。
(……貧しい場所、と言っていたよな? そんなところで、本当に新たな生活ができるものだろうか……?)
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難民特区。
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アルトの言った通り、バスは危険に瀕することも、立ち往生することもなく、無事に白猫党領とトラス王国間の国境に到着した。
「国境警備はどうなってる?」
尋ねたエヴァに、アルトは肩をすくめて返す。
「白猫軍の現在の主戦場はもっと北だ。トラス側は事実上、『特区』に関しては放置してる。どっちも国境にゃ構ってらんねえのさ」
「じゃあ、無防備なのか? 機に乗じて攻め込まれる危険があるだろう?」
「機? 何の機だよ? どさくさに紛れて領土に攻め込んで、実効支配してやろうってか? 白猫党両軍にそんな余裕はねえし、繰り返すがトラス王国は特区の状況に無関心だ。最悪、攻め込まれたっていいやって思ってやがるくらいさ。なんせ難民しかいねえ、事実上の隔離地域だからな。近隣国にしたって、わざわざ戦場に割り込んだり隔離地域を奪ったりする理由はねえ。儲けにならんばかりか、いりもしない国際問題を抱えるだけだからな」
「そうなのか……」
騎士団で教えられた情報とまるで異なる実情に、エヴァは呆然とするしかない。
「その様子じゃ特区の話もろくに知らなさそうだな。ジジイの講釈で良けりゃ、ちっとくらいは教えてやって構わんぜ? どうせヒマだしな」
「助かる」
素直に教えを請うたエヴァに、アルトはニヤッと笑みを向けた。
「696年に東トラス王国は西トラス王国を併合し、半世紀ぶりの統一を果たしたが、同時に西トラスの負の遺産も引き継がなきゃならなくなった。そのうちの一つが、白猫党領から大量に流れ込んできて西トラス滅亡の原因となった難民だ。その数400万人とも、500万人を超えるとも言われてるが、実情は分からん。末期の西トラスにゃ、統計を取れる余裕すら無かったらしいからな。
ともかく西トラスの国庫を食い尽くしたイナゴ同然の奴らだ。普通に人間扱いして、自国民と同様の権利を与えるとなると、今度は東トラスも潰れかねない。だが一度受け入れちまった奴らを追い出そうとすりゃ、国際社会ってやつから批判が来るのは確実だ。先進国を自負する東トラスとしちゃ、そんな文句なんざまっぴらだ。そんなこんなで最終的に採った手段が、難民たちを一ヶ所に押し込めた上に自治権を押しつけて、『じゃ、後は勝手にやってくれ』って見て見ぬ振りを決め込むことにしたのさ。それが『ニューフィールド自由自治特区』、通称『難民特区』だ」
話している間に、どうやらバスは国境を越えてしまったらしい。視線を前方からバックミラーに移した時、既にフェンスは後方にあることが確認できたからだ。
「どうやって国境を越えたんだ? 停まっていた様子は無かったが……」
「カモフラージュさ。一見ちゃんとした鋼線製のフェンスがびっちり張り巡らされてるが、何ヶ所か紐に色つけてごまかしてやがるところがあんのさ。どっちの国にしたって、こんな端っこに手間かけるくらいなら、自分らの敵やら今日のメシ代やらを気にしなきゃならん立場だからな。そのうちの一つを突っ切ったってわけよ。ただの紐なら、バスで50キロも出しゃ簡単にプチンと行くわな」
「ずさんな管理だな」
「おかげでこっちは楽ができる。あとはニューフィールドまで一本道だ。邪魔する奴はもう誰もいない」
アルトの言う通り、そこから先はここまでの道程のような物々しさは消え、のどかなあぜ道がはるか遠くまで続くばかりだった。その景色を眺めながら、エヴァもまた、安堵した心地になっていた。
(ここまで来れば追手も現れまい。トッドレールさん自身のことは――無論、まだ完全に信用したわけではないが――それでも彼からの話は、Rが立て並べた情報よりは辻褄の合う点が多い。話に関しては、信用していいだろう。
その彼の情報からすれば、特区はどの大国からも見放された、極めて貧しい場所であるらしい。であればヒュミント(人的諜報)網が張り巡らされ、各国の監視下にあるものとは考え辛い。私の所在をつかむことは、騎士団にはできないだろう。未練たらたらのRが密告するとも考え辛いし、そもそも経緯を馬鹿正直に報告などすれば、奴が監督責任を負う羽目になる。奴から漏れるようなこともあるまい。
であればもう誰も私を追えないし、追うことも無いだろう。ニューフィールドでなら、私の新しい人生が……)
と、そこまで考えて、エヴァははっと気付いた。
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