「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第4部
緑綺星・福熊譚 7
シュウの話、第119話。
無法を眺める。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
7.
半日以上のたうち回った後、どうにか回復したロロは――やる必要など微塵もないはずであるが――校内を見回っていた。
(……長年やってたせいか、気が落ち着くな。とは言え『じゃあベアリング好きか』って言われたら『見たくもねえ』って答えるけども。ま、あっちはタダ働きみたいなもんだったし)
既に街が、いや、国が崩壊して幾日も経つが、窓から見る景色に変わったところは見られない。
(マジで西トラス、崩壊したのか? ……まあ、実際のところ、ド平日に小学校がカラってんだから、マジで崩壊したんだろうけど)
何となく目をこらし、街を観察してみると――。
(あっ)
校舎の3階であるため多少は見晴らしが良く、大通りの様子がはっきり確認できた。そしてその真ん中に、ボンネットが赤茶けた色に染まったパトカーが停まっているのも。
(血……なのか? パトカーに血? 誰か、はねたのか? パトカーがか? 市民の安全守るって代名詞だろうが。……いや、もしかしたら車内の誰かが襲われたのかもな。なんかフロントガラス、割れてるっぽいし。
どっちにしても大通りのド真ん中でパトカーがボッコボコになったまんま放置されてるって、まともな状況じゃねえよな。……やっぱ、この国は崩壊したんだな)
そう判断した上で街の様子を眺めてみると、各所にその痕跡が認められる。
(よく見りゃあのコンビニも、窓全部割れてんじゃねえか。間違いなく店の中、ぐっちゃぐちゃにされてんだろうな。元々黒っぽい屋根だったから気が付いてなかったが、隣のファミレスも丸焼けになってんぞ。うわっ、やたらカラスが飛んでやがると思ったら……)
そのまま5分ほど観察を続けていたが、やがてロロはしゃがみ込み、廊下の橋に座り込んだ。
(……見てらんねえ。それに俺一人、こんな呑気なことしてるなんて思ったら忍びなくて、余計に辛ぇぜ)
その日は結局そこで見回りを切り上げ、宿直室に戻った。
この状況に至っても――いや、この状況だからこそ――隣国が何かしらの救済措置を講じてくれることを期待して、ロロはラジオに耳を傾けていた。
《……ニュースの時間です。産業省と王国労働者組合は本日、本年度の最低賃金改定会議を行い、最低賃金を1時間あたり287コノンとし、本年の9月までを目処に施行を進めることを……》
が、ラジオからは西トラス、いや、難民特区の話は一切流れてこない。
(なんでだ……?)
やがてニュース番組は終わり、キンキンと騒々しい声色のラジオDJの声が流れてくる。
(うるせえ……今週のヒットチャートとかどうでもいいんだよ。こっちの話しろよ、おい)
その番組も終わり、次の番組も終わり、夜のニュースが始まっても、やはり難民特区のことには、誰一人として触れようとはしなかった。
《……本日の放送を終了します。PHBS、PHBS、トラス国営放送でした》
その日最後のニュースまで辛抱強く聴き続けたが、結局、難民特区についての言及は何一つなく、後はノイズがさらさらと流れ続けるばかりだった。
(これじゃまるで、西トラス王国がこの世から最初から無かったことにされてるみたいじゃねえか。一体今、政治ってのはどうなってんだよ?)
明日も、そしてその次の日もラジオを聴き続けたが――いつまで経っても、隣国は何の解答も示さなかった。
ロロが知らなかった、いや、西トラスの誰もが知るはずのない事情だが――東トラス王族、そして彼らの下にあった王室政府は統一を宣言した時点で既に、西側の人間を難民もろとも見捨てることを決定していた。
彼らにとっては、幾年にもわたって大量に流れ込んだ難民とその子孫は「厄介者」でしかなかったし、半世紀以上前に袂を分かち「隣国」となって久しい西トラスの人間もまた、もはや「無関係」の人間でしかなかった。「助ける義理は無い。むしろ助ければこちらも共倒れになってしまう」と言うあまりにも身勝手な理屈のもと、西トラスに住む者たちは壁の向こうに封じ込められることになった。
さらに身勝手なことに、東側政府はこれらの決定と措置を、国外はおろか、国内に対しても隠蔽していた。表向きには「西側体制に反発した反政府勢力が西全域を実効支配した」「反政府勢力の東進をさしあたり阻止するため、暫時・暫定的に相互不干渉の交渉を結んだ」「反政府勢力が内部分裂し、彼らとの連絡が途絶した。情勢は極めて危険な状況にある」などと根も葉もない嘘を立て並べ、西側への干渉・入国を一切行わないよう、内外に通達したのである。
これらの非人道的とも言える措置により難民特区は完全に東側と遮断され、あらゆる秩序が破綻・崩壊した結果、徐々に無法地帯へと変貌していった。
@au_ringさんをフォロー
無法を眺める。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
7.
半日以上のたうち回った後、どうにか回復したロロは――やる必要など微塵もないはずであるが――校内を見回っていた。
(……長年やってたせいか、気が落ち着くな。とは言え『じゃあベアリング好きか』って言われたら『見たくもねえ』って答えるけども。ま、あっちはタダ働きみたいなもんだったし)
既に街が、いや、国が崩壊して幾日も経つが、窓から見る景色に変わったところは見られない。
(マジで西トラス、崩壊したのか? ……まあ、実際のところ、ド平日に小学校がカラってんだから、マジで崩壊したんだろうけど)
何となく目をこらし、街を観察してみると――。
(あっ)
校舎の3階であるため多少は見晴らしが良く、大通りの様子がはっきり確認できた。そしてその真ん中に、ボンネットが赤茶けた色に染まったパトカーが停まっているのも。
(血……なのか? パトカーに血? 誰か、はねたのか? パトカーがか? 市民の安全守るって代名詞だろうが。……いや、もしかしたら車内の誰かが襲われたのかもな。なんかフロントガラス、割れてるっぽいし。
どっちにしても大通りのド真ん中でパトカーがボッコボコになったまんま放置されてるって、まともな状況じゃねえよな。……やっぱ、この国は崩壊したんだな)
そう判断した上で街の様子を眺めてみると、各所にその痕跡が認められる。
(よく見りゃあのコンビニも、窓全部割れてんじゃねえか。間違いなく店の中、ぐっちゃぐちゃにされてんだろうな。元々黒っぽい屋根だったから気が付いてなかったが、隣のファミレスも丸焼けになってんぞ。うわっ、やたらカラスが飛んでやがると思ったら……)
そのまま5分ほど観察を続けていたが、やがてロロはしゃがみ込み、廊下の橋に座り込んだ。
(……見てらんねえ。それに俺一人、こんな呑気なことしてるなんて思ったら忍びなくて、余計に辛ぇぜ)
その日は結局そこで見回りを切り上げ、宿直室に戻った。
この状況に至っても――いや、この状況だからこそ――隣国が何かしらの救済措置を講じてくれることを期待して、ロロはラジオに耳を傾けていた。
《……ニュースの時間です。産業省と王国労働者組合は本日、本年度の最低賃金改定会議を行い、最低賃金を1時間あたり287コノンとし、本年の9月までを目処に施行を進めることを……》
が、ラジオからは西トラス、いや、難民特区の話は一切流れてこない。
(なんでだ……?)
やがてニュース番組は終わり、キンキンと騒々しい声色のラジオDJの声が流れてくる。
(うるせえ……今週のヒットチャートとかどうでもいいんだよ。こっちの話しろよ、おい)
その番組も終わり、次の番組も終わり、夜のニュースが始まっても、やはり難民特区のことには、誰一人として触れようとはしなかった。
《……本日の放送を終了します。PHBS、PHBS、トラス国営放送でした》
その日最後のニュースまで辛抱強く聴き続けたが、結局、難民特区についての言及は何一つなく、後はノイズがさらさらと流れ続けるばかりだった。
(これじゃまるで、西トラス王国がこの世から最初から無かったことにされてるみたいじゃねえか。一体今、政治ってのはどうなってんだよ?)
明日も、そしてその次の日もラジオを聴き続けたが――いつまで経っても、隣国は何の解答も示さなかった。
ロロが知らなかった、いや、西トラスの誰もが知るはずのない事情だが――東トラス王族、そして彼らの下にあった王室政府は統一を宣言した時点で既に、西側の人間を難民もろとも見捨てることを決定していた。
彼らにとっては、幾年にもわたって大量に流れ込んだ難民とその子孫は「厄介者」でしかなかったし、半世紀以上前に袂を分かち「隣国」となって久しい西トラスの人間もまた、もはや「無関係」の人間でしかなかった。「助ける義理は無い。むしろ助ければこちらも共倒れになってしまう」と言うあまりにも身勝手な理屈のもと、西トラスに住む者たちは壁の向こうに封じ込められることになった。
さらに身勝手なことに、東側政府はこれらの決定と措置を、国外はおろか、国内に対しても隠蔽していた。表向きには「西側体制に反発した反政府勢力が西全域を実効支配した」「反政府勢力の東進をさしあたり阻止するため、暫時・暫定的に相互不干渉の交渉を結んだ」「反政府勢力が内部分裂し、彼らとの連絡が途絶した。情勢は極めて危険な状況にある」などと根も葉もない嘘を立て並べ、西側への干渉・入国を一切行わないよう、内外に通達したのである。
これらの非人道的とも言える措置により難民特区は完全に東側と遮断され、あらゆる秩序が破綻・崩壊した結果、徐々に無法地帯へと変貌していった。
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[自作小説(ファンタジー)]
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~