「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第2部
緑綺星・宿命譚 1
シュウの話、第69話。
自分自身へのミッション。
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1.
3年前、エヴァの兄リベロ・アドラーも家の期待を背負い、騎士団試験に臨んでいた。しかし――周囲にとっても、そして恐らくはリベロ本人にとっても――極めて残念なことに、リベロはその期待に応えられるだけの資質・能力を持ち合わせていなかった。結果としてリベロは試験に落第し、その翌日から屋敷の地下に軟禁された。「一族の面汚しを外に出すわけにはいかない」とする、家長ジョゼの命令である。
だが軟禁されて数日後、リベロは家を抜け出した。以降の足取りは、ようとして知れなかったのだが――。
「再びその顔を見たのが、今朝の臨時ニュースだったと言うわけさ」
エヴァは武装ヘリの中で、今朝に至るまでの経緯をラモンに話していた。
「アドラー家って言うのを聞いたことないんですが、でも聞く限りだと、すごいハードな家庭環境なんですね」
「そこそこの家柄と思っていたんだが……まあ、そんなものか」
「あ、いや、僕は元々こっちの人間じゃないんで。央中の方なんです」
「それでか。……まあ、君の言う通り、かなり変わった家庭環境であったことは否めない。物心付いた時には両親がいなかったし、かと言って祖父が世話してくれたと言う記憶も無い。騎士団に入るまで、私と兄は屋敷の人間に育てられていた」
「それは……うーん……何と言うか、寂しいですね」
「学校の友人や屋敷を訪ねてきた人間からも何度か同じようなことを言われたが、その感想は正直ピンと来ない。私にとってはそれが普通の環境、基準の環境だったからな」
いつの間にかヘリは難民特区を離れ、眼下には1世紀に渡る戦争ですっかり荒廃した、白猫党領とトラス王国の国境の景色が広がっている。
「そう言えば一度、祖父にこんなことを言われたな。『アドラー家の黒き宿命を背負え』と」
「黒き宿命?」
「何を意味するのかは分からない。だがその時の祖父は、どこか寂しそうな、あきらめたような顔をしていた。今にして思えば、こうした事態に見舞われる可能性を示唆していたのかも知れないな。……っと、気を付けろ。白猫党領に近付きすぎると、対空砲で撃ち落とされる可能性がある」
「承知してます。ただ、もしされたとしても、このヘリには回転連射砲とミサイルが積んでありますからね。返り討ちにできます」
「やめてくれ」
エヴァは肩をすくめて返し、進行方向を指差した。
「一刻も早く共和国に行きたいんだ。余計な戦闘は避けたい。それにそもそも武装ヘリ用ミサイル1発辺り、数十万エルの値段が付くんだぞ」
「それも承知してます。流石に庶民が使うにはもったいないです。温存しますよ」
こんな風にとりとめのない会話をとぎれとぎれに続けている間に、二人はリモード共和国に到着した。
ヘリは共和国首都ニューペルシェの郊外で、地表ギリギリまで高度を下げる。
「私が降りたら、すぐここを離れろ。迎えは考えなくていい」
「ありがたいです。それじゃ、……お気を付けて」
「ああ」
エヴァは装備を担ぎ、地面に降り立つ。直後、ヘリはエヴァが指示した通りに上昇し、あっと言う間に彼女の視界から消えた。
(さて、と。私の人生で最も困難なミッションになりそうだな。……いや、これは『ミッション(指令)』なんかじゃ――誰かに指示されてやらされるようなことじゃない。私が自分で決断し、実行するんだ)
エヴァは小銃を構え、ニューペルシェ市街に向かって歩き出した。
(まずどこへ向かう? 単純に考えるのであれば大統領官邸だ。この国を奪取せんとする奴らなら、そこを襲う。当然、リベロもそこにいるだろう)
エヴァは大統領官邸へではなく、自分の生まれ育った屋敷へと向かう。
(そもそもこの非常事態に軍と祖父が動いていないはずが無い。確実に今、動いているはずだ。それなら私が向かうべきは大統領官邸か軍本司令部、あるいは騎士団本部のいずれかになる。……アドラー家の事情を知らぬ者ならそう考えるだろう。だが私はアドラー家の一員だ。祖父の行動も理解できている)
街のあちこちで、ARRDKの一員らしき兵士たちが軍用トラックで巡回していたが、エヴァは彼らに気付かれることなく、自分の生家であった屋敷に到着した。
(確信するが――祖父はきっと、ここにいる)
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自分自身へのミッション。
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3年前、エヴァの兄リベロ・アドラーも家の期待を背負い、騎士団試験に臨んでいた。しかし――周囲にとっても、そして恐らくはリベロ本人にとっても――極めて残念なことに、リベロはその期待に応えられるだけの資質・能力を持ち合わせていなかった。結果としてリベロは試験に落第し、その翌日から屋敷の地下に軟禁された。「一族の面汚しを外に出すわけにはいかない」とする、家長ジョゼの命令である。
だが軟禁されて数日後、リベロは家を抜け出した。以降の足取りは、ようとして知れなかったのだが――。
「再びその顔を見たのが、今朝の臨時ニュースだったと言うわけさ」
エヴァは武装ヘリの中で、今朝に至るまでの経緯をラモンに話していた。
「アドラー家って言うのを聞いたことないんですが、でも聞く限りだと、すごいハードな家庭環境なんですね」
「そこそこの家柄と思っていたんだが……まあ、そんなものか」
「あ、いや、僕は元々こっちの人間じゃないんで。央中の方なんです」
「それでか。……まあ、君の言う通り、かなり変わった家庭環境であったことは否めない。物心付いた時には両親がいなかったし、かと言って祖父が世話してくれたと言う記憶も無い。騎士団に入るまで、私と兄は屋敷の人間に育てられていた」
「それは……うーん……何と言うか、寂しいですね」
「学校の友人や屋敷を訪ねてきた人間からも何度か同じようなことを言われたが、その感想は正直ピンと来ない。私にとってはそれが普通の環境、基準の環境だったからな」
いつの間にかヘリは難民特区を離れ、眼下には1世紀に渡る戦争ですっかり荒廃した、白猫党領とトラス王国の国境の景色が広がっている。
「そう言えば一度、祖父にこんなことを言われたな。『アドラー家の黒き宿命を背負え』と」
「黒き宿命?」
「何を意味するのかは分からない。だがその時の祖父は、どこか寂しそうな、あきらめたような顔をしていた。今にして思えば、こうした事態に見舞われる可能性を示唆していたのかも知れないな。……っと、気を付けろ。白猫党領に近付きすぎると、対空砲で撃ち落とされる可能性がある」
「承知してます。ただ、もしされたとしても、このヘリには回転連射砲とミサイルが積んでありますからね。返り討ちにできます」
「やめてくれ」
エヴァは肩をすくめて返し、進行方向を指差した。
「一刻も早く共和国に行きたいんだ。余計な戦闘は避けたい。それにそもそも武装ヘリ用ミサイル1発辺り、数十万エルの値段が付くんだぞ」
「それも承知してます。流石に庶民が使うにはもったいないです。温存しますよ」
こんな風にとりとめのない会話をとぎれとぎれに続けている間に、二人はリモード共和国に到着した。
ヘリは共和国首都ニューペルシェの郊外で、地表ギリギリまで高度を下げる。
「私が降りたら、すぐここを離れろ。迎えは考えなくていい」
「ありがたいです。それじゃ、……お気を付けて」
「ああ」
エヴァは装備を担ぎ、地面に降り立つ。直後、ヘリはエヴァが指示した通りに上昇し、あっと言う間に彼女の視界から消えた。
(さて、と。私の人生で最も困難なミッションになりそうだな。……いや、これは『ミッション(指令)』なんかじゃ――誰かに指示されてやらされるようなことじゃない。私が自分で決断し、実行するんだ)
エヴァは小銃を構え、ニューペルシェ市街に向かって歩き出した。
(まずどこへ向かう? 単純に考えるのであれば大統領官邸だ。この国を奪取せんとする奴らなら、そこを襲う。当然、リベロもそこにいるだろう)
エヴァは大統領官邸へではなく、自分の生まれ育った屋敷へと向かう。
(そもそもこの非常事態に軍と祖父が動いていないはずが無い。確実に今、動いているはずだ。それなら私が向かうべきは大統領官邸か軍本司令部、あるいは騎士団本部のいずれかになる。……アドラー家の事情を知らぬ者ならそう考えるだろう。だが私はアドラー家の一員だ。祖父の行動も理解できている)
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(確信するが――祖父はきっと、ここにいる)
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