「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第4部
緑綺星・底辺譚 4
シュウの話、第112話。
安息の地を守るために。
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4.
貧しさと混沌のるつぼであるはずの難民特区の中であるにもかかわらず、「ファミリー」の食卓は豊かなものであった。
「はふ、はふっ……」
「んぐ、うぐ、……ぷはーっ!」
場に並んだ料理はラックの目から見ても、まともな食堂に並んでいても何らおかしくない、食欲を大いに刺激される出来だった。
「どうした? 食べないのか、ラック」
「あ、いえ、美味しそうだなって」
「おう。そんじゃ食べろよ」
「あ、はい」
卓上に並ぶ鶏と葉菜の炒めものの皿に恐る恐る手を伸ばし、口に運ぶ。瞬間、彼の口の中に甘辛い、コクのある味が広がった。
「うまっ」
思わず漏れた感想に、周りの「ファミリー」が嬉しそうな顔を並べる。
「だろ? だろ?」
「俺たちの畑で取れた野菜だからな」
「鶏肉も自家栽培、……栽培? まあいいや、うちで育てたヤツなんだ」
「そ、そうですか、美味しいです、はい」
と、そこにロロが、鍋を抱えてやって来る。
「ほい、追加だ。……食ってるか、ラック?」
「あ、はい、いただいてます」
「気に入ってくれたみたいだな、その様子だと」
言われてラックは、いつの間にか自分の皿が空になっていたことに気付いた。
「あ、はい、ええ」
「こいつらから聞いたかもだが、俺たちの仕事として、農業と畜産をやってる。収穫量もそこそこ多いから、わりと稼げてはいるんだ。
元々ここは廃墟だったし荒地だったからな、農業には向かん土地ではあったんだ。何植えても育たない、不毛の地ってやつさ。だけども十何年か前から王国のNPOと連携して、農地改革に取り組んでる。その甲斐あってか、今は教室の奴らを腹いっぱい食わせてやれるくらいには収穫できるようになった。実際それ目当てで教室に来る奴もいたりするし、それがきっかけで居着いてくれる奴も結構いる」
「でへへ……」
「とは言え、ちょっと前から怪しいうわさがあってな。そのNPOに調査を依頼されて来てたオーノって学者から、ここに石油あるんじゃねえかって話が出たんだ。ただまあ、聞いた当初は流石に与太話だと誰もが思ってたし、王国の奴らも本気にしてなかった」
「もしうわさの時点でマジだって思ってたら、人寄越すもんなぁ」
「そう言うこった。だけども今、こうして石油が出ちまったからな。今日みたいに兵隊ガンガン寄越して、無理矢理自分のモノにしちまおうってハラなのは間違いねえ。『土地自体は元々王国のモノだったんだから仕方ない』なんて言ってる奴もいるが、俺の、いや、俺たちの意見はそうじゃねえ。ここで湧いたモノは、ここで実際に暮らしてる人間のモノだ。
そもそも王国は、『実際に住んでる人間に全部任せる』っつって責任を丸投げしてんだ。責任放棄したんなら、所有権だって放棄してなきゃ筋が通らねえ。『石油出たから世話してやるよ』なんてムシが良すぎるって話だ」
「『ファミリー』の意見もそれで一致した。俺たちは石油の所有権を主張するし、無理矢理奪おうとする王国には断固として抵抗する」
「はあ……そうですか」
話を聞きながらも、ラックは薄々、嫌な予感を覚えていた。そしてその予感は、次のロロの言葉で現実のものとなった。
「それで……まあ、人手がいるわけだ。それも荒事に向いた人間がな。と言って、俺の教室には名乗りを上げてくれたのがあんまりいなかった。今日油田の前に集まってた55人で全員だ。対して、王国の兵隊なんて10万も20万もいる。今日だってやって来たのは、ざっと見ても100人以上だ。明日にゃ倍が来たって、全然おかしくない。
そこでだ、ラック。率直に頼むが、手ぇ貸してくれ。お前さんが手伝ってくれりゃ百人力だ。油田を守るには、お前さんが必要なんだ」
「あの、でも、俺は……」
ロロの申し出をどうにか断ろうとしたが、相手も先読みしていたらしく、先手を打ってきた。
「ましてや今日、あんなバケモノが現れたなんて報告されりゃ、歩兵だけで来るかどうか。向こうだってもう、対人戦闘どころじゃないと思ってるだろう。下手すりゃ戦車くらい引っ張って来るかも分からん。そうなったらもう、占拠だなんだってどころの話じゃない。ありとあらゆる戦術兵器を持ち込んで、殲滅にかかるだろう。もちろん、バケモノを隠し持ってた『と思われる』俺たちを含めてな」
「いや、でも俺は偶然」
「もちろんたまたま居合わせただけだってことは、俺たちは百も承知だよ。だけども向こうはそんな事情、知りもしねえし知ろうとも思ってねえだろう。相手の目的は油田獲得、それだけなんだからな。向こうにしてみりゃ、その目的にちょっと障害があるってだけだ。
魚食おうとしたら小骨を見つけた。じゃあ食うのやめるか、ってならんだろ? 取り除きゃいいだけの話だ。王国にとって俺たちもお前さんも、小骨に過ぎん。お前さんがいなきゃ、『小骨取る手間が省けた』と思うだけだろうな。魚を食うことに変わりはない。
頼む。お前さんが手を貸してくれなきゃ、俺たちは今度こそ皆殺しにされちまう。俺たちが生き残るには、お前さんの力が必要なんだ」
強面のロロにそこまで頼み込まれては、気の弱いラックも断り切れない。
「……わ、分かりました。が、……頑張ります」
ラックは渋々、うなずかざるを得なかった。
緑綺星・底辺譚 終
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貧しさと混沌のるつぼであるはずの難民特区の中であるにもかかわらず、「ファミリー」の食卓は豊かなものであった。
「はふ、はふっ……」
「んぐ、うぐ、……ぷはーっ!」
場に並んだ料理はラックの目から見ても、まともな食堂に並んでいても何らおかしくない、食欲を大いに刺激される出来だった。
「どうした? 食べないのか、ラック」
「あ、いえ、美味しそうだなって」
「おう。そんじゃ食べろよ」
「あ、はい」
卓上に並ぶ鶏と葉菜の炒めものの皿に恐る恐る手を伸ばし、口に運ぶ。瞬間、彼の口の中に甘辛い、コクのある味が広がった。
「うまっ」
思わず漏れた感想に、周りの「ファミリー」が嬉しそうな顔を並べる。
「だろ? だろ?」
「俺たちの畑で取れた野菜だからな」
「鶏肉も自家栽培、……栽培? まあいいや、うちで育てたヤツなんだ」
「そ、そうですか、美味しいです、はい」
と、そこにロロが、鍋を抱えてやって来る。
「ほい、追加だ。……食ってるか、ラック?」
「あ、はい、いただいてます」
「気に入ってくれたみたいだな、その様子だと」
言われてラックは、いつの間にか自分の皿が空になっていたことに気付いた。
「あ、はい、ええ」
「こいつらから聞いたかもだが、俺たちの仕事として、農業と畜産をやってる。収穫量もそこそこ多いから、わりと稼げてはいるんだ。
元々ここは廃墟だったし荒地だったからな、農業には向かん土地ではあったんだ。何植えても育たない、不毛の地ってやつさ。だけども十何年か前から王国のNPOと連携して、農地改革に取り組んでる。その甲斐あってか、今は教室の奴らを腹いっぱい食わせてやれるくらいには収穫できるようになった。実際それ目当てで教室に来る奴もいたりするし、それがきっかけで居着いてくれる奴も結構いる」
「でへへ……」
「とは言え、ちょっと前から怪しいうわさがあってな。そのNPOに調査を依頼されて来てたオーノって学者から、ここに石油あるんじゃねえかって話が出たんだ。ただまあ、聞いた当初は流石に与太話だと誰もが思ってたし、王国の奴らも本気にしてなかった」
「もしうわさの時点でマジだって思ってたら、人寄越すもんなぁ」
「そう言うこった。だけども今、こうして石油が出ちまったからな。今日みたいに兵隊ガンガン寄越して、無理矢理自分のモノにしちまおうってハラなのは間違いねえ。『土地自体は元々王国のモノだったんだから仕方ない』なんて言ってる奴もいるが、俺の、いや、俺たちの意見はそうじゃねえ。ここで湧いたモノは、ここで実際に暮らしてる人間のモノだ。
そもそも王国は、『実際に住んでる人間に全部任せる』っつって責任を丸投げしてんだ。責任放棄したんなら、所有権だって放棄してなきゃ筋が通らねえ。『石油出たから世話してやるよ』なんてムシが良すぎるって話だ」
「『ファミリー』の意見もそれで一致した。俺たちは石油の所有権を主張するし、無理矢理奪おうとする王国には断固として抵抗する」
「はあ……そうですか」
話を聞きながらも、ラックは薄々、嫌な予感を覚えていた。そしてその予感は、次のロロの言葉で現実のものとなった。
「それで……まあ、人手がいるわけだ。それも荒事に向いた人間がな。と言って、俺の教室には名乗りを上げてくれたのがあんまりいなかった。今日油田の前に集まってた55人で全員だ。対して、王国の兵隊なんて10万も20万もいる。今日だってやって来たのは、ざっと見ても100人以上だ。明日にゃ倍が来たって、全然おかしくない。
そこでだ、ラック。率直に頼むが、手ぇ貸してくれ。お前さんが手伝ってくれりゃ百人力だ。油田を守るには、お前さんが必要なんだ」
「あの、でも、俺は……」
ロロの申し出をどうにか断ろうとしたが、相手も先読みしていたらしく、先手を打ってきた。
「ましてや今日、あんなバケモノが現れたなんて報告されりゃ、歩兵だけで来るかどうか。向こうだってもう、対人戦闘どころじゃないと思ってるだろう。下手すりゃ戦車くらい引っ張って来るかも分からん。そうなったらもう、占拠だなんだってどころの話じゃない。ありとあらゆる戦術兵器を持ち込んで、殲滅にかかるだろう。もちろん、バケモノを隠し持ってた『と思われる』俺たちを含めてな」
「いや、でも俺は偶然」
「もちろんたまたま居合わせただけだってことは、俺たちは百も承知だよ。だけども向こうはそんな事情、知りもしねえし知ろうとも思ってねえだろう。相手の目的は油田獲得、それだけなんだからな。向こうにしてみりゃ、その目的にちょっと障害があるってだけだ。
魚食おうとしたら小骨を見つけた。じゃあ食うのやめるか、ってならんだろ? 取り除きゃいいだけの話だ。王国にとって俺たちもお前さんも、小骨に過ぎん。お前さんがいなきゃ、『小骨取る手間が省けた』と思うだけだろうな。魚を食うことに変わりはない。
頼む。お前さんが手を貸してくれなきゃ、俺たちは今度こそ皆殺しにされちまう。俺たちが生き残るには、お前さんの力が必要なんだ」
強面のロロにそこまで頼み込まれては、気の弱いラックも断り切れない。
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