「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第3部
緑綺星・闇討譚 3
シュウの話、第90話。
夜と雨にまぎれて。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
「ひゃっ、ひゃああああっ!?」
腰を抜かし、その場にへたり込んだ大野博士をベンチ越しに確認し、海斗は舌打ちした。
(まさかあんなタイミングよく立ち上がるなんて……でも、もう逃げられないよ)
海斗は刀をベンチから引き抜き、続いてそのベンチを乗り越え、大野博士に肉薄する。
(1ヶ月の行動パターンから、あんたがこの公園のベンチで必ずビールを飲むことは分かってた。だからベンチの位置を公園の真ん中にずらして、あんたがどんなに悲鳴を上げても、誰も気付かない状況を作った。もちろん、スマホの電波も届かないようにしてある)
顔を真っ青にし、ガタガタと震える大野博士に近寄り、海斗は刀を振り上げ、頭に狙いを定める。
(美園のためだ――死んでもらうよッ!)
そして一切の迷いなく振り下ろした――が、その刃が、途中で何かに止められた。
「……っ!?」
「やらせないぞ」
一瞬の内に大野博士と自分の前に割って入ったらしい、その黒ずくめの狼獣人の女は、金属製のロッド越しに海斗をにらみつけた。
「……っ!?」
思いもよらない事態に海斗は動揺しかけたが、どうにか心を鎮め、瞬時に間合いを取る。
(何だ……誰だこいつ? でも……邪魔するなら一緒に死んでもらうまでだ!)
刀を脇に構え直し、海斗は一足飛びに距離を詰め、狼獣人に斬りかかる。
「ふ……ッ!」
暗殺者の習性故か、海斗は声をほとんど発さず、予備動作も全く見せずに、無拍子で狼獣人の頭に刀を振り下ろす。ところが――。
「……!?」
相手に何の情報も与えず打ち込んだはずの一閃を、狼獣人は事もなげにロッドで受け、さらりと受け流す。
(あ……まずい)
受けた体勢から体を横に半回転し、狼獣人は蹴りを海斗の頭に向かって放つ。海斗もどうにか体を捻ってクリーンヒットは避けたが、あごにかつん、と衝撃を感じる。
「……うっ……ぐ……」
途端に視界がぶれ、海斗はその場に膝を着きかける。
(……っ……ダメだ……気を失うな……戻せっ……)
無理矢理に足に力を入れ、同時に千切れんばかりの勢いで舌を噛む。
「ぅううう……ッ」
頭の中が焼け焦げるかと錯覚するほどの痛みが口の中を駆け巡るが、続いてどくん、と海斗の心臓が跳ね、意識がどうにか戻って来る。
「やるな」
と、相手が構えたまま、海斗に声をかけてくる。
「強い刺激による脳内物質の分泌、それを条件反射で習慣付けているわけか。博士を狙った際の手際の良さと言い、暗殺者としてはなかなかの手練のようだな」
「……」
応じる代わりに、海斗は口に溜まった血をべっと吐き出し、刀を再度構え直す。
「まだやる気か? あきらめて帰れば、深追いはしないぞ」
「……」
海斗は依然として一言も発さず――刀に炎を轟々と灯して、もう一度狼獣人に斬りかかった。
「は……ッ!」
降りしきる雨が一瞬乾くほどの熱気を噴き上げ、海斗の刀が狼獣人の頭に振り下ろされる。
「お前の弱点は」
が、狼獣人は刀が届こうかと言うその直前、持っていたロッドを海斗の左手首に向かって投げつけた。直後にぱきっと乾いた音が海斗の長い耳に届き、左手の握力が無くなる。
「……!」
大振りに下ろした刀が、海斗の手からすっぽ抜ける。完全に攻撃・防御の手段を失った海斗の眼前に、狼獣人が迫り――。
「暗殺者であるが故に、攻撃が常に一撃必殺の急所狙いであることだ。攻撃が単調過ぎる」
めきっ、と音を立て、海斗の右胸に狼獣人の肘がめり込む。今度の痛みには耐え切れず、海斗は完全に気を失った。
海斗の状況をモニタリングしていた七瀬は、彼の様子を伝えるPC画面に「行動不能」と表示されたその瞬間、息を呑んだ。
「……!? 故障、……よね? 海斗、今大丈夫? ……海斗? 海斗、返事してちょうだい。海斗! ねえ! 海斗!?」
インカムで名前を呼ぶが、海斗からの反応は無い。と、ドアの窓をコンコンと申し訳無さそうに叩きながら、傘を差した猫獣人が声をかけてくる。
「あのー……ちょっといいですか?」
七瀬はインカムを外し、窓をわずかに開けて、怒鳴り気味に「今取り込み中!」と答える。
「ごめんなさい、その取り込み中の用事で声掛けたんです」
「は?」
「僕の仲間がですね、今、あなたの仲間を拘束したんで、付いてきてほしいなーって」
「……あんたら、何者?」
尋ねた七瀬に、猫獣人は恥ずかしそうに答えた。
「正義の味方みたいなもんです」
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「ひゃっ、ひゃああああっ!?」
腰を抜かし、その場にへたり込んだ大野博士をベンチ越しに確認し、海斗は舌打ちした。
(まさかあんなタイミングよく立ち上がるなんて……でも、もう逃げられないよ)
海斗は刀をベンチから引き抜き、続いてそのベンチを乗り越え、大野博士に肉薄する。
(1ヶ月の行動パターンから、あんたがこの公園のベンチで必ずビールを飲むことは分かってた。だからベンチの位置を公園の真ん中にずらして、あんたがどんなに悲鳴を上げても、誰も気付かない状況を作った。もちろん、スマホの電波も届かないようにしてある)
顔を真っ青にし、ガタガタと震える大野博士に近寄り、海斗は刀を振り上げ、頭に狙いを定める。
(美園のためだ――死んでもらうよッ!)
そして一切の迷いなく振り下ろした――が、その刃が、途中で何かに止められた。
「……っ!?」
「やらせないぞ」
一瞬の内に大野博士と自分の前に割って入ったらしい、その黒ずくめの狼獣人の女は、金属製のロッド越しに海斗をにらみつけた。
「……っ!?」
思いもよらない事態に海斗は動揺しかけたが、どうにか心を鎮め、瞬時に間合いを取る。
(何だ……誰だこいつ? でも……邪魔するなら一緒に死んでもらうまでだ!)
刀を脇に構え直し、海斗は一足飛びに距離を詰め、狼獣人に斬りかかる。
「ふ……ッ!」
暗殺者の習性故か、海斗は声をほとんど発さず、予備動作も全く見せずに、無拍子で狼獣人の頭に刀を振り下ろす。ところが――。
「……!?」
相手に何の情報も与えず打ち込んだはずの一閃を、狼獣人は事もなげにロッドで受け、さらりと受け流す。
(あ……まずい)
受けた体勢から体を横に半回転し、狼獣人は蹴りを海斗の頭に向かって放つ。海斗もどうにか体を捻ってクリーンヒットは避けたが、あごにかつん、と衝撃を感じる。
「……うっ……ぐ……」
途端に視界がぶれ、海斗はその場に膝を着きかける。
(……っ……ダメだ……気を失うな……戻せっ……)
無理矢理に足に力を入れ、同時に千切れんばかりの勢いで舌を噛む。
「ぅううう……ッ」
頭の中が焼け焦げるかと錯覚するほどの痛みが口の中を駆け巡るが、続いてどくん、と海斗の心臓が跳ね、意識がどうにか戻って来る。
「やるな」
と、相手が構えたまま、海斗に声をかけてくる。
「強い刺激による脳内物質の分泌、それを条件反射で習慣付けているわけか。博士を狙った際の手際の良さと言い、暗殺者としてはなかなかの手練のようだな」
「……」
応じる代わりに、海斗は口に溜まった血をべっと吐き出し、刀を再度構え直す。
「まだやる気か? あきらめて帰れば、深追いはしないぞ」
「……」
海斗は依然として一言も発さず――刀に炎を轟々と灯して、もう一度狼獣人に斬りかかった。
「は……ッ!」
降りしきる雨が一瞬乾くほどの熱気を噴き上げ、海斗の刀が狼獣人の頭に振り下ろされる。
「お前の弱点は」
が、狼獣人は刀が届こうかと言うその直前、持っていたロッドを海斗の左手首に向かって投げつけた。直後にぱきっと乾いた音が海斗の長い耳に届き、左手の握力が無くなる。
「……!」
大振りに下ろした刀が、海斗の手からすっぽ抜ける。完全に攻撃・防御の手段を失った海斗の眼前に、狼獣人が迫り――。
「暗殺者であるが故に、攻撃が常に一撃必殺の急所狙いであることだ。攻撃が単調過ぎる」
めきっ、と音を立て、海斗の右胸に狼獣人の肘がめり込む。今度の痛みには耐え切れず、海斗は完全に気を失った。
海斗の状況をモニタリングしていた七瀬は、彼の様子を伝えるPC画面に「行動不能」と表示されたその瞬間、息を呑んだ。
「……!? 故障、……よね? 海斗、今大丈夫? ……海斗? 海斗、返事してちょうだい。海斗! ねえ! 海斗!?」
インカムで名前を呼ぶが、海斗からの反応は無い。と、ドアの窓をコンコンと申し訳無さそうに叩きながら、傘を差した猫獣人が声をかけてくる。
「あのー……ちょっといいですか?」
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「ごめんなさい、その取り込み中の用事で声掛けたんです」
「は?」
「僕の仲間がですね、今、あなたの仲間を拘束したんで、付いてきてほしいなーって」
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