「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第3部
緑綺星・静侍譚 4
シュウの話、第86話。
朝焼けの中のドライブ。
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4.
海斗が七瀬の待つ車に乗り込む頃には、既に東の空がほんのりと明るくなり始めていた。
「お腹空いたね」
車が動き出し、日吉邸がバックミラーから消えた頃になって、海斗がぼそっとつぶやく。
「夜中じゅう働き詰めみたいなもんだしね。おつかれ」
「ありがとう、七瀬さん。……コンビニ寄る?」
「ダメだっての」
ハンドルを握りしめたまま、七瀬は肩をすくめて返す。
「ついさっき『仕事』したばっかなんだから、この辺りのカメラやら速度違反センサーやら、引っかからないようにしなきゃなんないでしょ」
「あ、そうだった」
「『あ』、じゃないでしょ。アンタ張本人じゃんよ、まったく……。多分お腹空いてるだろうと思って、おにぎり作ってあるから。ソコのバッグの中。ソレ食べてて」
「うん」
バッグから包みを取り出し、海斗は嬉しそうに笑みを浮かべている。それを横目で見ながら、七瀬は苦笑した。
「アンタ、ホントにあたしのおにぎり好きよね」
「だって美味しいもん」
「そりゃどーも。いっこ開けてくれる?」
「うん」
「ありがと」
片手でハンドルを握りつつ、七瀬もおにぎりを手に取り、ぱくりとほおばる。同時に海斗も口に入れ、二人で笑顔を浮かべた。
「んー……我ながら美味くできたわ」
「うん。美味しい」
「仕事終わりにこーやってクルマ乗りながら食べんのが、あたし大好きなのよね」
「僕も」
おにぎりを片手に取り留めのない話をする二人の姿は、到底血なまぐさい仕事を終えたばかりとは思えない、微笑ましい母子そのものだった。
と――車が高速道路に入り、しばらくしたところで、七瀬が「ん?」とうなった。
「後ろのクルマ……さっきからずーっと跡つけて来てない?」
「え?」
「日吉邸出た時にはいなかった、……はずだけど」
「気のせい、……じゃないよね。ずっと同じ距離取ってるみたいだし」
と、追越車線からトレーラーが猛然と飛び出し、二人の前に割り込んで来る。
「何よコイツ、あっぶないわね!?」
「七瀬さん! 後ろのクルマ! 寄って来てる!」
「……!」
尾行していた車も、段々と距離を詰めてくる。やがて前後を囲まれ、七瀬はブレーキを踏むことも、アクセルを抜くこともできなくなった。
「な、何なのよ……!?」
完全に動きを封じられたところで――トレーラー背面のコンテナが開き、七瀬たちの車の前にリフトが降りてくる。
「乗れってコト?」
「……だよね」
促すように、トレーラーはじわじわと速度を落としてくる。七瀬は仕方なくアクセルを踏み込み、コンテナの中に乗り込む。
「……っと、……停まったわね」
コンテナの床にはローラーが敷かれていたらしく、乗り込んだところで車がぴたりと静止する。と同時にコンテナの中が明るくなり、奥に立っていた長耳のスーツ姿の若い男が、手を振って会釈した。
「はじめまして、ナナセ・タチバナさん、そして……息子さんでいいでしょうか? それとも『サイレンス・サムライ』とお呼びした方がいいですか?」
「誰よ、アンタ?」
車の窓を開け、七瀬が問い返すが、相手はにこにこ笑うばかりで応じる素振りが無い。仕方なく、七瀬は相手の問いに答えた。
「そうよ、あたしが橘七瀬で、横のが息子の海斗。その通り名はクッソダサくてめちゃくちゃハラ立つから、二度と言わないでちょうだい」
「それは失礼しました」
男はぺこっと頭を下げつつ、懐から一通の封筒を取り出した。
「あなた方にご依頼したい件があり、こうして接触させていただきました。無論、あなた方お二人に危害を加えるつもりは一切ございません。もし我々の依頼を断られても、『お二人には』このまま無事にお帰りいただけるよう、しっかり手配させていただきます」
「……っ」
男の言葉から、七瀬は実の娘、美園が取引の材料にされていることを悟った。
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4.
海斗が七瀬の待つ車に乗り込む頃には、既に東の空がほんのりと明るくなり始めていた。
「お腹空いたね」
車が動き出し、日吉邸がバックミラーから消えた頃になって、海斗がぼそっとつぶやく。
「夜中じゅう働き詰めみたいなもんだしね。おつかれ」
「ありがとう、七瀬さん。……コンビニ寄る?」
「ダメだっての」
ハンドルを握りしめたまま、七瀬は肩をすくめて返す。
「ついさっき『仕事』したばっかなんだから、この辺りのカメラやら速度違反センサーやら、引っかからないようにしなきゃなんないでしょ」
「あ、そうだった」
「『あ』、じゃないでしょ。アンタ張本人じゃんよ、まったく……。多分お腹空いてるだろうと思って、おにぎり作ってあるから。ソコのバッグの中。ソレ食べてて」
「うん」
バッグから包みを取り出し、海斗は嬉しそうに笑みを浮かべている。それを横目で見ながら、七瀬は苦笑した。
「アンタ、ホントにあたしのおにぎり好きよね」
「だって美味しいもん」
「そりゃどーも。いっこ開けてくれる?」
「うん」
「ありがと」
片手でハンドルを握りつつ、七瀬もおにぎりを手に取り、ぱくりとほおばる。同時に海斗も口に入れ、二人で笑顔を浮かべた。
「んー……我ながら美味くできたわ」
「うん。美味しい」
「仕事終わりにこーやってクルマ乗りながら食べんのが、あたし大好きなのよね」
「僕も」
おにぎりを片手に取り留めのない話をする二人の姿は、到底血なまぐさい仕事を終えたばかりとは思えない、微笑ましい母子そのものだった。
と――車が高速道路に入り、しばらくしたところで、七瀬が「ん?」とうなった。
「後ろのクルマ……さっきからずーっと跡つけて来てない?」
「え?」
「日吉邸出た時にはいなかった、……はずだけど」
「気のせい、……じゃないよね。ずっと同じ距離取ってるみたいだし」
と、追越車線からトレーラーが猛然と飛び出し、二人の前に割り込んで来る。
「何よコイツ、あっぶないわね!?」
「七瀬さん! 後ろのクルマ! 寄って来てる!」
「……!」
尾行していた車も、段々と距離を詰めてくる。やがて前後を囲まれ、七瀬はブレーキを踏むことも、アクセルを抜くこともできなくなった。
「な、何なのよ……!?」
完全に動きを封じられたところで――トレーラー背面のコンテナが開き、七瀬たちの車の前にリフトが降りてくる。
「乗れってコト?」
「……だよね」
促すように、トレーラーはじわじわと速度を落としてくる。七瀬は仕方なくアクセルを踏み込み、コンテナの中に乗り込む。
「……っと、……停まったわね」
コンテナの床にはローラーが敷かれていたらしく、乗り込んだところで車がぴたりと静止する。と同時にコンテナの中が明るくなり、奥に立っていた長耳のスーツ姿の若い男が、手を振って会釈した。
「はじめまして、ナナセ・タチバナさん、そして……息子さんでいいでしょうか? それとも『サイレンス・サムライ』とお呼びした方がいいですか?」
「誰よ、アンタ?」
車の窓を開け、七瀬が問い返すが、相手はにこにこ笑うばかりで応じる素振りが無い。仕方なく、七瀬は相手の問いに答えた。
「そうよ、あたしが橘七瀬で、横のが息子の海斗。その通り名はクッソダサくてめちゃくちゃハラ立つから、二度と言わないでちょうだい」
「それは失礼しました」
男はぺこっと頭を下げつつ、懐から一通の封筒を取り出した。
「あなた方にご依頼したい件があり、こうして接触させていただきました。無論、あなた方お二人に危害を加えるつもりは一切ございません。もし我々の依頼を断られても、『お二人には』このまま無事にお帰りいただけるよう、しっかり手配させていただきます」
「……っ」
男の言葉から、七瀬は実の娘、美園が取引の材料にされていることを悟った。
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