「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第3部
緑綺星・静侍譚 5
シュウの話、第87話。
不気味な依頼人。
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5.
「あたしたちのコト、いつからつけてたのかしら?」
娘のことを口にしないまま――言えばそれを逆手に取られ、交渉が不利になる危険もあったため――七瀬は相手の素性を探る。
「少なくとも昨夜まで取り掛かっておられた仕事を請ける前から、とだけ」
「どうしてあたし、……いえ、海斗に依頼を?」
「依頼内容に関わることですので、現段階ではまだ申し上げられません」
「報酬は? 無事に帰してやるってだけ?」
「無論、お支払いいたします。こちらの貨幣で600万玄。前払い、後払いで半分ずつです」
「『こちら』の? 発音も微妙に違うし、アンタ央南人じゃないわね? アンタの所属もそうなのかしら?」
「詳しくは申し上げられませんが、そうです。私は央北の人間です」
「報酬がずいぶん破格だけど、相手はかなりの重要人物なのかしら?」
「ええ、我々にとっては」
答えはいずれも要領を得ないものばかりであり、七瀬は仕方なく、少しだけ歩み寄った。
「報酬が出るって言うなら請けない理由はないわ。でも何の情報もナシに『いきなりコイツを殺れ』なんてのは無茶な話だって、アンタも勿論分かってるわよね?」
「もちろんです」
男はにこっと笑みを浮かべ、封筒から一枚の写真を取り出した。
「標的はこの短耳男性、地質学者のタダシ・オーノ博士です。現在は焔紅王国の王立農林水産技術研究所に勤めています。
彼が現在調査している件が世間に広く知れ渡ると、我々にとっては非常に不利益を被ることになります。しかし単に殺しては、我々の関与が疑われてしまう可能性もある。ですので彼が狙われたと言うこと自体、誰にもそう思わせない形で処理願いたいんです」
「だからウチに依頼したってワケね」
七瀬はチラ、と海斗の足元に置かれた刀に目をやる。
「焔紅王国は今でも刀剣類を主体とした国防・警察組織が残ってる、クラシカルな国だもんね。刀で殺されたなら、疑われるのはそっち方面。嫌疑を徹底的にアンタたちから離しておきたいってコトね」
「仰る通りです。かと言って王国内で依頼すれば、国外の人間が接触してきた線から、我々に行き着く可能性もある。そこで王国外のあなた方に依頼し、あなた方に入国してもらうと言うわけです」
「なるほどね」
七瀬は男から、コンテナ内に目線を移す。
「その話だと、あたしたちをこのまま王国に送ってってくれるってワケじゃないわよね。ドコかで下ろしてもらえるのかしら?」
「ええ。現在このトレーラーは黄州方面に移動しており、焔紅王国に入ったところであなた方を下ろします。お二人にはそのまま、現場へ」
「このまま、すぐ? 困るんだけど」
七瀬は男に目線を戻し、こう返す。
「あたしたちの身辺調査してるんだったら、娘がいることも知ってるわよね?」
「ええ」
「今日には帰るつもりって伝えてたし、あんまりおカネ渡してないのよ。連絡と振込だけさせてもらえないかしら?」
「重々承知しています。どちらも手配しておきました」
「……っ」
相手の言葉に、七瀬は一瞬言葉を詰まらせる。
(この野郎……ッ! 美園の連絡先だの口座だのなんだの知らないってヤツのセリフじゃない! 全部把握、掌握してるヤツが言うセリフじゃん! つまり美園本人にもう接触し、そして……)
どうにか平静を装い、七瀬はこわばりかけた口から言葉を絞り出す。
「……そ、ありがと。じゃ、ついでに朝ごはんもうんとごちそうしてあげて。あの娘はあたし似でご飯いっぱい食べるから」
「ええ、手配しておきます」
「ソレからね」
七瀬と、そして――黙ってはいたが、二人のやりとりで状況を察していたのだろう――海斗も、同時に男をにらみつけた。
「もし美園に何かやりやがったら、アンタの命で落とし前付けてもらうわよ」
「……ええ、承知しています」
男は薄く笑みを浮かべつつ、深々と頭を下げた。
「それではお二人が行動を開始してから一週間以内、つまり目を覚ましてから168時間以内に依頼を遂行していただくよう、よろしくお願いいたします」
頭を上げたところで、男がいつの間にかガスマスクを被っていることに気付く。
「……!」
急いで窓を閉めようとしたが、それよりもっと早く、コンテナ内にガスが充満する。七瀬の意識は、そこでぷつりと途切れた。
緑綺星・静侍譚 終
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不気味な依頼人。
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「あたしたちのコト、いつからつけてたのかしら?」
娘のことを口にしないまま――言えばそれを逆手に取られ、交渉が不利になる危険もあったため――七瀬は相手の素性を探る。
「少なくとも昨夜まで取り掛かっておられた仕事を請ける前から、とだけ」
「どうしてあたし、……いえ、海斗に依頼を?」
「依頼内容に関わることですので、現段階ではまだ申し上げられません」
「報酬は? 無事に帰してやるってだけ?」
「無論、お支払いいたします。こちらの貨幣で600万玄。前払い、後払いで半分ずつです」
「『こちら』の? 発音も微妙に違うし、アンタ央南人じゃないわね? アンタの所属もそうなのかしら?」
「詳しくは申し上げられませんが、そうです。私は央北の人間です」
「報酬がずいぶん破格だけど、相手はかなりの重要人物なのかしら?」
「ええ、我々にとっては」
答えはいずれも要領を得ないものばかりであり、七瀬は仕方なく、少しだけ歩み寄った。
「報酬が出るって言うなら請けない理由はないわ。でも何の情報もナシに『いきなりコイツを殺れ』なんてのは無茶な話だって、アンタも勿論分かってるわよね?」
「もちろんです」
男はにこっと笑みを浮かべ、封筒から一枚の写真を取り出した。
「標的はこの短耳男性、地質学者のタダシ・オーノ博士です。現在は焔紅王国の王立農林水産技術研究所に勤めています。
彼が現在調査している件が世間に広く知れ渡ると、我々にとっては非常に不利益を被ることになります。しかし単に殺しては、我々の関与が疑われてしまう可能性もある。ですので彼が狙われたと言うこと自体、誰にもそう思わせない形で処理願いたいんです」
「だからウチに依頼したってワケね」
七瀬はチラ、と海斗の足元に置かれた刀に目をやる。
「焔紅王国は今でも刀剣類を主体とした国防・警察組織が残ってる、クラシカルな国だもんね。刀で殺されたなら、疑われるのはそっち方面。嫌疑を徹底的にアンタたちから離しておきたいってコトね」
「仰る通りです。かと言って王国内で依頼すれば、国外の人間が接触してきた線から、我々に行き着く可能性もある。そこで王国外のあなた方に依頼し、あなた方に入国してもらうと言うわけです」
「なるほどね」
七瀬は男から、コンテナ内に目線を移す。
「その話だと、あたしたちをこのまま王国に送ってってくれるってワケじゃないわよね。ドコかで下ろしてもらえるのかしら?」
「ええ。現在このトレーラーは黄州方面に移動しており、焔紅王国に入ったところであなた方を下ろします。お二人にはそのまま、現場へ」
「このまま、すぐ? 困るんだけど」
七瀬は男に目線を戻し、こう返す。
「あたしたちの身辺調査してるんだったら、娘がいることも知ってるわよね?」
「ええ」
「今日には帰るつもりって伝えてたし、あんまりおカネ渡してないのよ。連絡と振込だけさせてもらえないかしら?」
「重々承知しています。どちらも手配しておきました」
「……っ」
相手の言葉に、七瀬は一瞬言葉を詰まらせる。
(この野郎……ッ! 美園の連絡先だの口座だのなんだの知らないってヤツのセリフじゃない! 全部把握、掌握してるヤツが言うセリフじゃん! つまり美園本人にもう接触し、そして……)
どうにか平静を装い、七瀬はこわばりかけた口から言葉を絞り出す。
「……そ、ありがと。じゃ、ついでに朝ごはんもうんとごちそうしてあげて。あの娘はあたし似でご飯いっぱい食べるから」
「ええ、手配しておきます」
「ソレからね」
七瀬と、そして――黙ってはいたが、二人のやりとりで状況を察していたのだろう――海斗も、同時に男をにらみつけた。
「もし美園に何かやりやがったら、アンタの命で落とし前付けてもらうわよ」
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