「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第2部
蒼天剣・烈士録 3
晴奈の話、29話目。
本当の敵とは。
3.
さらに時は過ぎ、十余時間が経過した。
「ひゅー、はぁー」
もはや、呼吸もままならない。ひとり言をしゃべる気力も失せた。具足や篭手、脇差もとっくに使い物にならなくなっており、残っているのは刀一振りと胸当て、そして道着だけである。
(まだか? まだなのか? まだ、時間は……!?)
途中、この異変に気付いて誰か来るのではと、淡い期待も抱いていたのだが、どう言うわけか焔流の者さえ襲ってくるのである。
そしてこの事実から推理し、晴奈はある結論に行き着いていた。
(伏鬼心克堂、すなわち心に伏す鬼を克する堂。ここは心の中のものが、現実に現れるのだ。
恐らくウィルバーなんかや橘殿など、様々な強敵が出てきたのはそのせいだろう。敵を己自身が想定し、作っているのだ。心の中にいる兵たちを、私自身がこの堂に呼び出しているのだ。
……にしても、多い! 私はこれほど多くの者たちと戦ってきたのか? 考えもしなかったが、私はこれだけ多く、人を倒してきたのか。
しかし、そう考えるならば光明はある。疲れて頭はうまく回らない、が……。もう、考え付く限りのすべての兵は、出尽くしたはずだ。もう、現れるわけが無い。
他に、私が戦い、その強さを認めた者など、一人も残っていない……はず、だ)
だが晴奈は、一つの可能性に思い当たってしまう。
(強い、者? いないか、本当に?
その強い者たち、彼らを、すべて倒した人間がいる、……だろう?)
考えた瞬間、しまったと舌打ちする。考えれば、それは現実になるのだ。
(私としたことが! よりによって、こいつの相手を……!)
目の前にすうっと、人の影が現れる。そしてその顔が、あらわになる。
(こいつの――『黄晴奈』の、相手をしなければならぬとは!)
目の前に現れたのは、自分自身。
晴奈だった。
自分自身と戦う。
この奇妙な戦いに、晴奈は戸惑い、困惑し、そして延々と苦しまねばならなかった。
勝手知ったる自分のことであるはずなのに、こうして「他人」として向き合うと、大まかな動きは検討が付いても、とっさの反応――意識の外で行われる動作など、細かなところまでは予測し切れない。
完全に動きを読み切ったつもりでとどめを刺そうとしても、半ば本能的な動きで防がれる。そしてほぼ無意識に繰り出される斬り返しで、晴奈は退かざるを得ない。
目の前の相手は間違い無く自分なのに、その動きがさっぱり読めないことに、晴奈はまず戸惑っていた。
そしてようやく相手を「自分とは別のものだ」と割り切り、対応するようにしても、今度はその機敏な動きに翻弄され、またも困惑させられる。
自分が考えられる限界の動きを、相手もその限界ギリギリでこなしてくる。
「自分ならばこう対処する」と言う戦術・戦法も、相手がそっくりそのまま使ってくるため、意味が無い。
力技で押そうとしても、同等の力で押し返してくる。
己の持てるすべての力を使い切り、捨て身になったとしても、相手も同じ力量で立ち向って来るであろうし、その結果相討ちになるのは明白。
打つ手が何一つ見出せず、晴奈は今までに無いほどに苦しめられた。
そして晴奈は――薄々ながらも怯えていた。
自分自身と戦ってからずっと、その「自分自身」からひどく重苦しく、冷たい悪感情をぶつけられているのだ。
それはこの19年で最も鋭く、最も強い殺意だった。
(私が、私を殺そうとしている)
何度、心が折れそうになったか分からない。芯の強い晴奈でさえ、この殺意に怯えたのだ。
(こんなに、私は殺気立っていたのか。これほど敵に、殺意を向けていたのか。そして実際、殺した者もあった。
戦いの中でも、仇を討ちに行った時も、こんなに強い殺意を受けたことは無かった。……私と戦った者は皆、こんな気持ちだったのだろうか)
相手を倒せない焦りと、絶え間なく浴びせられる殺意で、晴奈の手足が重たくなってくる。
(今まで思っても見なかったが――私は『戦い』の片側しか見ていなかったのだな。もう片側、倒される者のことなど、まったく思いもよらなかった。
これほど人を絶望させて――私は敵を、殺すのか)
晴奈の心の中に、じわりと罪悪感が染み出した。
自分との戦いが始まって、あっと言う間に2時間が経った。
(どうすればいい……?)
両者とも疲労が蓄積しているのが、己の肉体の重さと、相手の顔色で分かる。
(ここまで、私が強いとは。どうすれば、倒せる? どこに隙がある? 何が弱点だ?
……ダメだ、策が浮かばない。ともかく、倒さなければ!)
そう考えたところで、不意に、頭の中で何かが思い返される。
(……『倒す』? 倒さなければならない? 何故だ?
よく考えれば、この試験を修了するには24時間眠らずにいればいいのだ。『敵を倒せ』など、誰も言っていないじゃないか?
であるならば、襲ってきても、ただ防ぐ。無闇に攻撃はしない。己の体力回復に専念――こちらからは、何もする必要は無いのだ)
そう考えた晴奈は刀を正眼に構え、相手との距離を取った。それでも相手は襲い掛かってくるが、その都度刀を弾き、距離を取る。こちらはただ防御し、攻撃は一切行わない。
やがてその状態で5分も経った頃、相手も正眼に構え、そのまま静止した。
(こちらが戦えば、相手も戦う。
戦わなければ、相手も戦おうとはしない。
相手が戦おうとしても、こちらが応じなければ、戦いにはならぬ。
戦えば戦うだけ私は疲労し、時間を費やし、いたずらに人を傷つけ、苦しめる。それで得られるものがあるならまだしも、この場のように、戦うことに意味が無いのに戦うなど、何の得にもならぬ。ならば、戦わなければよいのだ。
無闇な戦いは、疲れ、失うだけ――そうか。それこそが、この試験の本意なのか)
そのまま微動だにせず、晴奈と晴奈は向き合った。
そして長い時が、立ち尽くす二人の間に茫漠と流れ――24時間が、経った。
@au_ringさんをフォロー
本当の敵とは。
3.
さらに時は過ぎ、十余時間が経過した。
「ひゅー、はぁー」
もはや、呼吸もままならない。ひとり言をしゃべる気力も失せた。具足や篭手、脇差もとっくに使い物にならなくなっており、残っているのは刀一振りと胸当て、そして道着だけである。
(まだか? まだなのか? まだ、時間は……!?)
途中、この異変に気付いて誰か来るのではと、淡い期待も抱いていたのだが、どう言うわけか焔流の者さえ襲ってくるのである。
そしてこの事実から推理し、晴奈はある結論に行き着いていた。
(伏鬼心克堂、すなわち心に伏す鬼を克する堂。ここは心の中のものが、現実に現れるのだ。
恐らくウィルバーなんかや橘殿など、様々な強敵が出てきたのはそのせいだろう。敵を己自身が想定し、作っているのだ。心の中にいる兵たちを、私自身がこの堂に呼び出しているのだ。
……にしても、多い! 私はこれほど多くの者たちと戦ってきたのか? 考えもしなかったが、私はこれだけ多く、人を倒してきたのか。
しかし、そう考えるならば光明はある。疲れて頭はうまく回らない、が……。もう、考え付く限りのすべての兵は、出尽くしたはずだ。もう、現れるわけが無い。
他に、私が戦い、その強さを認めた者など、一人も残っていない……はず、だ)
だが晴奈は、一つの可能性に思い当たってしまう。
(強い、者? いないか、本当に?
その強い者たち、彼らを、すべて倒した人間がいる、……だろう?)
考えた瞬間、しまったと舌打ちする。考えれば、それは現実になるのだ。
(私としたことが! よりによって、こいつの相手を……!)
目の前にすうっと、人の影が現れる。そしてその顔が、あらわになる。
(こいつの――『黄晴奈』の、相手をしなければならぬとは!)
目の前に現れたのは、自分自身。
晴奈だった。
自分自身と戦う。
この奇妙な戦いに、晴奈は戸惑い、困惑し、そして延々と苦しまねばならなかった。
勝手知ったる自分のことであるはずなのに、こうして「他人」として向き合うと、大まかな動きは検討が付いても、とっさの反応――意識の外で行われる動作など、細かなところまでは予測し切れない。
完全に動きを読み切ったつもりでとどめを刺そうとしても、半ば本能的な動きで防がれる。そしてほぼ無意識に繰り出される斬り返しで、晴奈は退かざるを得ない。
目の前の相手は間違い無く自分なのに、その動きがさっぱり読めないことに、晴奈はまず戸惑っていた。
そしてようやく相手を「自分とは別のものだ」と割り切り、対応するようにしても、今度はその機敏な動きに翻弄され、またも困惑させられる。
自分が考えられる限界の動きを、相手もその限界ギリギリでこなしてくる。
「自分ならばこう対処する」と言う戦術・戦法も、相手がそっくりそのまま使ってくるため、意味が無い。
力技で押そうとしても、同等の力で押し返してくる。
己の持てるすべての力を使い切り、捨て身になったとしても、相手も同じ力量で立ち向って来るであろうし、その結果相討ちになるのは明白。
打つ手が何一つ見出せず、晴奈は今までに無いほどに苦しめられた。
そして晴奈は――薄々ながらも怯えていた。
自分自身と戦ってからずっと、その「自分自身」からひどく重苦しく、冷たい悪感情をぶつけられているのだ。
それはこの19年で最も鋭く、最も強い殺意だった。
(私が、私を殺そうとしている)
何度、心が折れそうになったか分からない。芯の強い晴奈でさえ、この殺意に怯えたのだ。
(こんなに、私は殺気立っていたのか。これほど敵に、殺意を向けていたのか。そして実際、殺した者もあった。
戦いの中でも、仇を討ちに行った時も、こんなに強い殺意を受けたことは無かった。……私と戦った者は皆、こんな気持ちだったのだろうか)
相手を倒せない焦りと、絶え間なく浴びせられる殺意で、晴奈の手足が重たくなってくる。
(今まで思っても見なかったが――私は『戦い』の片側しか見ていなかったのだな。もう片側、倒される者のことなど、まったく思いもよらなかった。
これほど人を絶望させて――私は敵を、殺すのか)
晴奈の心の中に、じわりと罪悪感が染み出した。
自分との戦いが始まって、あっと言う間に2時間が経った。
(どうすればいい……?)
両者とも疲労が蓄積しているのが、己の肉体の重さと、相手の顔色で分かる。
(ここまで、私が強いとは。どうすれば、倒せる? どこに隙がある? 何が弱点だ?
……ダメだ、策が浮かばない。ともかく、倒さなければ!)
そう考えたところで、不意に、頭の中で何かが思い返される。
(……『倒す』? 倒さなければならない? 何故だ?
よく考えれば、この試験を修了するには24時間眠らずにいればいいのだ。『敵を倒せ』など、誰も言っていないじゃないか?
であるならば、襲ってきても、ただ防ぐ。無闇に攻撃はしない。己の体力回復に専念――こちらからは、何もする必要は無いのだ)
そう考えた晴奈は刀を正眼に構え、相手との距離を取った。それでも相手は襲い掛かってくるが、その都度刀を弾き、距離を取る。こちらはただ防御し、攻撃は一切行わない。
やがてその状態で5分も経った頃、相手も正眼に構え、そのまま静止した。
(こちらが戦えば、相手も戦う。
戦わなければ、相手も戦おうとはしない。
相手が戦おうとしても、こちらが応じなければ、戦いにはならぬ。
戦えば戦うだけ私は疲労し、時間を費やし、いたずらに人を傷つけ、苦しめる。それで得られるものがあるならまだしも、この場のように、戦うことに意味が無いのに戦うなど、何の得にもならぬ。ならば、戦わなければよいのだ。
無闇な戦いは、疲れ、失うだけ――そうか。それこそが、この試験の本意なのか)
そのまま微動だにせず、晴奈と晴奈は向き合った。
そして長い時が、立ち尽くす二人の間に茫漠と流れ――24時間が、経った。



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
DE・波瑠間さま
晴奈自身の素質もありますが、やはり雪乃の指導力も非常に優れていたんでしょうね。
いい師に巡り合えたものです。
雪乃が主役のお話、今のところぼんやりと構想はあります。
ただ、まとめるにはちょっと時間がかかりそうです。
晴奈自身の素質もありますが、やはり雪乃の指導力も非常に優れていたんでしょうね。
いい師に巡り合えたものです。
雪乃が主役のお話、今のところぼんやりと構想はあります。
ただ、まとめるにはちょっと時間がかかりそうです。
素晴らしい「晴奈」の胆力!
黄輪さま 柊師匠の奥儀伝授のたまものか、晴奈の成長ぶりが半端じゃない! 自身を見つめ、まる一日対峙することが出来ようとは―― 晴奈を短期間でここまでに育てた『柊 雪乃』主役の番外編も読みたい今日この頃――(などと、駄々をこねてみる)
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
NoTitle
きっちり受かるところは受かります。