「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第4部
緑綺星・福熊譚 1
シュウの話、第113話。
ファミリーと、ラックの日常。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
ともかくロロの元に身を寄せることとなり、ラックは「ファミリー」の暮らしに、形から入ることにした。
「そんじゃ始めるぞー」
まず、朝の9時――荒廃した難民特区であっても、時計とチョークくらいはあるらしく――ロロが教壇に立ち、「ファミリー」たちを集めて授業を行う。出席しているのは子供だけではなく、10代後半、20代や30代に届く者もいたが――。
「それじゃこの問題は……、ダニー」
「へぇい。……えーと、55」
目付きの鋭い、ヒゲ面の狼獣人が答えたところ、ロロは苦い顔を返した。
「うーん……不正解だ。ちっと計算方法言ってくれっか?」
「え、だって最初が6かける3だろ? で、次に4足して」
「最初は掛け算から全部やるって言っただろーが」
「やったじゃんか。で、次に4足して」
「その4足す前に掛け算しろっての。4かける3って書いてんだろ?」
「うーん? ……んんん? いや、最初にかけてるし……で、4足して……」
「あの」
と、ダニーの横に座っていたラックがこそっと耳打ちする。
「まず全体を見るんです」
「全体?」
「書いてある数式をいったん読んでみて下さい」
「えーと、6×3+4×3-11」
「掛け算だけやると?」
「掛け算だけ? 6かける3が18だろ? 4かける3が12だろ?」
「となると数式は18+12-11ですよね。あとは足し算と引き算を順番で」
「んー……じゃ19っスか?」
「おう、それだそれだ、正解。やるじゃねえか、ダニー。……と見せかけて隣のラック」
見抜かれてしまったダニーは照れ笑いをロロに向けつつ、小声で「ありがとよ」と返した。
その後も周りの、答えに詰まった「ファミリー」たちを手助けしている間に、午前中の授業は終わりとなった。
「今日はみんなよくできた! よくやったぞー、お前ら」
「うぃーす」
「あざーっす」
ロロを含め、揃って嬉しそうに笑う「ファミリー」に、いつしかラックもつられて微笑んでいた。
正午を回る頃になって、どこからか美味しそうな匂いが漂ってくる。それを嗅いだラックの脳内に、ある記憶が――恐らく「彼本来の」ものではないそれが――ふっと蘇る。
(……定食屋……そう言えば……虎……)
どこかの店のカウンターで、赤い髪の虎獣人と談笑していた光景が浮かんできたが、本来ならば楽しい思い出であるはずのその記憶は、「ラック」にとっては不気味なものでしかなかった。
(……横に……俺がいる)
赤髪の店主と談笑している自分の横に、何故か自分がもう一人おり、自分と話しているのだ。いや、記憶を探れば探るほど、現実ではありえない、シュールレアリスム絵画を実写化したかのような、おぞましい内容に変化していく。
(店を出る……俺と……俺……通りの向こうから……知った顔……俺だ……横にいた俺がいない……前にいるのは横にいた俺……? 俺はどの俺なんだ?)
記憶がぐちゃぐちゃと混ざり、やがてラックは耐えきれず、壁にもたれかかる。
「はあ……はっ……はあっ……」
息が乱れ、動悸が激しくなり、ラックは廊下の隅にうずくまってしまった。と――。
「おーい、ラック。ハラ減ったのか?」
ロロがぽん、ぽんと、うずくまったラックの肩を優しく叩く。
「はぁ……はぁ……いえ……その……大丈夫なんで……」
「ゼーハー言ってるヤツが大丈夫ってことはないだろ。ほれ」
やはり筋肉質な熊獣人だからか、ロロはラックの体を軽々と担ぎ上げる。
「あの、いや、休めば大丈夫なんで」
半ば無理矢理に立たされたラックは力なく手を振り、もう一度しゃがみ込もうとするが、ロロの腕はまだ、彼のわきに差し込まれたままである。
「もうすぐメシができるし、休むならメシ食いながらの方がいいだろ。それとも食欲ないか?」
「ええ、今は、ちょっと」
が、ラックの言葉に反し、彼の腹がぐう、と鳴る。
「カラダは正直ってか、ははは……。ま、案外大丈夫そうか。そんじゃ行こうぜ」
「いや、……あの、はい」
ロロに肩を借りる形で、ラックは食堂に連れて行かれた。
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ファミリーと、ラックの日常。
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ともかくロロの元に身を寄せることとなり、ラックは「ファミリー」の暮らしに、形から入ることにした。
「そんじゃ始めるぞー」
まず、朝の9時――荒廃した難民特区であっても、時計とチョークくらいはあるらしく――ロロが教壇に立ち、「ファミリー」たちを集めて授業を行う。出席しているのは子供だけではなく、10代後半、20代や30代に届く者もいたが――。
「それじゃこの問題は……、ダニー」
「へぇい。……えーと、55」
目付きの鋭い、ヒゲ面の狼獣人が答えたところ、ロロは苦い顔を返した。
「うーん……不正解だ。ちっと計算方法言ってくれっか?」
「え、だって最初が6かける3だろ? で、次に4足して」
「最初は掛け算から全部やるって言っただろーが」
「やったじゃんか。で、次に4足して」
「その4足す前に掛け算しろっての。4かける3って書いてんだろ?」
「うーん? ……んんん? いや、最初にかけてるし……で、4足して……」
「あの」
と、ダニーの横に座っていたラックがこそっと耳打ちする。
「まず全体を見るんです」
「全体?」
「書いてある数式をいったん読んでみて下さい」
「えーと、6×3+4×3-11」
「掛け算だけやると?」
「掛け算だけ? 6かける3が18だろ? 4かける3が12だろ?」
「となると数式は18+12-11ですよね。あとは足し算と引き算を順番で」
「んー……じゃ19っスか?」
「おう、それだそれだ、正解。やるじゃねえか、ダニー。……と見せかけて隣のラック」
見抜かれてしまったダニーは照れ笑いをロロに向けつつ、小声で「ありがとよ」と返した。
その後も周りの、答えに詰まった「ファミリー」たちを手助けしている間に、午前中の授業は終わりとなった。
「今日はみんなよくできた! よくやったぞー、お前ら」
「うぃーす」
「あざーっす」
ロロを含め、揃って嬉しそうに笑う「ファミリー」に、いつしかラックもつられて微笑んでいた。
正午を回る頃になって、どこからか美味しそうな匂いが漂ってくる。それを嗅いだラックの脳内に、ある記憶が――恐らく「彼本来の」ものではないそれが――ふっと蘇る。
(……定食屋……そう言えば……虎……)
どこかの店のカウンターで、赤い髪の虎獣人と談笑していた光景が浮かんできたが、本来ならば楽しい思い出であるはずのその記憶は、「ラック」にとっては不気味なものでしかなかった。
(……横に……俺がいる)
赤髪の店主と談笑している自分の横に、何故か自分がもう一人おり、自分と話しているのだ。いや、記憶を探れば探るほど、現実ではありえない、シュールレアリスム絵画を実写化したかのような、おぞましい内容に変化していく。
(店を出る……俺と……俺……通りの向こうから……知った顔……俺だ……横にいた俺がいない……前にいるのは横にいた俺……? 俺はどの俺なんだ?)
記憶がぐちゃぐちゃと混ざり、やがてラックは耐えきれず、壁にもたれかかる。
「はあ……はっ……はあっ……」
息が乱れ、動悸が激しくなり、ラックは廊下の隅にうずくまってしまった。と――。
「おーい、ラック。ハラ減ったのか?」
ロロがぽん、ぽんと、うずくまったラックの肩を優しく叩く。
「はぁ……はぁ……いえ……その……大丈夫なんで……」
「ゼーハー言ってるヤツが大丈夫ってことはないだろ。ほれ」
やはり筋肉質な熊獣人だからか、ロロはラックの体を軽々と担ぎ上げる。
「あの、いや、休めば大丈夫なんで」
半ば無理矢理に立たされたラックは力なく手を振り、もう一度しゃがみ込もうとするが、ロロの腕はまだ、彼のわきに差し込まれたままである。
「もうすぐメシができるし、休むならメシ食いながらの方がいいだろ。それとも食欲ないか?」
「ええ、今は、ちょっと」
が、ラックの言葉に反し、彼の腹がぐう、と鳴る。
「カラダは正直ってか、ははは……。ま、案外大丈夫そうか。そんじゃ行こうぜ」
「いや、……あの、はい」
ロロに肩を借りる形で、ラックは食堂に連れて行かれた。
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