「双月千年世界 5;緑綺星」
緑綺星 第4部
緑綺星・福熊譚 9
シュウの話、第121話。
無明の中で生きると言うこと。
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9.
日中は授業や何かしらの工作作業、校庭を作り変えた畑での農作業で騒々しかった「学校」も、夕闇が迫るに従って、段々と静かになっていた。
「電気通ってないからな。暗くなったら寝る、が基本だ」
「発電機があるって言ってなかったですか?」
尋ねたラックに、ロロは肩をすくめて返す。
「んなもん、もうブッ壊れちまってるよ。10年も前にな。そもそも燃料も、とっくに無くなっちまってる。とは言え、不便ってこともないがな。20年こうして暮らしてると、無くても何とかなるって分かる。……てのは強がりだな」
校舎の屋上に立つ二人の視線の先には、優に5メートルを超えるコンクリート製の壁と、その向こうにうっすら見える街の灯りがあった。
「できることなら俺だって、20年前の暮らしに戻りたいよ。貧乏だったが、なけなしのカネを使えばコンビニでそこそこのメシが食えたし、銭湯に行けばさっぱりできた。ベッドで大の字になって、何の心配もなくぐっすり寝られたし、ちょっと不満があったら役所なり何なり、文句言って対応してもらえるところもあったんだからよ。
でも今はそれが無い。メシは自分で育てて作らなきゃならないし、NPOが手押しポンプ作ってくれるまで、風呂どころかトイレにも苦労してた。夜になっても、いつワケ分かんねえバカが寝込み襲ってくるか分かんねえんだから、ぐっすりなんて寝れやしねえ。生きるか死ぬかってレベルの不満があっても、誰も聞いちゃくれない。……辛えよ、この暮らしは」
「ロロさん……」
的確な返事ができず、棒立ちのままのラックに、ロロは薄く笑って返しつつ、校舎の南にあるバリケードを指差す。
「だからよ、あそこに湧いた石油は俺たちの希望なんだ。あれを上手いこと掘り出して売ることができれば、俺たちにはカネが入る。カネが入れば、モノが買える。20年前の暮らしを取り戻せるはずなんだ。それを信じて、俺たちはあの油田を守ってる。
……これはまだ、あんまり周りにゃ話してないんだが、ちゃんとカネが入ったら、俺はこの特区を立て直したいんだ。カネがほしい、いい暮らしがしたいとは言ったが、俺は正直、億万長者には憧れてない。俺一人がぜいたくしたって、楽しくも何ともねえ。……そう言うのは20年前、俺にゃ合わないってのが良く分かったからな。それよりこの特区で困ってる人間がいたら、優しくしてやりたい。できる限り助けてやりたいと、そう思ってる。
だけど壁の向こうのあいつらはどうだろう? 今までこれっぽっちも助けてくれなかったのに、石油が出るって分かった途端に兵隊よこしてきたような恥知らず共だ。しかもその兵隊は、ここにいた俺たちを平気で撃ち殺そうとした。
あいつら俺たちのことを、『人』だと思ってねえんだよ」
「……っ!」
その言葉に、ラックの胸はぎゅっと締め付けられた。
「人と思ってない相手に、誰も手を差し伸べやしねえ。ましてや優しくしようなんて、思うわけがねえ。奴らにとっちゃ俺たちを殺すのは『討伐』や『虐殺』じゃなく、『害虫駆除』や『草むしり』感覚だろう。平然と俺たちを皆殺しにして油田を制圧し、20年前みたいにそれっぽいウソを立て並べて、自分たちのやったことを正当化するだろう。
俺はそうなるのが嫌だし、怖い。20年守ってきた俺の生徒たちが殺されるのも嫌だし、どうあれ築かれてきた特区の社会がこの世から消えちまうって考えたら、怖くてたまらん。俺は守りたいんだ。生徒も、ここに住む人間も、特区そのものも」
「……優しいんですね、本当に」
「だけどその優しさが、俺に覚悟を決めさせねえ。兵隊が来るんなら、もっと武器を集めなきゃならねえ。買う気になりゃ、この街で鉄砲でも手榴弾でも買える。だけど兵隊とマジで戦って傷ついたり、死人が出たりするんじゃと考えると、手を出せねえんだ」
そう言って顔を覆うロロに、ラックは――いつもの気弱な彼自身がびっくりしてしまうくらいに――はっきりとした声で答えた。
「俺が守ります。任せて下さい」
「……会って2日も経ってないお前さんに『俺たちを守ってくれ』『俺たちの戦いに協力してくれ』なんて頼み事するなんて、バカげてるし調子が良すぎるが、……頼りにしてる」
「はい」
話している内に日は完全に沈み、街はすっかり、真っ暗な闇に包まれていた。
緑綺星・福熊譚 終
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無明の中で生きると言うこと。
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日中は授業や何かしらの工作作業、校庭を作り変えた畑での農作業で騒々しかった「学校」も、夕闇が迫るに従って、段々と静かになっていた。
「電気通ってないからな。暗くなったら寝る、が基本だ」
「発電機があるって言ってなかったですか?」
尋ねたラックに、ロロは肩をすくめて返す。
「んなもん、もうブッ壊れちまってるよ。10年も前にな。そもそも燃料も、とっくに無くなっちまってる。とは言え、不便ってこともないがな。20年こうして暮らしてると、無くても何とかなるって分かる。……てのは強がりだな」
校舎の屋上に立つ二人の視線の先には、優に5メートルを超えるコンクリート製の壁と、その向こうにうっすら見える街の灯りがあった。
「できることなら俺だって、20年前の暮らしに戻りたいよ。貧乏だったが、なけなしのカネを使えばコンビニでそこそこのメシが食えたし、銭湯に行けばさっぱりできた。ベッドで大の字になって、何の心配もなくぐっすり寝られたし、ちょっと不満があったら役所なり何なり、文句言って対応してもらえるところもあったんだからよ。
でも今はそれが無い。メシは自分で育てて作らなきゃならないし、NPOが手押しポンプ作ってくれるまで、風呂どころかトイレにも苦労してた。夜になっても、いつワケ分かんねえバカが寝込み襲ってくるか分かんねえんだから、ぐっすりなんて寝れやしねえ。生きるか死ぬかってレベルの不満があっても、誰も聞いちゃくれない。……辛えよ、この暮らしは」
「ロロさん……」
的確な返事ができず、棒立ちのままのラックに、ロロは薄く笑って返しつつ、校舎の南にあるバリケードを指差す。
「だからよ、あそこに湧いた石油は俺たちの希望なんだ。あれを上手いこと掘り出して売ることができれば、俺たちにはカネが入る。カネが入れば、モノが買える。20年前の暮らしを取り戻せるはずなんだ。それを信じて、俺たちはあの油田を守ってる。
……これはまだ、あんまり周りにゃ話してないんだが、ちゃんとカネが入ったら、俺はこの特区を立て直したいんだ。カネがほしい、いい暮らしがしたいとは言ったが、俺は正直、億万長者には憧れてない。俺一人がぜいたくしたって、楽しくも何ともねえ。……そう言うのは20年前、俺にゃ合わないってのが良く分かったからな。それよりこの特区で困ってる人間がいたら、優しくしてやりたい。できる限り助けてやりたいと、そう思ってる。
だけど壁の向こうのあいつらはどうだろう? 今までこれっぽっちも助けてくれなかったのに、石油が出るって分かった途端に兵隊よこしてきたような恥知らず共だ。しかもその兵隊は、ここにいた俺たちを平気で撃ち殺そうとした。
あいつら俺たちのことを、『人』だと思ってねえんだよ」
「……っ!」
その言葉に、ラックの胸はぎゅっと締め付けられた。
「人と思ってない相手に、誰も手を差し伸べやしねえ。ましてや優しくしようなんて、思うわけがねえ。奴らにとっちゃ俺たちを殺すのは『討伐』や『虐殺』じゃなく、『害虫駆除』や『草むしり』感覚だろう。平然と俺たちを皆殺しにして油田を制圧し、20年前みたいにそれっぽいウソを立て並べて、自分たちのやったことを正当化するだろう。
俺はそうなるのが嫌だし、怖い。20年守ってきた俺の生徒たちが殺されるのも嫌だし、どうあれ築かれてきた特区の社会がこの世から消えちまうって考えたら、怖くてたまらん。俺は守りたいんだ。生徒も、ここに住む人間も、特区そのものも」
「……優しいんですね、本当に」
「だけどその優しさが、俺に覚悟を決めさせねえ。兵隊が来るんなら、もっと武器を集めなきゃならねえ。買う気になりゃ、この街で鉄砲でも手榴弾でも買える。だけど兵隊とマジで戦って傷ついたり、死人が出たりするんじゃと考えると、手を出せねえんだ」
そう言って顔を覆うロロに、ラックは――いつもの気弱な彼自身がびっくりしてしまうくらいに――はっきりとした声で答えた。
「俺が守ります。任せて下さい」
「……会って2日も経ってないお前さんに『俺たちを守ってくれ』『俺たちの戦いに協力してくれ』なんて頼み事するなんて、バカげてるし調子が良すぎるが、……頼りにしてる」
「はい」
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