「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第2部
緑綺星・友逅譚 1
シュウの話、第55話。
「人」のいない街。
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1.
アルトたちと別れた後、エヴァはずっと廃ビルの中に潜んでいた。街へ繰り出せばアルトに鉢合わせする危険があったし――彼の性格と口ぶりからすれば、何ら状況の変化が無いままここで再会したとしても、約束通りに「金を払え」と要求してくることは明らかである――何より、長年自分を縛っていた環境から解放された反動が、自分で思っていたよりも何倍も大きく、立ち上がる気力も沸かないくらいに疲弊していたからだ。
「……ふー……」
無論、人通りがほとんど無いとは言え、ここは難民特区の中である。事実上の無法地帯であり、人がここにいると分かれば、数多の危険にさらされるのは明白である。だがエヴァは元々秘密部隊で活躍すべく、厳しい訓練を受けた戦士である。元々そのビルに出入りしていた人間でさえそんな空間があると気付かないような構造上の隙間に潜り込み、その中で携帯糧食をちびちびとかじりつつ、ひたすら眠りに就いていた。
(あれから……離隊してから……時間にして50~60時間くらいか。トッドレールの手際の良さを考えればもう仕事を見つけ、街を離れているかも知れないが、……もう一日くらい潜んでいた方がいいかも知れないな、用心のために。……いや、そうじゃないな)
アルトに「気付いていながら見て見ぬ振りをする性分がある」と指摘されて以降、エヴァは自分の思考を繰り返し内省するように努めていた。
(疲れてしまっているんだ。何もかもに。何もしたくない、太陽すら見たくないと思うくらい、ぐったりしている。……だから気の済むまで、ここにじっとしていればいい。私には今、すべきこともしたいことも無いのだから)
結局、エヴァがその廃ビルから出る気になるまでには、時間にして98時間、ほぼ4日を要した。
4日も闇の中で過ごして流石に糧食が尽きたため、渋々と言った具合でエヴァは外に繰り出し、食事を探そうとした。
(難民とは言え、500万都市か。活気は、……無くはないな)
街の通りはテントと中身の良く分からない段ボール箱で埋め尽くされており、市場らしきものを形成していた。
「らっしゃいらっしゃい、王国直送の缶詰だよ! 安全間違いなし! すぐ食えるよ!」
「横流し品のジャケットあるよー、一着140コノンからあるよー」
「クルマ売るよ、一台6万コノンぽっきり! カーナビもエアコンも付いてるよー!」
宣伝文句を耳にし、それとなく目を向けてみるが――。
(とんだ粗悪品だ。いや、そもそも品物として扱っていいものじゃないだろう、それは)
缶詰はどれも消費期限切れのものばかりだったし、元は軍の支給品であったらしい衣服も、散々使われ、補修された跡があちこちに残っている。車輌に至っては窓もボンネットも、さらにはドアすらも無いようなものばかりだった。エンジンルームを見ても――騎士団で多方面の知識を修めたエヴァでも、流石にこちらに関しては素人の域を出ないが――あるべき装備が何点か見受けられず、まともに走れない代物であるのは明白だった。
(いや……もしかしたらあれは走行目的じゃなく、住処として使うのか? テントよりはましかも知れないが……)
その後、1時間ほどかけて市場を見て周ったが、そこにあった品はどれもこれも、まともな環境で過ごしてきたエヴァにとっては触れることすら厭(いと)うような、度し難いガラクタばかりだった。
特に成果も無いまま、エヴァは廃ビルに戻って来た。
(新しい生活、新しい人生を、……なんて思っていたが、……私には、ここでの暮らしはきっと無理だ)
その思いが胸に浮かんだ理由は、エヴァの潔癖な性格からだけではない。そこに住んでいた人々の顔が、エヴァには「人」とは――エヴァが少女の頃までそう過ごしていたような、衣食住に事欠くことの無い、明日と希望が保証された人間だとは、思えなかったからだ。
(もしここでの暮らしに慣れてしまったら、私はきっと、トッドレールと同じような生き方しかできなくなる。他人を『商品』や『道具』としか見ないような、見下げ果てた人間になってしまうだろう。どうにか手段を見つけて、ここから離れなければ)
と、エヴァの懐がわずかに震える。そこでようやく、エヴァは自分がスマホを携帯していたことを思い出した。
(着信? 電波届くんだな、ここ。……いや、それより、……誰だ?)
懐からスマホを取り出し、画面を確認する。そこには「メイスン」と表示されていた。
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「人」のいない街。
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アルトたちと別れた後、エヴァはずっと廃ビルの中に潜んでいた。街へ繰り出せばアルトに鉢合わせする危険があったし――彼の性格と口ぶりからすれば、何ら状況の変化が無いままここで再会したとしても、約束通りに「金を払え」と要求してくることは明らかである――何より、長年自分を縛っていた環境から解放された反動が、自分で思っていたよりも何倍も大きく、立ち上がる気力も沸かないくらいに疲弊していたからだ。
「……ふー……」
無論、人通りがほとんど無いとは言え、ここは難民特区の中である。事実上の無法地帯であり、人がここにいると分かれば、数多の危険にさらされるのは明白である。だがエヴァは元々秘密部隊で活躍すべく、厳しい訓練を受けた戦士である。元々そのビルに出入りしていた人間でさえそんな空間があると気付かないような構造上の隙間に潜り込み、その中で携帯糧食をちびちびとかじりつつ、ひたすら眠りに就いていた。
(あれから……離隊してから……時間にして50~60時間くらいか。トッドレールの手際の良さを考えればもう仕事を見つけ、街を離れているかも知れないが、……もう一日くらい潜んでいた方がいいかも知れないな、用心のために。……いや、そうじゃないな)
アルトに「気付いていながら見て見ぬ振りをする性分がある」と指摘されて以降、エヴァは自分の思考を繰り返し内省するように努めていた。
(疲れてしまっているんだ。何もかもに。何もしたくない、太陽すら見たくないと思うくらい、ぐったりしている。……だから気の済むまで、ここにじっとしていればいい。私には今、すべきこともしたいことも無いのだから)
結局、エヴァがその廃ビルから出る気になるまでには、時間にして98時間、ほぼ4日を要した。
4日も闇の中で過ごして流石に糧食が尽きたため、渋々と言った具合でエヴァは外に繰り出し、食事を探そうとした。
(難民とは言え、500万都市か。活気は、……無くはないな)
街の通りはテントと中身の良く分からない段ボール箱で埋め尽くされており、市場らしきものを形成していた。
「らっしゃいらっしゃい、王国直送の缶詰だよ! 安全間違いなし! すぐ食えるよ!」
「横流し品のジャケットあるよー、一着140コノンからあるよー」
「クルマ売るよ、一台6万コノンぽっきり! カーナビもエアコンも付いてるよー!」
宣伝文句を耳にし、それとなく目を向けてみるが――。
(とんだ粗悪品だ。いや、そもそも品物として扱っていいものじゃないだろう、それは)
缶詰はどれも消費期限切れのものばかりだったし、元は軍の支給品であったらしい衣服も、散々使われ、補修された跡があちこちに残っている。車輌に至っては窓もボンネットも、さらにはドアすらも無いようなものばかりだった。エンジンルームを見ても――騎士団で多方面の知識を修めたエヴァでも、流石にこちらに関しては素人の域を出ないが――あるべき装備が何点か見受けられず、まともに走れない代物であるのは明白だった。
(いや……もしかしたらあれは走行目的じゃなく、住処として使うのか? テントよりはましかも知れないが……)
その後、1時間ほどかけて市場を見て周ったが、そこにあった品はどれもこれも、まともな環境で過ごしてきたエヴァにとっては触れることすら厭(いと)うような、度し難いガラクタばかりだった。
特に成果も無いまま、エヴァは廃ビルに戻って来た。
(新しい生活、新しい人生を、……なんて思っていたが、……私には、ここでの暮らしはきっと無理だ)
その思いが胸に浮かんだ理由は、エヴァの潔癖な性格からだけではない。そこに住んでいた人々の顔が、エヴァには「人」とは――エヴァが少女の頃までそう過ごしていたような、衣食住に事欠くことの無い、明日と希望が保証された人間だとは、思えなかったからだ。
(もしここでの暮らしに慣れてしまったら、私はきっと、トッドレールと同じような生き方しかできなくなる。他人を『商品』や『道具』としか見ないような、見下げ果てた人間になってしまうだろう。どうにか手段を見つけて、ここから離れなければ)
と、エヴァの懐がわずかに震える。そこでようやく、エヴァは自分がスマホを携帯していたことを思い出した。
(着信? 電波届くんだな、ここ。……いや、それより、……誰だ?)
懐からスマホを取り出し、画面を確認する。そこには「メイスン」と表示されていた。
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