「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第3部
緑綺星・静侍譚 3
シュウの話、第85話。
謎と答え合わせ。
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3.
部下3人は恐る恐る隣室のドアの前に立ち、1人が壁に張り付きながら、そっとドアノブを回す。静かに空いたドアの隙間から、そっと中を探ろうとしたところで――。
「……っ」
覗き見たその部下がかくんと膝を付き、うつ伏せに倒れた。
「……!?」
残った部下2人はドアを蹴って開け、中に入る。その様子を見ていた日吉が「おい」と怒鳴って制止しようとしたが一瞬遅く、そのままドアの向こうへと行ってしまい――それきり、2人の声は聞こえなくなった。
「……隣の、……おい、誰かいやがるのか?」
日吉は机から拳銃を取り出し、撃鉄を起こして、自らドアのそばへと近付く。
「いるなら……返事しやがれ」
倒れたままの部下をまたいでドアの奥を覗き込んだが、部下たちが重なり合うようにして冷蔵庫の前で倒れているのが見えただけだった。
「誰か分からんが、俺をビビらせようってハラか? だったら失敗だぞ。俺は50年、修羅場潜って生きてきたんだ。今更こんな揺さぶりかけられたところで、誰がビビるかってんだ。おい、ここまで来てしょうもない真似するんじゃねえ。とっとと俺の前に姿見せろや」
とうとう自分から拳銃を構えて部屋の中に入り、冷蔵庫の中、戸棚、部下に使わせている仮眠用ソファの下と、用心深く確かめていく。
「……いねえ……いや、そんなはずがねえ。こいつら4人、いきなり偶然同時に心臓発作起こしたってわけがねえんだ。誰かいて、何かやらなきゃ倒れるはずがねえんだよ」
いるはずの誰かに向けて放っていた言葉が、いつしか一人言めいた、状況を整理・判断する口調に変わっていく。
もし彼が臆病で、かつ、粗暴な性格であったなら、ここで拳銃を乱射するか、あるいは大声で助けを呼んだのだろうが――彼はそのどちらでもなく、肝の据わった、思慮深い人間である。そのため辺り構わず攻撃することよりも、目の前に現れた「謎」を解くことに、いつしか夢中になっていた。
「なんかの……ガスとかだったら、俺も道連れになってるはずだ。そうじゃねえ。一人ずつやられてる。誰かが何かやったのは間違いねえんだ。だが……相手は、どこだ?」
と、日吉の耳がサイレンの合間に、フクロウか何かの声を聞きつける。
「……鳥か? バカな、窓は全部閉め切ってんだ。20ミリの防弾ガラスで、音が漏れるわけがねえ。誰か閉め忘れ、……いや」
日吉の目が部屋の隅の、キッチンシンクの上に備え付けられたレンジフードに向けられる。
「換気扇、……そうか!」
日吉はレンジフードの奥を覗き込み、そこにあるはずのもの――空気を吸い出すためのファンが無いことに気付いた。
「敵はここから忍び込みやがっ……」
50年磨き上げてきた、自分の優秀な頭脳が導き出した答えを口に出しかけたその瞬間――代わりに別のものが、自分の口から飛び出した。
「ごふ……っ!?」
それが何であるのか――それを導き出すまでには、彼の命はあと1秒、2秒ほど足りなかった。
日吉の背から刀を引き抜き、海斗はふう、とため息をつく。
「50代くらいの短耳男性、身長180センチくらい、高そうなスーツ、角刈りにサングラス。顔も――血まみれになっちゃったけど――多分間違いないかな」
海斗は耳に付けていたインカムで、七瀬へ連絡を取った。
「もしもし、七瀬さん。終わったよ」
《おつかれ。何分で戻れそう?》
「ターゲットのとこに行くのに20分くらいかかったけど、帰りは普通に廊下通れるだろうから、10分くらいかな」
《分かった。準備しとくわね》
「うん」
電話を切り、変装に使った護衛の黒いジャケットで刀の血を拭って、海斗はそのまま部屋から出て行った。
七瀬・海斗親子は事前に日吉邸の見取り図から、多数の客を招くことを前提とした――人が中を通れるサイズの――業務用ダクトが邸内全体に張り巡らされていることを把握していた。
海斗はまず、外につながるダクトから侵入し、別邸のトイレに現れた。そこで小規模な騒ぎを起こし、過敏になっている日吉を刺激。敵が別邸に潜んでいると錯覚させ、彼の部下たちを動かさせた。ほとんどの部下が別邸に移ったことをダクト内から確認した海斗は、そのまま本邸・日吉の部屋まで向かった。
日吉の部屋の隣が部下の休憩室であることも当然把握しており、残った部下も休憩室に誘導して、一人ずつ片付けた。最後に残った日吉が自ら動かざるを得ない状況に持ち込むと同時に、海斗は最初に眠らせた部下から黒ジャケットを奪ってダクトに放り込み、彼に変装。部屋に横たわって日吉が休憩室に入って来るのを待ち――「謎」の解答を確認するため、レンジフードを覗き込んだ日吉を、悠然と背後から刺したのである。
別邸の捜索が空振りに終わり、すっかりくたびれた顔で戻って来た部下たちが、変わり果てた日吉の姿を目にしたのは、海斗が脱出してから1時間以上も後のことだった。
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謎と答え合わせ。
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3.
部下3人は恐る恐る隣室のドアの前に立ち、1人が壁に張り付きながら、そっとドアノブを回す。静かに空いたドアの隙間から、そっと中を探ろうとしたところで――。
「……っ」
覗き見たその部下がかくんと膝を付き、うつ伏せに倒れた。
「……!?」
残った部下2人はドアを蹴って開け、中に入る。その様子を見ていた日吉が「おい」と怒鳴って制止しようとしたが一瞬遅く、そのままドアの向こうへと行ってしまい――それきり、2人の声は聞こえなくなった。
「……隣の、……おい、誰かいやがるのか?」
日吉は机から拳銃を取り出し、撃鉄を起こして、自らドアのそばへと近付く。
「いるなら……返事しやがれ」
倒れたままの部下をまたいでドアの奥を覗き込んだが、部下たちが重なり合うようにして冷蔵庫の前で倒れているのが見えただけだった。
「誰か分からんが、俺をビビらせようってハラか? だったら失敗だぞ。俺は50年、修羅場潜って生きてきたんだ。今更こんな揺さぶりかけられたところで、誰がビビるかってんだ。おい、ここまで来てしょうもない真似するんじゃねえ。とっとと俺の前に姿見せろや」
とうとう自分から拳銃を構えて部屋の中に入り、冷蔵庫の中、戸棚、部下に使わせている仮眠用ソファの下と、用心深く確かめていく。
「……いねえ……いや、そんなはずがねえ。こいつら4人、いきなり偶然同時に心臓発作起こしたってわけがねえんだ。誰かいて、何かやらなきゃ倒れるはずがねえんだよ」
いるはずの誰かに向けて放っていた言葉が、いつしか一人言めいた、状況を整理・判断する口調に変わっていく。
もし彼が臆病で、かつ、粗暴な性格であったなら、ここで拳銃を乱射するか、あるいは大声で助けを呼んだのだろうが――彼はそのどちらでもなく、肝の据わった、思慮深い人間である。そのため辺り構わず攻撃することよりも、目の前に現れた「謎」を解くことに、いつしか夢中になっていた。
「なんかの……ガスとかだったら、俺も道連れになってるはずだ。そうじゃねえ。一人ずつやられてる。誰かが何かやったのは間違いねえんだ。だが……相手は、どこだ?」
と、日吉の耳がサイレンの合間に、フクロウか何かの声を聞きつける。
「……鳥か? バカな、窓は全部閉め切ってんだ。20ミリの防弾ガラスで、音が漏れるわけがねえ。誰か閉め忘れ、……いや」
日吉の目が部屋の隅の、キッチンシンクの上に備え付けられたレンジフードに向けられる。
「換気扇、……そうか!」
日吉はレンジフードの奥を覗き込み、そこにあるはずのもの――空気を吸い出すためのファンが無いことに気付いた。
「敵はここから忍び込みやがっ……」
50年磨き上げてきた、自分の優秀な頭脳が導き出した答えを口に出しかけたその瞬間――代わりに別のものが、自分の口から飛び出した。
「ごふ……っ!?」
それが何であるのか――それを導き出すまでには、彼の命はあと1秒、2秒ほど足りなかった。
日吉の背から刀を引き抜き、海斗はふう、とため息をつく。
「50代くらいの短耳男性、身長180センチくらい、高そうなスーツ、角刈りにサングラス。顔も――血まみれになっちゃったけど――多分間違いないかな」
海斗は耳に付けていたインカムで、七瀬へ連絡を取った。
「もしもし、七瀬さん。終わったよ」
《おつかれ。何分で戻れそう?》
「ターゲットのとこに行くのに20分くらいかかったけど、帰りは普通に廊下通れるだろうから、10分くらいかな」
《分かった。準備しとくわね》
「うん」
電話を切り、変装に使った護衛の黒いジャケットで刀の血を拭って、海斗はそのまま部屋から出て行った。
七瀬・海斗親子は事前に日吉邸の見取り図から、多数の客を招くことを前提とした――人が中を通れるサイズの――業務用ダクトが邸内全体に張り巡らされていることを把握していた。
海斗はまず、外につながるダクトから侵入し、別邸のトイレに現れた。そこで小規模な騒ぎを起こし、過敏になっている日吉を刺激。敵が別邸に潜んでいると錯覚させ、彼の部下たちを動かさせた。ほとんどの部下が別邸に移ったことをダクト内から確認した海斗は、そのまま本邸・日吉の部屋まで向かった。
日吉の部屋の隣が部下の休憩室であることも当然把握しており、残った部下も休憩室に誘導して、一人ずつ片付けた。最後に残った日吉が自ら動かざるを得ない状況に持ち込むと同時に、海斗は最初に眠らせた部下から黒ジャケットを奪ってダクトに放り込み、彼に変装。部屋に横たわって日吉が休憩室に入って来るのを待ち――「謎」の解答を確認するため、レンジフードを覗き込んだ日吉を、悠然と背後から刺したのである。
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