「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第3部
緑綺星・闇討譚 2
シュウの話、第89話。
対岸の戦争がもたらしたもの。
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2.
激動の7世紀中、焔紅王国は幸運にも、それらの世界的騒乱には一切巻き込まれずに過ごすことができていた。
6世紀中葉に独立した後、王国は初代女王が央南連合と裏取引を交わしたことで、事実上の属国となっていた。それが皮肉にも功を奏し、この時代には、連合からは再併合の動きが起こらなかった。
後に焔桜雪が起こしたクーデターにより王位が彼女に移った後、この新たな女王は裏取引を完全撤廃すると共に、その詳細を世界に公表した。これが当時、「旧来からの政治腐敗を一掃する」と息巻いていた白猫党に侵略の口実を与えることとなり、連合は白猫党の猛攻に苦しめられることになった。当然、この戦争中に連合が王国に干渉できるような余裕はなく、白猫党が引き上げて以降も、連合にとっての最優先事項が東西再統一に変わったことで、7世紀に入ってからも王国への侵攻は、一度として実現に至らなかった。
その内に時代が移り変わり、央南連合が黄家主導による東西再統一を果たした頃には、もはや焔紅王国が連合の一部であった歴史を実体験で知る者はほとんどいなくなっており、この期に及んで併合に固執し、大真面目に侵攻を唱えるような者もまた、連合の幹部陣内には残っていなかった。
一方の王国は、一見古風で旧態依然とした絶対王政が続けられていたが、常に連合に対する危機意識があったこと、二代目女王以降は内政重視の政策が続けられていたことが結束力を強くし、結果として、長期に渡って安定した政治運営につながった。その連合からも前述の通り干渉されることは無く、内外どちらにおいても敵が発生しなかった王国は、その富・経済力のほとんどを、軍事・国防ではなく公共事業と教育に充てることができた。
これにより王国は数十年に渡る超長期の経済成長を果たし、8世紀の現在では、一人当たりGDPが連合を大きく上回るほどの、世界有数の豊かな国に変貌していた。
とは言え奇跡の経済成長も、数十年を過ぎれば流石に勢いが落ち、停滞・後退期を迎える。現在の王国は好況の喧騒もすっかり鳴りを潜め、不景気の波が押し寄せ始めていた。
「あれっ」
いつも買っていたビール6缶セットが1灯銭以上も値上がりしていたことに気付き、大野博士は冷蔵棚に延ばしかけていた手を引っ込めた。
「……いい機会だし、お酒やめよっかな。惰性で飲んでるだけだし」
そんなことをつぶやきつつも、結局彼は、買い物かごの中にビールを入れる。
「次値上がりしたら、今度こそやめとこ……」
ぶつぶつと一人言をつぶやきながら、彼は来週一週間分の買い物を済ませ、帰路につく。
「……不景気、不景気かぁ。なんか良く分かんないけど給料も減るみたいだし、予算も減るみたいだし、……困っちゃうなぁ。今年中にもう一回くらい難民特区に行きたかったけど、おカネ出してもらえるかなぁ……うーん」
大野博士はぽつぽつとまばらに電灯が立つ暗い道を、とぼとぼと歩く。
「ふう、ふう……やっぱりお酒だよなぁ……飲んでるから太るわけで……太るから歩かなきゃいけないわけで……歩くと疲れるわけで……理屈じゃやめるのが正解なわけで……」
そのうちに、視界の端に人気のない公園が入って来る。
「……でも、なんでかやめらんないわけで」
大野博士は公園に入り、座れそうな場所を探す。
「あれ……ベンチ無いな? いつもならここら辺に……あ、あったあった」
ベンチに腰掛けると同時にスーパーのビニール袋からビールを取り出し、ごくごくと喉を鳴らして飲み始めた。
「んぐっ、んぐっ、ぐっ、……ぷはーっ! あーっ……たまんないなぁ、もぉ!」
瞬く間にビール1本を飲み干し、大野博士はベンチにもたれかかり――かけたが、のけぞった顔にぽた、と水滴が落ち、「あっ」と声を上げて立ち上がった。
「雨!? うわっ、早く帰んなきゃ……」
慌てて振り返った、その瞬間――。
「……えっ」
一瞬前まで自分が座っていたベンチからギラリと光る刃が生えているのを目にして、大野博士はビール缶を放り投げた。
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対岸の戦争がもたらしたもの。
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激動の7世紀中、焔紅王国は幸運にも、それらの世界的騒乱には一切巻き込まれずに過ごすことができていた。
6世紀中葉に独立した後、王国は初代女王が央南連合と裏取引を交わしたことで、事実上の属国となっていた。それが皮肉にも功を奏し、この時代には、連合からは再併合の動きが起こらなかった。
後に焔桜雪が起こしたクーデターにより王位が彼女に移った後、この新たな女王は裏取引を完全撤廃すると共に、その詳細を世界に公表した。これが当時、「旧来からの政治腐敗を一掃する」と息巻いていた白猫党に侵略の口実を与えることとなり、連合は白猫党の猛攻に苦しめられることになった。当然、この戦争中に連合が王国に干渉できるような余裕はなく、白猫党が引き上げて以降も、連合にとっての最優先事項が東西再統一に変わったことで、7世紀に入ってからも王国への侵攻は、一度として実現に至らなかった。
その内に時代が移り変わり、央南連合が黄家主導による東西再統一を果たした頃には、もはや焔紅王国が連合の一部であった歴史を実体験で知る者はほとんどいなくなっており、この期に及んで併合に固執し、大真面目に侵攻を唱えるような者もまた、連合の幹部陣内には残っていなかった。
一方の王国は、一見古風で旧態依然とした絶対王政が続けられていたが、常に連合に対する危機意識があったこと、二代目女王以降は内政重視の政策が続けられていたことが結束力を強くし、結果として、長期に渡って安定した政治運営につながった。その連合からも前述の通り干渉されることは無く、内外どちらにおいても敵が発生しなかった王国は、その富・経済力のほとんどを、軍事・国防ではなく公共事業と教育に充てることができた。
これにより王国は数十年に渡る超長期の経済成長を果たし、8世紀の現在では、一人当たりGDPが連合を大きく上回るほどの、世界有数の豊かな国に変貌していた。
とは言え奇跡の経済成長も、数十年を過ぎれば流石に勢いが落ち、停滞・後退期を迎える。現在の王国は好況の喧騒もすっかり鳴りを潜め、不景気の波が押し寄せ始めていた。
「あれっ」
いつも買っていたビール6缶セットが1灯銭以上も値上がりしていたことに気付き、大野博士は冷蔵棚に延ばしかけていた手を引っ込めた。
「……いい機会だし、お酒やめよっかな。惰性で飲んでるだけだし」
そんなことをつぶやきつつも、結局彼は、買い物かごの中にビールを入れる。
「次値上がりしたら、今度こそやめとこ……」
ぶつぶつと一人言をつぶやきながら、彼は来週一週間分の買い物を済ませ、帰路につく。
「……不景気、不景気かぁ。なんか良く分かんないけど給料も減るみたいだし、予算も減るみたいだし、……困っちゃうなぁ。今年中にもう一回くらい難民特区に行きたかったけど、おカネ出してもらえるかなぁ……うーん」
大野博士はぽつぽつとまばらに電灯が立つ暗い道を、とぼとぼと歩く。
「ふう、ふう……やっぱりお酒だよなぁ……飲んでるから太るわけで……太るから歩かなきゃいけないわけで……歩くと疲れるわけで……理屈じゃやめるのが正解なわけで……」
そのうちに、視界の端に人気のない公園が入って来る。
「……でも、なんでかやめらんないわけで」
大野博士は公園に入り、座れそうな場所を探す。
「あれ……ベンチ無いな? いつもならここら辺に……あ、あったあった」
ベンチに腰掛けると同時にスーパーのビニール袋からビールを取り出し、ごくごくと喉を鳴らして飲み始めた。
「んぐっ、んぐっ、ぐっ、……ぷはーっ! あーっ……たまんないなぁ、もぉ!」
瞬く間にビール1本を飲み干し、大野博士はベンチにもたれかかり――かけたが、のけぞった顔にぽた、と水滴が落ち、「あっ」と声を上げて立ち上がった。
「雨!? うわっ、早く帰んなきゃ……」
慌てて振り返った、その瞬間――。
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