「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第4部
緑綺星・福熊譚 6
シュウの話、第118話。
ロロの幸運。
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6.
やはり結果的には、ロロは幸運な男だと言えるのかも知れない。
一向に市民権が得られず、銀行口座も作れない難民のままだったこと。そして24時間交代制の非常勤用務員と言う、薄給かつ過酷な職務にしか就けなかったことが、結局はすべてロロに味方したのである。街が暴徒であふれかえっていた時も、そして統一トラス王国が軍を派遣した時も、非番であったロロはテレビもラジオもない狭い自宅でろうそくに火を灯し、安く譲ってもらったパンの耳をちびちびとかじりながら黙々と勉強に没頭しており、外出の機会も、王国崩壊の情報を得る機会も一切なかったからだ。
このためロロは、外のいざこざに一切巻き込まれずに済んでいたのである。
ラジオからの情報収集を終える頃には、既に夕闇が迫る時刻となっていた。
(これからどうすりゃいいんだ)
じっとしていても何の考えも浮かばないので、とりあえず備え付けの冷蔵庫から同僚のものだったペットボトルのお茶を取り出し、ぐい、と飲み干す。
(一息付いたはいいが……ハラ減ったなー)
もう一度冷蔵庫を探るが、中には飲み物の類しかない。宿直室の中を調べ、パンの袋を見付けたロロは、すかさず封を切って頬張った。
(何だかんだ飲まず食わずでラジオ聴いてたからな、うめーうめー。……ただ、そりゃまあ、こんな状況だからステーキだのワインだのほしいなんて思わねえけど、……もうちょっとなんか、ハラの膨れるもんが食いてえな。……ん? そう言や)
用務員の職に就いてまもなくの頃に聞いた話を思い出し、ロロは懐中電灯を片手に宿直室を出た。
(この小学校、非常用の避難場所に指定されてて、そう言う時のための備蓄もあるって話だったな。確か……体育館の倉庫の床だっけか……)
記憶を頼りに体育館倉庫に向かい、ほどなくその備蓄倉庫の入口を発見した。当然鍵がかかっていたものの、前述の通り用務員のロロがその鍵を持っていないわけがなく、彼はあっさりその地下倉庫にたどり着いた。
(すっげ……棚、全部段ボール箱でギッチギチに埋まってら。中身、全部食いもんか? っと、奥にも部屋があるな。こっちは……発電機用の燃料か。えーと……ざっと計算して……多分――24時間発電機回しっぱなしにしたとしても――1ヶ月くらいは持つか? 俺一人だけならその100倍、200倍は余裕だ。
こんだけありゃ、俺一人こっそり暮らす程度なら10年、20年は余裕じゃねえか)
そう思った瞬間、不安に満ちていたロロの心に一転、光が差す。
(……俺はやっぱ、運がいいのかも知れねえな。国が崩壊したってんなら、誰もこんな小学校なんか見向きもしやしねえだろうし、そもそも校門と塀で守りは固められてる。俺がどんちゃん騒ぎでもしない限り、誰も俺がいることには気付かねえだろう。ここでひっそり、誰にも邪魔されずにのんびり食っちゃ寝で暮らすことだってできるってわけだ)
ロロは手近な段ボール箱に手を伸ばし、ばりっと引きちぎる。
「……へ、へへっへ、やっぱ食いもんだ! たまんねえや、食い放題だあっ!」
中に収められていた缶詰を片っ端から開け、煮込みハンバーグとコーンスープ、サバの水煮を次から次に口の中に放り込んだところで、ロロはゲラゲラ笑い出した。
「たまんねえ……! これ全部、俺が独り占めかよ、ひゃはははははあ!」
さらに缶詰を2つ開け、すっかり満腹になったところで、ロロは倉庫の中でごろんと寝転がった。
(あー……っ、俺は幸せ者だ! 少なくともこの街、いや、この国で一番の幸せ者だ!)
ひとしきり笑い、そのままロロは眠り込んだ。
夢の中でロロは、あのおんぼろセダンの中にいた。
「お前さん、今、自分が幸せ者だって思ってんな」
運転席の兎獣人が笑っている。
「ああ」
満面の笑みで答えて見せたロロに、兎獣人は「へッ」と悪態をついた。
「お勉強のついでに雑学の本も色々読んだんだよな。央南のことわざとかもな――『禍福は糾(あざな)える縄の如し』ってのも聞いたことあるだろ?」
「えっ? ……あ、ああ、うん、読んだ覚えがある。でもなんで、あんたがそれを」
驚いて兎獣人の方を見るが、相手は正面に顔を向けたまま、話を続ける。
「良いことはどっかで悪いことにつながってる。悪いことはどっかで良いことにつながってる。世の中ってのはそう言うもんさ。幸せは独り占めするもんじゃねえぜ? ずっとその幸せを抱え込んでたら、お前さんの懐ん中でその幸せはいつか腐っちまって、不幸せにバケるぜ。
幸せが不幸せにならねえ内に、他の奴に気前良く分けてやんな」
そこでようやく気が付いたが――その兎獣人には、顔がなかった。
備蓄倉庫での豪遊から2日後――。
「う……うう~……ぐぐぐ……うぐぅぅ……」
長年の貧乏生活から一転、一昼夜以上にわたって暴飲暴食の限りを尽くしてしまったせいか、ロロは腹痛に苛まれていた。
「くっそ……くそー……懐ん中ってか、ハラん中じゃねえか、くそ……」
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ロロの幸運。
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やはり結果的には、ロロは幸運な男だと言えるのかも知れない。
一向に市民権が得られず、銀行口座も作れない難民のままだったこと。そして24時間交代制の非常勤用務員と言う、薄給かつ過酷な職務にしか就けなかったことが、結局はすべてロロに味方したのである。街が暴徒であふれかえっていた時も、そして統一トラス王国が軍を派遣した時も、非番であったロロはテレビもラジオもない狭い自宅でろうそくに火を灯し、安く譲ってもらったパンの耳をちびちびとかじりながら黙々と勉強に没頭しており、外出の機会も、王国崩壊の情報を得る機会も一切なかったからだ。
このためロロは、外のいざこざに一切巻き込まれずに済んでいたのである。
ラジオからの情報収集を終える頃には、既に夕闇が迫る時刻となっていた。
(これからどうすりゃいいんだ)
じっとしていても何の考えも浮かばないので、とりあえず備え付けの冷蔵庫から同僚のものだったペットボトルのお茶を取り出し、ぐい、と飲み干す。
(一息付いたはいいが……ハラ減ったなー)
もう一度冷蔵庫を探るが、中には飲み物の類しかない。宿直室の中を調べ、パンの袋を見付けたロロは、すかさず封を切って頬張った。
(何だかんだ飲まず食わずでラジオ聴いてたからな、うめーうめー。……ただ、そりゃまあ、こんな状況だからステーキだのワインだのほしいなんて思わねえけど、……もうちょっとなんか、ハラの膨れるもんが食いてえな。……ん? そう言や)
用務員の職に就いてまもなくの頃に聞いた話を思い出し、ロロは懐中電灯を片手に宿直室を出た。
(この小学校、非常用の避難場所に指定されてて、そう言う時のための備蓄もあるって話だったな。確か……体育館の倉庫の床だっけか……)
記憶を頼りに体育館倉庫に向かい、ほどなくその備蓄倉庫の入口を発見した。当然鍵がかかっていたものの、前述の通り用務員のロロがその鍵を持っていないわけがなく、彼はあっさりその地下倉庫にたどり着いた。
(すっげ……棚、全部段ボール箱でギッチギチに埋まってら。中身、全部食いもんか? っと、奥にも部屋があるな。こっちは……発電機用の燃料か。えーと……ざっと計算して……多分――24時間発電機回しっぱなしにしたとしても――1ヶ月くらいは持つか? 俺一人だけならその100倍、200倍は余裕だ。
こんだけありゃ、俺一人こっそり暮らす程度なら10年、20年は余裕じゃねえか)
そう思った瞬間、不安に満ちていたロロの心に一転、光が差す。
(……俺はやっぱ、運がいいのかも知れねえな。国が崩壊したってんなら、誰もこんな小学校なんか見向きもしやしねえだろうし、そもそも校門と塀で守りは固められてる。俺がどんちゃん騒ぎでもしない限り、誰も俺がいることには気付かねえだろう。ここでひっそり、誰にも邪魔されずにのんびり食っちゃ寝で暮らすことだってできるってわけだ)
ロロは手近な段ボール箱に手を伸ばし、ばりっと引きちぎる。
「……へ、へへっへ、やっぱ食いもんだ! たまんねえや、食い放題だあっ!」
中に収められていた缶詰を片っ端から開け、煮込みハンバーグとコーンスープ、サバの水煮を次から次に口の中に放り込んだところで、ロロはゲラゲラ笑い出した。
「たまんねえ……! これ全部、俺が独り占めかよ、ひゃはははははあ!」
さらに缶詰を2つ開け、すっかり満腹になったところで、ロロは倉庫の中でごろんと寝転がった。
(あー……っ、俺は幸せ者だ! 少なくともこの街、いや、この国で一番の幸せ者だ!)
ひとしきり笑い、そのままロロは眠り込んだ。
夢の中でロロは、あのおんぼろセダンの中にいた。
「お前さん、今、自分が幸せ者だって思ってんな」
運転席の兎獣人が笑っている。
「ああ」
満面の笑みで答えて見せたロロに、兎獣人は「へッ」と悪態をついた。
「お勉強のついでに雑学の本も色々読んだんだよな。央南のことわざとかもな――『禍福は糾(あざな)える縄の如し』ってのも聞いたことあるだろ?」
「えっ? ……あ、ああ、うん、読んだ覚えがある。でもなんで、あんたがそれを」
驚いて兎獣人の方を見るが、相手は正面に顔を向けたまま、話を続ける。
「良いことはどっかで悪いことにつながってる。悪いことはどっかで良いことにつながってる。世の中ってのはそう言うもんさ。幸せは独り占めするもんじゃねえぜ? ずっとその幸せを抱え込んでたら、お前さんの懐ん中でその幸せはいつか腐っちまって、不幸せにバケるぜ。
幸せが不幸せにならねえ内に、他の奴に気前良く分けてやんな」
そこでようやく気が付いたが――その兎獣人には、顔がなかった。
備蓄倉庫での豪遊から2日後――。
「う……うう~……ぐぐぐ……うぐぅぅ……」
長年の貧乏生活から一転、一昼夜以上にわたって暴飲暴食の限りを尽くしてしまったせいか、ロロは腹痛に苛まれていた。
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