「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第2部
蒼天剣・烈士録 2
晴奈の話、28話目。
免許皆伝試験。
2.
晴奈と柊の戦いから3時間ほど後、晴奈は柊に連れられ、家元である重蔵の前に並んで座っていた。
「ふむ、そうか。晴さん、師匠に追いつきなすったか」
重蔵は腕を組み、何かを考え込む様子を見せる。
やがて決心したように、ぱたりと膝を打った。
「ようやった、晴さん。良くぞ6年と言う短い歳月で、そこまで己を磨き上げたものじゃ」
「は、はあ。ありがとうございます、家元」
「じゃが、まだ免許皆伝とはいかんな。今はまだ、その手前じゃ。
どうする、晴さん。免許皆伝の証を、狙ってみるかの?」
この問いに、晴奈の心は当惑すると同時に、とても高揚した。
(め、免許皆伝!?
まだ、私は19で、そう、6年だ。修行してまだ、6年しか経っていない。こんな若輩者がそんなものをもらって、いいのか?
い、いや、しかし。家元が直々に、そうお声をかけてくださっているのだ。であれば、私にその資格があると言っているも、同然なのでは。
ならば、……狙ってみるか?)
晴奈は目を閉じ、心を落ち着かせる。
「どうかな?」
重蔵がもう一度聞いてくる。晴奈は少し間を置いた後、「はい」と答えた。
晴奈はふたたび、あの「鬼が出る」堂――伏鬼心克堂を訪れた。免許皆伝の試験は、この堂で行われるのだ。
だが、入門試験として入った前回と比べ、違う点があった。まず、前もって刀を大小二振りと、武具を身に付けた状態で入らされたことだ。
(まるで、誰かと戦えと言っているような?)
いぶかしみつつ堂に入ったところで、重蔵が床を指し示した。
「さあ、晴さん。そこに座って、わしの話をよーく聞きなさい」
「あ、はい」
言われた通りに、晴奈は正座する。そしてもう一つの違いについても、ここで聞かされた。
「これから一昼夜、丸一日。ここにいてもらう。その間眠らずにいられれば、試験は修了。晴れて、免許皆伝じゃ。
じゃが、勝手は入門の時とはちと違う。この堂の仕組みには、気付いておるじゃろ?」
「はい。己の心が、鬼を作るのですね」
晴奈の回答に、重蔵は深くうなずいてこう続ける。
「そう。確かに入門時の仕掛けは、そうじゃった。
じゃが、今度の仕掛けはそれとは、ちと違う。出てくるのは、鬼では無いのじゃ」
「鬼では無い? では、一体何が?」
重蔵は首を横に、ゆっくりと振る。
「それは、晴さん自身で確認し、その理由を考えてみなさい。それがこの試験の答えであり、真意じゃ」
そう言って、重蔵は堂から出て行った。
試験が始まってから1時間が過ぎた。
完全武装した状態での座禅は、流石に武具がうっとうしすぎて気が散ってしまう。とりあえず最初のうちはじっと座ってはいたが、やがてそれにも飽きた。
晴奈は何とも無しに立ち上がり、重蔵が言っていた、この試験に出てくる「何か」を待ち構えることにした。
(鬼ではない、か。この重装備だし、もしかすれば鬼と戦えと言っているのかと思ったが、そうでは無いのか。
では、一体何と戦うのだ?)
敵を待ち構えることと、思案に暮れる他にはやることが無いので、晴奈は手入れでもしようかと、刀を鞘から抜いた。
(……!)
と、その刃に黒い影が映っている――晴奈の背後に、誰かがいるのだ。
「何奴だ!」
振り返ると、そこには忘れようにも忘れられない、狼獣人の顔があった。
「……!? ウィルバー! 何故、ここにいるのだ!」
「……」
かつて晴奈に手痛い敗北を負わせた、あのウィルバーがいたのだ。
ウィルバーは一言も発さず、いきなり襲い掛かってくる。
「く、この……!」
4年前と同じく、三節棍は変幻自在の動きを見せ、晴奈を翻弄する。一端をうかつに刀で受けると、もう一端が跳んでくる。
最初は距離を取りつつ、棍を受けずに弾いて防御していたが、跳んでくる棍は重く、何度も受けるうちに晴奈の手がしびれてきた。
「……くそッ」
接近戦は不利と判断し、晴奈は後ろに飛びのく。すかさず一歩踏み込み、間合いを詰めてきたウィルバーを見て、晴奈は瞬時にある戦術を閃く。
「それッ!」
踏み込んできたウィルバーに、突きを浴びせる。当然、ウィルバーは防御するため、棍でそれを絡め取る。
(棍を使ってくるならば、至極面倒な相手になる。だが、それを封じれば……!)
防御に棍を使うならば当然、その瞬間だけは棍での攻撃ができない。
晴奈は絡め取られた刀から手を離し、脇差を抜いてウィルバーの眉間を斬りつけた。
「……!」
ウィルバーの額から血が噴き出し、そのままバタリと前のめりに倒れた。
「ハァ、ハァ……。何故、こいつがここに?」
刀を拾いながら、晴奈は呼吸を整える。
倒れたまま動かないウィルバーを見下ろしながら、とどめを刺そうと一歩踏み出した、その時――。
「……!?」
風を切る音に気付き、とっさに身をよじる。それと同時に、石の槍が頬をかすめた。
「たっ、橘殿!? いきなり、何をするのです!?」
先程のウィルバーと同様、橘がいつの間にか、杖を構えて立っていた。
「……」
そして橘もまた、無言で襲い掛かってきた。
「ゼェ、ゼェ」
堂にこもってから、あっと言う間に8時間が経とうとしていた。
「わけが、分からぬ」
最初にウィルバーが襲い掛かったのを撃退してから、既に20人近い手練を打ちのめしている。辺りには彼らが一言も発さず、また、目を覚ますことも無く倒れ伏している。
襲ってくるのはウィルバーを初めとする、黒炎の者たち。橘や柏木など、修行を共にした者たち――どう言うわけか、晴奈と出会ってきた様々な者たちが、敵味方を問わず、引っ切り無しに襲ってくるのだ。
「一体、何故に?」
19歳にして剣術を極めた晴奈とて、8時間も兵(つわもの)たちを相手にし続けては、さすがに疲れも色濃く表れてくる。肩で息をし、後ろでまとめた髪はとうにほつれ、乱れている。敵から受けたダメージも少なくない。
それを体現するかのように、鉢金がパキ、と音を立てて割れた。
「後、一体、何人、倒せば、いいのだ!?」
晴奈以外動く者がいない堂内で、晴奈は鉢金を投げ捨て、叫ぶ。
と――またしても、敵が現れた。
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免許皆伝試験。
2.
晴奈と柊の戦いから3時間ほど後、晴奈は柊に連れられ、家元である重蔵の前に並んで座っていた。
「ふむ、そうか。晴さん、師匠に追いつきなすったか」
重蔵は腕を組み、何かを考え込む様子を見せる。
やがて決心したように、ぱたりと膝を打った。
「ようやった、晴さん。良くぞ6年と言う短い歳月で、そこまで己を磨き上げたものじゃ」
「は、はあ。ありがとうございます、家元」
「じゃが、まだ免許皆伝とはいかんな。今はまだ、その手前じゃ。
どうする、晴さん。免許皆伝の証を、狙ってみるかの?」
この問いに、晴奈の心は当惑すると同時に、とても高揚した。
(め、免許皆伝!?
まだ、私は19で、そう、6年だ。修行してまだ、6年しか経っていない。こんな若輩者がそんなものをもらって、いいのか?
い、いや、しかし。家元が直々に、そうお声をかけてくださっているのだ。であれば、私にその資格があると言っているも、同然なのでは。
ならば、……狙ってみるか?)
晴奈は目を閉じ、心を落ち着かせる。
「どうかな?」
重蔵がもう一度聞いてくる。晴奈は少し間を置いた後、「はい」と答えた。
晴奈はふたたび、あの「鬼が出る」堂――伏鬼心克堂を訪れた。免許皆伝の試験は、この堂で行われるのだ。
だが、入門試験として入った前回と比べ、違う点があった。まず、前もって刀を大小二振りと、武具を身に付けた状態で入らされたことだ。
(まるで、誰かと戦えと言っているような?)
いぶかしみつつ堂に入ったところで、重蔵が床を指し示した。
「さあ、晴さん。そこに座って、わしの話をよーく聞きなさい」
「あ、はい」
言われた通りに、晴奈は正座する。そしてもう一つの違いについても、ここで聞かされた。
「これから一昼夜、丸一日。ここにいてもらう。その間眠らずにいられれば、試験は修了。晴れて、免許皆伝じゃ。
じゃが、勝手は入門の時とはちと違う。この堂の仕組みには、気付いておるじゃろ?」
「はい。己の心が、鬼を作るのですね」
晴奈の回答に、重蔵は深くうなずいてこう続ける。
「そう。確かに入門時の仕掛けは、そうじゃった。
じゃが、今度の仕掛けはそれとは、ちと違う。出てくるのは、鬼では無いのじゃ」
「鬼では無い? では、一体何が?」
重蔵は首を横に、ゆっくりと振る。
「それは、晴さん自身で確認し、その理由を考えてみなさい。それがこの試験の答えであり、真意じゃ」
そう言って、重蔵は堂から出て行った。
試験が始まってから1時間が過ぎた。
完全武装した状態での座禅は、流石に武具がうっとうしすぎて気が散ってしまう。とりあえず最初のうちはじっと座ってはいたが、やがてそれにも飽きた。
晴奈は何とも無しに立ち上がり、重蔵が言っていた、この試験に出てくる「何か」を待ち構えることにした。
(鬼ではない、か。この重装備だし、もしかすれば鬼と戦えと言っているのかと思ったが、そうでは無いのか。
では、一体何と戦うのだ?)
敵を待ち構えることと、思案に暮れる他にはやることが無いので、晴奈は手入れでもしようかと、刀を鞘から抜いた。
(……!)
と、その刃に黒い影が映っている――晴奈の背後に、誰かがいるのだ。
「何奴だ!」
振り返ると、そこには忘れようにも忘れられない、狼獣人の顔があった。
「……!? ウィルバー! 何故、ここにいるのだ!」
「……」
かつて晴奈に手痛い敗北を負わせた、あのウィルバーがいたのだ。
ウィルバーは一言も発さず、いきなり襲い掛かってくる。
「く、この……!」
4年前と同じく、三節棍は変幻自在の動きを見せ、晴奈を翻弄する。一端をうかつに刀で受けると、もう一端が跳んでくる。
最初は距離を取りつつ、棍を受けずに弾いて防御していたが、跳んでくる棍は重く、何度も受けるうちに晴奈の手がしびれてきた。
「……くそッ」
接近戦は不利と判断し、晴奈は後ろに飛びのく。すかさず一歩踏み込み、間合いを詰めてきたウィルバーを見て、晴奈は瞬時にある戦術を閃く。
「それッ!」
踏み込んできたウィルバーに、突きを浴びせる。当然、ウィルバーは防御するため、棍でそれを絡め取る。
(棍を使ってくるならば、至極面倒な相手になる。だが、それを封じれば……!)
防御に棍を使うならば当然、その瞬間だけは棍での攻撃ができない。
晴奈は絡め取られた刀から手を離し、脇差を抜いてウィルバーの眉間を斬りつけた。
「……!」
ウィルバーの額から血が噴き出し、そのままバタリと前のめりに倒れた。
「ハァ、ハァ……。何故、こいつがここに?」
刀を拾いながら、晴奈は呼吸を整える。
倒れたまま動かないウィルバーを見下ろしながら、とどめを刺そうと一歩踏み出した、その時――。
「……!?」
風を切る音に気付き、とっさに身をよじる。それと同時に、石の槍が頬をかすめた。
「たっ、橘殿!? いきなり、何をするのです!?」
先程のウィルバーと同様、橘がいつの間にか、杖を構えて立っていた。
「……」
そして橘もまた、無言で襲い掛かってきた。
「ゼェ、ゼェ」
堂にこもってから、あっと言う間に8時間が経とうとしていた。
「わけが、分からぬ」
最初にウィルバーが襲い掛かったのを撃退してから、既に20人近い手練を打ちのめしている。辺りには彼らが一言も発さず、また、目を覚ますことも無く倒れ伏している。
襲ってくるのはウィルバーを初めとする、黒炎の者たち。橘や柏木など、修行を共にした者たち――どう言うわけか、晴奈と出会ってきた様々な者たちが、敵味方を問わず、引っ切り無しに襲ってくるのだ。
「一体、何故に?」
19歳にして剣術を極めた晴奈とて、8時間も兵(つわもの)たちを相手にし続けては、さすがに疲れも色濃く表れてくる。肩で息をし、後ろでまとめた髪はとうにほつれ、乱れている。敵から受けたダメージも少なくない。
それを体現するかのように、鉢金がパキ、と音を立てて割れた。
「後、一体、何人、倒せば、いいのだ!?」
晴奈以外動く者がいない堂内で、晴奈は鉢金を投げ捨て、叫ぶ。
と――またしても、敵が現れた。



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総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

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双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

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雑記

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~ Comment ~
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DE・波瑠間さま
晴奈はようやく、師匠に手が届くくらいのところに来たところ。本格的に活躍するのは、まだまだこれからです。
雪乃、非常に人気ですね。作家仲間からの評判が高くて、自分でも驚いています。
これは一度、彼女を主人公にしたお話を作らないといけませんね。
晴奈はようやく、師匠に手が届くくらいのところに来たところ。本格的に活躍するのは、まだまだこれからです。
雪乃、非常に人気ですね。作家仲間からの評判が高くて、自分でも驚いています。
これは一度、彼女を主人公にしたお話を作らないといけませんね。
NoTitle
黄輪さま なにげに晴奈が滅茶苦茶に強くなっちゃいましたね。もうちょっと柊にしごかれてもいいのに――なんて不謹慎なことを思っちゃいました。
柊、強くてカッコいいのになぁ~なんて――
柊、強くてカッコいいのになぁ~なんて――
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