「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・闘由録 6
晴奈の話、第279話。
闘う理由。
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6.
「……おおぅ」
かなり大きな雷鳴が轟き、小鈴は皿を洗う手を止めた。
「おーぉ、今のはでかかったなぁ」
朱海はのんきな様子で、芋の皮を剥いている。
「今日は天気荒れてるわねー」
「だなぁ。晴奈とフォルナ、風邪引かなきゃいいが」
「そーねぇ。帰ってきたら、あったかいご馳走出してやらなきゃね」
「そうだな。……勝ってくるかなぁ、アイツ」
朱海は唇に手をやり、壁掛けに差してある煙草をチラチラと見ている。
「心配?」
「そりゃ、まあ。ずっと応援してたんだしな」
「んふふ、晴奈に聞かせてあげたいわね、今のセリフ」
小鈴はニヤニヤしながら、朱海をからかっていた。
と、急に表情を変え、遠い目をした。
「……?」
「どした、小鈴?」
「何か今、すごい音しなかった?」
「雷鳴か?」
「ううん、そんなんじゃなく、何て言うか、でっかい爆弾が破裂したみたいな音」
「何だそりゃ」
「セイナ……!」
観客席で試合を見守っていたフォルナはブルブルと震えていた。雨の寒さだけではない。晴奈の分が悪く、ロウに圧されているからだ。
「フォルナさん……」
横に並んで観戦していたエランが、震えるフォルナの手を握る。
「あ……、あの、大丈夫ですよ、きっと」
「……そうかしら」
「コウさんなら、きっと勝ちます。だから、信じて観てましょうよ」
フォルナはじっと晴奈の姿を見つめたまま、エランの手をほどき、その上に改めて手を載せた。
「そうですわね。……信じておりますわ」
半壊したリングの残り半分を飛び回るように、晴奈もロウも依然、激しくぶつかり合っている。
晴奈の方は、既に右腕が上がらない。左腕で刀を振るい、ロウの猛攻を跳ね除けていた。
ロウも、見た目よりずっと「炎剣舞」によるダメージを受けていたらしい。爆発で飛んできた瓦礫が左腿に当たったらしく、そこから血が滴っていた。
試合開始から30分が経過した頃、ようやく両者に蓄積されたダメージや疲れが顕在化し始めていた。
「……ッ!」
ロウの動きが止まる。
「は、あ……っ」
晴奈も足を止める。
二人はにらみ合ったまま、動かなくなった。
「……なあ、セイナ」
不意に、ロウが話しかけてきた。
「何だ」
「オレ、お前に会って以来何度か、こんな夢を見ていたんだ」
「夢?」
次第に雨が強くなってくる。激しい雨音のせいでロウの声は切れ切れにしか聞こえないが、それでも何を言っているのか、晴奈にははっきりと分かった。
「川の中で戦ってる夢なんだ。ちょうど今みたいに、オレとセイナがずぶ濡れになって。オレはいつも、『戦うコトが好きだった』と叫んでその夢は終わる」
「……」
ロウの独白を聞き、晴奈の脳裏に去年の思い出が蘇ってくる。
(あの、天神川での戦いか)
ロウが、熱い眼差しを向けて尋ねてくる。
「セイナ。オレは、誰なんだ?」
「何だと?」
「オレの本当の名前、職業、どんなヤツだったか、何でもいい。教えてくれ」
「お主の、ことを、……か」
晴奈はしばし押し黙っていたが――一分か二分ほど経って、やがて口を開いた。
「……お主の真の名はウィルバー・ウィルソン。黒炎教団の僧兵長だった。始終戦いを欲し、戦いに明け暮れ、周囲に当たり散らす、どうしようも無く荒れた奴だった。
歳を経て多少、部下思いになった節はあったが、それでも戦いに取り憑かれた修羅の性分は、……死ぬまで、変わらなかった」
「……」
ロウは複雑な表情で、晴奈の説明を聞いている。その表情は納得したとも、愕然としたとも、しかしその一方で、安心したようにも見えた。
そのどうとも取れない表情を見つめながら、晴奈は続けた。
「が、今のお主はまるで違う。
いつでも家族や友人のことを真摯に思う、義に厚い男になった。本当にお主がウィルバーその人であるのか、長年の付き合いがある私でも確証が持てぬほどに豹変したよ。
その最たる例が、戦いを欲さなくなったことだ。前のままのお主ならば、全力で向かい合っているこの状況で、そんな話をしたりはしない。黙々、闘っていただろう。
こちらからも問う。お主が今、こうして闘っている理由は、何だ?」
ロウはすっと左脚を引き、三節棍を構え直した。
「『強い父親』になって、家族を安心させるためだ」
「そうか。……かつて、私は師匠から『狼獣人と言う種族は仲間思いで、情に厚い者たちだ』と聴いていた。
まだ修羅然としていたお主と会ったばかりの頃で、私は懐疑的にその話を聴いていた。だが、今ならはっきりと理解し、納得できる。
素晴らしい男になったな、ロウ」
晴奈も両手で刀を構え直す。
雨のせいか、わずかに休みをとったせいか、それともこうまで心に響き渡る会話を交わしたせいなのか――怪我による痛みも熱も、これっぽっちも感じていなかった。
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闘う理由。
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「……おおぅ」
かなり大きな雷鳴が轟き、小鈴は皿を洗う手を止めた。
「おーぉ、今のはでかかったなぁ」
朱海はのんきな様子で、芋の皮を剥いている。
「今日は天気荒れてるわねー」
「だなぁ。晴奈とフォルナ、風邪引かなきゃいいが」
「そーねぇ。帰ってきたら、あったかいご馳走出してやらなきゃね」
「そうだな。……勝ってくるかなぁ、アイツ」
朱海は唇に手をやり、壁掛けに差してある煙草をチラチラと見ている。
「心配?」
「そりゃ、まあ。ずっと応援してたんだしな」
「んふふ、晴奈に聞かせてあげたいわね、今のセリフ」
小鈴はニヤニヤしながら、朱海をからかっていた。
と、急に表情を変え、遠い目をした。
「……?」
「どした、小鈴?」
「何か今、すごい音しなかった?」
「雷鳴か?」
「ううん、そんなんじゃなく、何て言うか、でっかい爆弾が破裂したみたいな音」
「何だそりゃ」
「セイナ……!」
観客席で試合を見守っていたフォルナはブルブルと震えていた。雨の寒さだけではない。晴奈の分が悪く、ロウに圧されているからだ。
「フォルナさん……」
横に並んで観戦していたエランが、震えるフォルナの手を握る。
「あ……、あの、大丈夫ですよ、きっと」
「……そうかしら」
「コウさんなら、きっと勝ちます。だから、信じて観てましょうよ」
フォルナはじっと晴奈の姿を見つめたまま、エランの手をほどき、その上に改めて手を載せた。
「そうですわね。……信じておりますわ」
半壊したリングの残り半分を飛び回るように、晴奈もロウも依然、激しくぶつかり合っている。
晴奈の方は、既に右腕が上がらない。左腕で刀を振るい、ロウの猛攻を跳ね除けていた。
ロウも、見た目よりずっと「炎剣舞」によるダメージを受けていたらしい。爆発で飛んできた瓦礫が左腿に当たったらしく、そこから血が滴っていた。
試合開始から30分が経過した頃、ようやく両者に蓄積されたダメージや疲れが顕在化し始めていた。
「……ッ!」
ロウの動きが止まる。
「は、あ……っ」
晴奈も足を止める。
二人はにらみ合ったまま、動かなくなった。
「……なあ、セイナ」
不意に、ロウが話しかけてきた。
「何だ」
「オレ、お前に会って以来何度か、こんな夢を見ていたんだ」
「夢?」
次第に雨が強くなってくる。激しい雨音のせいでロウの声は切れ切れにしか聞こえないが、それでも何を言っているのか、晴奈にははっきりと分かった。
「川の中で戦ってる夢なんだ。ちょうど今みたいに、オレとセイナがずぶ濡れになって。オレはいつも、『戦うコトが好きだった』と叫んでその夢は終わる」
「……」
ロウの独白を聞き、晴奈の脳裏に去年の思い出が蘇ってくる。
(あの、天神川での戦いか)
ロウが、熱い眼差しを向けて尋ねてくる。
「セイナ。オレは、誰なんだ?」
「何だと?」
「オレの本当の名前、職業、どんなヤツだったか、何でもいい。教えてくれ」
「お主の、ことを、……か」
晴奈はしばし押し黙っていたが――一分か二分ほど経って、やがて口を開いた。
「……お主の真の名はウィルバー・ウィルソン。黒炎教団の僧兵長だった。始終戦いを欲し、戦いに明け暮れ、周囲に当たり散らす、どうしようも無く荒れた奴だった。
歳を経て多少、部下思いになった節はあったが、それでも戦いに取り憑かれた修羅の性分は、……死ぬまで、変わらなかった」
「……」
ロウは複雑な表情で、晴奈の説明を聞いている。その表情は納得したとも、愕然としたとも、しかしその一方で、安心したようにも見えた。
そのどうとも取れない表情を見つめながら、晴奈は続けた。
「が、今のお主はまるで違う。
いつでも家族や友人のことを真摯に思う、義に厚い男になった。本当にお主がウィルバーその人であるのか、長年の付き合いがある私でも確証が持てぬほどに豹変したよ。
その最たる例が、戦いを欲さなくなったことだ。前のままのお主ならば、全力で向かい合っているこの状況で、そんな話をしたりはしない。黙々、闘っていただろう。
こちらからも問う。お主が今、こうして闘っている理由は、何だ?」
ロウはすっと左脚を引き、三節棍を構え直した。
「『強い父親』になって、家族を安心させるためだ」
「そうか。……かつて、私は師匠から『狼獣人と言う種族は仲間思いで、情に厚い者たちだ』と聴いていた。
まだ修羅然としていたお主と会ったばかりの頃で、私は懐疑的にその話を聴いていた。だが、今ならはっきりと理解し、納得できる。
素晴らしい男になったな、ロウ」
晴奈も両手で刀を構え直す。
雨のせいか、わずかに休みをとったせいか、それともこうまで心に響き渡る会話を交わしたせいなのか――怪我による痛みも熱も、これっぽっちも感じていなかった。



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いいシーンであります。不覚にも涙。
もうこうなったら、どっちも、やれるだけやれっ! 倒れるまで見届けてやるからなっ!(^^)
もうこうなったら、どっちも、やれるだけやれっ! 倒れるまで見届けてやるからなっ!(^^)
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二人とも、よく頑張った。