「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第3部
緑綺星・暗星譚 4
シュウの話、第96話。
破壊工作。
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4.
早朝、約束の期限の2時間前――潜遁術「インビジブル」で姿を消したエヴァが、件の採石場跡に忍び込んでいた。
《センサーに反応なしや。周囲に見張りおらんで》
エヴァと同様、付近に潜んでいるジャンニから通信が入り、天狐が応答する。
《よし。エヴァ、そのまま直進しろ》
術の展開中は大きな声を発せないため、エヴァは返事する代わりに、インカムに付けられたキーで符号を打って応答する。
(リ・ョ・ウ・カ・イ、……と)
言われた通りに直進し、やがて衛星写真で前もって確認していた、排気口があると思われる地点に到着した。
(目標地点に到達 指示されたし)
《よっしゃ、そんじゃ金属板突き刺せ。一ヶ所につき6枚ずつだぜ》
(了解 工作を開始する)
指定されていたポイントに魔法陣が彫り込まれた金属板を突き刺し、エヴァは一旦その場から離れる。
「工作完了した」
《おつかれさん。……よーし、そんじゃ一泡吹かせてやるとするかっ。頼んだぜ、鈴林!》
《はいはーいっ! とっておきの秘術、発揮する時が来たみたいねっ! それじゃ行くよっ、『クレイダウン』っ!》
術が発動された瞬間、金属板が刺された砂利がどろりと形を崩し、液状化する。
(カズちゃんによれば――二人ともちゃん付けしないと何故か怒るんだよな――あの術で溶けた石が排気口を塞ぎ、排気システムが全てダウンする。予備の排気口も同時に塞いであるから、切替も不可能だ。
空気の性質上、排気ができなければ吸気もできない。そうなれば……)
その基地内では、うつろな目をした兵士たちがうろうろと歩き回っていた。
「……」「……」
何かを話すでもなく、そもそも明確な意思を持っているようにも見えず、彼らは淡々と巡回を続けている。基地内の大半の兵士はまるで人形のごとく、ただひたすらぐるぐると同じルートを回り続けていた。
《注意です》
と、基地内にアナウンスが響く。
《基地内の酸素濃度が低下しています。E2087番。G3981番。排気システムの確認に向かいなさい》
基地内をひたすら巡回し続けていた兵士のうち2人がぴたりと立ち止まり、揃って外に出て行った。
兵士二人がトンネルに偽装された基地出入口から現れ、最寄りの排気口に向かう。その途中、彼らの背後にすっと海斗が降り立ち、昏倒術をかける。
「『ショックビート』」
途端に揃ってばったりと倒れた兵士たちをエヴァたちと手分けして担ぎ、その場から連れ去る。
これを何度も繰り返す内、採石場跡近くの林は倒れた兵士で一杯になる。
「ねえエヴァさん、こんなに引っ張り込んだら、流石に中の人たちにおかしいと思われるんじゃないの?」
尋ねた海斗に、エヴァは「そうでもないだろう」と首を振って返した。
「私が白猫党の内情を探っていた話はしたな? その際に『MPS計画』、マス・プロダクト・ソルジャーなるものを進めていたことを知ったんだが――そもそもは南側の計画で、不足していた人員を大量に確保するためのものだったそうだ。だが人間は機械部品や農作物なんかと違って、そう簡単に大量製造できるようなものではない。ましてや兵士として鍛え上げるとなると、本来なら相当な時間を必要とする。だが短期決戦で北側を制圧したかった南側は、その常識を打ち破ろうとした。
難民特区でさらった人間の記憶を消し、そこにとある兵士の記憶を刷り込ませ、『自分は百戦錬磨の、伝説級の兵士だ』と思い込ませて銃を握らせる。それでインスタントに兵隊を『量産』しようとしたんだ」
「それ……ゲームかなんかの話?」
信じられないと言いたげな顔をした海斗に、エヴァは肩をすくめる。
「ふざけた話だが現実に行われたことだ。だがこの計画には致命的な弱点があった。同じ兵士の記憶を元にしているせいで、作られた兵士全員が全員、同じ行動しか執らないことだ。『散開して殲滅せよ』と命令しても、全員が一斉に同じ標的に向かってしまう。と言ってバリエーションを増やそうにも、お手本にできるような凄腕が何人もいるわけじゃない。5~6パターン程度じゃ1分隊にもならないし、それじゃ作戦行動なんかまともにできるわけがない。となると残る使い道は単なる人数合わせ、ただのエキストラ以上の役割を果たせないと言うわけだ。
しかし当然、こんな木偶の坊の集まりでは計画の本懐を果たせない。だから現在は……」
エヴァは倒れた兵士の耳からインカムを取り外し、海斗の鼻先で振ってみせた。
「記憶どころか人格すらも消去し、基地内のコンピュータにAI制御させているのさ。それなら司令官が『撃て』と言えばAIの計算上最適な配分で弾幕を展開し、『守れ』と言えば最適な陣形で防衛態勢を取れる。
しかしAIも万能じゃない。あくまで司令官の命令に従うだけの装置だ。その司令官が――例えばわざわざ依頼者のスマホに自分のアカウントを登録するようなマヌケだったら――果たして今私たちが起こしているこの異常に、いち早く気付けるだろうか」
「……案外気付かないかもね」
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破壊工作。
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早朝、約束の期限の2時間前――潜遁術「インビジブル」で姿を消したエヴァが、件の採石場跡に忍び込んでいた。
《センサーに反応なしや。周囲に見張りおらんで》
エヴァと同様、付近に潜んでいるジャンニから通信が入り、天狐が応答する。
《よし。エヴァ、そのまま直進しろ》
術の展開中は大きな声を発せないため、エヴァは返事する代わりに、インカムに付けられたキーで符号を打って応答する。
(リ・ョ・ウ・カ・イ、……と)
言われた通りに直進し、やがて衛星写真で前もって確認していた、排気口があると思われる地点に到着した。
(目標地点に到達 指示されたし)
《よっしゃ、そんじゃ金属板突き刺せ。一ヶ所につき6枚ずつだぜ》
(了解 工作を開始する)
指定されていたポイントに魔法陣が彫り込まれた金属板を突き刺し、エヴァは一旦その場から離れる。
「工作完了した」
《おつかれさん。……よーし、そんじゃ一泡吹かせてやるとするかっ。頼んだぜ、鈴林!》
《はいはーいっ! とっておきの秘術、発揮する時が来たみたいねっ! それじゃ行くよっ、『クレイダウン』っ!》
術が発動された瞬間、金属板が刺された砂利がどろりと形を崩し、液状化する。
(カズちゃんによれば――二人ともちゃん付けしないと何故か怒るんだよな――あの術で溶けた石が排気口を塞ぎ、排気システムが全てダウンする。予備の排気口も同時に塞いであるから、切替も不可能だ。
空気の性質上、排気ができなければ吸気もできない。そうなれば……)
その基地内では、うつろな目をした兵士たちがうろうろと歩き回っていた。
「……」「……」
何かを話すでもなく、そもそも明確な意思を持っているようにも見えず、彼らは淡々と巡回を続けている。基地内の大半の兵士はまるで人形のごとく、ただひたすらぐるぐると同じルートを回り続けていた。
《注意です》
と、基地内にアナウンスが響く。
《基地内の酸素濃度が低下しています。E2087番。G3981番。排気システムの確認に向かいなさい》
基地内をひたすら巡回し続けていた兵士のうち2人がぴたりと立ち止まり、揃って外に出て行った。
兵士二人がトンネルに偽装された基地出入口から現れ、最寄りの排気口に向かう。その途中、彼らの背後にすっと海斗が降り立ち、昏倒術をかける。
「『ショックビート』」
途端に揃ってばったりと倒れた兵士たちをエヴァたちと手分けして担ぎ、その場から連れ去る。
これを何度も繰り返す内、採石場跡近くの林は倒れた兵士で一杯になる。
「ねえエヴァさん、こんなに引っ張り込んだら、流石に中の人たちにおかしいと思われるんじゃないの?」
尋ねた海斗に、エヴァは「そうでもないだろう」と首を振って返した。
「私が白猫党の内情を探っていた話はしたな? その際に『MPS計画』、マス・プロダクト・ソルジャーなるものを進めていたことを知ったんだが――そもそもは南側の計画で、不足していた人員を大量に確保するためのものだったそうだ。だが人間は機械部品や農作物なんかと違って、そう簡単に大量製造できるようなものではない。ましてや兵士として鍛え上げるとなると、本来なら相当な時間を必要とする。だが短期決戦で北側を制圧したかった南側は、その常識を打ち破ろうとした。
難民特区でさらった人間の記憶を消し、そこにとある兵士の記憶を刷り込ませ、『自分は百戦錬磨の、伝説級の兵士だ』と思い込ませて銃を握らせる。それでインスタントに兵隊を『量産』しようとしたんだ」
「それ……ゲームかなんかの話?」
信じられないと言いたげな顔をした海斗に、エヴァは肩をすくめる。
「ふざけた話だが現実に行われたことだ。だがこの計画には致命的な弱点があった。同じ兵士の記憶を元にしているせいで、作られた兵士全員が全員、同じ行動しか執らないことだ。『散開して殲滅せよ』と命令しても、全員が一斉に同じ標的に向かってしまう。と言ってバリエーションを増やそうにも、お手本にできるような凄腕が何人もいるわけじゃない。5~6パターン程度じゃ1分隊にもならないし、それじゃ作戦行動なんかまともにできるわけがない。となると残る使い道は単なる人数合わせ、ただのエキストラ以上の役割を果たせないと言うわけだ。
しかし当然、こんな木偶の坊の集まりでは計画の本懐を果たせない。だから現在は……」
エヴァは倒れた兵士の耳からインカムを取り外し、海斗の鼻先で振ってみせた。
「記憶どころか人格すらも消去し、基地内のコンピュータにAI制御させているのさ。それなら司令官が『撃て』と言えばAIの計算上最適な配分で弾幕を展開し、『守れ』と言えば最適な陣形で防衛態勢を取れる。
しかしAIも万能じゃない。あくまで司令官の命令に従うだけの装置だ。その司令官が――例えばわざわざ依頼者のスマホに自分のアカウントを登録するようなマヌケだったら――果たして今私たちが起こしているこの異常に、いち早く気付けるだろうか」
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