「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
双月千年世界 短編・掌編
KCN 1
さてさて、予告していた番外編。
「蒼天剣 非道録」でちょこっと出ていた、伝説の事件のお話。
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「蒼天剣 非道録」でちょこっと出ていた、伝説の事件のお話。
1.
アドバンテージ(優位性)――他者に対し優れていること、勝ることを指す言葉である。
例えば、水を泳ぐ魚。彼らは水中においては、他のどの生物よりも速く、長く動くことができる。もし我々が魚を捕まえようとしても、素手で取るのは至難の業だろう。
例えば、空を飛ぶ鳥。彼らは空中においては、他のどの生物よりも速く、高く飛ぶことができる。彼らが空中に逃げたが最後、我々は手も足も出なくなるだろう。
このように生物は、それぞれ他者に対しアドバンテージを持っている。それを活用すれば、どんな敵にも、どんな状況にも互角以上に立ち向かうことができる。
そして逆に、アドバンテージを活用しない生物は決していない。用いなければ自分たちが弱くなることを本能的に知っているから、だけではない。
他者より優位に立つこと、他者を圧倒することの効用、そして優越感も、知っているのだろう。
ある工場にて。
「おら、押せ押せ押せーっ」
「はーい」
その日も威勢のいい声と重々しい金属音、蒸気の漏れる音、機械音が響き渡り、いかにも活気があると言う風情をかもし出している。
「よーし、ゆっくり降ろせーっ」
「りょうかーい」
鎖で吊られた大きな木箱がユラユラと揺れながら、2階から1階に降ろされる。
「よし、そこだそこだ、……あ?」
突然、木箱を吊っていた鎖の一本がジャラジャラと音を立てて床に落っこちてきた。当然、木箱はバランスを失って床に激突し、音を立てて割れる。中に入っていた缶詰がボタボタとこぼれるのを見て、下で指示していた男が怒り出した。
「おいてめえ、何やってんだッ!」
ところが、上から木箱を下ろしていた後輩の声が返ってこない。
「おい、返事しろや! なめてんのか!?」
男は散々怒鳴るが、一向に返事は無い。
「……ちっ、失敗して震えてんのか? どうしよーもねーグズだな」
男は悪態をつきながら、2階へ上がった。
「おいコラ、てめーは荷物を下に降ろすことくらいも……」
男は怒鳴りながら、後輩の持ち場に歩いて行こうとした。ところが――。
「……あ、あ?」
自分のすぐ近くでどたっ、と音がする。
気が付いた時には、自分の頬に何か堅いものが当たっていた。
「なんら、こらあ……」
胸にも、腹にも、両手足にも堅いものが当たっている。
「ゆ、……ゆか?」
男はいつの間にか倒れており、その体に当たっていた「堅いもの」は床だった。
「え、あ、ろうらっれ……?」
立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
そして、異様な事態に気が付いた。先程まで体が揺れるほどうるさかったこの工場が、今は物音一つしていない。機械の動く音も、缶詰を梱包する音も、人の声もしない。
いや――耳を澄ましてみると、あちこちからうめき声が聞こえる。どうやら自分と同様、工場にいた者たちが倒れているようだった。
「なにあ……おこっていややるんあ……?」
「ちょーっと、眠ってもらおうかなって、ねーぇ」
妙に気だるそうな、低い声が聞こえてくる。
「あ……? あれあ、てめえ?」
「不思議よねーぇ」
コツコツと、このむさ苦しい工場には不釣合いの、ハイヒールの音が響く。
「この弛緩性ガス。他の人は一息嗅いだだけで、手足が動かなくなって倒れちゃうって言うのに、アタシだけは何とも無い。
そう。この『アタシだけが何とも無い』。これが、重要なコトなのよーぉ」
男の前に、ストッキングに包まれた脚が止まる。
「このガスを嗅いで、アタシだけが平然と動ける。アタシだけが、自由に動ける。
こんな都合のいいコト、利用しなきゃ損よねーぇ?」
その脚は、男の顔面にバシバシと蹴りを浴びせた。
「あっ、がっ……」
ところが不思議なことに、男は痛く感じない。鼻や歯が折れる音もするのに、ボタボタと血が流れていくのに、痛みをまったく感じていない。
「さってっ、と。それじゃ堂々と盗ませてもらうわねーぇ」
男の顔面を散々蹴ったそのハイヒールは、コツコツと音を立てて階段を降りていった。
双月暦496年。
央中の大都市、ゴールドコーストでこの年、一つの事件が起こっていた。後に「オッド事件」と呼ばれるこの騒動は、一つの小さな食品工場の襲撃から始まった。
アドバンテージ(優位性)――他者に対し優れていること、勝ることを指す言葉である。
例えば、水を泳ぐ魚。彼らは水中においては、他のどの生物よりも速く、長く動くことができる。もし我々が魚を捕まえようとしても、素手で取るのは至難の業だろう。
例えば、空を飛ぶ鳥。彼らは空中においては、他のどの生物よりも速く、高く飛ぶことができる。彼らが空中に逃げたが最後、我々は手も足も出なくなるだろう。
このように生物は、それぞれ他者に対しアドバンテージを持っている。それを活用すれば、どんな敵にも、どんな状況にも互角以上に立ち向かうことができる。
そして逆に、アドバンテージを活用しない生物は決していない。用いなければ自分たちが弱くなることを本能的に知っているから、だけではない。
他者より優位に立つこと、他者を圧倒することの効用、そして優越感も、知っているのだろう。
ある工場にて。
「おら、押せ押せ押せーっ」
「はーい」
その日も威勢のいい声と重々しい金属音、蒸気の漏れる音、機械音が響き渡り、いかにも活気があると言う風情をかもし出している。
「よーし、ゆっくり降ろせーっ」
「りょうかーい」
鎖で吊られた大きな木箱がユラユラと揺れながら、2階から1階に降ろされる。
「よし、そこだそこだ、……あ?」
突然、木箱を吊っていた鎖の一本がジャラジャラと音を立てて床に落っこちてきた。当然、木箱はバランスを失って床に激突し、音を立てて割れる。中に入っていた缶詰がボタボタとこぼれるのを見て、下で指示していた男が怒り出した。
「おいてめえ、何やってんだッ!」
ところが、上から木箱を下ろしていた後輩の声が返ってこない。
「おい、返事しろや! なめてんのか!?」
男は散々怒鳴るが、一向に返事は無い。
「……ちっ、失敗して震えてんのか? どうしよーもねーグズだな」
男は悪態をつきながら、2階へ上がった。
「おいコラ、てめーは荷物を下に降ろすことくらいも……」
男は怒鳴りながら、後輩の持ち場に歩いて行こうとした。ところが――。
「……あ、あ?」
自分のすぐ近くでどたっ、と音がする。
気が付いた時には、自分の頬に何か堅いものが当たっていた。
「なんら、こらあ……」
胸にも、腹にも、両手足にも堅いものが当たっている。
「ゆ、……ゆか?」
男はいつの間にか倒れており、その体に当たっていた「堅いもの」は床だった。
「え、あ、ろうらっれ……?」
立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
そして、異様な事態に気が付いた。先程まで体が揺れるほどうるさかったこの工場が、今は物音一つしていない。機械の動く音も、缶詰を梱包する音も、人の声もしない。
いや――耳を澄ましてみると、あちこちからうめき声が聞こえる。どうやら自分と同様、工場にいた者たちが倒れているようだった。
「なにあ……おこっていややるんあ……?」
「ちょーっと、眠ってもらおうかなって、ねーぇ」
妙に気だるそうな、低い声が聞こえてくる。
「あ……? あれあ、てめえ?」
「不思議よねーぇ」
コツコツと、このむさ苦しい工場には不釣合いの、ハイヒールの音が響く。
「この弛緩性ガス。他の人は一息嗅いだだけで、手足が動かなくなって倒れちゃうって言うのに、アタシだけは何とも無い。
そう。この『アタシだけが何とも無い』。これが、重要なコトなのよーぉ」
男の前に、ストッキングに包まれた脚が止まる。
「このガスを嗅いで、アタシだけが平然と動ける。アタシだけが、自由に動ける。
こんな都合のいいコト、利用しなきゃ損よねーぇ?」
その脚は、男の顔面にバシバシと蹴りを浴びせた。
「あっ、がっ……」
ところが不思議なことに、男は痛く感じない。鼻や歯が折れる音もするのに、ボタボタと血が流れていくのに、痛みをまったく感じていない。
「さってっ、と。それじゃ堂々と盗ませてもらうわねーぇ」
男の顔面を散々蹴ったそのハイヒールは、コツコツと音を立てて階段を降りていった。
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