「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第3部
緑綺星・静侍譚 1
シュウの話、第83話。
征服の代償。
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1.
白猫党の内戦に端を発した「長い7世紀」は、央南にとっても長きにわたって暗い影を落とした、不遇の世紀であった。
白猫党の介入と工作により東部3州が離反し、破綻をきたした央南連合は、ふたたび東部を編入し再統一を果たすべく画策したものの、東部側はその要求を頑として聞き入れなかった。それでもなお統一を目論む西部側は黄家をはじめとする西部の有力者たちを後ろ盾にして挙兵し、東部地域へと攻め込んだのである。
資金力でも兵力でも、そして物量においても、あらゆる面で劣る東部にこれを撃退できる力は無く、緒戦はいいように蹴散らされることとなったが、追い詰められた彼らは諸刃の剣とも言える手段に打って出た。本拠地の内紛によりせっかく央南から引き上げた白猫党に、自分たちの方から接触したのである。
白猫党はこの時点で既に南北両党の内戦の末、休戦状態に入っていたが、ふたたび戦闘を再開しようと目論んでいた北側の社会白猫党はこの時、戦費調達に躍起になっており、「自分たちの軍が十分な戦果を挙げられることを証明すれば調達も容易になる」と考え、この戦争に参戦した。
この介入により戦争が東部有利で早期に終結すると予測した楽天家もいたが、結果としてこれは、かえって激化と東部の敗勢を招く一因となった。
社会白猫党にとっては央南の平和など全く眼中になく、むしろこの戦場は、自身が有する兵器の威力を披露する「演習場」でしかない。当然、東部民が求めている以上の活躍を――言い換えれば必要以上の殺戮を西部地域で繰り広げた挙句、よりによって支援相手であるはずの東部でも戦闘を始めてしまったのである。
さらには無責任なことに――とは言え央南にとっては不幸中の幸いと言うべきか――央南の地を散々荒らし回った社会白猫党は本土での戦争が再開された途端、何の補償も謝罪もせずに引き上げてしまい、後には荒廃した土地が残るばかりとなった。
東西どちら側も荒れ果て、もはや戦争どころではなくなったこの状況でいち早く行動を起こしたのは、やはり黄家だった。
彼らはまだ潤沢に残っていた資産を元手に巨大な鉄道網を西部全域に形成し、続いて東部への延伸計画を発表・打診した。当然、東部民にとっては侵略した相手が提示した事業計画であり、何より黄家によって交通・流通が統制されてしまう危険性から、簡単に受け入れようとはしなかったが、事実として鉄道計画の実施・開業後の経済成長は極めて大きなものであったために、荒廃と貧困からの脱却を願う東部は、この計画を認めるしかなかった。
こうして7世紀の終わり頃、黄家は――そして完全に彼らに牛耳られることとなった央南連合は東部の支配に成功し、紅州を除く央南全域を再び領土に収めたのである。
しかしこの栄華と引き換えに、黄家は新たな負債を抱えることとなった。鉄道網形成のために多くの土地を獲得するには、真正面からの交渉や買収だけでは不足であった。そこで黄家は在野の武力組織――いわゆる暴力団の類と接触し、彼らに土地買収の「仲介」を依頼したのである。
その結果、黄家が当初予定していたよりもかなり早くに鉄道計画が進行し、前述の覇権を7世紀中に握ることができたのだが、一方で彼ら暴力団とのつながりは、次第に黄家の障害となっていった。この裏取引で味を占めた彼らが、今度は黄家にたかり始めたのである。もちろん黄家は表面上、体面上は央南連合に働きかけて摘発・鎮圧を行いはしたものの、暴力団側から「これまでの関係を明るみに出す」とおどされては、その矛をまともに向けることはできない。
結局あらゆる試みが功を奏さないまま、双月暦717年の現在に至るまで、黄家は暴力団らを撲滅させることができず、彼らは事実上野放しになっていた。
玄州、中宮市郊外――ここにその暴力団の一つ、篠雲会の幹部である日吉先太郎の私邸があった。
「本日も異常ありませんでした」
「そうか」
仏頂面で部下の報告を聞き終えた日吉は、そこで葉巻をくわえた。
「それで?」
「え……?」
目も合わさず、葉巻の先を眺めながら尋ねた日吉に、部下は表情をこわばらせつつも、何も答えることができない。日吉はぎりっと葉巻の端を噛みちぎり、火を点けて一吸いして、ようやく言葉を続けた。
「『厳戒態勢に入って4日、今日も何も起こらず平和でした』、と。そりゃいい、何よりだ。で、明日の報告は『厳戒態勢に入って5日、何も起こらず平和でした』、ってか?」
日吉は火の付いたままの葉巻を突然、部下の顔に投げつけた。
「あづっ!?」
「てめえはロボットかよ!? 昨日、一昨日と一言一句同じこと言いやがって! 毎日まったく同じルート巡回して同じ場所点検してハイ終わり異常なしって言ってんじゃねえだろうな、あ!?」
「い、いや、それは」
「昨日100点の成績出したんなら、今日は200点出すくれえの根性見せてみろや! 同じこと同じこと毎日ガキの使いみてえにやって、それで俺が満足するわけねえだろうが!」
「す、すみませんでした!」
頭を下げた部下の背に、日吉は怒声を浴びせた。
「いいか、もっぺん言っとくぞ? もう3人殺られてんだ、4人目が俺になる可能性は0じゃねえ。もっと命かけて根堀り葉掘り真剣に探し回れ。でなきゃわざわざカネの成る木のカジノ閉めて、こんな厳戒態勢続けてる意味がねえだろうが!
何がなんでもヒットマン見つけ出してブッ殺せ。分かったな!?」
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征服の代償。
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白猫党の内戦に端を発した「長い7世紀」は、央南にとっても長きにわたって暗い影を落とした、不遇の世紀であった。
白猫党の介入と工作により東部3州が離反し、破綻をきたした央南連合は、ふたたび東部を編入し再統一を果たすべく画策したものの、東部側はその要求を頑として聞き入れなかった。それでもなお統一を目論む西部側は黄家をはじめとする西部の有力者たちを後ろ盾にして挙兵し、東部地域へと攻め込んだのである。
資金力でも兵力でも、そして物量においても、あらゆる面で劣る東部にこれを撃退できる力は無く、緒戦はいいように蹴散らされることとなったが、追い詰められた彼らは諸刃の剣とも言える手段に打って出た。本拠地の内紛によりせっかく央南から引き上げた白猫党に、自分たちの方から接触したのである。
白猫党はこの時点で既に南北両党の内戦の末、休戦状態に入っていたが、ふたたび戦闘を再開しようと目論んでいた北側の社会白猫党はこの時、戦費調達に躍起になっており、「自分たちの軍が十分な戦果を挙げられることを証明すれば調達も容易になる」と考え、この戦争に参戦した。
この介入により戦争が東部有利で早期に終結すると予測した楽天家もいたが、結果としてこれは、かえって激化と東部の敗勢を招く一因となった。
社会白猫党にとっては央南の平和など全く眼中になく、むしろこの戦場は、自身が有する兵器の威力を披露する「演習場」でしかない。当然、東部民が求めている以上の活躍を――言い換えれば必要以上の殺戮を西部地域で繰り広げた挙句、よりによって支援相手であるはずの東部でも戦闘を始めてしまったのである。
さらには無責任なことに――とは言え央南にとっては不幸中の幸いと言うべきか――央南の地を散々荒らし回った社会白猫党は本土での戦争が再開された途端、何の補償も謝罪もせずに引き上げてしまい、後には荒廃した土地が残るばかりとなった。
東西どちら側も荒れ果て、もはや戦争どころではなくなったこの状況でいち早く行動を起こしたのは、やはり黄家だった。
彼らはまだ潤沢に残っていた資産を元手に巨大な鉄道網を西部全域に形成し、続いて東部への延伸計画を発表・打診した。当然、東部民にとっては侵略した相手が提示した事業計画であり、何より黄家によって交通・流通が統制されてしまう危険性から、簡単に受け入れようとはしなかったが、事実として鉄道計画の実施・開業後の経済成長は極めて大きなものであったために、荒廃と貧困からの脱却を願う東部は、この計画を認めるしかなかった。
こうして7世紀の終わり頃、黄家は――そして完全に彼らに牛耳られることとなった央南連合は東部の支配に成功し、紅州を除く央南全域を再び領土に収めたのである。
しかしこの栄華と引き換えに、黄家は新たな負債を抱えることとなった。鉄道網形成のために多くの土地を獲得するには、真正面からの交渉や買収だけでは不足であった。そこで黄家は在野の武力組織――いわゆる暴力団の類と接触し、彼らに土地買収の「仲介」を依頼したのである。
その結果、黄家が当初予定していたよりもかなり早くに鉄道計画が進行し、前述の覇権を7世紀中に握ることができたのだが、一方で彼ら暴力団とのつながりは、次第に黄家の障害となっていった。この裏取引で味を占めた彼らが、今度は黄家にたかり始めたのである。もちろん黄家は表面上、体面上は央南連合に働きかけて摘発・鎮圧を行いはしたものの、暴力団側から「これまでの関係を明るみに出す」とおどされては、その矛をまともに向けることはできない。
結局あらゆる試みが功を奏さないまま、双月暦717年の現在に至るまで、黄家は暴力団らを撲滅させることができず、彼らは事実上野放しになっていた。
玄州、中宮市郊外――ここにその暴力団の一つ、篠雲会の幹部である日吉先太郎の私邸があった。
「本日も異常ありませんでした」
「そうか」
仏頂面で部下の報告を聞き終えた日吉は、そこで葉巻をくわえた。
「それで?」
「え……?」
目も合わさず、葉巻の先を眺めながら尋ねた日吉に、部下は表情をこわばらせつつも、何も答えることができない。日吉はぎりっと葉巻の端を噛みちぎり、火を点けて一吸いして、ようやく言葉を続けた。
「『厳戒態勢に入って4日、今日も何も起こらず平和でした』、と。そりゃいい、何よりだ。で、明日の報告は『厳戒態勢に入って5日、何も起こらず平和でした』、ってか?」
日吉は火の付いたままの葉巻を突然、部下の顔に投げつけた。
「あづっ!?」
「てめえはロボットかよ!? 昨日、一昨日と一言一句同じこと言いやがって! 毎日まったく同じルート巡回して同じ場所点検してハイ終わり異常なしって言ってんじゃねえだろうな、あ!?」
「い、いや、それは」
「昨日100点の成績出したんなら、今日は200点出すくれえの根性見せてみろや! 同じこと同じこと毎日ガキの使いみてえにやって、それで俺が満足するわけねえだろうが!」
「す、すみませんでした!」
頭を下げた部下の背に、日吉は怒声を浴びせた。
「いいか、もっぺん言っとくぞ? もう3人殺られてんだ、4人目が俺になる可能性は0じゃねえ。もっと命かけて根堀り葉掘り真剣に探し回れ。でなきゃわざわざカネの成る木のカジノ閉めて、こんな厳戒態勢続けてる意味がねえだろうが!
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