「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第4部
緑綺星・福熊譚 2
シュウの話、第114話。
亡命の秋。
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2.
普段のラックであればああしてパニック状態になった時、そのまま四半日ほどうずくまってどうにか平静を取り戻せると言った程度なのだが、ロロに食堂へ連れて行かれ、「おーい、こっちにキャベツと唐辛子のパスタ2つな!」と勝手に注文され、そのまま届けられた料理を夢中で平らげ、ふう、と一息ついて食後のお茶を口に運んだところで、自分の調子がすっかり良くなっていることに気付いたのは、ロロに担ぎ上げられてからほんの30分くらいのことだった。
「どうだ? 気分、良くなったか?」
同じようにお茶を飲んでいたロロに尋ねられ、ラックは大きくうなずいた。
「はい、なんでか、ええ」
「そりゃお前、メシ食ってバカ話して笑ったら、大抵の悩みなんかスッ飛ぶってもんだ。どこかのお偉い先生も、『悩みは誰かから与えられるもの。であるが故に、悩みは人と話さなければ解決しない』って言ってるしな」
「そう言うもん……ですかね」
「ま、壁の向こうじゃやれソーシャルディスタンスだの、やれ個人性の尊重だのと叫ばれちゃいるが、それは俺に言わせりゃ『一個人の意見』だ。叫んでるそいつにゃ真理であっても、他のやつにも通用するかってのは別の話であって……」
「親父、ラックが困ってるっス」
朗々と語りだそうとしたロロを、「ファミリー」がたしなめる。
「おおっと、いけねえいけねえ。俺の悪いクセだな」
「あ、いえ、そんな」
「ま、アレだよ。俺もそれなりに人生経験あるからよ、困ったなー、しんどいなー、もうやってらんねえなーって気分になっちまう時は何度もあるし、その度にどうにかして復活してきた」
たしなめられたものの、結局ロロは語り始めてしまった。
「そん時にゃこう思うことにしてるのさ――『俺は運がいい』、ってな」
双月暦689年――ロロ・ラコッカが白猫党領からの亡命を企てた22歳の秋、2つの不幸が重なった。1つは亡命の実行日に、ひどい大雨に見舞われたこと。そしてもう1つは、仲間と共に乗ろうとしていたバスが手引き業者の手違いで定員オーバーになってしまい、図体の大きなロロ一人だけを残して出発してしまったことだった。
「ま、雨漏りは勘弁してくれや。間に合わせだもんでな」
それでも業者側は――カネを受け取った義理からであろうが――代わりの車とドライバーを手配してくれたため、ロロはその兎獣人のドライバーと二人きりで、泥濘の中を年代物のセダンで駆けることになった。
「うう……」
とても車内にいるとは思えないくらいずぶ濡れになり、ロロは寒さでガタガタと震えていた。
「お前さん、散々だな」
「あ、ああ、まったくだ」
「ま、せめてものサービスだ。ほれ」
兎獣人はハンドルを片手で握ったまま、器用に左懐からスキットルを取り出し、ロロに手渡す。
「安い酒だが、ちっとは寒いのも紛れんだろ」
「た、助かる」
二、三口飲み込んで――確かに安酒らしく、まるで消毒液のように猛烈なアルコール臭が鼻を突いたが――ガタガタと震えていた体に、ようやく熱がこもり始める。
「……ふー」
「到着まで丸1日ってとこだが、後ろの座席にあるメシとその酒で十分持つはずだ。あんたがよっぽどの大食漢じゃなけりゃな」
「こんななりだが人並み程度……のはずだ。あんたの分はあるのか?」
「おいおい、飲酒運転させんのか?」
「いや、メシの方だ」
「俺は少食だもんでよ。一日1食ありゃ十分だ」
「そうなのか……?」
確かに食の細い性質らしく、その老いた兎獣人は痩せて見えたが――。
「にしちゃあんた、元気だな」
「効率のいい体のつくりしてるもんでよ。……はっは、どうやら落ち着いてきたみてえだな、お兄ちゃんよ」
兎獣人の言う通り、経緯はどうあれ出発したことと、酒の効果とで、自分の心が多少なりともほぐれているのを感じていた。
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亡命の秋。
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普段のラックであればああしてパニック状態になった時、そのまま四半日ほどうずくまってどうにか平静を取り戻せると言った程度なのだが、ロロに食堂へ連れて行かれ、「おーい、こっちにキャベツと唐辛子のパスタ2つな!」と勝手に注文され、そのまま届けられた料理を夢中で平らげ、ふう、と一息ついて食後のお茶を口に運んだところで、自分の調子がすっかり良くなっていることに気付いたのは、ロロに担ぎ上げられてからほんの30分くらいのことだった。
「どうだ? 気分、良くなったか?」
同じようにお茶を飲んでいたロロに尋ねられ、ラックは大きくうなずいた。
「はい、なんでか、ええ」
「そりゃお前、メシ食ってバカ話して笑ったら、大抵の悩みなんかスッ飛ぶってもんだ。どこかのお偉い先生も、『悩みは誰かから与えられるもの。であるが故に、悩みは人と話さなければ解決しない』って言ってるしな」
「そう言うもん……ですかね」
「ま、壁の向こうじゃやれソーシャルディスタンスだの、やれ個人性の尊重だのと叫ばれちゃいるが、それは俺に言わせりゃ『一個人の意見』だ。叫んでるそいつにゃ真理であっても、他のやつにも通用するかってのは別の話であって……」
「親父、ラックが困ってるっス」
朗々と語りだそうとしたロロを、「ファミリー」がたしなめる。
「おおっと、いけねえいけねえ。俺の悪いクセだな」
「あ、いえ、そんな」
「ま、アレだよ。俺もそれなりに人生経験あるからよ、困ったなー、しんどいなー、もうやってらんねえなーって気分になっちまう時は何度もあるし、その度にどうにかして復活してきた」
たしなめられたものの、結局ロロは語り始めてしまった。
「そん時にゃこう思うことにしてるのさ――『俺は運がいい』、ってな」
双月暦689年――ロロ・ラコッカが白猫党領からの亡命を企てた22歳の秋、2つの不幸が重なった。1つは亡命の実行日に、ひどい大雨に見舞われたこと。そしてもう1つは、仲間と共に乗ろうとしていたバスが手引き業者の手違いで定員オーバーになってしまい、図体の大きなロロ一人だけを残して出発してしまったことだった。
「ま、雨漏りは勘弁してくれや。間に合わせだもんでな」
それでも業者側は――カネを受け取った義理からであろうが――代わりの車とドライバーを手配してくれたため、ロロはその兎獣人のドライバーと二人きりで、泥濘の中を年代物のセダンで駆けることになった。
「うう……」
とても車内にいるとは思えないくらいずぶ濡れになり、ロロは寒さでガタガタと震えていた。
「お前さん、散々だな」
「あ、ああ、まったくだ」
「ま、せめてものサービスだ。ほれ」
兎獣人はハンドルを片手で握ったまま、器用に左懐からスキットルを取り出し、ロロに手渡す。
「安い酒だが、ちっとは寒いのも紛れんだろ」
「た、助かる」
二、三口飲み込んで――確かに安酒らしく、まるで消毒液のように猛烈なアルコール臭が鼻を突いたが――ガタガタと震えていた体に、ようやく熱がこもり始める。
「……ふー」
「到着まで丸1日ってとこだが、後ろの座席にあるメシとその酒で十分持つはずだ。あんたがよっぽどの大食漢じゃなけりゃな」
「こんななりだが人並み程度……のはずだ。あんたの分はあるのか?」
「おいおい、飲酒運転させんのか?」
「いや、メシの方だ」
「俺は少食だもんでよ。一日1食ありゃ十分だ」
「そうなのか……?」
確かに食の細い性質らしく、その老いた兎獣人は痩せて見えたが――。
「にしちゃあんた、元気だな」
「効率のいい体のつくりしてるもんでよ。……はっは、どうやら落ち着いてきたみてえだな、お兄ちゃんよ」
兎獣人の言う通り、経緯はどうあれ出発したことと、酒の効果とで、自分の心が多少なりともほぐれているのを感じていた。
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